498話 「ユキルナ・ファントムネイト〈月誘う幻麗の白女豹〉」
(あの威力では制服程度じゃどうにもならないか。戦闘用とはいえ、あくまで普段着用だしな。そのうえ二刀流も封じられるとなれば、ますます対応が間に合わなくなる。不利な展開だ)
アンシュラオンから見てもクリーンヒットの一撃を受けてしまう。
ユキネは白影命月と左手の脇差(防御用)こそ使っているものの、この戦いではサリータとベ・ヴェルを含めて誰もが実戦用の装備をしていない。
本来ならばサリータは大盾を持って重鎧を着込むし、ベ・ヴェルも大剣と鉤爪を含む鬼熊装備で身を包む。
ユキネも軽装とはいえ、ただの制服とは異なる防御力の高い軽鎧を身にまとうはずだ。
戦いはいつ起こるかわからない。急な戦闘で装備が用意できないこともあるだろう。そのときのための訓練でもある。(今回はアンシュラオンがいたことも理由の一つ)
しかし、それを差し引いてもなお、マタゾーの攻撃力は侮れない。
なぜならば、彼の能力が攻撃だけに特化しているからだ。
(拙僧には槍しかない。槍の修練のために心血を注いできたのだ。この程度の相手に負けるはずもない)
アンシュラオンに慣れてしまうと勘違いしがちだが、やはり戦いにおいて体格差は強い影響を与えるものだ。
彼の小さな身体は体力も低く、生体磁気も少なくて異様に打たれ弱い。マサゴロウの一撃を受ければ死んでしまうほどに。
だからこそ攻撃を磨いた。
被弾覚悟で重装を身にまとうガンプドルフとは異なり、彼の場合は常に機先を制することで相手の攻撃自体を封じている。それしか方法がないからだ。
されど、この技術を得るまでに、いったいどれだけの地獄を潜り抜けてきたのだろうか。
袈裟の中は古傷でボロボロで、まともな部位など存在しない。天蓋で隠された頭部も、もはや人と呼べるものではなかった。
それと比べるとユキネは戦闘経験値が足りない。技量も高いほうではあるが、達人の中では下から数えたほうが早い。まだ若いので当然だ。
よって、完全に防戦一方。
左腕が満足に動かないので右手の太刀のみで対応しているが、それで防げるほど彼の槍は甘くない。
肩の傷をかばっているせいで運動性能も落ち、次第に被弾が増えていく。
(勝機。ここで仕留める)
マタゾーが、さらに一段階攻撃にシフト。
今までは反撃を受けないために引き気味の対応をしていたが、仕留めるとなればもう一歩踏み出す必要がある。
アンシュラオンとクルルとの戦いを見てもわかるように、この一歩の差が重要なのである。ここで躊躇うと致命傷は与えられない。
しかし、その際もけっして油断はしない。
数字以上に西側の武人を殺してきたマタゾーの戦闘経験値は、暗殺稼業をしていたアルすら凌ぐレベルだ。
牽制の槍を二回三回と放ち、ユキネの右腕を完全に封じる。
そして、相手の呼吸に合わせ、心臓目掛けて槍を放つ!
「―――っ!」
が、思わず後ろに飛び退く。
誰が見ても絶対的な好機だったにもかかわらず、足が勝手に動いたのだ。
それは本能が感じる危険信号。
自身を脅かす存在の到来を告げる鐘の音であった。
「ふふっ…うふふふふ。あはははははは!!!」
ユキネは笑っていた。
その目に動揺の色はなく、砕かれた左肩を押さえてはいるが、まっすぐにマタゾーを凝視している。
それは恐怖ではなく、逆に『値踏み』するような視線。
「ありがとう、モヒカンさん。こんな素敵な『実験台』を連れてきてくれて。おかげでようやく【目が覚めた】わ」
ユキネのライムグリーンの髪の毛がふわりと舞い上がると、ペンダントが明滅。
その背後に【白い豹】が浮かび上がる。
体毛は月の光に照らされたように美麗に輝き、顔立ちはすらっとして端正。
鋭い瞳と飛び出た牙も瑞々しく光り、魔獣であるにもかかわらず、どこか妖艶な雰囲気が感じ取れるほどだ。
この存在こそユキネの魔石獣、『幻麗白豹』。
ずっと眠っていた魔石が、宿主が受けた刺激によって目を覚ましたのだ。
「これがみんなが感じている波動なのね! なんて、なんて強くて深い愛情なのかしら! 身体が火照ってたまらないわ!!」
双眸が赤に染まり、全身の筋肉が『魔人の眷属』として生まれ変わっていく。
左肩の傷も細胞の活性化によって、あっという間に血が止まってしまった。他の傷もほとんど一瞬で塞がっている。
彼女はただの眷属ではない。『魔人の伴侶』の一人であり、魔石から得られる力も『幹部級のサリータたち』とは桁が違う。
そして、魔石獣がユキネの身体に覆い被さり、体表にうっすらと半透明の鎧を形成。
同じ鎧でもサリータやベ・ヴェルのものとは違い流線的なフォルムで、ややサナのものに似ていた。おそらくは魔獣の系統が近いせいだろう。
それに加えて彼女の趣向が反映されたのか、踊り子の服のようなデザインも取り入れられ、ベールやショールが宙にゆらゆらと浮かぶさまは、なんとも美麗の一言だ。
「へぇ、細部まで思い通りに動くわ。これは便利ね」
怖ろしいことに魔石が覚醒した瞬間には、すでに半融合化を開始しているという事実。
魔石とのシンクロ率が高くなければできない芸当であり、それ以上に『才能』がないと不可能なことだ。
彼女は荒野生まれゆえに満足な教育を受けられず、ハンデを背負って生きてきた。だからこそ劣等感を抱いてもいた。
だが、その反面、独力だけでここまで実力をつけてきた女性だ。
自分を変えようとする意思が魔石を通じて発露したことで、新たな才能が開花されようとしていた。
ただし、それをマタゾーが待つわけがない。
ノーモーションから即座に鋭い槍の一撃を放ってきた。
それをユキネは―――ガキンッ!
片手で操った刀で易々と叩き落とす!
マタゾーが何度正確に槍を繰り出そうと、精度など関係ないと言わんばかりに腕力だけで弾き返し続ける。
今までは圧されて貫かれていたことを考えれば、恐るべきパワーアップといえる。
「やはり物の怪の類か! 面白い!」
ここでマタゾーが全戦気を解放。
色は武への劣情で黒く汚れているものの、洗練された力が槍を覆う。
そこから繰り出される一撃は従来の比ではない。
爆音を響かせるほどの雷気をまとった閃光と、魔獣の力が宿った刃が激突!
両者がぶつかり合うたび周囲には剣気の火花が飛び散り、鋼鉄の床を溶解させ、硬い壁を切り刻んでいく。
他の戦罪者たちは余波を防ぐので精一杯。いかにユキネたちの力が突出しているかがわかる光景だ。
その時、ユキネが一度下がった。
それが攻防で負けたわけではないことは、直後に起きた事象が証明する。
彼女の足下から【白い円】が発生。
白円は直径二十メートル、三十メートルと徐々に広がっていき、ついには五十メートルに到達。
この部屋の床面積の六割を覆い尽くしてしまう。
いかにも怪しげな円に触れるわけもなく、それに合わせてマタゾーも下がっていく。
「これはなんだ!? ユキネさんは何をしている?」
「巻き添えは御免だよ。とりあえず近寄らないほうがよさそうさね」
サリータもベ・ヴェルも、その危険性を感じ取って壁際ギリギリまで下がる。
円の中央ではユキネが刀を鞘に納めつつ、柄を握り直して構えを取った。
(【居合】? なるほど、『そういう技』でござるか)
経験豊かなマタゾーは、構えを見ただけで技の特性を理解した。
現在の居合術は、刀を持つ姿勢を整えるとか心を磨くといったスポーツ的な要素が多分に含まれているが、実戦で使うのならば用途は二つに絞られる。
一つ目は、出会い頭にいち早く刀を抜き、一刀のもとに斬り伏せるため。
当たり前だが両者が無警戒の時、一瞬でも早く臨戦態勢に入ったほうが有利になる。
剣士ならば初手の強烈な一撃で致命傷を与えることもできるだろう。これができるかどうかで生存率が大きく変わってくる。
では、もう一つは何か。
最初から構えを見せている段階で一つ目の選択肢は消えた。
ならば、必然的に答えは二つ目になる。
(狙いは『反撃』。拙僧の攻撃に合わせて必殺の一撃を叩き込むつもりでござろう)
攻撃力が同程度の場合は戦いが膠着するので、力を溜めて強烈なカウンターを狙うのも一つの手だ。
実際に剣王技にも数こそ少ないものの居合術は存在し、そのどれもが強力な技ばかりである。
ただし、やはり使いこなすことは難しい。
居合の構えを取った状態では素早い動きはできず、武人の高速戦闘についていけない。かといって、動きながら攻撃するのならば普通に振ればよいだけだ。
結局は良い的になるだけなので、あえてこのような使い方をする武人は極めて稀となる。
ユキネもカウンター使いではあるが、常時『虚の動き』を繰り返して相手の体勢を崩してから放っているので、普段からこのようなことはしない。
(拙僧の実力を見てからこのような真似をするとなれば、何かしらの意図があるはず。それを知りながら、あえて飛び込む者はいないでござろう)
「そう、拙僧のような馬鹿以外は」
ここで逃げるようならば破戒僧などやっていない。
マタゾーは槍を構えて、じりじりと円の中に入っていく。
円に足を踏み入れてもユキネは動かない。居合の構えのままであった。
しかし、マタゾーの背筋は冷水を浴びせられたように凍りつく。
(これは…『狩場』に入ってしまったでござるな)
突如として空間そのものが自身に牙を剥いた感覚。
どうあがいても勝ち目がない絶望に足を踏み入れたような、絶対的な敗北感がすでに漂い始めていた。
だが、それでも馬鹿は進む。
(どうする? 一撃目を凌げば二度目で仕留められる。…否、それでは意味がない。この槍が突き進むは、たった一点のみ。最大の攻撃でカウンターごと貫くだけよ!)
マタゾーが爆発集気。
槍に膨大な剣気を集中させると、徐々に集約を始めて尖端に集まる。
それはもう光そのものに近くなり、触れるだけで黒焦げになるほどの雷気を宿していた。
さらには『一点の極み』もあるので、その効果は倍増。攻撃力だけならば高出力アンシュラオンにも匹敵するはずだ。
されど、この時の彼はまだ理解が及んでいなかった。
彼女は【力と力の真っ向勝負など挑んでいない】ことに。
白い円からすぅっと光が消えていき、月の満ち欠けの如く真っ黒に染まっていく。
それはユキネ自身にまで及び、宵闇に紛れるように姿を消した。
これだけだとヤキチがやった暗衝波による視認妨害と同じだが、ただ見えなくなっただけではない。
(感じぬ。気配も完全に消えた)
息遣いも戦気の揺らめきも足音も、ありとあらゆる気配が円内から完全に消失。
それはアンシュラオンの波動円ですら探知できないものだった。
ユキネの魔石の元となった『ルナティックインディーネ〈幻麗女豹帝〉』のスキル、『幻麗月』。
円状の『狩場結界』を生み出し、その内部において完全に姿を消す能力である。
この魔獣は三百から五百メートルの狩場を設定すると動かず、じっと獲物が来るのを待つ『待ち伏せ型』の狩りを好む。
そして、うっかり足を踏み入れた者を噛み殺して糧とするのだ。
「っ!」
マタゾーが前方に飛び跳ねると同時に、背後から光るものが襲いかかる。
それは月の光を受けて反射した肉食獣の牙。
マタゾーの天蓋が斬られ、どすんと地面に落ちて真っ二つに割れた。
わずかながら掠っていたようで、皮膚を抉られた頭部から血が垂れてくる。
一瞬でも反応が遅れていたら頭ごと割られていたに違いない。
マタゾーはすかさず背後に槍を突き出すが、すでにユキネはいない。そもそも本当にいたのかさえわからない。
(攻撃時でもまったく気配を感じぬ。斬撃の瞬間にわずかな揺らぎがある程度か。だが、それも貴殿の未熟ゆえ。もし成熟なされれば、もはや避ける手段はなかろう)
あの居合の構えすら敵をおびき出す手段の一つ。
ノコノコと入り込んだ相手を欺き、自身に有利な状況を生み出すための手法にすぎない。実際に剣硬気を使えば中距離にも対応できるため、それを含めての誘導といえる。
もともと虚の動きを得意とするユキネとは相性の良いスキルであり、そのうえ『幻麗月』内において、この魔獣は圧倒的な強さを誇る。
マタゾーの斜め上から、月の煌めき。
再びズバッと鋭い剣撃が舞うが、ここはさすが熟練の武闘者。
今度はマタゾーもしっかり対応して逆にカウンターを入れていた。
がしかし、そこには誰もいない。ただ槍の穂先が空を切っただけだ。
だが、月の輝きはどんどん煌めきを増していき、四方八方から次々と斬撃が襲ってくる。
ユキネの腕が増えたわけではないのだから、これは明らかにおかしな現象だ。
二つ目のスキル、『幻麗斬』。
本来は『幻麗爪』というスキルで、『幻麗月』内の任意の場所に爪の衝撃を飛ばすものだが、ユキネが扱うことで斬撃に変化している。
原理としては、鞘内で放出した剣気を『空間転移』させていることから、タイプとしては小百合の能力にも似ているだろうか。(鞘外でも発動できる)
自身は移動と体捌きだけに気を配ればよいので安全かつ、結界内および斬撃限定という条件がゆえに攻撃力も高いままで放出が可能だ。
いかな彼とて、あらゆる角度から襲ってくる高速斬撃には対応できない。
いなす技術も抜群のマタゾーが、あっという間に切り刻まれて血だらけになってしまう。
(…なんという屈辱よ。『手加減』されているのに何もできぬとは)
しかもユキネは、わざとマタゾーを仕留めないでいた。
殺そうと思えばいつでも殺せるのだが、彼を使って『能力の実験』をしているのだ。
(だが、殺せる時に殺さぬは油断の極み。それで足元をすくわれた者は大勢いるでござる!)
マタゾーは武闘者ではあるが、真なる武闘者とは『勝者』のことであると考える。
勝つためならば何でもする。自身の流儀すら捨てる。それができるからこそ今まで勝ち続けてこられたのだ。
マタゾーが大きく飛び退いて結界の外に出る。
その際に足を斬られたが、範囲外に出てしまえば攻撃を受けないで済む。
(どのような能力でも長続きはしない。動かぬのならば外から炙り出すだけでござる)
爆発集気で強化した矢槍雷を何十回も連続で結界内に叩き込む。
これは生体磁気が少ない武人にとっては極めて非効率的であり、なおかつ彼の流儀に反する当てずっぽうの乱撃だが、少しでも隙が生まれれば御の字くらいの気持ちでいた。
されど、その状態に陥ってしまったマタゾーは、すでに術中にはまっている。
『幻麗月』が―――延長
直径五十メートルだったはずの円が、一瞬で部屋全体を埋め尽くす。
(ぬかった! 擬態か!)
マタゾーは、自身が致命的なミスを犯したことを悟る。
この距離が限界とは一切宣言されていない。それもまた相手の思い込みを利用した虚の戦術である。
こうなれば逃げ場など存在せず、なまじ不慣れな乱撃を放っていたマタゾーにこそ隙が生まれていた。
「こっちよ、お坊さん」
「―――!」
月闇にユキネの姿が浮かび上がった瞬間、マタゾーの槍が勝手に動く。
無言で繰り出された一撃は今までで最速の輝きを生み出し、彼女を貫いた。
剣王技、『雷槍人卦』。
因子レベル3で使える技で、全雷気を一点に集約して解き放つ【防御無視】かつ【人間特効】を宿したマタゾー最強の技だ。
彼が人生をかけて修練し、たどり着いた答えがこれ。
ただ一つ、ただ一点にすべてをかけるという単純なもの。とてもシンプルな生き方。
そんな人生しか生きられなかった男の執念が、この一撃に宿されていた。
だが、彼の人生がユキネを突き抜けて―――消える
身体が霧散し、さらに新たに何十ものユキネが浮かび上がった。
三つ目のスキル、『幻麗鏡』。
自身あるいは特定の物質の『虚像』を結界内に映し出す技だ。
当然偽物なので実体は存在せず、相手を惑わすためだけに存在するフェイクである。
もしマタゾーが万全の状態だったならば、おそらくは見抜かれていただろう。
しかし、『幻麗斬』でダメージを与え、結界内での敗北を認めさせたことで動揺を誘い、慣れない乱撃まで引き出したことで余裕を失わせることに成功。
無防備になったマタゾーの前に本物のユキネが現れると、ボディーブロー!
「が―――ぼっ!」
マタゾーの視界が揺れ、意識が飛びそうになった。
剣士の彼女が素手で殴るなど、これまででは考えられない行動であるが、幻麗白豹の力を得た今ならば猛獣の膂力。
骨が砕かれ、内臓が破裂。
これで死ななかったのは、さすが練達の武闘者といったところだろう。
が、かろうじて頭を振って意識と体勢を整えた瞬間には、すでに自分の槍は手元になかった。
『幻麗斬』によって両腕が切断されていたからだ。
「これが最後の実験よ!」
殴られた衝撃で宙に浮いているマタゾーに、ユキネの斬撃が襲いかかる。
視界に映ったのは、【百の白刃】。
三百六十度、全方位から放たれた大量の幻麗斬が、マタゾーを滅多斬り!
この技の怖ろしいところは、百すべてが実体ではないことだ。
刃に耐えようと防御を固めていると、その刃は身体をすり抜けて霧散。
本来あるべきはずの衝撃が来ないことで反射的に身体は強張り、回避を不可能にしてしまう。
そうかと思ったら連続して実体ある白刃が飛んできて、腹と背中を無遠慮に切り裂く。
(清々しいほどに無慈悲でござるな。まさに餌を喰らう獣の如く)
武人は本能的に攻撃のタイミングを戦気で測る癖がある。
これはその反射を利用した虚の技であり、虚像の表面だけに剣気をまとわせて幻惑することで敵の防御と回避を崩すことができる。
もし防げるとすれば、単純にすべての斬撃に耐えられる圧倒的な防御力を持つか、あるいは強力な範囲攻撃で結界ごと破壊するしかない。
だが、マタゾーにはどちらも存在しない。
彼は決闘を好むゆえに単体攻撃に特化しているうえ、そもそも得物をすでに奪われているからだ。
マタゾーが地面に落ちた時には、身体中がズタボロに切り刻まれていた。
両腕と両足が切断され、胸と腹も切り裂かれて大量出血。
その血が飛び散り、再び白くなった湖畔に真っ赤な月華を描き出す。
四つ目のスキル、『幻麗花繚乱』。
ルナティックインディーネが敵を仕留める時に使う必殺の一撃だ。それが牙爪から刀に変わったことで、美しくも無慈悲で残酷な技に昇華される。
ユキネの魔石、『ユキルナ・ファントムネイト〈月誘う幻麗の白女豹〉』。
待ち伏せ型という長短併せ持つ特徴はあるものの、一度結界内に入った獲物に対しては絶対的な優位性を誇ることができる。
能力補正値も防御力では熊に及ばないが、弱点だったパワーを補いつつ、もともと高かったスピードと運動性をさらに向上させることで、変幻自在な攻撃に磨きがかかったといえる。
それ以前に、心理戦をこなせる頭脳と要領の良さがなければ使いこなせない能力だ。仮にサリータやベ・ヴェルが使っても本来の力は発揮できないだろう。
これがサナ、マキ、小百合、ホロロに次ぐ【序列五位】の力である。
「ごめんなさいね。私たちが得た力は常識を超えているの。でも、これが現実なのよ。あなたも諦めて受け入れなさいな」
「人を超えるには…人以外になるしか…ない。…見事。あまりに…見事。ああ、これぞ…拙僧が求めていた……理不尽なまでの合理なり…」
初めて使った魔石が、五十年の修練を上回る。
ここまでくれば後悔などないし、畏敬の念しか湧かない。
まったくもって理不尽だが、これこそ彼が求めたものなのかもしれない。




