501話 「僕は『トイレ』を作りました その2『職人の情熱』」
(オレはすごい閃きをした! これこそ女神様の啓示だ!!)
改めて全員を集めて、アンシュラオンはこう宣言。
「【トイレ】だ! オレは【トイレ】を作るぞ!!」
その言葉の意味を理解できず、誰もが首を傾げる。
いきなり興奮した様子で「トイレ! トイレ!」と叫ばれたら、誰だって困惑するに違いない。
ここで本来なら女性陣から質問が飛び出るはずだが、情熱に溢れたアンシュラオンから逆に質問が飛んでくる。
「セノア、君はトイレについて不満はないのか!?」
「ふ、不満ですか?」
「そうだ! 不自由な点はないか? あるなら遠慮なく言ってごらん」
「ええと…特にはありません。むしろ快適ではないかと…。これほど充実したトイレは見たことがなかったですし…」
「なるほど。たしかにうちは高級ホテルと同じ造りをしている。この都市の中でも上等だといえるだろうな。では、トイレが設置されていない野外ではどうしていた?」
「え!? そ、それは……」
「恥ずかしがることはない。大切なことなんだ。ちゃんと教えてくれ! うちに入る前、君が旅をしていた頃はどうしていたんだ!!」
「う、うう…そ、その……つ、つちを……」
「もっとはっきり!!」
「つ、土を掘って……うううう……そ、そこに…」
「用を足したあとは? 何で拭く?」
「す、砂が……多いかと………」
「綺麗な砂が無いときは? 水か? 葉っぱか? 布か? 紙か? 何で拭いているんだ!! どれも無いときは!?」
「あうううう!!」
告発します! セクハラです!!
まだ十二歳のセノアにトイレ事情について迫るさまは、セクハラ、変質者という言葉しか思い浮かばない。
だが当のアンシュラオンは、至って真面目に訊いているのだから困ったものである。
その溢れんばかりのトイレへの情熱は誰にも止められない!
「トイレは毎日使うものだ。であれば、便利で清潔であったほうがいい! そう思ったきっかけはいくつかあるが、一番は『臭い』だな。これはうちの話ではなく都市全体での話だ。ホロロさんはどう思う?」
「ハピ・クジュネは海水を使っているのでまだ良いですが、それでも完全ではありません。住宅街が密集しているエリアでは臭いが気になることもあります。その主な悪臭の発生源がトイレなのは間違いありません。グラス・ギースともなれば、なおさらその傾向が強かったものです」
「だろうね。オレが知る限りでは満足にトイレの掃除もされていないし、回収業者の出入りも少ないようだ。そんな状況では衛生面でも影響が出てしまう。特にオレたちは、これから西部に出かけることも多くなるだろう。知らない土地に行くのだから衛生面に気を遣うのは当然だ。そのために『移動式のトイレ』を開発しようと思っているのさ」
「商売として展開なさるのですか?」
「どうせやるなら金になるほうがいいよね。幸いにも練習で作った燃料ジュエルがたくさん余っている。その使い道になれば一石二鳥だ。まずは自分たち用に作ってみて、上手くいったら販売もしてみたいかな」
「素晴らしいアイデアです。今まで手が付けられていない分野ですし、競合相手も少ないと存じます」
「セノアもそれでいいかな?」
「ええと…今よりもトイレが綺麗になるってことですよね? はい、良いと思います。困っている人も多そうですし、安全で清潔な場所が増えるのは女性にとっても助かります」
「じゃあサナたちも、そういうことでいいかな?」
「…こくり」
ホロロとセノアの意見にサナたちも頷いているが、ここでは『普通の少女』であるセノアの意見がとりわけ重要となる。思考がより一般大衆に近いからだ。
さらにはこうして積極的に意見を促すことで、皆と一緒にいても物怖じしないようになってきたのは朗報といえる。
(とりあえず試作品を開発してみるか。ええと、地球のトイレってどんな仕組みだったかな? 封印解除のおかげで頭がすっきりしたから、前のことをよく思い出せるようになったんだよな)
トイレを一から自作するつもりはない。こちらには元日本人という強みがある。
日本は「ものづくり」の国。「ザ・日本製」こそ至高であるから、そこから知識と技術を拝借すればよいのだ。
その日からアンシュラオンは錬成修練の過程で生み出したジュエルを使い、さまざまな道具の開発に入った。
最初に作ったのは、ドライヤー。
高級ホテルには風を出す道具もあるが、温風を出すものはなかったので試しに作ってみたのだ。
機構は簡単。弱めの火のジュエルで温度を上げた風を噴出するだけだ。
最初は調整を誤って火そのものが出てしまったものの、出力を下げ、さらにジュエル周りを金属素材で覆うことで事故を防ぐことにした。
実際に女性陣に使ってみてもらった感想は上々。髪の毛がふんわりすると好評であった。
開発を続けること、さらに数日。
努力が実り、ようやくトイレの試作品が完成することになった。
「ついに出来たぞ! 名前は『流してうっふん』だ!」
うっふんには、複数の意味がある。
「鬱憤を流してもらう」、「うっ! ふん!」、「ウッ糞」等、トイレとして相応しいものを選んでみた。
が、数秒後に冷静になる。
「…いや、さすがに変か。最近熱中しすぎて、ちょっと頭が変になっているのかもしれないな。たまに変な名前で売り出される商品があるけど、あれってがんばりすぎておかしくなった結果なんだろうな」
ごくごくたまに「よくこの名前でOKが出たな」という商品名を見かけることがある。
普通だったら確実にボツになるであろう名前を、してやったりの顔で堂々と売り出す人々には尊敬と畏怖の念を禁じえない。
自分も危うく同じ轍を踏むところだったので、今後も気をつけていこうと心に誓うのであった。
「おーい、出来たぞー! ちょっと来てくれー!」
サリータたちを森に呼び寄せると、誰もが興味津々といった様子でやってきた。
「見ろ、新しいトイレだ!! なんと美しい曲線美! 惚れ惚れする! トイレメーカーの気持ちがわかったよ! トイレは芸術品だ!」
自分が真剣になって作ったものは、どれも愛らしいものだ。
それがトイレでも愛情は何ら変わらない。
「これがトイレ…ですか?」
「すごい大きいですね…」
サリータとセノアの目の前には、縦横五メートルはありそうな大きな箱状の物体があった。
都市にあるトイレとはまったく趣が違うので、一目見ただけでは用途がわからないのは当然だろう。
「おっと、オレとしたことが興奮していて中を見せるのを忘れていたな。すまんすまん。この階段を上がって入るんだ」
箱に設置されているステップを上り、中央やや上部にある扉を開ける。
その中は、ゆったりとした広いスペースがあり、奥のほうに便器が設置されていた。
「これは座るタイプなのですね」
「その重要性に気づくとは、さすがホロロさん! 丸パクリ…じゃなくて、偉大なる先人の叡智を借りて、これが最適だと判断したんだ」
ホロロが最初に気づいた点は、便器の形状だ。
この地域の便器は、砂や水で拭くことを考慮して『和式』に近い形状をしている。昔よくあった「汲み取り式便所」に近いだろうか。
下に溜める性質上、やはり臭いの元になってしまう欠点があった。
一方のこちらは、現代日本でもよく見かける『洋式』かつ『水洗式』のものだ。
便座は男性でも使いやすいように少し前を空けたタイプであるが、男性は男性で公衆トイレのように専用の小便器を作りたいとも考えている。(一般人は立ちションが多く、それも臭いの元になっている)
「細かく説明する前に、まず使ってもらおうかな。初めて入った人の反応も見たいしね。みんな、尿意や便意は感じているかい?」
アンシュラオンの問いに全員が頷く。
トイレのテストなのだから、肝心の『もの』が出ないと実験にならない。
女性陣には事前に排出用に調整した命気水を飲ませつつ、尿意や便意を我慢してもらっている。
そのため若干顔に赤みが差している者もいるが、そっちの分野に興奮するほど変態ではないので省略である(それなら最初から描写しなければよいのだが)
「では、セノア。君が入ってごらん」
「え? わ、私が一番ですか!?」
「どうせ全員に入ってもらうんだ。誰が最初に入っても同じだよ」
「…は、はい。わ、わかりました」
最初に選んだのは、これまた普通の少女であるセノアだ。
サナは予測不可能だし、ホロロでは頭が良すぎるし、ラノアとサリータでは不器用すぎる。(※マキは門番、小百合とユキネは商会の仕事、ベ・ヴェルは見回り、アイラは一座の舞台で不在)
となれば、やはり彼女をトップバッターにするのが最適だろう。
「き、緊張します」
「大丈夫だよ。中に説明用の張り紙もあるからね。仮にこれが普及した場合、みんな使うのは初めてなんだ。条件は一緒さ」
「そ、そうですよね。これはその…商品の実験なんですよね」
「うむうむ、そうだよ。みんなのためになるし、お金になるかもしれない。サンドシェーカー(トイレで使う砂)を補充する人は汚い人じゃないだろう? みんな仕事でやっているし、役立つためにがんばっているんだ。それと同じだよ」
「わ、わかりました! 私もがんばります!」
「よし、いい子だ! お一人様、ご案内!!」
セノアをトイレに投入して、バタンと扉を閉める。
あとは中に入った彼女次第だ。
(お仕事。これはお仕事なんだ。がんばらないと)
中に入ったセノアは、緊張気味に周囲を見回す。
五メートルという広さの空間は、改めて見ると相当ゆったりしていた。
今まで感じていた圧迫感はまるでない。
(あれ? この匂いは? いい香りがする)
最初に感じたのは、強めの花の香り。
外から見たときは気づかなかったが、部屋の壁は花屋かと思えるほどの美しい花々で彩られていた。
そこから多様な香りがするので不快な臭いはまったくしない。
石床もしっかりと研磨されており、つるりとした光沢の大理石に近い質感だ。
水洗いもしやすく、滑りにくい絶妙の加減に仕上げているところに職人の熱い想いを感じる。
(鏡もあるし、手を洗う場所もある)
壁には洗面台が設置されていて、化粧直しもできるスペースが確保されている。
良い香り、清潔な空間、手を洗える場所。
こうした安心感が、女性に一歩を踏み出す勇気を与えるのだ。
「と、とりあえず便器まで―――わっ!」
便器に向かおうとした瞬間、今度は音楽が流れた。
フルートに似た音色のクラシック調の曲だ。
「っ!? だ、誰かいるの!?」
個室内で人に会うなどトラウマものであるが、もちろん誰もいない。
これはエメラーダが所有していた音楽ジュエルをコピーしたもの(※『CJ』と呼ばれる一般音楽媒体)で、人が入ったら流れるように設定したものだ。
「だ、大丈夫…よね?」
しばらく曲が流れた頃、人がいないことを理解する。
トイレに入るだけで心臓がバクバクするとは、なんとも奇妙な体験だ。
「ええと、まずは蓋をあけ―――わっ!」
セノアが便器に近づくと、今度は蓋が自動的に開いた。
音楽が鳴った時のセンサー同様、これも術式を使ったものだが、停滞反応発動と違って術式ではこういうことが簡単にできるからありがたい。
ただし、それを便器に使った者はいなかったため、目の付け所はさすがといえる。
「す、座ればいいのよね?」
意を決して便器に座ってみる。
が、ここでも衝撃。
「きゃっ!! あ、温かい!?」
ホット便座(暖房便座)搭載!!
火のジュエルも使っており、トイレに人が入った瞬間には便座の加熱が始まる仕様なのだ!!!
この地域の平均気温は高いほうだが、夜にもなればやはり冷え込んでしまう。冷たい便座で「ひゃっ!」とした経験をした者も多いはずだ。
特に女性は身体を冷やしてはならない。当然の配慮である!!
(うううっ、今のショックで急にしたくなってきちゃったよ…。は、恥ずかしいけど、お仕事だから…)
セノアは下着を下ろし、用を終える。
ゴボゴボゴボッ ジャー
すると、自動的に水が流れていったではないか。
ちらっと便器の中を覗き見ると、もう出したものはなくなっていた。
健康状態の確認として見る習慣がある人も多いらしいが、見たくて見る人は少ないだろう。
よって、自動で流れる仕組みが導入されていた。
「…ふぅ、終わったらどうすれば―――ひゃぁああああ!!」
ウィーンッ ブシャーーッ
セノアの尻に、いきなりの水圧!!
「あっ! あああっ!! うううう―――はっ!」
水は十秒以上放たれ、尻の汚れを綺麗に洗い流す。
みなさんご存知、ウォシュレットである!!
水圧はボタンで好きに調整できるが、それだけで尻周りを綺麗にするために、デフォルトではやや強めの設定にされている。
しかも前と後ろに当たるように前後に動くため、なんともいえない感覚が襲ってくるではないか。
そのせいでセノアはしばらく動けなかった。
あまりの気持ちよさと恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
「はぁはぁ…最後はこれで拭くのかしら? あっ、柔らかい」
それから最後に、絹のように柔らかい紙で拭いて仕上げる。
ウォシュレットで大部分は洗浄されるため、拭いた紙に汚れが付くことはなかった。(足りなければ何度でも水が出る)
便器の隣にある箱に使用済みの紙を入れると、そのまま流されていった。
こちらはサニタリーボックス(汚物入れ)も兼ねており、固形物の処理もできるようになっている高性能っぷりである。
「お、終わった……」
セノアは立ち上がり、ゆっくりと洗面台に向かう。
洗面台には手洗い用の水(蛇口)と石鹸があり、最後はハンドドライヤーで乾燥させる仕組みまで導入されていた。
それらを四苦八苦しながらも、説明書き通りにこなしていく。
ここまでトイレに時間をかけたことはなかったが、そこに不快感は一切ない。
(なんだろう、この爽快感。嫌な臭いも全然しないし、満たされる感じがする。もっといたいと思うなんて…ここはトイレなんだから、おかしいよね)
これが下級街にある公衆トイレならば、衛生面や安全面を考えて即座に立ち去りたいと思うものだが、アンシュラオン製のトイレは幸福感に満ちていた。
広い空間も落ち着けるし、なぜか外に出たくなくなるのだ。
結局、セノアがトイレから出てきたのは、入ってから十五分以上経ってのことだった。
「お、終わり…ました」
「セノア、無事だったか!?」
「さ、サリータさん、わ、私……ううう」
「どうした!? そんなに顔を赤くして、いったい何があったんだ!?」
「うううう、わ、私、恥ずかしい! あんなに…あんなに…! でも、気持ちよくて…うう―――がくっ」
「セノアあぁあああああ!」
セノアが、もたれかかるように倒れこむ。
がしかし、その顔はどこか満足感と幸福感に満ちていた。
「し、師匠、あれは本当にトイレなのですか!? どうしてセノアはこんなふうに…」
「サリータ、お前も入ってみればいい」
「そ、それは…!」
「何を怖れる? 挑戦しない人間に未来はない。あそこに行けば人生が変わるぞ。お前も女性なんだ。幸せになってもいいんだぞ?」
「…ごくり」
サリータだけではなく、女性全員の視線がトイレに集まる。
これは普通のトイレではない。
アンシュラオンが女性を想い、女性のために全力で開発したものだ。
そこには―――【愛】がある!!
こうして全員が試すまでに一時間以上の時間を費やした。
で、実際の感想だが
ホロロいわく「ご主人様に愛されているような幸せな時間」
セノアいわく「癖になりそうで怖いです」
ラノアいわく「なんか楽しかった」
サリータいわく「女に生まれてよかった」
サナいわく「…こくり」
とのことだ。
「素晴らしい!! 大成功じゃないか!!! うおおおおお!! やってやるぞおおおお! オレがトイレに革命を起こしてやる!! この大陸から悪臭を消してやるからなぁあああああああ!!」
この男、ただ者ではない。トイレにかける情熱が違いすぎる。
そうです。僕が、僕こそがトイレを作った人間なんです!!!
僕はトイレを作りました!!!
今、新たな伝説が始まった。




