495話 「『裏番隊』設立秘話 その2『戦罪者』」
一報を受けたアンシュラオンは、サナたちを連れてスレイブ館に赴く。
そこでモヒカンとも合流し、用意された馬車で移動を開始。
馬車はハピ・クジュネの西に広がる一般区の中でも、さらに南西の外れに向かっていた。
このあたりはアルの家よりも南に位置する場所で、はっきり言えば何もない住宅街である。
家々はボロボロ。そこらに漁の道具が投げ捨てられ、荒廃した漁村のような外観が目立つ場所だ。
どこを見ても、くたびれた空気が蔓延する無気力な世界。
要するにハピ・クジュネ内における『最下層エリア』である。
(スラムはどこも変わらんな。腐ったゴミ溜めの臭いがする。だが、それがいい)
アンシュラオンも地球では裏側の人間だった。
仲間の仇を討ってからはいろいろなところを転々としたが、一般人が絶対に近寄らない危険なエリアにも立ち入っている。
そこにはヤクザがいたり不法移民がいたり、あるいは人間かどうかもわからない風貌の連中もいたりと、従来の価値観をことごとく壊す出来事と遭遇したものだ。
そして、こんな腐った場所だからこそ都市の問題点がよく見えてくる。
ライザックの目が届かない、あるいは放置するしかない『闇』がここに集まっているのだ。
「なんだか嫌な空気だねぇ」
帯同しているベ・ヴェルも敏感に気配を感じ取る。
今回はサナとホロロに加え、ユキネとサリータとベ・ヴェルを連れてきている。
サナとホロロはだいたいセットなのでいつものことだが、サリータとベ・ヴェルは「親衛隊だから」という理由で自主的についてきた。
このあたりは黒の戦隊としての仲間意識が生まれてきた証拠だ。両名ともに黒の制服を着ているし、危険がないか常に周囲に気を配っている。
ユキネに関しては「なんとなく暇だから」という理由でついてきた。もともと気分屋な性格ゆえに、服飾商会に通い詰めも疲れるのかもしれない。
彼女は支給品の白い制服を着ているものの、相変わらず胸元まで大きく開いているので、ついついそちらに目がいってしまうのは哀しい男の性だろうか。
「お前から見て、どうだ? そいつらは?」
アンシュラオンがモヒカンに裏スレイブの感想を訊く。
「…相当ヤバイっすね。自分で選んだっすが、それでも近寄りたくないレベルっす」
「ほっほー、いいじゃないか。楽しみだな」
「これが【戦罪者】のリストっす」
「戦罪者? 名前からすると戦争犯罪人か?」
「それに近いっす。言ってしまえば『賞金首』っすね。その中の一つのカテゴリーっす」
戦罪者とは、騎士団や傭兵団、あるいは何らかの武装組織の中から出た重犯罪者のことで、その中でも賞金をかけられた者たちを指す言葉だ。
戦闘に特化した組織から出た罪人なので、その多くは優れた武人であり、まさに全員が武闘派中の武闘派というわけである。
しかも非道な行いを厭わない者たちだ。これほど危険な存在はなかなかいない。
手渡されたリストをパラパラめくると、そんな危ない連中のデータが山ほど目に入ってきた。
「ふむ、大半が騎士団や傭兵団、それとマフィア出身者か。西側から来た連中も大勢いるようだな」
「西側からはよく流れてくるっす。こっちに来れば昔の罪なんてどうでもいいっすからね。島流しにされてここに漂着するやつらもいるそうっす」
「まるで罪人のための大陸だな」
「西側の連中からしたらそんな認識っすよ。流してしまえば、あとのことは無関心なものっす。こっちに住んでいる自分らにとっては迷惑っすけどね」
「それで儲けているやつの台詞じゃないな」
「自分だって違うところに住んでいたら、もっとましなことをしていたっす」
「ましな仕事とは何だ?」
「その…金貸しとか」
「あまり変わらないじゃないか」
「仕方ないっす。ほかには何も思い浮かばないっす」
「お前も救いがないな」
モヒカンみたいな男は、どのみち闇に沈むしかない。
その本質が闇だからだ。
(そういえば東側は犯罪者が逃げてくる場所だったな。ダビアのような政治犯ではなく、こちらは凶悪犯というわけか。東大陸が荒れるわけだ)
この未開の地では過去の犯罪歴が問題になることは少ない。黙っていれば新しい人生が始められる自由の大地なのだ。
ただし、こうした犯罪者が大勢やってくれば治安が乱れるのは必至。
それに対抗するため東側に住む者たちの中で情報共有が行われ、戦罪者に関しては密航を手助けしたブローカーからも資料が渡されることが多い。
あえて経歴を黙っている者もいるが、裏スレイブとなった戦罪者は自らそれを申告する。
理由は簡単。
それが「アピールポイント」になるのだ。
どこでどれだけ人を殺したか。どんなやつらを殺したか。表のスレイブと同じように、裏スレイブにとっては犯罪歴こそがセールスポイントとなる。
アンシュラオンが見ているリストにも、いろいろと物騒な経歴が載っていた。
(最低でも二十人は殺しているような連中ばかりだ。おっと、百人以上も普通にいるじゃないか。これは楽しみだ)
「いい連中を集めたな。褒めてやるぞ、モヒカン」
「ど、どうもっす」
(なんでこの人は喜んでいるっすか。怖いっす)
ニヤニヤ笑いながらリストを見ているアンシュラオンに、モヒカンが恐怖しつつ裏通りを進んでいくと、一軒の廃屋に到着。
「ここがそうっす」
周囲も廃屋が多いので目立たないが、ここが裏スレイブ商会『グラッパー』の入口だ。
アンシュラオンたちも馬車を降り、モヒカンの後に続く。
廃屋の前には屈強な男が門番として立ち塞がっていたが、モヒカンを見ると黙って道を譲った。すでに顔馴染みのようだ。
中に入ると意外と綺麗な空間が広がっていた。
壁も外とは違う素材でハローワークのように石と木でがっしり補強されており、床には高そうな赤い絨毯が敷かれている。
「ここから地下に行くっす」
さらに通路を進み、もう一人の番人が守っていた部屋に入ると、そこには地下への階段があった。
(なるほど、地下か。ここならば簡単には見つからないだろうな。それだけ危険な商品を扱っている証拠でもあるが)
階段は長く続いており、所々で曲がったりしながら地下深くへと導かれる。
壁にはジュエルの灯りも設置されているので真っ暗というわけでもないが、やはり光量は表の世界と比べても遥かに少なく、普通の感性をしていれば心細くなるに違いない。
しばらく降りていくと、ようやく大きな空間が広がった場所にたどり着いた。
そこの受付でスレイブ商人証を見せて鍵をもらう。
「三号室に集めているらしいっす」
モヒカンの案内で通路を進んでいく。
が、突如として空気が変わるのを感じた。
灼けつくようでヒリつくようで、チリチリとしながら冷たく、コンクリートや鉄に触れた時のような硬質的な感触が一気に広がっていく。
(いい波動を出すじゃないか。ああ、気持ちいいなぁ。ここはすごく心が落ち着くよ)
三号室の場所を確認するまでもない。この先から明らかに他者とは違った波動を出す存在がいる。
その者たちは、ひどく威圧的で凶暴な気配を隠そうともしていない。誰もが「普通」という名のネジが外れてしまった狂人たちなのだ。
その波動が、アンシュラオンを楽しませている。
「モヒカン、早く行くぞ」
「りょ、了解っす!」
アンシュラオンの変化に気がついたモヒカンが、慌てて部屋に案内。
地下はかなり広いようで、三号室に到着するまでモヒカンの足で三分もかかった。
そして、目の前に黒く重厚な扉が姿を現す。
「あ、開けるっす」
緊張した面持ちでモヒカンが三号室の鍵を開ける。
その手は汗まみれになっていた。ここにきてようやく強い圧力を感じているようだ。
半分くらい扉が開かれた時、中の光景が視界に飛び込んでくる。
やたら重い扉からも想像はついたが、その部屋は鋼鉄で覆われていた。
壁、天井、床のすべてが真っ黒な金属で覆われており、そこはもう【牢獄】とも呼べる頑丈な造りになっている。
製鉄技術が完全ではない北部において、ここまでの設備をそろえるのは簡単なことではないだろう。
部屋の大きさは思った以上に広い。スポーツの国際試合が行われる一般的な会館程度はある。
「オレが先に入るから、お前は後ろからついてこい」
「は、はいっす」
先にアンシュラオンが入ると、一斉にギロリと無遠慮な視線が集まった。
部屋には四十人の男たちが、思い思いに座ったり壁に寄りかかったりしている。
予定より数が少ないが、モヒカンが言っていたことは嘘ではない。
足りない分の十人は、床に倒れているからだ。
血を出していたり泡を吹いていたりと症状はさまざまだが、すでに戦闘不能であることがわかる。
どうやら内部で争いがあったらしく、一人の男の拳が赤く染まっていた。
もちろん止める者はいない。誰もが無関心か嘲笑といった反応で捨て置かれている。仮に死んでいても気にしないだろう。
これが裏側の世界。
裏スレイブたちの日常である。
(血の気の多いやつらだ。だが、それでこそだな)
アンシュラオンは悠然と前に出て、一堂を見回す。
「よく集まってくれた。今日からお前たちのボスになるアンシュラオンだ。まあ、それなりに有名人だから知っているかもしれないけどな」
「………」
それに言葉で答える者はいない。誰もが視線を向けているだけだ。
だが、変化はある。
さらに興味を深めたのはアンシュラオンの名を知っている者たちで、無関心な者は、そう装っている者と本当にそうである者たちの二種類だろう。
「どいつもこいつも悪くない面構えだな。いいだろう。お前たちを雇おう。うちはいいぞ。絶対服従以外のルールはない。奴隷のように働いてもらえればそれで十分だ」
「………」
その言葉に対しても特に誰かが答えることはない。
ただじっとアンシュラオンを見つめているだけだ。
依然として彼らから放たれているのは、殺気。
部屋に入った時から、あるいは入る前から自分に対して強烈な殺意が向けられている。
だが、アンシュラオンにとっては爽快なシャワーに等しい。その一つ一つが彼を生き生きとさせる活力剤のようなものだ。
それゆえに満面の笑顔で話を続ける。
「具体的にはオレの敵を暴力で排除してくれればいい。実に簡単な仕事だろう? お前たちの得意分野だ。どうせ頭の悪いお前たちに複雑なことなんてわかるわけがない。言うことを聞いて、暴れて、その結果としていつか死んでくれればいい。説明は以上だ。では、一度並んでもらおうか」
アンシュラオンがそう言うと、反応があったのは四人だけだった。
ザッザッ ドスドス スルスル スタスタ
四者四様の歩き方でアンシュラオンの前、およそ五メートルの位置に並ぶ。
左から見て、腰に刀を下げた角刈りの男、身長が三メートル半もある大男、槍を持った天蓋を被った小柄な男、ニヤニヤと軽薄に笑っている若い男の四人だ。
大男に関しては、さきほど述べた拳が赤く染まっている人物である。
その図体から繰り出される拳の威力を確認するまでもない。倒れている男たちが、その末路だ。
その四人は、アンシュラオンの前におとなしく並んだ。
だが、それ以外の者たちは、やさぐれたヤンキーのように誰も反応しない。
そもそも後者のほうが普通の反応なのであって、おとなしく従ったほうが珍しいのだ。
「もう一度言うぞ。並べ」
再び声をかける。
しかし、二度目の命令にも他の者たちは反応しなかった。
「やはり頭の悪い馬鹿どもには、もっとわかりやすいほうがいいか」
アンシュラオンが掌を、十数メートル先の壁にもたれて座っていた男に向ける。
その男はヤク中だったのかもしれない。何かを夢中で吸っていた。
それ自体は問題ない。何をしようがまったくの自由だ。
だが、命令に従わない犬は必要ない。
次の瞬間、まるで煙になったかのように男が一瞬で消えてしまった。
「え? え? どこに行ったっすか?」
その現象に驚いたのは、後ろで見ていたモヒカンだ。
突然人間が消えたのだから疑問を抱くのは当然だろう。それだけ見ていれば、まるで手品である。
「ど、どこに? 逃げる場所なんてないはずっす!?」
若干パニックになりながら消えた男を探すが見つからない。
ふと周囲を見回すと、多くの者の視線が一点に集中していることがわかった。
それは、さきほどまで男がいた場所。
「何を見て―――っ!!」
ここでモヒカンがようやく『壁の染み』に気がつく。
おそらく壁が黒かったので見えにくかったのだろうが、そこには「焼きごて」で押し付けたような【人型の焦げ跡】があった。
「ひ、ひぃいいっ…」
モヒカンも、それでようやく何が起こったのか理解する。
もし自分がそこにいたら、モヒカン型の焦げ跡が生まれていたのだから。
「もう一度だけ言うぞ。三秒以内に並べ」
その言葉に今度は全員が反応した。慌てて並ぼうとする。
しかし、一人が転んだ。
その男は裸足だったので、鉄製の床は逆に摩擦が強すぎてつまずいてしまったのだ。
急いで立ち上がろうとするが―――消失
さきほどの男のように、床に人型の焦げ跡を残して消えてしまった。
「転ぶような間抜けは必要ない」
アンシュラオンが、ひどくつまらなそうに言い放つ。
むしろ今のうちに愚図を見つけておいてよかった、という安堵感すら滲んでいる。
「お前も遅い」
反応が遅れたもう一人の男も、アンシュラオンの戦気波動を受けて焦げ跡になってしまう。
モヒカンの挙動からもわかるように、戦気の発動から放射まで常人では視認すらできない速度である。
そのうえ壁や床が巻き添えで壊れない必要最低限の質量を放っていることから、相手の力量を完璧に見極めていることがわかる。
「…素晴らしい」
それを見て一言、最初に並んだ槍を持つ小柄な男が呟いた。
身体が震えているのは恐怖からではないだろう。他の三人もそれぞれ違う反応をしていたが、どれもさらに関心を深めた様子であった。
そして、全員が並ぶ。
が、直後にまた一人消える。
「誰の許可があって妹を見た? 次に視線を向けたやつも即座に殺す。わかったな」
この男は、身内以外には極めて冷徹であることを改めて思い知る。
しかしながら言葉が通じない連中には、武力がもっとも有効な対話手段であることも事実だ。




