490話 「ロゼ姉妹とユニフォーム」
「お待たせいたしました」
一時間後。
休憩室から戻ってきたホロロの背後には二人の少女、ロゼ姉妹が付き従っていた。
いきなりのことで現状を理解できないと思い、一度火照った気持ちを落ち着かせつつ、ホロロに面倒を見てもらっていたのだ。
常時念話で話していたが、一年半ぶりに会えるとなると嬉しさは何倍にもなる。
その証拠に姉のセノアは、しっかりとラノアの手を握っていた。
(姉妹ってのはよいもんだな。最近は火乃呼と炬乃未さんも仲睦まじいし、見ているほうが幸せになるよ)
ちなみに二人合わせての金額は千二百万円。セノアが五百万、ラノアが七百万である。
小さい子供のほうが高いので、これは妥当な金額だろう。
ただし、もし念話の存在が明るみに出ていれば、この十倍になっていたかもしれないのだ。お買い得なのは間違いない。
「セノアはまだ顔色が悪いな。大丈夫か?」
「あっ…い、いえ。そんなことは…ないです…ございません!」
「なんだ? 妙に硬いぞ。まあ、知らない人だからな…オレは。どうせ知らない人だしな…子供に警戒されるのはショックだよなぁ…」
さっきのラノアの言葉が、若干まだ心に突き刺さっていたりする。
心配して声をかけたら犯罪者扱いされて少女に逃げられた、という話をよく聞くが、その気持ちが痛いほどにわかるものだ。
「おにーたん、すごいひと?」
ラノアがアンシュラオンに質問してきた。
知らない人から「おにーたん」に格上げだ。すごく嬉しい。
「改めて訊かれると言葉に詰まるけど、そうだね。オレは偉人だよ」
まったく詰まらず、さらっと出てしまう。
それも偉人の力なのだろうか。
「こ、こら、ラーちゃん。失礼でしょう!」
「だってー、おばちゃんがすごいひとだって…」
「ひっ! ほ、ホロロさんでしょう! ご、ごめんなさい! あっ、申し訳ありません! ど、どうかお許しを!」
「ホロロさん、二人の様子が変だけど何か言った?」
「理解が足りないようでしたので、ご主人様の偉大さを少々教えただけです」
「そ、そうなんだ。誤解されている気がするけど、詳しくは訊かないほうがいいかな…」
明らかに何かを吹き込まれたとしか思えない反応だ。
たしかに四大悪獣のデアンカ・ギースを倒して、三大魔獣がいる翠清山を制圧し、海軍にも幅を利かせられ、白スレイブを軽々と買えるほどの莫大な資産を持っている謎の少年、と言われてもよくわからない。
子供が聞いたら「得体の知れない怖い人」である。
しかもホロロからすれば、病気を一瞬で治せる神でもある。
その狂信ぶりに怖れおののいただろうし、子供ながらに「金持ちを怒らせたらまずい」という発想もあるのだろう。
とはいえ自分の雇い主なのだから、セノアの対応は極めて普通のものといえる。レイオンにもぜひ見習ってほしいものだ。
「セノア、そんなに畏まらなくてもいいよ。オレはたしかにすごい男だけど身内には優しいつもりだ。君たちはメイドとして、オレやこの子の身の周りの世話をすればいい。どうだ、それならば怖くないだろう?」
「は、はい! そ、粗相がないように…気をつけます」
「まだまだ硬いなぁ。ほら、もっとリラックスして」
「あっ…!」
「ちょっとじっとしててね」
「あっ…んっ……」
せっかくなので身体をチェック。
セノアの肩に手を置きつつ、もう一方の手で脇の下や胸、お腹周りなどを触って状態を確かめる。
「大丈夫、サイズや健康状態を診ているだけだよ」
「は、はい」
実際、その手付きにいやらしい点はない。実に清廉なものである。
普段からサナで堪能しているので、あえてセノアで楽しもうという感情は起きない。
それは彼女にもわかるのだろう。顔を赤らめながらも、じっと我慢している。
(女の子だから全体的に柔らかいけど、胸は…うん、ほぼ無いな)
セノアの胸は、とてもとても小さい。
ぶっちゃけ、あるのかないのかわからないほどだ。地球ならばまだ小学六年生だと思えば、それも仕方ない。
高校生あたりから一気に成長する子もいる。未来に期待しよう。
「うん、健康体だ。少し胃腸が荒れていたから、そこだけは治しておいたよ」
「な、治した…?」
「胃のムカムカは消えているだろう?」
「…あっ、は、はい。す、すごい…です。お話は本当だったんですね…」
いきなり輸送されたことと、買い手がつくかもしれないと聞いたことで、大きな不安とストレスを感じていたはずだ。
セノアは、軽くなった胃の部分を何度も手の平で撫でる。
その反応が初々しくて、見ているだけで面白い。
「次はラノアかな。君も少しじっとしていてね」
「んー? なにー?」
「大丈夫。痛いことじゃないからさ」
ラノアも命気を浸透させてチェック。
「外傷は特になし。体内もまったく異常がないね。極めて健康体だ。はい、終わりだよ」
「ふにゃ?」
命気が抜けると、ラノアはきょとんとした顔で首を傾げていた。
その仕草も彼女自身がヌイグルミみたいで愛らしい。
「では、さっそく家に行こう。そこで君たちの新しい家族を紹介するよ」
「わ、わかりました。あっ、かしこまりました…! ら、ラーちゃん、い、行くよ」
「うん!」
ぎこちない足取りでアンシュラオンについていくセノアとは対照的に、何も怖れずにずんずんと歩くラノア。
まだラノアが幼いせいもあるが、どうやら姉と妹で性格に大きな違いがあるようだ。神経質の姉と能天気な妹、といったところだろうか。
大雑把な姉と几帳面な妹であるディムレガン姉妹とは、反対のパターンである。
∞†∞†∞
他の白スレイブは後日見ることになり、ロゼ姉妹を白詩宮に案内する。
そこで最初に起きたのは、マスカリオンに怯えて動けないセノアの図。
慌てて門番のマキが駆け寄り宥めているが、足がガクガク震えているので背負われる形で中に入った。
ラノアは普通に歩けたようだが、姉に恥をかかせるのはかわいそうなので、アンシュラオンが抱っこすることにした。
今度はリビングに皆を集めて自己紹介させる。
が、ここでもセノアはガチガチに緊張して上手くしゃべられない。
いきなり連れてこられたうえに、サリータやベ・ヴェルといった体格の良い者たちもいれば、マキやユキネのように凛々しく色気のある大人の女性もいる。
ホロロは厳しそうに見えるし、小百合の明るさも「いかにも仕事ができる大人の女性」感を醸し出しているので、普通の少女が気圧されるのも仕方ない。
そんな中、彼女が心を許せたのが―――
「アイラだよー。よろしくねー!」
「は、はい…。よろしくお願いします」
アイラに対しては警戒心が緩むのか、比較的落ち着いた対応を見せる。
やはり人間というものは「自分より下」がいると安心するものらしい。
その後、ラノアがたどたどしく挨拶したことで場が一気に和み、ロゼ姉妹の緊張も解けていく。
「あ、あの…お手伝いしましょうか?」
紅茶やお菓子を運んでいたミャンメイに、おずおずとセノアが訊ねる。
ちなみにミャンメイもすでに合流しており、今ではキッチンが彼女の居場所になっていた。
これは命じてそうなったのではなく、そこが一番落ち着くという理由からだ(部屋もちゃんとある。兄のレイオンは宿舎行きの予定)
アロロもミャンメイの腕前に驚き、喜んで調理補助の役割を受け入れてくれているので関係は良好だ。
そのミャンメイは相変わらず柔和な表情で、優しくセノアに話しかける。
「今日はお客さんだもの。リビングにいてくれていいのよ。それに、私も入ったばかりなの。仲良くしましょうね」
「は、はい! よろしくお願いします!」
アイラに続き、ミャンメイの存在がセノアを楽にさせてくれる。
ここ数日の対応で、ミャンメイが子供好きであることもわかった。
サナに対しても心からの愛情をもって接するため、サナも彼女を気に入ったようで急速に信頼関係が構築されていた。
お互いに食べるのが好きということもあり、サナがキッチンに入り浸る光景もよく見られる。
「今日は、みんなに見てもらいたいものがあるんだ」
歓迎のお茶会が一段落したのを見計らい、アンシュラオンが木箱に入っていた『服』を取り出す。
白い下地に対して、左肩から斜めに入った線から下半分が黒地になった『白黒』のデザインのものだ。
服には所々に刺繍が施されており、色合いの奇抜さを除けばデザインも悪くない。
そして、胸には輸送船にもあった『アーパム財団のエンブレム』が描かれている。
「その服は何?」
マキが物珍しそうに覗き込むと、アンシュラオンは服を誇らしげに広げてみせる。
「アーパム財団の【制服】だよ」
「衛士隊の制服みたいなもの?」
「似たようなものだね。同じ服を着ると帰属意識が高まるし、すぐにアーパム財団の所属ってわかったほうが便利でしょ。性能も通常の服より高いから、特に一般人の従業員にとっては必須アイテムになるはずさ」
一見すれば普通の布地だが、開発には里火子たちも関わっているので、銃弾くらいならば受け止めてしまう防御力を秘めている。
防刃性能も高く、仮にナイフで刺されても貫通することはない。実質的に薄い鎖帷子と思って問題ないだろう。
「あら、いろいろな種類があるのね」
「今は商会がたくさん作られているから、デザインは同じでも、それぞれの役割ごとに色合いを別にしているんだ」
「私たちの制服もあるのかしら?」
「もちろんだよ! とりあえず順番に見てみようか」
制服にはさまざまな種類がある。
最初に取り出した白と黒の制服は、通常雇用の一般人やスレイブのような『一般商会員』向けのものだ。
今は制服だけだが、身を守るための武器や術具といった基本的な装備も統一する予定でいた。
そのほうが材料を一括で仕入れられるので、コストが安くなるからだ。
また、その製作にはナーラシアを含めた錬金術師たちも携わっている。ジュエルや術具もコピーすれば安く済むからだ。
「これが戦闘用の制服だよ」
続いて取り出したものは、さきほどの制服とデザインは同じだが、耐久性がさらに高まっており、色も黒の部分が赤に変更されていた。(胸のエンブレムは共通)
この白と赤の制服は、主に警備や護衛を担当する『一般戦闘要員』が身に付けることになるだろう。
この段階で一般人と武人(武人未満を含む)を見分けることが容易になり、もし何かあった際は、白と赤の制服の人物に助けを求めればよい。
「で、こっちが上級の制服で、同じく戦闘用と普通の二種類があるんだ」
「急に豪華になったわね」
「やっぱり身分の差は重要だしね。しっかり格の違いを示さないといけないよ」
次に取り出したのは、首周りにスカーフが追加され、さらには肩にも『飾緒』(軍服などにある肩から垂れ下がった紐)が付いているものだ。
こちらも黒と赤バージョンの二種類があり、赤はゲイルやアッカランのような上級の戦闘要員や、それに携わる者たちが着るものとなる。
ただし、事務系の人間には邪魔になるので、装飾の類は取り外すこともできるようになっていた。
その際は、肩や胸の刺繍が異なるので、そこで階級を見分けることが可能である。
ただし、鎧を着込むと見えなくなるのはどうしようもなく、あくまで平時での服装となる。
「そして、これがマキさんたちのものだよ」
続いて、身内の女性たちが着る制服を取り出す。
スカーフや飾緒がある点は同じだが、こちらは半々だった色合いが大きく変化。
ほぼ白地でありながらも上品な色合いで目に優しく、所々に黒と赤をアクセントに使った三色のデザインになっている。
多少のヒラヒラも付いているので、アニメやゲームでありそうな、少し可愛いデザインの白い軍服をイメージするとわかりやすいだろう。
「白くて綺麗ね。でも、こっちは黒なのね」
マキが『黒地の制服』を取り出す。
こちらはさきほどの白地とは異なり、黒地を主体として白と赤のアクセントが入ったものだ。
「それは『サナの親衛隊』の制服だよ。セノアたちも正装する際はこっちを着てもらう予定だね」
「え、えええ!? こ、こんなに立派なものをですか!?」
「そうさ。君たち姉妹は普段はメイドだけど、サナの隊の所属になるからね。サイズも小さいのがあるから着てみてね。試着しないと細かいサイズの調整ができないからさ」
「は…はい……」
セノアは、渡された最上級の制服を見て絶句している。
世間一般の商会では制服が支給されることは少なく、従業員も安物の普段着のままであることが大半だ。
ロゼ姉妹も一般家庭出身であり、ミャンメイたちのように家を持たない移住者であったことからも、まずこのような服を着ることはなかった。
白スレイブになり、どんな扱いをされるか不安だったところに、これほど厚遇されれば誰でも驚くだろう。
「で、こっちがメイド用だね。これも特別製なんだ」
最後に取り出すのは、メイド用の制服だ。
こちらも階級に合わせて段階的に豪華になっていく造りで、黒をベースにしたサナの親衛隊用のメイド服もある。(もともとメイド服は黒いが、さらに豪奢にしたもの)
唯一ホロロのものだけは特殊で、以前と同じく『給仕竜装』をベースに改良されたものになっている。
色も濃紫を基調としたものであり、一目で『メイド長』であることがわかるだろう。
この給仕竜装に使われている補助具の『竜測器昇』だが、錬金術師が増えた現在はレプリカの製作も試みているので、いずれは量産される日が来るかもしれない。
そうなれば念願の『戦闘メイド隊』ができるので、今からウキウキだ。
鍛冶をやっていても邪魔にならないディムレガン用の制服も開発中であり、完成したら順次支給される予定である。
「みんなも試着してみてねー」
制服を配り、実際に着てもらう。
最初に目に留まったのは、もちろんサナだ。
「うおー! サナちゃん、超かわいいーーーー!」
サナのサイズに合わせた制服は彼女にぴったりで、可愛さと凛々しさを両立させた素晴らしいものになった。
刀も軍服っぽい制服に似合うので、まさにアニメの超絶美少女キャラクターが飛び出てきたようである。
マキと小百合たちも制服に着替え、一同が並んでみると嫌でも一体感が出てくる。
「うんうん、いいじゃないか。盛り上がってきたね! セノアとラノアはどうかな?」
「は、はい…着れました」
「きれたよー」
サナの予備ではあるが、白スレイブが入ることを想定して余裕を持たせているので、セノアたちも着ることができた。
ラノアはサナより体格が少し小さいためブカブカで、なんとも愛らしい。
「二人とも、これからはホロロさんの言うことをよく聞くんだよ。サナとも仲良くしてやってくれ。この家にいれば安全だから、ゆっくり慣れていこうね」
「は、はいぃいい!」
「うん、わかたー」
(な、なんかすごいところに来ちゃったかも! で、でも、みんな優しそうだから、やっていける…かな?)
こうしてロゼ姉妹たちも仲間に加わり、身内が増えるのであった。




