507話 「『魔人機』と『WG』」
ゼイヴァーと別れたアンシュラオンは、ガンプドルフと落ち合っていた。
「お待たせ」
「ゼイヴァーはどうだった?」
「いきなり土下座されたよ。参っちゃうな」
「これで君のことを少しは理解しただろう。武人同士ならば実際に戦ったほうが早いからな。他の騎士に与える影響も大きいはずだ」
「おっさんも大変だ。オレだったら胃がおかしくなるよ」
「我慢することには慣れている。いつものことだ」
ゼイヴァーは百光長の中では若いが、実力が抜けている分だけ影響力がある。
そんな彼が瞬殺されたことで、不満を抱く者たちも多少はおとなしくなるだろう。
ガンプドルフは将軍がゆえに、そういった面倒事も管理せねばならないのだ。
「で、見せたいものってどれ?」
「あそこだ」
ガンプドルフが崖下の大きな岩を指差した。
ぱっと見るとただの岩だが、周囲と若干のズレがあることがわかる。
「擬態かな? 何か大きなものが隠れているね」
「では、お披露目といこう。これこそが私の【相棒】だ」
ガンプドルフが崖下に降りて保護シートを外すと、下から【黄金色の機体】が現れた。
その姿は、まさに大きな人。
全長およそ十二メートルはあろうかという巨大な【人型の機械】であった。
いわゆる巨大人型ロボットである。
「これは…『神機』?」
「神機を知っているのか?」
「うん、野良神機は見たことがある。火怨山にもいたしね。オレが倒したのはこれくらいの大きさだったけど、姉ちゃんのはもっと大きな蛇みたいなやつだったよ」
「それはおそらく『竜界』出身の神機だな。竜神機はかなりレアな部類だと聞く。一方の君が遭遇したのは、サイズからして『人界』か『獣界』の神機だろう」
「いろいろと種類があるんだね。じゃあ、それも神機なの?」
「神機ではない。そのレプリカの【魔人機】と呼ばれるものだ」
「魔人機? 見た目は神機と大差ないよね。だからレプリカか」
「レプリカとはいえ、今のところ世界中で千機程度しか現存していない、それなりに珍しいものだがな」
「現存? 変な言い方だね。レプリカならばいくらでも作れるんでしょ?」
「そう簡単にはいかない。この魔人機、通称『MG』の製造は『WG』という組織が独占しているのだ。彼らは製造した魔人機を世界各国に無償で贈与してパワーバランスを維持しようとしている。が、生産数はかなり少なく、今ではほとんど新型を作っていないとも聞く」
「生産数が少ないのは価値を高めるためかな? あるいは少数精鋭にしたいのか。どちらにしても、その組織ってヤバくない? 無償で渡すなんて絶対にデータ収集が目的でしょ。戦乱をばらまく死の武器商人と一緒だ」
「言いたいことはわかる。だが、弱国にとってみれば貴重な戦力なのだ。我々が侵略に抵抗できたのも魔人機があってこそだ」
「DBDには何機あるの?」
「それぞれの聖剣長用に一機ずつ魔人機があり、王家専用にも一機あるから計七機だな。それらもWGから供給されたものだ」
「各国に配っているなら敵も持っていたってことだよね?」
「その通りだ。ルシアは侵略を進めるごとに支配地から魔人機を回収している。そのため数は向こうのほうが多いが、すべての戦力をこちらに回せるわけではないからな。互いに重要な局面で投入する『決戦兵器』に近い扱い方をしている」
「魔人機は戦艦より強いの?」
「乗り手にもよるが、最低でも戦艦と同等以上の力は持っているだろう。この魔人機の最大の長所は、『オーラ増幅式ジュエル・モーター』を搭載していることだ。乗り手の戦気を増幅して機体の駆動力に変換し、そのまま武装にも伝達することができる」
「自動でやってくれるの? それってすごくない?」
「ああ、すごい。だから貴重なのだ」
通常兵器の多くは戦気をまとわせることができない。銃弾くらいならば可能だが、砲弾クラスとなると非常に難しいのが現状だ。
より厳密にいえば、多大な戦気を生み出して『放出維持』することができれば可能ではあるが、強力な武人はそれ単体が優れた兵器なので、わざわざ砲弾に戦気をまとわせる必要性があまりない。
そういった通常兵器は、あくまで普通の兵士が扱うために用意されているのだ。
では、強い武人にはどんな『兵器』が用意されるのだろうか?
その答えが―――魔人機
この兵器は、通常兵器とは根本的に質が異なる。
最初から武人が全能力を発揮するために設計されており、装甲や武装のほぼすべてに戦気を自動伝達して強化することができる。
それによって『同じ機体でも乗り手によって出力が変化する』ことが、最大の長所であり短所でもあるといえる。
優れた武人ならば、まさに自分が巨大化したかのように振る舞うことができる反面、弱い武人だと性能をまったく発揮しきれない宝の持ち腐れになってしまう。
ただし、もともとの製造数が少ないため、弱い武人の手に渡ることは極めて稀だ。
なぜならば仮に弱い者たちが持ったとしても、すぐに強者に奪われるからだ。そうやって自然に強い者の手に渡るようになっているのである。
この仕組みを生み出した者こそ、【WG】という組織。
アンシュラオンが指摘したように、製造数を少なくすることで『奪い合い』を加速させ、争いをばら撒いているヤバい連中である。
「そもそもWGって何者? 技術の独占は簡単にできることじゃないよね」
「わからん。正体不明だ」
「はぁ? そんな連中に従っているの?」
「一応、魔人機を譲渡する名目は『人類の可能性を高めるため』となっているが…まあ、さすがに信じるのは難しいな」
「そりゃそうだよ。怪しすぎるって。ほかに情報はないの?」
「WGの機密に関しては、どうしても出てこない。秘密主義を徹底しているようだ」
「それでも受け渡しの時に会ったりするでしょ?」
「もちろん下請けは存在する。世界地図でも見せたように、世界の右上にある島国【グレート・ガーデン〈偉大なる箱庭〉】は技術大国として知られており、かの国の技術者が関係していることは間違いない。実際の受け渡しも彼らが代行しているからな」
「でも、結局は正体が掴めないんだね。そこまでわかっていながら調べられないとなると、何か理由がありそうだ」
「昔、とある国家が秘密裏に下請けの人間を拉致して情報を訊き出そうとしたが、何一つ情報は得られなかったという。しかもその後、あらゆる国際機関がその国から撤収し、国家は衰退して滅びた。それを怖れて手が出せないのだろう」
「WGからの報復ってこと?」
「おそらくはな。WGは一部の神機の製造も行っていると聞く。その強大な力を発揮すれば国の一つくらいは壊滅させられるだろうが、彼らが直接的な暴力を振るったことはない。だが、もっとも恐ろしいのは、その『影響力』にある。ハローワークすら彼らの影響下にあると言ってもいいだろう。では、ハローワークがなければどうなる?」
「雇用の管理と捻出ができないってのもあるけど、それはなんとかなるとして、一番は【銀行業務代行】かな? 口座が動かせないと送金もできないし、いずれ不渡りを出して信用もなくなる。かといって現金だけの取引では奪われるリスクも大きい。そうして金の動きがなくなれば商人が来なくなって経済が回らず、自給自足ができなければ食べる物にも困るようになる。無くても困らないのは小さな『街』くらいなものだ。都市以上の規模なら致命傷だろうね」
「そうだ。ハローワークの存在は思った以上に大きい。世界のすべての金はダマスカス共和国に集まっているが、ハローワークの組織を通じて流通する仕組みになっている。どんな大国であろうが彼らを敵に回すことはできないのだ」
「待って。その話って重要じゃない? 裏側では【全部が繋がっている】ってことだよね?」
「…そういうことになるな。そもそもハローワークが出来たのは、大陸王が世界を統一してからといわれている。全世界に人材と資金を流通させるために作られた組織がハローワークなのだ」
ハローワーク。
この名前を考えた人間は天才だ。これが欧米だったら、ワーカホリックになりそうな名前だから禁止ね、とか言われそうである。
当然これも大陸王が異邦人であることを示しており、「面倒だからハローワークでいいんじゃね?」という安直な雰囲気すら感じられる。
しかし、名前の陽気さに反して、彼らが果たす役割は非常に重要である。
だからこそ、きな臭い。
世界最高の軍事技術を持つWG、下請けの技術大国、それを支えるハローワークとダマスカスの世界中央銀行は、明らかに【グル】だ。
その構造を作ったのが大陸王というのならば、なおさら説得力がある。
「ここまでいくと世界を支配していると言っても過言じゃないよね。金と武力の両方を持っているんだからさ」
「しかしながらWG自体は何もしない。淡々と神機や魔人機の製造と改修を続けるだけだ」
「なにがなんでも戦争をさせたいんだろうね。争わせて楽しんでいるんだよ」
「そうであっても利用できるのならばするしかない。この構造は変えられないからな」
「でもさ、神機が製造できることには違和感を覚えるね。オレが出会った神機は野良神機だけど、明らかに異常な存在だったよ。あれって【生きている】んだよね?」
「私も詳しくは知らぬが、そのようだな。機械生命体の一種ともいえるのかもしれん。ただし【適合者】がいてこそ完全体になる。だからこそ野良神機は【適合者】を捜してさまよっているらしいな。その多くが一万年以上前に存在した前文明のものだとは聞くが…」
「それもおかしいよね。前文明の技術はすべて失われたはずなのに、どうして彼らだけが、ほぼ完全な状態で保有しているんだろう」
「…その通りだな。解析して多少の復元は可能でも、神機そのものの製造ができる国家は世界に一つたりとも存在しない。あのルシア帝国でも不可能だ。だが、それができてしまうのがWGなのだ。事実は事実として受け入れるしかない」
「………」
(それで納得するのはおかしいでしょ。ガンプドルフは、どうしてこの異常性に気づかないんだ? いや、気づいてはいるんだ。でも、それが当たり前になりすぎて感覚が麻痺しているのかもしれない。WG…か。エメラーダに近い臭いがするぞ。世界の根幹に近い連中だ)
ガンプドルフは与えられる側だ。
これだけ強くとも世界の構造の中からは逸脱することができない存在、言い換えれば『支配される側』の人間なのだ。
しかしアンシュラオンのような『例外』は、今まで外界と接しなかったがゆえに客観的に世界を俯瞰できるため、その危険性がすぐにわかる。
ともあれ、魔人機が兵器として確立しているのは事実だ。ガンプドルフが言う通り、使えるものは使わねばならない。
「で、これを見せた理由は? くれるの?」
「欲しいのか?」
「うーん、いいや。邪魔そうだし、なんかボロボロだし」
「こんなに貴重なものに対して、あんまりだな。私とてボロボロにしたかったわけではないのだぞ。蜘蛛たちが憎らしいものだ」
「おっさんが聖剣と魔人機を使ってようやく切り抜けた修羅場か。想像するだけで大変そうだね」
ガンプドルフの魔人機は所々が破損しており、万全な状態とは言いがたい。
これは戦艦を助けるために蜘蛛の群れ数万匹と、ボスである巨大蜘蛛二匹と戦ったせいだ。
逆にいえば、魔人機がなければ任務の達成は不可能だっただろう。それだけ強力な兵器なのである。
「今後は君と共闘することも多くなるだろう。軽く説明しておくが、私の愛機である【ゴールドナイト99-092『ゴールドミーゼイア〈黄金の研篝矢〉』】の最大の特徴は【太陽光エネルギー】で動くことが可能な点だ」
「へぇ、太陽光で充電できるんだ。すごいね。他の魔人機もそうなの?」
「この点に関しては、ゴールドナイトが異端だな。他の機体はアフラライトと呼ばれる燃料石から精製できる液体燃料を使っている」
「アフラライトって戦艦用の燃料石だっけ? 魔人機にも流用できるんだね。値段は高いの?」
「現在の用途は限られているため、そこまで値が張るものではないが、この荒野での入手は難しいだろう。それゆえに入植している各国家も数機ずつしか配備できていないと聞く。これから増えないとは言いきれないが、そう簡単に配備できるものではないのは救いだな」
「継戦力に関しては、この機体にアドバンテージがあるってことか。おっさんが他の魔人機と遭遇したら、どれくらいの確率で勝てる?」
「相手次第だが、一騎討ちで負けるつもりはない。仮に敵が一機ならば確実に撃破してみせよう」
「そうなると戦術的価値は非常に高いね。魔獣に対してはどれくらい期待していいの? 殲滅級を倒せることはわかったけど、撃滅級は?」
「それも相手によるだろうが足止めくらいはできるだろう。それくらいのスペックはあると自負している」
「なるほどね。これの出番があるとすれば大型タイプの魔獣かな」
クルルザンバードも撃滅級ではあったが、あれは寄生型なのでサイズは小さく、対応するのならば人間のほうが楽だろう。
一方、デアンカ・ギースのように大きな体躯をしている場合は、単純な大きさも大事になってくるので、大型兵器を搭載している戦艦や魔人機が役立つに違いない。
(さすがはおっさんだ。計算できる戦力を持っているのはありがたいな)
サナとの戦いを見てもわかるように、ガンプドルフの武力は一線を画している。まず間違いなくアンシュラオンに次ぐ強さといえるだろう。
それは初めて頼りになる仲間ができたことを意味する。
クルル戦も、他者を気にしていなければもっと早く倒せたので、計算できる実力者が仲間になることは非常に価値が高いのだ。
「しかし、一機だけってのは使いづらいな。やっぱりWG以外に複製はできないの? 分解すれば中がわかるんじゃない?」
「戦力に余裕がある国では、そういうケースもあるようだ。譲渡されたあとは自由だからな。独自に解析して研究をしている機関もある。その結果として、まだまだ遠く及ばないものの簡易タイプの模造品は作られている。大半は土木作業が精一杯の紛い物だがな」
「技術は簡単に盗めないか。どこかに【機械の天才】はいないもんかね」
「簡単に見つかれば苦労はないさ。本当にいたとしても大国に奪われるだろうな」
「それもそっか。にしても『魔人』ねぇ。名前の由来とかはあるの?」
「【偉大なる者】の一人に『魔人』と呼ばれている御方がいるそうだ。その強さにあやかって名付けたというのが定説だな」
「ふーん、なるほどね」
(オレや姉ちゃんの魔人とは別物なのかな? それとも関連性があるのか? まあ、考えても意味はないか)
じっと思案していると、それが物欲しそうに映ったのか、ガンプドルフがにんまりと笑う。
「さすがに魔人機は譲渡できないが、その代わりに違うものをやろう。それならば少しはやる気が出るか?」
「何かくれるの?」
「これだ」
ガンプドルフが隣にあったシートをめくると、そこには四メートル大のロボットが並んでいた。
見た目は魔人機に似ており、よりシンプルにして小さくしたかのようだ。
「魔人機とは造りが少し違うね。これは?」
「【魔人甲冑】という『兵器』だ」
「衛士隊に売った武装甲冑と似たようなもの?」
「設計思想が根本から異なる。武装甲冑は一般人でも扱えるが、こちらは武人用に調整された甲冑なのだ。言ってしまえば小型の魔人機といえる」
「面白いものを作るね。このサイズだと、いわゆるパワードスーツに近いのかな?」
「使い勝手はそうだな。ただし、問題点もいくつかある。実際に使ってみればわかるはずだ。何機か提供する代わりに性能テストをしてもらいたい」
「これも量産するってことだよね?」
「その予定だが、こちらも専門の技師が必要なのだ。ゼイシル殿に頼んではいるが、比較的新しい技術ゆえに簡単には見つからないだろう」
「そのあたりは西側からの亡命者を中心にあたってみるしかないかな。でも、まずは性能を見てから考えよう。使えそうなら優先度は上がるからね。魔人機の修理はどうするの?」
「WGに要請は出している。今回は回収するほどの損害ではないから、そのうちハローワーク経由で部品を送ってくるだろう。その運搬も君に頼むことになる」
「了解、そっちは任せてよ。要請しても神機はもらえないの?」
「神機を与えられるのは特別な場合のみだという。ちなみにルシア帝国の象徴機は神機らしいがな」
「その段階で差がついてるよなぁ。まあ、少しずつ戦力を蓄えようか。何事も地道に進むしかない」
アンシュラオンはその後、三機の魔人甲冑をガンプドルフからもらうことになり、財団の軍事化がますます進むのであった。




