504話 「軍事演習 その1『とっておきの策』」
夏の日差しが北部をじわじわと焼き始めた頃。
アンシュラオンたちは再び『魔獣の狩場』に赴いていた。
前回来た時は手付かずの大自然といった様相だったが、この二ヶ月で一気に開拓が進んでおり、草原地帯と山の一画が整地されて簡易的な防塞が造られるまでになっていた。
ハングラスが関わったことで物資が安定供給されただけでなく、無為に隠れる必要がなくなったのだ。
これはあくまでハングラスの開拓事業の一環であり、ガンプドルフたちはその作業員に扮しているからだ。
軍事キャンプともだいぶ離れているし、人の出入りは厳重に管理しているので、よほどの能力がなければ遠目から見破ることは難しいだろう。
「やあ、おっさん。しばらくぶりだね」
「少年か! よく来たな!」
「その姿も似合っているよ。さすがに貫禄がありすぎるけどね」
「もともと下っ端から這い上がってきた身だ。こういう仕事も慣れているさ。皆と汗を流すのも悪くはない」
出会ったガンプドルフは、提督閣下とは思えない作業着を着ていた。
聖剣だけはどうしても外せないので布で包んで隠しているが、予備のロングソードを除けば、その姿は労働者となんら変わらない。
しかし、階級などは気にせず、兵士らと同じ立場になって同じ労働をするからこそ、この男は部下からの信望が厚いのである。
その証拠に、作業に従事している騎士や兵士たちに不満の色はない。
リーダーであるガンプドルフが諦めない限り、彼らも諦めないという強い結束力が垣間見える。
(すごい統率力だ。これは真似できないな)
ガンプドルフの統率は「SS」なので、相当な補正が部下にかかっていると思われる。
依然として「F」のままのアンシュラオンとは雲泥の差だ。
「もうすぐハングラスの部隊も来るよ。約束していた造船技師たちを連れてくるはずだ」
「ついにか。少年たちには手間をかけさせたな」
「先が長い事業だからね。まだまだこれからさ」
今回の目的は、戦艦や船の製造を行う造船技師たちを安全に送り届けることだ。
彼らはゼイシルが密かに交渉して集めた者たちで、新型ギアスに関しても了承してくれている。
集まった者たちは、単純労働者を入れて約350人。
機密性が高い仕事のために人員を厳選した結果、この数に落ち着いたが、中には西側で戦艦の製造に携わっていた亡命者も含まれていた。
彼らは西側勢力がいる南部を嫌って北部に逃げてきた者かつ、自身の能力を生かしたいと願う職人たちだ。
当然DBDも西側勢力なのだが、彼らの惨状は広く知れ渡っており、自身と同じ立場だと同情する者たちも少なくない。
こうした職人たちは表立ってハローワークに登録できないため、いわゆる闇ブローカーを通じて仕事を斡旋してもらう。
運が悪いと悪徳商会に引っ掛かるが、大手のハングラスが接触したことで安心して大勢の職人が参加することになった。
機密さえ守れば給料や待遇も良いのだから、亡命者の彼らからすればこれほど待ち望んだ仕事もないだろう。
「演習のほうもよろしくね」
「ああ、任せておけ。君の部下をしっかりとしごいてやろう」
アンシュラオンたちにとっては、DBDとの軍事演習も大きな目的の一つだった。
大きな戦いがない今、ここで現在の実力を確認しつつ、底上げがどれだけできるかが重要となる。
「だが、まずはハングラス陣営を受け入れるのが先だ。君もゆっくりしてくれ。今日は宴を開こう。皆も喜ぶ」
「わかった。こっちも準備を手伝うよ」
その後、グランハム率いる警備商隊も合流。
造船技師の受け渡しを終えると、一部の隊以外は帰っていった。
ハングラスは流通を担当するため、翠清山の戦いが終わってからのほうが忙しいのである。
とはいえ、総隊長であるグランハムはしっかりと残っていた。
「忙しいんじゃないの?」
「サナがいるからな」
そんなアンシュラオンのツッコミにも平然と返す始末だ。
しかし、本当の狙いは別のところにある。
「それも半分は本音だが、もう半分はDBDの実力を探るためだ」
「そう簡単に見せてはくれなさそうだけどね」
「それでもかまわぬ。しかし、命を託すのだ。能力の把握は必須であろう」
「グランハムたちにとってみれば、おっさんは西側からやってきた武装勢力だ。いきなりすべてを受け入れるのは難しいよね。そうだと思って『とっておきの策』を用意したんだ。楽しみにしておいてよ」
「また何かするつもりか。まあ、今回は高みの見物といこう」
同盟を結んだとはいえ、まだまだ信頼関係が築けたとは言いがたい。
ガンプドルフが宴を提案したのも、少しでも交流を図るためである。
が、その夜の宴で大きな異変が起きた。
「さぁ、みんな。ここが会場だよ! 好きにやっちゃって!」
「きゃー、楽しみにしてたのよー!」
「あらあら、若くて逞しい人が多いのね!」
「素敵なおじ様もいるじゃないの! 私がもらうわ!」
アンシュラオンの掛け声とともに、パーティー会場に【女性の群れ】が流れ込んでいく。
パーティー会場といっても、ここは魔獣の狩場。せいぜい土の大地に板が置かれただけの簡素な場所だ。
それゆえに着飾った女性たちがいることには大きな違和感があった。
これに驚いたのは、ほかならぬDBDの騎士や兵士たちだ。
前回赴いた時にも性欲を我慢している節があったくらいである。妙齢の女性がいきなり現れれば困惑するのも無理はない。
必死に自制心で耐えているが、積極的に身体を寄せてくる彼女たちの前にたじたじだ。
「アンシュラオン殿! これは何事ですか!」
「あっ、面倒なのが来た」
この事態に真っ先に文句を言いに来たのは、やはりゼイヴァーだった。
女性への謎のフェミぶりを発揮する彼のことだ。こうなることは想定済みである。
「どうせまた、女性を性的搾取するな、とか言いたいんでしょ?」
「それがわかっておられながら、どうしてこのようなことを!」
「誤解しないでほしいな。彼女たちは自発的にここに来たんだ。ほら、無理やり連れてこられたなら、あんなに素敵な笑顔にはならないでしょ?」
「自発的? なぜですか?」
「そりゃ『婚活』だからだよ」
「は?」
「こんかつ、つまりは【結婚活動】だ。結婚相手を探しに来たのさ」
「け、結婚!? 意味がわかりません!!」
「言葉通りの意味さ。ここにいるのは伴侶を探しているという正当な理由を持った女性たちなんだ。ほら、ゼイヴァーさんにも注目の視線が注がれているよ」
「うっ、なにやら悪寒が…」
今回は作業員という体なので、ゼイヴァーもTシャツにジーンズといったラフな格好であるが、あまりのイケメンぶりに女性から熱視線を送られていた。
それはまさに獲物を狙う肉食動物の視線。
結婚を狙う女性は、この世でもっとも怖ろしい存在だ。その視線に晒されれば、ゼイヴァーといえども気分を害するほどである。
そう、アンシュラオンが連れてきた女性たちは、べつに風俗店に関わるような夜の女性たちではない。
年相応に結婚を考え始めた若い子や、すでに離婚したり死別したりと伴侶を失っている未亡人等々、年齢層は二十歳から四十歳くらいの女性たちが中心だ。
さすがに翠清山で夫が死亡した者は含まれていないが、それでも結婚志願者は多いものである。
結果、およそ七十人もの女性を集めることに成功している。
「女性だって男が欲しいものでしょ? それとも女性には異性を求める権利はないのかな?」
「そ、そのようなことはけっして…! ですが、よりにもよってここに連れてくるなど、あまりに非常識ではありませんか! 情報が漏洩したらどうするのです! 死活問題ですよ!」
「全員に強制ギアスをかけているから大丈夫だよ。情報を洩らそうと思った瞬間には死ぬからね。無理やり解除しようとしても爆発するし」
「そ、それこそ女性の権利侵害ではありませんか!?」
「それって逆に差別じゃない? 造船技師の中にだって女性はいたでしょ。女性が望んでいるんだから、それを叶えることは良いことだ。違う? ねぇ、違うの?(ねっとり)」
「ですが!」
「あー、はいはい。それなら他の人に訊いてみようよ。みんなはどう思っているの? はい、どうぞ」
「ゼイヴァー、アンシュラオン殿の好意を無下にするわけにもいかない。苦難を受け入れるのも騎士道ではないか」
「そうだぞ、ゼイヴァー。これは貴重な交流会なのだ。個人の意見を押し付ける場ではないだろう」
「貴様ら!! 裏切ったな!」
次々と仲間内から歓迎する意見が出てきて、あっさりと見捨てられるゼイヴァー。
だが、そもそも裏切ってなどいない。彼のほうが特殊なのである。
「少年、さすがに驚いたぞ」
そこにガンプドルフがやってきた。
昼間とは違い、ちゃんとした格好だが、偽装のために傭兵風のいでたちだ。
「閣下!! なんとかおっしゃってください! これでは風紀が乱れる一方ではありませんか!」
「言いたいことはわかる。しかし、少年にも意図があろう」
「そうそう、意図があるんだよ」
「それはどのような意図なのですか! ご説明願います!」
「ゼイヴァーさん、人間はそんなに我慢を続けられる生き物じゃない。一度吐き出さないともたないのさ」
「しかし、一度切れてしまえば、もう戻りません!」
「だからさ、それが無理なんだってば。その自覚がある段階で限界が近いってことだ。それに、精神が弱っていると敵に操作される可能性だって高まる。これもリスク管理なんだよ。大丈夫、詳細な素性までは教えていないよ。女性にとってそんなことはどうでもいいからね。定職に就いている健康な男性、それだけで十分だ」
「か、閣下! 止めてください! あまりに横暴です!」
「もう手遅れだ。しばらく様子を見ればいい。それで答えが出る」
「ぬぐぐ、私は認めませんからね!」
ゼイヴァーは、ぷんすか怒って行ってしまった。
ヤバいやつがいなくなったところで、改めてガンプドルフに訊いてみる。
「で、実際のところはどうだったの?」
「君が指摘したように限界が来ている。このようなことは私からは口が裂けても提案できぬことだ。まだどうなるかわからぬが、何も手を打たないよりはましだろう」
「この地に身を置くんだ。もういいよね?」
「…そうだな。そういう者がいてもいい。もとより私は一切強要したくないのだ。騎士といっても一個の人間なのだからな」
少しだけ寂しそうにガンプドルフは宴を見つめる。
この中には祖国に家族や伴侶を置いてきた者もいる。そういう者たちは誘惑があっても我慢するだろう。
しかし、伴侶を失った者や結婚したことがない若い者は、彼らとは条件が大きく異なる。
いずれ我慢も限界に達し、それによる何かしらの弊害やトラブルが起きていたかもしれない。
翠清山においても、ハイザクが弱ったところをクルルザンバードに乗っ取られたものだ。
平時ならば無理だったことからも、心身が弱ることがいかに危険かがうかがい知れる。
「無理はしないほうがいい。無理は…ね。続かないからさ」
前世の記憶があるアンシュラオンにもガンプドルフの気持ちがよくわかる。
だが、やはり無理はできない。なぜならば世の中にあるすべての要素は、人が成長するために必要だからだ。
綺麗な水だけでは生物は死滅する。汚く見える水にこそ栄養はあるものだ。
「さあ、料理も良いものを出すよ。うちには凄腕の専属料理人がいるからね!」
今度はミャンメイが作った料理を女性たちが運ぶ。
ホロロの姿勢良く慣れた手付きで配膳する様子は、まるで高級ホテルにいる気分にさせてくれる。実際に勤めていたのだから錯覚ではない。
セノアが初々しく運ぶ様子には、自分の子供を見るかのような温かい視線と、少女と女性の中間の時期だけが醸し出す独特な魅力に見入る視線が交じる。
ラノアに至っては、かなりおぼつかない様子なので、庇護欲から思わず助けてしまう者が続出。
ユキネはもちろん大人気。明るい声を聴きながらご飯が運ばれるとなれば、こんなに嬉しいことはないだろう。
いつもならば食事を後回しにしている者も、彼女たちが呼びに行くことで頬を緩ませながら喜んで参加する。
こうしてあっという間にテーブルは、大人数の男たちに占拠されることになった。
「うまい!! 美味いです!! これが愛情一杯の手料理!!」
「ど、どうも、恐縮です!! ああ、美人さんだなぁ…。メイド…いいなぁ」
「ありがとう、お嬢さん。国に残してきた娘を思い出すよ」
「お嬢ちゃんも食べるかい。これ、美味いよ」
「甘い…甘い。甘味なんて好きじゃなかったけど、これはいけるな」
残念ながら女性に手が出せない者たちも料理を堪能し、それをきっかけに交流している様子が見て取れる。
軍人にとって食事は生命保持に必要な『任務』だ。
栄養が摂れれば味付けはどんなものでもよく、こんな非常時で文句を言う者もいない。
がしかし、食事は『娯楽』でもある。
同じ材料を使うのならば美味しいほうがいい。温かいほうがいい。楽しい会話をしながら食べるほうがいい。女性が作ってくれたほうが男は嬉しい。
そんな当たり前の状況がここでは珍しく、貴重なのだ。
ガンプドルフも久々の活気に目を細める。
(これこそ本来の生活なのだ。我々が失ったものが戻ってきた。それを責めることはできない)
ゼイヴァーの言うことも、もっともだ。気持ちはわかる。それだけ彼らは厳しい生活を送っていた。
だからこそ切れた時が怖いのだが、どうせいつか切れるのならば、ここで一度切ってしまうのも手だ。
そして、もしこの地に本気で根を下ろすのならば、過去を忘れて未来を選ばねばならない。
それはつまり、祖国で犠牲になった家族や伴侶を一時的に忘れることを意味する。
ゼイヴァーにはそれができない。それだけのことだった。
夜が明けると昨晩の結果が出ていた。
中には女性と親密になって、出会ったばかりではあるが、その欲望を吐き出した者もいた。
これに関しては、相手も了承の上なので問題はまったくない。部屋が空いておらず、一部の者たちは野外プレイになってしまったこと以外は。
だが、それもまた荒野では普通のことであろう。
また、さまざまな事情から手が出せなかった者たちも、そうした者たちへの羨望や嫉妬を交えつつ、この東大陸には『自由』があることを知った。
それによってガンプドルフが、本気で国を再興しようとしていると改めて気づいたのだ。
一方で、この事態に驚いて嫌悪する者たちもいる。
その筆頭がゼイヴァーではあるが、それ以外にも多少はいるようだ。
(そりゃそうだよな。いきなり入ってきた異物を拒絶する者だっているさ。むしろ、それが普通の反応だ)
これは女性たちのことだけではなく、アンシュラオンに対する感情でもある。
なぜ今回これほどの荒療治をしたかといえば、前回の会合の時から不穏な気配を感じていたからだ。
どこの組織にも排他的な考えを持つ者はいるが、DBDの場合は、自分の力だけでは抜け出せないところまで追い詰められていることが最大の原因である。
そうした者たちには、さらなる荒療治が必要だ。
「おっさん、手筈通りに頼むよ」
「わかった」
アンシュラオンたちは朝食後、見張りの者たちを置いて魔獣の狩場の奥地に移動を開始。
以前来たキャンプに到着すると、整列した騎士と兵士たちの前でガンプドルフが驚きの宣言をする。
「これより『模擬戦』を行う。戦うのは、私とサナ、ゼイヴァーとアンシュラオンだ。午後からはそれぞれ個別訓練に入れ。今日の予定は以上だ」
その言葉に何も知らされていなかった騎士たちがざわつく。
それも当然。
この提案は、さきほどしたばかりだからだ。
ゼイヴァーも知らされていなかったので驚きで硬直している。
「どっちからやる?」
「君の妹の手並みを見てみたい。私からいこう」
「それは楽しみだ。オレとしても助かるよ」
誰もが困惑した感情を抱く中、着々と準備が整えられる。
といっても、すでにキャンプに移動してきたので、周りは大自然が広がっているだけだ。
森林内の適当に開けた場所で模擬戦が行われることになった。




