503話 「ミャンメイとロゼ姉妹の魔石」
午前中。
ようやく媒体の目処が立ったため、ミャンメイとロゼ姉妹を白詩宮の地下に呼ぶ。
今まではガンプドルフからもらった紫の精神タイプのジュエルを使っていたので、ギアス自体はかかっていた。
これはこれで品質が高く、出力に問題はないのだが、やはり魔獣鉱物といった特化型には及ばないのが実情だ。(こちらのジュエルだと魔石獣も出現しない)
汎用型の通常蜘蛛のジュエルも魔獣鉱物といえばそうなのだが、希少度が低いせいか特殊な力は発揮しない。
サナやユキネらの魔石がそうであるように、討滅級ならば群れのリーダーや特殊個体のような珍しい魔獣、通常個体の場合は最低でも殲滅級以上でないとキャパシティが不足してしまうようだ。
ゆえに、ひとまずギアスだけかけておき、それから三人に見合うジュエルをじっくりと選んでいたのである。
「まずはミャンメイだね。準備はいいかい?」
「はい、旦那様」
ミャンメイの手には、水色の透き通った魔石があった。
これは『パーンアイニス〈水精山羊〉』という討滅級の山羊型魔獣のジュエルだ。
人里離れた山奥の水辺にしか生息しない希少種であり、その美しい容貌から毛皮や角が目当てでハンターたちに乱獲され、すでに絶滅してしまった種といわれている。
貴重なので簡単に手に入るものではないが、「アーパム財団が希少なジュエルを欲している」という噂を商会組合に流しているので、何もしなくても商人たちがこぞって石を運んできてくれる。
これらは主に鑑賞用の『宝石』として売られていることが多く、一般人が気軽に買えないこともありがたい側面だ。アンシュラオンは金に糸目をつけないので、宝石商も贔屓にしてくれるのである。
偽情報を見破ることも可能なので、その中から品質の高いものを選べることも大きなメリットだろう。(玉石混交でクズジュエルもかなり交ざっている反面、当たりもそこそこある)
その『パーンアイニス〈水精山羊〉』のジュエルをはめるのは、小百合と同じく【指輪】タイプの媒体だ。
料理をする彼女にとってはやや邪魔かもしれないが、当人たっての希望で指輪が採用されることになった。
アンシュラオンは、それを彼女の『左手中指』に差し込む。
「ファン・ミャンメイ、君をオレのスレイブにするよ。いついかなる時もオレとサナの近くにいて尽くしてほしい。従者として、その生命が尽きる瞬間まで絶対の忠誠を誓ってくれ」
「はい、どんなに苦しい時も諦めず、しっかりと前を向いてサナ様を助ける力になると誓います」
「その代わり、オレは君を常に満たし、安らぎと穏やかさを与えると約束する。生活を保証し、愛を与え、富める時も病める時も、喜びの時も哀しみの時も、全力で守ると誓う」
「ああ、これが私の望んだ安らぎ…。もう誰にも脅かされることはないのですね」
光が広がっていき、映像が脳裏に映し出される。
ミャンメイが今と変わらない若さで巨大な都市にいた。
そこで彼女は、何千万という人々の食を担う料理組織の長として君臨しており、都市の生命線の一つを守っていた。
彼女の温和な雰囲気は、常に人々に笑顔をもたらす。食事の際は誰もが心を開くからだ。
人は食べ物があれば簡単には死なない。そこに行けば助けてもらえる。その安心感が人々の心を優しく包むのである。
それと同時にサナたちの料理も作り続け、いつも当たり前のように傍にいて見守ってくれるミャンメイは、まるで母のような存在であった。
(いい目だ。自分のやるべきことが明確になったことで、瞳からも強い意思の力を感じる。君が家庭を守ってくれるのならば、オレは外からの害悪から全力で守ると約束しよう)
映像が光に吸収され、術式となってジュエルに収まっていった。
これで再契約は完了だ。
「ミャンメイ、気分はどう?」
「とても温かい力に守られているようです。今ならば何も怖くありません」
「アル先生のほうは?」
「問題ないアル。実に素直な反応ネ」
ミャンメイはもともと受容的だったこともあり、ギアスのシンクロ率も極めて高かった。
伴侶扱いではないものの、それでも満足そうに指輪を撫でている。そうした無欲なところも魅力的な女性である。
(オレはこういう女性こそ評価したいと思っている。食というものが、いったいどれだけサナたちの支えになっていることか。ミャンメイ、君の存在は地味かもしれないが、生活になくはならない大事なものだ。これからも頼らせてもらうよ)
誰しも派手なものに目を奪われるが、本当に大切なものは素朴さの中にあるものだ。
毎日の平凡な生活をしっかり生きる。
それができるのもミャンメイのような女性がいるからである。
「次はセノアだ。準備はいいね?」
「は、はい…。よろしくお願いします」
「その前に一つ。君は魔獣に対して恐怖心があるよね? あんなのがいたら誰でも怖いけど、マスカリオンに対しての怯えようは尋常じゃなかった。それは両親を魔獣に殺されたからだ」
「………」
「では、そのトラウマを払拭するためにはどうすればいいと思う? 一番簡単なことは『受け入れる』ことだ」
「受け入れ…られるのでしょうか」
「普通ならば難しいだろう。君も克服しようと思っても駄目で、何度も苦しんだはずだ。オレもすぐに受け入れろとは言わない。でもね、オレは君に自信と誇りを持ってほしい。人生を楽しく生きてほしい。そのために自分自身を受け入れてほしいんだ」
「私自身を?」
「君が一番怖がっているのは、ほかならぬ自分自身だからだよ」
「っ…」
両親が殺された時も何もできず、守らねばならない妹のラノアともはぐれてしまった。
何度も後悔したが、一番の苦痛は自分の弱さとなさけなさだった。
だから彼女はいつもビクビクしている。無理をしてでも誰かの求めに応じようとしている。
そうすることで弱い自分を慰め、認めようとしているのだ。
それは激しく傷ついた心を癒すための防衛本能ともいえるほどに、あまりに痛々しい。
「この魔石は君の能力を支え、必ずや助けになってくれる。困った時、つらい時、一緒になって戦ってくれる。そして、それがオレとの絆になり、絶対の安心感になってくれることを祈るよ」
「ご主人様……はい、受け入れます。がんばって…みます」
「いい子だ。君はきっと素敵な女性になるよ」
アンシュラオンが、セノアの首にペンダントをかける。
使うジュエルは、ガンプドルフからもらったものの一つで、『エンシェント・バラ〈古き虚構の紅蜘蛛〉』という殲滅級魔獣の眼を加工したものだ。
この魔獣は物理戦闘力が極めて高く、あの剣豪に聖剣を使うことを決意させたほどの難敵である。
(セノアは術士の卵だが、まず彼女が求めるのは身の安全だろう。そして何よりも、大切な妹を守るための力のはずだ。だから互いに惹き合ったのかもしれないな)
セノアに魔石を選ばせた時、このジュエルと高い親和性を見せた。
それはアルも驚くほどのもので、ギアス無しでもシンクロ率が90%を超えていたのだ。
つまりは、何もしないでも『エル・ジュエラー〈世の声を聴く者〉』になるだけの資質を持っていることを意味する。
ただし、他の魔石はまったく反応しなかったので、この魔石限定でのことだ。
なぜそうなったのかはわからないが、セノアの魔石はこれで間違いない。
「セノア・ロゼ、君をオレのスレイブにするよ。いついかなる時もオレとサナの近くにいて尽くしてほしい。従者として、その生命が尽きる瞬間まで絶対の忠誠を誓ってくれ」
「はい、誓います」
「その代わり、オレは君に勇気と誇りと、女性としての人生の豊かさを与えると約束する。生活を保証し、愛を与え、富める時も病める時も、喜びの時も哀しみの時も、全力で守ると誓う」
「偉大なる主人、アンシュラオン様。私はあなたとサナ様のためにすべてを捧げます。この臆病な心もあなたに捧げます」
(ああ…大きい。何かとても大きくて熱い力が…私の中に溢れて…身体中に広がっていく。私自身が溶けて…なくなり……そう)
ジュワァっと身体が溶解し、心と混じり合って広がっていく感覚。
アンシュラオンという要素が中に入って、自分と区別がつかなくなる感覚。
熱と光に包まれ、セノアが初めての―――絶頂
あまりの激しい熱情に意識を失い、倒れそうになったところをアンシュラオンがキャッチ。
「アル先生、セノアは大丈夫?」
「感受性が豊かなだけネ。少し制御できていないところがあるけど、術士の才能があるからすぐに慣れるはずアル」
「それはよかった。殲滅級魔獣の魔石だから力が強すぎたのかもしれないね。じゃあ、次はラノアだ」
「あーい!」
続いて、ラノアの番だ。
もうすでに予想がついているだろうが、ラノアにはセノアに渡したものの対となる『ハイクイーン・バラ〈古代女王白蜘蛛〉』のジュエルを使う。
純白のジュエルは透明度が高く、内部で光が反射してダイヤモンドのように輝いている。
こちらも姉と同じくペンダントにしてラノアの首にかけてあげる。
まだペンダントのほうが大きく見えるが、彼女が成長していくにつれて馴染んでいくだろう。
「ラノア、蜘蛛は好きか? 真っ白ですごく大きな女王蜘蛛だったらしいぞ」
「うん、すき!」
セノアとは違い、ラノアに魔獣への苦手意識はないようだ。
まだ理解が乏しいだけかもしれないが、障害が少ないことはありがたいものだ。
「今から君は女王蜘蛛の力を引き継ぐ。対の魔獣だから、お姉ちゃんと一緒に動くことで最大限の力を発揮できるようになるはずだ」
「ねーねといっしょ、うれしいよ!」
「君たち姉妹が末永く仲良くあって、オレとサナのためになってくれることを祈るよ。その代わり、ラノアには楽しい体験をたくさんさせてあげよう。十分な幸せと実りを与えると約束する」
「うん、えーと、アンシュラオンさまとサナさまのために…ぜんぶをささげます! やくそくだよ!」
「ありがとう、ラノア。君にギアスの祝福があらんことを」
術式の光が広がり、ジュエルに注がれて再契約は無事完了。
「んんっ…」
「ラノア、大丈夫かい?」
「んーー、んーー、くすぐったいかんじ」
「そうか。よしよし、これでもう安心だぞ」
「んふふ、きゅっきゅっ」
頭を撫でてあげると子猫のように擦りつけてくる。その様子も子供らしくて愛らしい。
彼女はまだ発展途上のため、セノアほど性的な感受性が高くないようだ。
一方で術士としての許容量はセノアよりも上であり、力を上手く受け入れている様子も見て取れる。
物怖じしない性格からも、将来はきっと大物になるに違いない。
そして、三人のギアスをかけ終えた瞬間、アンシュラオンは今までとは違う『閃光』に包まれた。
大人になったサナがいる。
いまだ美しいままの小百合がいる。ホロロがいる。マキがいる。ユキネがいる。
力強い騎士になったサリータがいる。ベ・ヴェルがいる。ミャンメイがいる。
成長して、より女性らしい身体つきになったセノアとラノアもいる。
彼女たちは笑っていた。楽しそうに、歌うように世界を祝福していた。
サナも―――笑っていた
(ああ、これでいいんだ)
自分がやっていることは正しかった。
選んだ女性たちは間違っていなかった。
サナがサナであるために、彼女の使命を果たすために必要な人材が集まっていく。
それは偶然ではなく必然であると。
アンシュラオンにできることは、力を与え続けることだけ。荒くれ者をまとめ上げ、サナの支えにしてあげることだけだ。
それ以上は望まない。名誉や楽しいことは全部サナのために存在すればいい。
閃光は静かに消え、目の前にはまだ子供のサナが立っていた。
「サナ、家族がいっぱいできて嬉しいな」
「…こくり」
「もっとたくさんの仲間を作ろう。その分だけお前は成長することができるはずだ」
「…こくり、ぎゅっ」
「ありがとう、サナ。おかげで少しは人間らしくなってきたよ。オレを人にしてくれてありがとう」
もし姉と一緒のままだったら、きっと単なる魔人になっていただろう。
もともと地上世界は嫌いだった。浅ましい人間も嫌いだった。
そんな男が力だけを持てば、すべてがつまらなくなり破壊を求めていたはずだ。
それが、たった一人の少女によって助けられた。
(そうだ。救われたのは―――オレなんだ)
アンシュラオンとサナを中心に人が集まってきた。
白だけでは強すぎる。黒だけでは儚すぎる。
女神マリスの光を女神マグリアーナの闇が包むように、両方が存在してこそ本当の輝きを放つのだ。
∞†∞†∞
後日、三人に変化が訪れた。
まずはミャンメイの魔石が力を発揮。
新たにギアスをかけてから、彼女が触れた食材や料理が『腐らない』ことが判明する。
これは『水精の水袋』という能力で、魔石の力で生み出した袋に食材を入れていると腐敗を予防する効果があった。(触れているものにも効果が付与されるが、生み出した袋に入れたほうが効果がより持続する)
ただし、この能力の本質は『微生物の変質と支配』にこそある。
『腐敗』とは、食品の有機物を微生物が分解する際に、不快な臭いや人体に有害な物質が生まれる現象を指す。
一方で『発酵』も同じ仕組みだが、こちらは人体にとって有用な物質が生まれるので食べても問題はない。
このことからミャンメイの能力は、微生物を操作することで、すべてを有用な物質に変化させるものといえる。
よって、魔石の扱い方が上手くなればなるほど、より旨味のある料理すら作れるようになるのだ。
「ひー! い、『糸』が! また『糸』が出ましたぁああ!」
今度はセノアが、指から出た糸にパニックに陥る。
あの日以来、蜘蛛の魔石の影響からか指や口から糸が出るようになった。
これ自体は無害なのだが、当人はまだ慣れないようで泣きそうになっている。
ただし、この糸は柔軟性がありつつも極めて強固であり、粘着性もあるので好きな場所に張りつけることができる優れものだ。
試しにリンゴに巻き付けて引っ張ったところ、何枚もの綺麗な輪切りが出来たのでセノア自身が驚いていたものである。
しかもこの糸は『糸操作』という蜘蛛の基礎能力のようで、妹のラノアにも出現している。
ラノアに関しては、いつの間にか周囲に大小さまざまな蜘蛛が集まってきて彼女に従う態度すら見せていた。
それを見たアイラは叫んで逃げていたが、アロロなどは蜘蛛が食べてくれるから他の虫が寄り付かなくなったと喜んでいるくらいだ。
三者ともにまだまだ能力が隠れていそうなので、今後の成長が楽しみである。