499話 「『裏番隊』結成」
(これは相当強い能力だな。特に戦場が狭い局地戦において圧倒的な力を発揮するタイプだ。マタゾーが弱かったわけじゃない。ユキネさんが強すぎたんだ)
アンシュラオンがユキネの能力を分析。
猛獣型なので単純な強化でも戦闘力が著しく向上するうえ、待ち伏せという特徴から攻める展開よりも防衛に向いている能力といえる。
仮に能力を知られても要衝に配置しておけば、嫌でも敵は狩場の中に入るしかなくなってしまう。
そうなれば、あとは一方的に狩るだけだ。
唯一の欠点として『幻麗斬』は本体より距離が離れれば離れるほど威力が下がっていくので、そこだけ気をつければ位置を特定される確率も減るだろう。
あとは持続力だが、そこは実験を重ねながら維持できる時間を延ばすことで少しずつ克服されるはずだ。
(それにしても初めての魔石でここまでの出力を出すか。力を求める衝動が強いからこその結果なんだろうが、現状ではマキさんより上に立っているな)
まだ魔石が発動していないマキよりも、今のユキネのほうが強いのは当然だ。
マキも力が覚醒すれば間違いなく強化されるので、このあたりは身内同士で切磋琢磨してもらえればよいだろう。
アンシュラオンも姉やゼブラエスと一緒に訓練して、ここまで強くなったのだ。近場に競争相手がいることは成長に繋がる。
こうしてユキネは見事、マタゾーに勝利。
サリータとベ・ヴェルも勝ったことで、表立って反抗する者は残り一人となった。
「お前はどうする?」
「私ですか? やめておきましょう」
アンシュラオンが、ニヤニヤと笑っている若い男に話しかける。
男の肌は色白で、どこか病的な弱さを感じさせる。着ている服も普通なので、外で見かけたら裏スレイブとわからないかもしれない。
「いいのか? 自分の力を試さなくて」
「私は力自慢ではありませんから。身の程を知っておりますよ」
「では、お前の持ち味はなんだ?」
「そうですね…頭脳ですかね」
「気をつけろ。自分で頭がいいと思っているやつほど、案外たいしたことはないもんだ」
「なるほど、参考になります。ところで、そろそろ解放してくれませんかね?」
「それはオレじゃなくて彼女に訊くんだな」
「あー、参った参った。降参です。最初から勝負にならないじゃないですかー。皆さん、強すぎですよ」
この男は、ホロロと対峙していた時から羽根を刺されて身体の自由を奪われていた。
ユキネが狩場結界を展開した時でさえ、動くことを許されなかったくらいだ。
だが、降参したという言葉は嘘である。
「見境なく【毒殺】しようとする危険な男です。殺しますか?」
ホロロがいつでも魔石の力を行使できる準備を整える。
『リズホロセルージュ〈神狂いの瑠璃鈴鳥〉』の力も併用すれば、近づくことなく心臓を止めることが可能だ。
「あっ、やっぱりバレてました? どうもね、反応が悪いと思っていたんです。本当ならもっと早く効果が表れているはずですから」
「狂った男だな。他の連中ともども全滅させるつもりか?」
「これは異なことを。いつだって自分が生き残るか死ぬか、それだけです。他人にかまう暇なんてないでしょう?」
「たしかにその通りだ。その体たらくでなければ、もっと説得力があったんだがな」
「あいたた。痛いところを突きますね」
この男の異名は、『味方殺しの毒撒きハンベエ』。
非常に微量なものだが、男からは毒素が発せられていた。あえて微量にしているのは発覚を遅らせるためだろう。
しかし、そのことに即座に気づいたアンシュラオンがサナをガードすると同時に、ホロロが羽根を刺して制圧したという流れだ。
万全を期すために男の周囲には戦気壁を張り、毒が外部に漏れないようにしている。
異名通り、自分以外のすべてを殺すつもりで毒を撒いていたのだ。狂人というカテゴリーにおいては他の三人よりも上といえる。
(仲間ごと殺す男か。ホロロさんの言う通り危険人物だが、毒の能力は貴重だからな。ファテロナさんの下位互換くらいの使い道はあるか)
資料によると元はどこぞの薬物研究者だったようだが、次第に毒の魅力にとり憑かれて賞金首に成り下がった男らしい。
村のいくつかを実験台として滅ぼしている記録があり、毒による要人暗殺も複数回あるようだ。
最後は都市部で大量殺人を引き起こして逮捕。
その時にも仲間を含めて数百人が死んでいるが、当人は全滅させられなくて残念そうにしていたというから、まったくもって頭がおかしい男である。
だが、毒は使える。
ファテロナが眷属四万を数時間で殺したように、使い方によっては敵組織を壊滅させることも容易だろう。言ってしまえば『人間化学兵器』である。
「それ以外に能力はあるのか?」
「ありますねぇ。とっておきのが一つだけ」
「じゃあ、オレに使ってみろ。それで生かすかどうか判断してやる。ちなみにオレには毒は通じないぞ」
「いえいえ、問題ないですよ。全然関係のない能力なんで」
「そうか。ホロロさん、そいつの拘束を解いてよ」
「かしこまりました」
アンシュラオンは戦気壁の中に入り、ハンベエの眼前に立つ。
「ほれ、さっさとやってみろ」
「いいんですか? さすが翠清山の英雄。太っ腹ですね。では、お手を拝借。実は占い系の能力なんですよ」
ハンベエはアンシュラオンの手を取り、『手相』を見る。
ただしその際に、人差し指の爪でアンシュラオンの手の甲を引っ掻いていた。
意図せずとも、たまたまこういうときがあるものだ。たとえばレジでお釣りをもらうとき、うっかりと爪が当たってしまうことはよくあるだろう。
が、これはわざとだ。
そもそもアンシュラオンの肌はナイフで引っ掻いても傷一つ付かない。手相を占うふりをして戦気を見えない甲側で展開していたのだ。
そして、その小さな傷一つで十分。
(くくく、どうやら毒に耐性があるようですが、これならばあなたでも…)
ハンベエが持つ『特殊毒素生成』スキル。
毒耐性すら無視する劇薬を生み出すスキルだ。仮に『毒無効』でも影響は免れないので、その凶悪さがよくわかるだろう。
しかし強すぎる反面、外気に晒すと簡単に気化してしまうため、こうして直接体内に送り込むしかないのが最大のデメリットだ。
非力なハンベエにはリスクが高すぎる捨て身の技といえるが、そのしたたかさによって何十人もの名有りの武人の毒殺に成功している。
(はぁぁ、あなたはどんな顔で死んでくれるのでしょうねぇぇ。楽しみですよぉ。とてもとてもぉお)
ハンベエは心の中で、アンシュラオンの死に顔を想像して恍惚とする。
彼の趣味は、毒に侵された人間が苦しんで死ぬ姿を観察すること。その表情を見て楽しむことである。
虫に殺虫剤を少しずつかけて弱らせていくときのように、力強かったものが徐々に弱っていく姿が、なんともいえずに美しく思える。
目の前の強く美しい少年が、いったいどんな顔をして死んでくれるのか。それを考えるだけで達しそうになるくらいだ。
「お前に一つだけ言っておくことがある」
「なんでしょう?」
「お前のせいで妹が危険に晒された。罰を与える。もし生き残っていたらゴミクズのように使役してやるから感謝しろ」
アンシュラオンは、ハンベエの手にスイッチを入れた大納魔射津を握らせると、凍気で固定。
自身は戦気壁の外に出る。
「なっ…あっ!! これは…!」
いくら手を広げようとしても凍っているので固まったままだ。
もう時間もない。半ば諦めの気持ちの中、大納魔射津が発動。
戦気壁で覆っていたので外部には影響を与えず、内部でのみ爆発が発生。
白の中に黒が混じった煙が晴れると、ゆっくりと内部が見えてきた。
「いたた。けっこう痛いですね。おかげで手がなくなっちゃいましたよ」
握っていた手は腕ごと吹っ飛び、身体も焼け焦げて側頭部の一部が破損しているが、ハンベエは生きていた。
非力とはいえ武人である。その生命力はたいしたものだ。
「生きているようだな。まあ、この程度で死ぬようなやつに興味はない。いいだろう、お前の毒は役立ちそうだ。約束通りにゴミクズのように使役してやる。涙を流して喜ぶといい」
「ふふふ、光栄です。ところで毒は効きませんでしたか?」
「少し痺れたが、もう治った。撃滅級には及ばないが殲滅級レベルの毒素といったところだな。悪くはなかったぞ」
アンシュラオンは、強力な抗体によって体内に入った毒素はすべて無害化してしまうので、一瞬でも痺れさせただけでもたいしたものである。
使い方次第では格上の武人も殺すことができるだろう。
「なるほどなるほど、ますます興味深いですねぇ。いやー、楽しみだなぁ。ぜひとも使い潰してやってくださいよ」
その笑みには、怒りや憎しみといったものが一切感じられない。
単純にすべてを享楽として楽しみ、痛みさえも快楽として受け入れている異常者の姿があった。
ハンベエも負けを認めてアンシュラオンに服従を誓う。そのほうが面白そうだからだ。
「さて、これで四人とも終わったわけだが、ほかに文句のあるやつはいるか?」
その言葉に異を唱える者はいなかった。
この男は他とは違う。普通の人間とは違う。
そんな畏怖すべき存在と人生の最後に出会えた幸運に、誰もが感謝している。
「旦那、やったっすね! さすがっす!」
モヒカンが呑気に駆け寄ってくる。
アンシュラオンの強さを間近で見て、改めて畏敬の念を抱いたのだろう。
しかし、これで終わりではない。
「安易に近寄るな。どうやらもう一人いるようだ」
「へ? ど、どこにっすか?」
「最初から最後まで出てこなかったな。そろそろ引きずり出すか」
ドスンとアンシュラオンが床を踏みつける。
「どわわっ!」
その振動でモヒカンが倒れるが、それは重要ではない。
足には戦気をまとわせており、踏んだ瞬間に【地中】に放出。
鋼鉄の床を破壊し、建物の基礎部分を破壊し、さらに地中に向かい、命中。
続けて衝撃で生まれた穴に水気を注入。
その【虫】を引きずり出す。
「げぼっ…がぼっ……」
そこには水気に捕縛された上半身裸の男、たぶん変態がいた。
身体中が土塗れなので、今までずっと地中に潜んでいたことがうかがえる。
「気色悪い虫だな。なんだこいつは? オケラか?」
男の顔は半分が擦り減っており、正直言って相当グロい頭部をしている。
手も異様な鎌型に曲がっていて、体表にも毛が変化したと思われる得体の知れない棘がたくさん付いていた。
どう見ても純粋な人間には見えない。半身半獣のマングラスの仲間と言われたほうが納得できる容姿だ。
「モヒカン、こいつも裏スレイブか?」
「そ、そうっす。こっちのリストにいるっす。たぶん『土潜りのムジナシ』っす!」
ムジナシの出自は一切不明。
唯一わかっているのは、なぜか土の中を好み、一年の大半を土中で暮らしている変態だということだ。
それだけならば無害なのだが、この男は地面から一般人を襲うので非常に危険な存在である。
男は食われ、女性は犯してから同じくバラして食糧にされる。わかっているだけで千人近い犠牲者を出しているが、実際はもっと被害は大きいと思われる。
その力を見込まれて組織の暗殺者として飼われていたが、抗争で負けて捕獲。戦罪者として裁かれることになるものの、いつしか姿を消して今に至っている。
「人間の言葉は通じるのか?」
「雇われていたっすから少しは理解できるはずっす」
「魔獣と同じ方法でギアスをかければ問題ないか。使えないなら殺せばいいだけだしな。というか、簡単に逃げ出されていたようだが管理は大丈夫か?」
「同じスレイブ商として恥ずかしいっす。それより、いつから気づいていたっすか?」
「最初からだ。常時周囲は監視しているからな。誰だって地中に人間大の反応があれば、おかしいと思うだろうさ」
「さすが旦那っす。強すぎて怖いっす」
モヒカンに恐怖を植え付けつつ、アンシュラオンは裏スレイブたちに命令を下す。
「いいか、これからお前たちはアーパム財団の『裏番隊』として裏の仕事をしてもらう。一般人だろうが武人だろうが組織だろうが、オレの邪魔をする者たちは徹底的に殺していけ。専用の寝床はくれてやるが、それ以外は好きにしていろ。金も欲しいならくれてやるが、命令違反は即座に抹殺する。わかったな」
∞†∞†∞
と、ここまでが半月前の話。裏番隊の結成秘話である。
武力もさることながら、なかなかに個性的な面子が集まったといえるだろう。
あれからまたモヒカンに追加発注をしたので、数もどんどん増えるはずだ。
当然、女性スレイブとは扱いがまったく違う。彼女たちは大切な所有物だが、男たちは使い捨ての駒でしかない。
何よりも当人がそれを望むのだから、死ぬまでこき使ってやればよいのだ。
そして、ついに彼らの出番がやってくる。
「ホロロさん、治安維持に『裏番隊』を投入しよう。最初はちゃんと動くかわからないから監視はしないといけないけどね」
「かしこまりました。羽根も埋め込んで二重で管理します。標的はいかがいたしましょう?」
「ライザックから全組織のデータをもらっているから、まずはその中から女性を無理やり働かせている商会をリストアップしてもらおうかな。この際だ、違法性の強い者たちを全滅させる」
「そういった商会には、ハピ・クジュネのマフィアが関わっていると思われますが」
「そのための裏番隊さ。抵抗するようならば現実を思い知らせてやればいい。ホロロさんも楽しみでしょ?」
「はい。連中は社会のゴミです。排除すべきと考えます」
「じゃあ、よろしく頼むよ。汎用装備も出来たし、順次配布して実戦投入しよう。性能データの収集も同時にさせてね」
「かしこまりました」
ホロロもCOGといったギャングに風俗店で働かされそうになったことがある。彼らのやり口は知っているし、軽蔑もしているはずだ。
その証拠に表情こそ変わらないものの、嬉々として悪徳商会のリストアップを開始していた。
(オレ以外の男が女性を不当に支配するなど、あってはならない。社会の発展は、女性と子供の健康と安全があってこそ成り立つもんだ。そう、これは『オレの理想社会』を作るための実験だ。邪魔をする者には、それ相応の痛みを与えてやろうじゃないか)
治安維持の名目で、自身の思想の強要を迫る。
ライザックもヤバいやつに権力を渡してしまったものである。




