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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「アーパム財団」編
506/617

506話 「軍事演習 その3『アンシュラオン VS ゼイヴァー』」


「次はオレだね。ゼイヴァーさん、いいかな?」


「はい!」



 すでにゼイヴァーは用意ができていた。


 こちらはガンプドルフとは違い、最初に会った時と同じく竜騎士然とした全身鎧と専用槍を持った完全装備である。


 対するアンシュラオンは、いつもの白い布製の武闘着一枚。


 卍蛍や術具も持たず、至って普通に突っ立っているだけだ。


 言い換えれば、さきほどの試合を真逆にしたようなもの。全力のゼイヴァーをアンシュラオンが受ける形である。



(閣下がこれほどまでに入れ込む御仁だ。強いのはわかっている。だが、私にも百光長としての意地がある。そして、譲れぬ誓いがある!)



 昨晩のこともあってゼイヴァーの気合は十分。


 漲る波動から本気中の本気であることがわかる。



「ゼイヴァー、やっちまえ!」


「お前ならやれるぞ!」



 周囲からも彼を応援する騎士たちの声が、ちらほらと聴こえる。


 彼らも昨晩のこちらの振る舞いを非難している側の連中だろう。


 が、そんな声が聴こえてもアンシュラオンに動じた様子はなかった。


 力無き者の言葉など強者には届かない。彼に理を響かせるためには、それ相応の武が必要なのだ。



「模擬戦、開始!」



 ゼイヴァーは、合図と同時に『剣衝・旋』を放とうとする。


 これは以前、アンシュラオンがデアンカ・ギースに使った『修殺・旋』の剣衝版で、槍のように回転を加えることができる武器でのみ使用が可能な技である。


 前回見たアンシュラオンの身のこなしから、接近戦は極めて不利だと判断。


 リーチの長い槍と放出系の剣王技で距離を取って戦おうと考えていた。


 アンシュラオンがどういう戦い方をするのかは知らないので、様子見の無難な一撃といえる。


 がしかし、ここで明らかな異変を感じ取る。



(なん―――だ? 何かが―――おか――しい)



 自身の身体が、とてもとてもゆっくりに感じられる。


 それはスローモーションよりも遅い、まるでコマ送りのようだった。


 たとえば人間の目が認識できる限界は、一秒間で240fpsといわれている。つまりは240枚の静止画が順番に流されて映像として成り立っているわけだ。


 もちろんこれは常人での話だが、基準を武人の速度に当てはめれば同じこと。


 今ゼイヴァーに起きていることは、認識している映像の一コマ一コマが、とてもゆっくり流れていく光景に似ている。


 まだゼイヴァーは槍を一センチも引いていない。


 技の態勢に入ったばかりで、引く動作と体重移動をしている最中である。


 それにもかかわらず、アンシュラオンの姿がどんどん大きくなっていく。



(なにが――なに―が―――おきて―――)



 依然として身体は動かない。


 もはや視覚での認識の段階を超え、意識だけで気配を感じ取るのが精一杯。


 そんな異様な空間を白い少年は歩み続け、悠然と自身の眼前に立つ。



(うつく―――しい)



 かろうじてわかったのは、アンシュラオンの身体が非常に洗練された戦気で覆われていることだけだ。


 あまりに純度が高すぎるせいで淀み一つなく、粒子の一つ一つが強い意思に完全に制御され、一つの大きな流れとして動いている。


 もっとも恐るべきは、それが『清流』であること。


 通常の場合、相手を滅しようと戦気を放出すると猛々しく溢れ出る濁流と化す。激しい闘争本能がそのまま戦気に変換されるからだ。


 アンシュラオンも闘争本能を燃やせば、周囲が揺れ動くほどの轟音を発するだろう。


 しかしながら、今の彼に殺気はない。



 鎧の胸に掌を押し当て―――トン



 慈愛にも似た優しい手つきに、ゼイヴァーが一瞬だけ振動を感じた直後。


 飽和状態に達した世界が一気に弾け、空間が時間で満たされる。


 それは聖なる者が辿った道筋。


 光の糸によって導かれた未来が確定した瞬間であった。



「―――」



 ゼイヴァーの身体から力が抜け、真下に崩れて地面に座り込む。


 槍こそ落としていないものの、両腕はだらんと垂れ下がり、首も重力に任せるままに伸びきっている。


 どんなに待っても、それ以上一ミリも動き出すことはなかった。


 なぜならば、これは全身鎧を着込んでいたからこそ保てた姿勢。


 鎧が虚脱した肉体を支えているだけにすぎなかったからだ。



「終わったよ。コールは?」


「………」


「ねぇ、意識を失っているけど、どうするの?」


「っ…あっ……その……」


「少年の勝ちだ。私が保証しよう」



 パニックに陥っている審判に代わり、ガンプドルフがコール。


 ゼイヴァーとの勝負は、まさに一秒もかからない刹那の出来事であった。


 周囲から声は一つも漏れない。物音もしない。


 誰もが呼吸すら忘れて、その光景を眺めるしかなかった。





  ∞†∞†∞





「―――はっ!!」



 ゼイヴァーが目覚めたのは、それから三時間後のコテージの中だった。


 ベッドの上で周囲を見回しながら呆然とするさまは、まさに寝起き直後の軽い混乱状態を彷彿とさせる。



「なに……が。ここは?」


「貴殿は負けたのだ」



 視界に映ったのは、長い白髪と豊かな白ヒゲをたくわえた老人だった。


 齢は七十過ぎだろうか。高齢化社会になった日本ではよく見られる年代の男性である。


 ただし、その肉体はいまだ衰えを知らず、大きく逞しく整っており、佇まいからして勇壮な武人であることがすぐにわかる。



「バルドロス殿…」


「気に病むことはない。あれは百光長のレベルを大きく超えている。閣下が連れてきた御仁よ。それくらいでなければ価値はあるまい。仮にわしが戦ったとしても同じ結果であっただろうな」



 老人の名は、バルドロス。


 階級はゼイヴァーと同じ百光長であるが、年齢からもわかるように古参の一人だ。


 戦闘力ではゼイヴァーにやや劣るものの、歴戦の騎士ゆえに経験値は彼を上回るだろう。


 だからこそアンシュラオンの狙いもわかる。



「貴殿は『出し』に使われたのだ。昨晩の一件で我らが不満を抱いていることはわかっていたのだろう。だからあえて一撃で終わらせた。力の差を見せつけるために。そして、それは閣下も承知の上よ」



 ガンプドルフがサナとの模擬戦を受けたのは、実力を探る目的もあったが、本命はアンシュラオンの力を部下たちに誇示するためだった。


 アンシュラオンに関しては、いまだ懐疑的な見方をする者たちも少なからずいる。


 特に昨晩のような破天荒な振る舞いは、騎士たちからしてみれば異質でトラブルの種になってもおかしくはない。


 それを未然に防ぐためにガンプドルフ自らも加担した、というわけだ。



「わしにも何が起きたのか理解できなかった。彼は強すぎる。あれほどの武人はそうそうお目にかかれるものではない。閣下が惚れ込むのもわかるというものだ」


「………」


「悔しいか?」


「いえ、むしろ自分が恥ずかしいのです。私は自らの感情で戦おうとしていた。騎士としてあるまじきことです」


「騎士とて人間よ。このような地では統制も緩くなるものだ。わしらのように頑なに騎士であろうとするほうが、むしろ異常なのかもしれぬな」


「…バルドロス殿は、かの御仁をどう見られました?」


「まだわからぬ。武においては文句のつけようもないが、それ以上のことまでは見通せぬ。しかし、一つの結果は出た。外に出て自らの目で確かめるとよかろう。わしは『殿下』の面倒があるゆえ、ここで失礼する」



 そう言うと、バルドロスは出ていってしまった。


 彼も昨晩の一件に不満と不信を抱いていた者の一人だが、一度退役していることもあり、ガンプドルフのやり方に異を唱えるつもりはないようだ。


 『守護騎士』という特殊な役割があるゆえに、あまり俗事に関わらないようにしている節もある。


 ともあれ、勝負の結果は誰が見ても明白だ。



「一撃、か。まさに一秒ももたぬとは」



 掌底を受けたはずの胸を見るが、そこは傷一つない綺麗なものだった。


 アンシュラオンの一撃は軽く触れただけのもので、そこから浸透させた命気で一時的に意識と身体の自由を奪ったのだ。


 三時間も眠っていたのも計算の内に違いない。


 だが、負けたはずなのに心にわだかまりは何一つなかった。


 むしろこの一撃によって、自身の中にあった『小さな淀み』が消えてしまったかのようだ。


 かつてアンシュラオンと初めて戦い、軍事キャンプに戻ってきたガンプドルフはゼイヴァーたちにこう語った。



「彼は【野性の太陽】の如き少年だ。その言葉も姿も眩しく輝いていて、夜の中にあっても誰一人として見失うことはないだろう。彼の中には強大な強さと危うさ、そして厳しさと甘さがある。あれは間違いなく【珠玉の聖剣】だ。ただし、【最凶の魔剣】になる可能性も秘めている。絶対に敵にしてはならない。太陽は東から昇る!! 何を犠牲にしても味方に引き入れるのだ!!」



 これだけを聞けば、もう完全に「首ったけ」。


 アンシュラオンという人物に惚れ込んでやまないのだ。


 だが、それはあくまでガンプドルフの意見。ここにいる全員が完全に納得したわけではない。


 ゼイヴァーも今の今まで、心のどこかで懐疑的な側面があったことを知る。



(肩書きは関係ない。彼そのものから光が溢れているのだ。これが閣下が惹かれた太陽の光…か)



 太陽は影も生み出すが、触れた者に強さと慈悲を与えるものだ。


 干した布団の匂いを嗅いだ時のように、健康的な温かい力は次に進む活力となっていく。


 ゼイヴァーは着衣を整え、扉を開けて外に出る。



「おお! そこだ! いけ!!」


「なめてんじゃないよ!! おら!!」


「あー! なに負けてんだ! ざけんなよ!」


「次のやつもかかってきな! いくらでも相手になってやるさね!」



 そこではベ・ヴェルが、兵士たちと模擬戦をやっているようだった。


 違う場所ではサリータも模擬戦を行っているので、午後の個別訓練が模擬戦に変更されたと思われる。


 おそらくはさきほどの戦いに触発されて身体が熱くなってしまったのだろう。両者ともに全力でぶつかっていることがわかる。


 その視界の隅で、模擬戦を見物しているアンシュラオンの姿を発見。



「アンシュラオン殿!」


「ああ、起きたんだ。身体に異常はない?」


「問題ありません! それより大変申し訳ありませんでした!!」



 いきなりゼイヴァーが土下座。


 しかも額を地面に強烈に叩きつける本気のものであり、土が抉れて顔がめり込むほどであった。


 それにはアンシュラオンもドン引き。



「え? いきなりどうしたの? 頭は打ってなかったと思うけど…」


「自分は、自分はなんとなさけない! 愚かな感情に支配されて心が曇っておりました! 猛省しております!」


「あ…うん。そう…なんだね」


「このようなご無礼、本当ならば自害してしかるべきでありますが、まだ死ねぬ身! どうぞお許しください!」


「ちょっと何を言っているのかわからないけど、土下座はやめてよ。みんなが見てるからさ」


「お許しいただけるまでやめません!」


「許す! 許すから! 気持ち悪いからやめて!」



(この人、予備動作なくいきなり自己の感情をぶつける癖があるんだよな。それだけ強い意思を持っている証拠なんだけどさ。いきなりは怖いって)



 ゼイヴァーに限らず世の中で怖い人種の一つが、自分の中で会話が成立してしまうがゆえに、発露した瞬間にはすでにヒートアップしている者たちだ。


 特定の思想を持ち、最初からキャッチボールを否定している者たちによく見られる症状である。良く言えば一途だが、悪く言えば自己中といえる。


 だが、彼には反省する謙虚さがあった。それもまた魅力なのだろう。


 アンシュラオンに許され、ようやくゼイヴァーが頭を上げる。



「正直に申し上げれば、あなたのことを信じきれないでいました。それが戦いにも出てしまったのです」


「人間だもの。そりゃいきなり他人を信用なんてできないし、しないほうがいいよ。オレたちは利益で繋がっているだけだ。君たち騎士とは根本から在り方が違うのさ」


「ですが、あなたからは強い芯を感じます。何者にも屈さない信念のようなものです」


「唯一君たちと共有できるものがあるとすれば、お互いに何があっても負けちゃいけないってことだけさ。ハングラスを含め、三つのうち一つでも欠けたら、この夢は終わりだ。だからDBDが潰れることをオレは望んでいない。そのためなら策を講じることもある」


「昨晩のこと…ですか?」


「見てみな。少しは効果があったみたいだよ」



 サリータやベ・ヴェルと戦っている兵士たちは、なんとなく緩んでいるようにも見える。そこにいつもの気迫はない。


 がしかし、昨晩女性と関わったことで『溜まっていたもの』が出て、妙にすっきりした顔をしている者も多い。


 ゼイヴァーが言っていたように糸が切れたからだ。


 だがそれは、良い意味での切り方である。



「DBDは背負っているものが重すぎる。少しは軽くしてやらないとおっさんだって大変だ。もし騎士団を抜けたいと考える者がいてもいいじゃないか。その分、新しいものを入れればいい。大丈夫、離脱者はオレの商会で面倒を見るよ」


「っ…!」



 その瞬間、ゼイヴァーに電撃が走った。



(そうか…『脱落者』が出ることが怖かったのだ。だから必要以上に厳しくしてしまった)



 忠義に厚い騎士とて、いつ心が折れて離脱するかわからない。


 仲間が減れば、それをきっかけに一瞬で瓦解してしまう。そんな恐怖心を誰もが抱いていた。


 それが知らずのうちにゼイヴァーたちを蝕んでいたのだ。



(そうだ。新しく入れればいい。血を失ったのならば、また作ればいい。外から入れてもいいのだ。そんな簡単なことにも気づかないとは…私は愚か者だ)



「感服いたしました。あなたこそ我々の太陽なのですね」


「いやいや、いちいち大げさだってば。ここは西大陸とは違うんだ。ルシア帝国だって近くにいないし、守るべき国もない。だったら『攻めなきゃ駄目』さ。欲しいものがあったら力ずくでも手に入れるんだ。この荒野では、それが自然の営みなんだからさ」



 その言葉は、まさに野生の太陽に相応しい。


 騎士のように培養されたものではなく、荒野から生まれた生命力そのものだ。



「私にできることがあれば何でもおっしゃってください。そうしなければ気が収まりません」


「真面目だねぇ。それなら模擬戦でいいからサナと勝負してあげてよ。今日は無理だから、この合同演習中でいいよ」


「彼女と…ですか?」


「まだ君たちのほうが上だけど、数ヶ月後はどうなっているかな。じゃ、オレは用事があるから行くね。ゼイヴァーさんも少し肩の力を抜いていこうよ。今日はいい天気だ。たまには休むのもいいさ」



 アンシュラオンは、するすると模擬戦の中をすり抜けて行ってしまった。


 後姿は少年だが、その背中に他者とは比べ物にならない大きなものを感じる。



(なんと寛容で、なんと大きく、なんと広いのか。この絶望の荒野を切り拓くには、彼のような『英雄』の器が必要なのだ。この命にかけて私は騎士であろう。今までよりも心が強い騎士に)



 アンシュラオンの光が騎士たちを照らしていく。


 迷ったのならば太陽を目指せばいい。


 彼だけはいつも同じ場所で輝いているのだから。



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