492話 「翠清山製の武具ができたよ」
ある日の午後。
火乃呼から鍛冶場に呼ばれたので行ってみる。
「猿たちの武器の調整で遅くなっちまったが、ようやくこっちも完成したぜ」
そこには翠清山で手に入れた素材で作った武具が、たくさん置いてあった。
火乃呼の言うように新武器の製作が遅れていたのは、猿神のために剣を打っていたのと、炬乃未が担当していた新素材の開発に時間がかかったからだ。
それには炬乃未も頭を下げる。
「申し訳ありません。新たな卍蛍と黒千代の素材が難しく、思ったより手間取ってしまいました」
「急いでいなかったし大丈夫だよ。人数が少ない中でよくやってくれたね」
「おれも褒めろよ」
「出来を見てからな」
「ちぇっ、なんだよ」
「姉さんったら、制服が嬉しくてずっと着ているんですよ」
「余計なことを言うなって!」
火乃呼を見ると、試着用に渡したディムレガン用の制服を着ていた。
鍛冶場で使うので柔軟性と耐火性に優れており、道具を釣り下げるための穴やチェーンがいくつも取り付けられているのが特徴だ。
また、不意の発火や自らの熱で意識を失わないように、緊急時には水と氷のジュエルを同時に使うことで、服の内外を急速冷却できる機能まで搭載している。
ライダースーツのように身体のラインがはっきり出るため、そのスタイルの良さもよくわかる。
本来は上着も付属しているが、邪魔なのか投げ捨てているのが彼女らしい。
「気に入ってくれたようで何よりさ。改善点があれば教えてくれ。というか、作ってくれた里火子さんに直接言えばいいか」
「いちいちおふくろに言うのも面倒なんだよな。烽螺のやつがもう少し使えればいいんだけどよ」
「うっ…」
その言葉に、離れて作業をしていた烽螺が心に傷を負う。
彼も里火子と同じ能力を持った貴重な人材ではあるが、いかんせんまだまだ成長途上だ。
自分独りで作れるのはインナーや鎖帷子といった一般的なもので、制服にまで落とし込むのは難しい。
とはいえ、ようやく火乃呼に名前を覚えられるほどには成長しているようだ。これからに期待である。
余談ではあるが煜丹も工場に所属しているので、敷地内でたまにユキネを見かけることがあるのだが、「あら? 他人の空似じゃない? そういえば生き別れの姉がいたわ」とあしらわれ、なんだかんだでうやむやにされているのが哀れだ。
「さっそく武具を見せてもらおうか」
「まずは真打ちからだな。こいつをくれてやる! 【真卍蛍】、刀匠火乃呼様の傑作だぜ!」
火乃呼から手渡されたものは、赤い鞘に白い刃の太刀。
炬乃未の新素材を使って生み出され、真のポテンシャルを発揮できるようになったアンシュラオンの愛刀である。
デザインはそのままだが、抜いた瞬間に刀の質が違うことが一瞬でわかった。
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名前 :備美刀・真卍蛍
種類 :刀
希少度:SS
評価 :S
概要 :刀匠『火乃呼』と『炬乃未』との合作。真なる焔紅の力を受けた新たな卍蛍。刃炎の追加ダメージ+ダメージ量の二割のBPを吸収し、その分だけ剣気を強化する。
効果 :攻撃AA+2.2倍、焔紅の加護、自己修復
必要値:魔力A、体力A、攻撃A
【詳細】
耐久 :A/A
魔力 :A/A
伝導率:S/S
属性 :炎、実
適合型:攻撃
硬度 :S
備考 :アンシュラオン専用
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(こいつはすごいぞ。圧倒的だ)
アンシュラオンの術士の目が、卍蛍の本質を暴き出す。
ロリコンとのやり取りでもあったように、術士因子が解放されたため『情報公開』が本来の力を発揮。
こうして【物質の情報】も見ることができるようになった。
しかも通常の『鑑定』では看破できない真の情報も見られるので、よほどの力量差がない限りは見逃すことはないだろう。
そして真卍蛍は、以前の力を数段上回っていた。
それを炬乃未が詳しく説明してくれる。
「卍蛍の長所である攻撃力と継戦力を生かしつつ、従来の弱点でありました耐久性の低さを新素材で補っております。また、アンシュラオンさんの技量の高さを踏まえまして、より斬撃が強化されるように調整いたしました」
アンシュラオンの剣術は、大日本帝国陸軍で教わる【六甲陸練式剣闘術】を軸にしている。
特に斬撃が得意かつ、突きは滅多に使わず防御の際も受け流す動作が大半ゆえに、その癖に合わせた調整が成されていた。
剣気の強化にも力を入れており、攻撃を当て続けることで今まで以上の火力と継戦力を発揮することができる。
素材の見直しで単純に硬くなったことも朗報だが、上手く扱えば相当な火力が見込める反面、刃の当たり具合が悪いと切れ味が鈍るデメリットもある。
また、備考に『専用』とあるように、アンシュラオン用に調整したことで他人が使うと性能が落ちるのも特徴の一つだ。
刀を軽く振ってみると、アンシュラオンの手によく馴染んだ。
「火乃呼、いい刀だ。オレのために打ってくれたことがよくわかるよ」
「お、おう。が、がんばったからな」
「姉さん、頭を撫でてほしいって尻尾が言っていますよ」
「だからやめろって!」
火乃呼の尻尾が、喜ぶ犬のように左右に揺れている。
感情がすぐにわかるのも彼女の良いところだ。
「まあ、最近は調子がいいんだよな。荒れることもなく焔紅が制御できるからよ」
「わたくしも調子が良いのです。今まで以上に素材の融合が容易にできるようになりました」
二人の尻尾の付け根にある魔石が、うっすらと輝いていた。
ギアスによって強化された魔石は、彼女たちにも影響を与えている。
火乃呼は気性が荒すぎて暴走しがちだった焔紅の制御ができるようになり、炬乃未は血液が強化されたことで貧血になりづらくなって、融合できる素材の種類も劇的に増えて頑強さも増したという。
この真卍蛍が素晴らしい出来なのは、魔石の力があってこそだろう。
ちなみに武器のデータを出すのは初めてなので、比較するためにバランバランで買った安物の剣を見てみよう。
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名前 :ショートソード
種類 :剣
希少度:F
評価 :F
概要 :一般的なショートソード
効果 :攻撃F+1.1倍
【詳細】
耐久 :F/F
魔力 :F/F
伝導率:F/F
属性 :無
適合型:物質
硬度 :E
備考 :錬成可能
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となっている。
攻撃Fとは、そのままの状態で使った場合の『基礎攻撃力』となる。
仮にショートソード自体の攻撃力が「50」だとすれば、素の攻撃が「20」の人物が使っても「50に近い」数字を叩き出すことができる。
当人の腕力や扱い方によって実際に与えるダメージは大幅に変化していくが、普通に使えば最低でもこれくらいは出る、ということだ。
その次に表示されている「1.1倍」とは、放出できる剣気の増幅量を意味している。
すでに散々述べているが、剣気とは武器を持った時にしか発動できない『戦気の特殊形態』だ。
なぜこのようなものが存在するのかといえば、物質を経由・触媒にすることで戦気を強化しているからだ。
武器の利点は、元の攻撃力に加えて剣気で強化したダメージも加算される点にある。
もし素の剣気量が「50」だとすれば、媒介時に増幅されて1.1倍の「55」の剣気を生み出すことができ、それを剣自体の「50」に加算して合計「105」の力にすることが可能だ。(刃で直接斬った場合)
それゆえに武器が優れていれば戦気や剣気の強化率も高くなり、より強い力が放出できるようになる。
アンシュラオンも包丁による剣硬気でデアンカ・ギースの触手を切り落としたが、あの場合の包丁はあくまで『剣気の触媒』であり、強化された剣気の数値が直接のダメージとなったパターンだ。
そもそも剣気自体、戦気のおよそ1.5倍の出力であり、そこからさらに武器の倍率が適用されるのだから実に攻撃的な気質といえる。(それだけ消耗は大きい)
このあたりはややこしい計算になるので、シンプルに数値は大きければ大きいほど強い、と考えればよいだろう。
そして、真卍蛍で計算すると完璧に直撃した場合は、攻撃AAの約「1000」+剣気の増幅量2.2倍のダメージが出ることになる。
仮に剣気量も「1000」だった場合は、「2200」が加算されて合計「3200」の攻撃力となり、そこらの討滅級魔獣程度ならば一撃である。
ただし実際のところは、ここから相手の防御力を引かねばならず、さらに敵がガードしたり回避するので必然的にダメージは下がる。
もう一つの比較対象である以前の卍蛍は、「攻撃B+1.8倍」「耐久B」「硬度A」等々、真卍蛍と比べて2ランクは下がる出来だったので劇的な進化といえるだろう。(それでも名刀だった)
「こちらがサナさんの新しい刀、【真黒千代】です」
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名前 :劫魔刀・真黒千代
種類 :刀
希少度:S
評価 :S
概要 :刀匠『火乃呼』と『炬乃未』との合作。ダメージ量の二割のHPを吸収し、雷と衝撃に対して高い耐性を持つ。
効果 :攻撃A+2倍、守護の祈り、雷耐性、物理耐性、自己修復
必要値:魔力C、体力C、攻撃C
【詳細】
耐久 :S/S
魔力 :A/A
伝導率:A/A
属性 :雷、虚
適合型:防御
硬度 :S
備考 :サナ・パム専用
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続いて新しくなった真なる黒千代が渡されるが、こちらも大幅に強化された内容となっていた。
「黒千代は以前と同じコンセプトで、サナさんの命を守ることを最優先にしています。攻撃力自体は卍蛍よりも控え目ですが、それだけ扱いやすく、なおかつ防御性能に長けております。不利な体勢で受けても刀身が衝撃を吸収してくれますし、黒い雷に耐えられるかはまだわかりませんが、通常の雷に対しては極めて高い耐性を持っております」
真黒千代は卍蛍と比べて素材の耐久値が高く、刀身の反りも通常の太刀より若干真っ直ぐで、『打刀』に近い形状になっている。
現在のサナは、雷加速による高速移動からの強撃が一番の武器だが、斬るだけではなく突きにも対応しやすい形といえるだろう。
技量が低いので受け流すことができない状況も踏まえ、盾代わりになるように硬度も高くしてある。
一番の変化は雷に対する耐性で、青雷による強度実験では問題なく耐えきったので、あとは実際に黒雷で試すしかないが、意識的に出すことはまだできないので安心はできない。
が、間違いなく以前よりも質が向上していた。
「…ぶんぶん」
サナもさっそく新しい黒千代を振り回している。
愛刀が戻ってきて嬉しそうだ。
「卍蛍や黒千代は何本でも作れるんだよね?」
「性能の高い刀の場合、納得がいくまで何十、何百と打ち直しますので時間はかかりますが、新素材に使う鉱物さえあれば量産することは可能です」
「あとはおれの気分次第だな。褒めてくれればやる気も出るんだけどな。…チラッ」
「わかったわかった。ちゃんと撫でてやるから」
アズ・アクスを味方に引き入れた最大のメリットは、『自由に名刀や名剣の量産ができること』だ。
折れた場合の保険にもなるし、単純に戦力強化になるのはありがたい。
唯一の問題点は、扱える者が少ないので結局は生産数も限定される点だろうか。
武器のデータの『必要値』がまさにそれで、真卍蛍の場合は所持者が「魔力A、体力A、攻撃A」以上なければ、満足に使いこなすことができない。
それだけのステータスを持つ者は、現状ではアンシュラオンしかいないので必然的に専用装備になるわけだ。
(ただ、それならば以前の卍蛍程度に性能を落として各々専用にカスタマイズしてもいい。傭兵隊やハンター隊にも供給すれば戦力は爆上がりだ)
あとは当人が言ったように火乃呼の気分次第だが、可能性があるだけでワクワクするものだ。
ここからは数が多いので詳細は割愛。
破邪猿将の両腕を加工した『破邪膂将の両篭手』をサナが受け取る代わりに、今まで装備していた『剛腕膂将の篭手』をベ・ヴェルに与え、左腕猿将の左腕を加工した『豪腕膂将の篭手』をサリータに渡す。
『破邪膂将の両篭手』は両腕に装備するので、サブウェポンの取り回しは多少悪くなるが、腕力の上昇は防御面でも効果があるためメリットのほうが大きい。
「えー? 破邪猿将なんだから私じゃないのー?」
「アイラにはこれをくれてやる」
「なにこれ? 毛皮?」
「破邪猿将の毛皮で作った革鎧だ。防御力も高いぜ」
火乃呼がアイラに渡したものは、コート付きの軽鎧である。
革が破邪猿将のものなので、それだけでも防御力が高いが、硬い毛も加われば剣で斬られてもびくともしないだろう。
ひらひらのコートの部分も防御力が高いわりに動きを阻害せず、踊り子の動きをするアイラにも適している。
ただし、欠点もある。
「あつっ!! これ暑っ!!」
「寒い山に住んでいた魔獣だからな。仕方ねぇさ。ほれ、お前らの分もあるから持っていけ」
ベ・ヴェルには鬼熊の毛皮で作った同じタイプの軽鎧、サリータには錦王熊の毛皮で作ったコートが渡される。
サリータのものは、重鎧の上からまとうことを想定しているので単純なコート状ではあるが、こちらも防御力が極めて高い代物だ。
「鎧も熾織おばさんが再調整してくれたから持っていきな」
翠清山で借りていた『赤昂の竜鎧』と『赤昂の竜盾』は、改めてサリータ専用に調整され、各種武装を追加して渡されることになった。
さらに錦王熊の爪を加工した『銀熊大爪』が渡される。こちらは右腕に装備する鉤爪で、腕をすっぽりと覆うほど大きいが、同時に槌を持てるように内側の手の部分は空いている仕様だ。
ベ・ヴェルにも鬼熊の素材を加工して作った鉤爪装備の『鬼熊重爪』と、頭部を保護するための『鬼熊の角兜』が渡される。
両者ともに熊の爪だが、鬼熊のほうが攻撃力が高く、錦王熊のほうは防御が重視された造りである。
『鬼熊の角兜』は、大きな角が付いたフルフェイス状のものなので、兜と鎧と爪を装備すると、もはや世紀末に出てきそうな野性味溢れた戦士の出来上がりだ。
「マキさんには、さらに改良した篭手と胸当てがあります。破邪猿将に斬られたことを踏まえまして、硬度と耐久性を強化してあります」
マキには『六鉄功華・弐式』と『六鉄蹴華・弐式』が与えられる。
以前とサイズは同じまま素材の質が向上したことで攻防力が増加し、鉄化能力をさらに使いやすくしている。
また、敵の攻撃をある程度受けられるように、肩当付きの胸当ても新たに作られた。
こちらは篭手と連結させ、鉄を防具内部に流して循環させることで防御力を増しつつ、事前に溜めておくことで一度に大量の鉄を敵に送り込むことを可能にしている。
新型格闘用スーツの開発も進んでいるので、それが完成すれば、攻防合わせて従来の五割増しの力を発揮できるはずだ。
ユキネは紙一重の動きをしたいということから、アイラの余りで作った破邪猿将のコートだけをもらう。(アイラよりもやや薄め。運動性重視)
その代わり、彼女には以前戦ったサープが使っていた武器である『九節刃』を軽量化した『九節舞刃』が提供された。
サープは合体させて長い剣としても使っていたが、ユキネは九節に分かれた状態で使用することを前提として、合体機構をオミットしたことで軽くしてある。
ようやく使い手が見つかったので、無駄にならずに一安心だ。
「こちらは『ミテッラ・オグロンビス〈弩火弓母牛〉』のガス袋から作った強化ライフルです。砲撃用とスナイパーライフルの二種類があります」
森で戦った牛型魔獣のガス袋を使い、通常の銃を遥かに凌駕する強化ライフルが作られた。
もともと大きな矢を射出していたことから、砲弾を撃ち出すバズーカ状のものと、より銃身を伸ばしたスナイパーライフルタイプがある。
計六個のガス袋があったので予備を含めてそれぞれ三つずつ渡されたが、ホロロ用のものだけはボス牛の魔石が組み込まれており、さらに威力が増したものとなっていた。
「あと、これは試作品なのですが、竜と鬼の素材を使った装備も作ってみました。魔神なる存在は初めて聞きましたので、上手く作れたかどうか…」
五重防塞で戦った竜美姫は鱗や角が残っており、鬼美姫に関しても鉄化する前に落ちた棘や金属が残っていた。
何度も肉体を生み出せる彼女たちにとっては『身体から出た垢』に等しいゴミなのだろうが、人間からすれば非常に強固な素材だ。こちらも苦労して切り分け、槍や鎧や盾といった武装に作り変えている。
なにぶん大きな敵だったこともあり素材も大きく、それだけで何十個分の装備を作ることができたという。
「ありがとう! 数が多い分には困らないよ。余った分はゲイルたちにあげようかな」
これ以外にも多くの素材が武具にされ、汎用性の高いものは順次アーパム財団傘下の商会に供給されることになるだろう。
こうしてアンシュラオンたちの戦力も順調に強化されることになる。
「ところで、デアンカ・ギースの素材はどうなったんだ?」
「ああ、あれか。ちょっと待ってな」
翠清山の戦いも、きっかけはデアンカ・ギースの原石だったのだ。忘れるわけにはいかないだろう。
だが、火乃呼が引きずってきたものを見て、アンシュラオンは絶句。
それは刀身が四メートル以上はある巨大な刀。
『長巻』状に加工されているので、下手をすれば全長八メートルはあるだろうか。
明らかに人間が使うには大きすぎる。
が、火乃呼は満面の笑みで親指を立てた。
「どうだ! いい出来だろう!」
「いや、いい出来かどうかの前に…でかすぎる」
「何事もでかいことはいいことだぜ! 祭りも火花もでかいほうがいい!」
「それにしても、でかすぎるだろう。サナ用に作れって言わなかったか?」
「でもよ、大物を狩る用の武器って言っただろう? 殲滅級以上の魔獣は、だいたいでかいじゃねえか。なら、それに見合う大きな武器が必要だぜ」
「それも一理あるが…どうすればいいんだ? まあ、大きくなったら使えるかもしれないから取っておくか…」
「お前が使えって! 使うために作ったんだぞ!」
サナのために専用武器を作ろうと思っていたが、火乃呼の性格を考えていなかった。
出来たものは、破邪猿将が使いそうな大きな剣である。
作った以上は仕方ないので、これはこれで使い道を探すしかない。




