486話 「集まる人材 その3『ミャンメイの能力』」
「そんなに安全で快適な国なら、ハピ・クジュネに来る必要はなかったんじゃない?」
「先日グラス・ギースにいた祖父が亡くなって一度戻ったのですが、そこで路銀が尽きてしまいまして…」
「それは大変だったね。お金が貯まったらまた戻るの?」
「いえ、もう借家も解約してきましたので特には考えていません。そういえば兄の話をしていませんでしたね。兄さんは…」
「あっ、おかまいなく」
兄の話はべつに興味がないので割愛であるが、名前はレイオンというらしい。
彼は武人の資質を有していたので、旅の間で一緒になった商隊の護衛やゴウマ・ヴィーレでの力仕事、あるいは兵士などをして金を稼ぎつつ鍛練を積んだようだ。
そのせいかはわからないが、突然ムキムキになったので驚いたという。
ちなみに、これを『渡米プロレスラー現象』と呼ぶ。
なぜか海外に渡って武者修行をすると、食べ物が違うのかムキムキになって戻ってくるレスラーが多いことから名付けられたものだ。
これは地球での話なので、レイオンの場合は戦士因子が覚醒したことで肉体にも変化が起こったと思われる。
が、アンシュラオンを見ればわかるように、因子の覚醒率と見た目にはそこまで因果関係がないので、単に彼が筋肉質だっただけである。
「はい、出来ました」
雑談しながらも料理が完成。
彼女が作ったものは平凡なシチューだった。良く言えば家庭的で、悪く言えば特徴のない芋と野菜のシチューだ。
試食は誰がするのかといえば、いつの間にか食卓についているサナである。
彼女は置かれたシチューを見ると即座に食べようとするが、アンシュラオンが手で制しておあずけをする。
「先にお兄ちゃんが食べるから、少しだけ我慢してくれな」
材料はこちらが用意しており、注意深く見てはいるが、毒が入っていないとも限らない。
暗殺者のように自らの血が毒である可能性もあるし、別の能力を持っている場合もある。
「いただきます」
アンシュラオンがスプーンでシチューを口に運ぶ。
何度か口の中で転がして味を確かめ、ゆっくり飲み込んだ直後―――硬直
数秒経ってようやくスプーンを皿に戻すと、軽くシチューを掻き混ぜてみる。
まるで中身を確認するかのような不自然な行動だ。
本当に毒が入っていたのかと、近くにいたホロロが近寄ろうとしてきたので、大丈夫の合図を出して止める。
(うまい。美味すぎる。なんだこれは?)
なぜならばアンシュラオンが不審な行動を取ったのは、シチューがあまりに美味しかったからだ。
これを口に入れた瞬間、雷にでも打たれたような衝撃を受けた。
サナとの出会いのごとく、人間は運命に直面すると雷撃に似た衝撃を受けるものだ。
サナの場合は、魂そのものが惹かれる激しい求愛感情であったが、今回は単純に味覚が持っていかれた。
おかげで朝食の料理の味が、もう思い出せない。
直前まで覚えていたはずなのに、今この瞬間では完全に抹消されているほど美味い。
(ただのシチューがこれほど美味いとは驚きだ。だが、それだけでオレがここまで反応はしない。そう、この料理には何かが入っている。まさか変な薬でも入っているわけじゃないよな? って、オレに薬は通じないか。ならばもしや、これが【愛】なのか!?)
よく最高の調味料は『愛情』などといわれる。食べる相手のことを考えるからこそ創意工夫が生まれるからだ。
だがしかし、これはそういう類のものではない。
もっと直接的な『何か』が起こっている。
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名前 :ファン・ミャンメイ
レベル:8/30
HP :105/105
BP :150/150
統率:F 体力: F
知力:F 精神: E
魔力:E 攻撃: F
魅力:C 防御: F
工作:D 命中: F
隠密:F 回避: F
【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0
☆総合:評価外
異名:奥様志望の料理人
種族:人間
属性:
異能:愛情料理でアップアップ、料理活性化、迅速調理、中級料理人、若奥様願望
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(スキルの大半が調理関係で、異名も料理人となっているな。そして、なんだか軽快なネーミングのスキルがあるぞ)
一番最初に表記されていることから『愛情料理でアップアップ』はユニークスキルだと思われる。
これだけだと効果は不明瞭であるが、だいたいの推測は可能だ。
「ねえ、君のお兄さんも、この料理をいつも食べているんだよね?」
「はい。一緒に食べたほうが安く済みますから」
「料理を作り始めたのはいつから?」
「都市間の移動を始めてからですので、もう十数年前ですね。私も自分のことは自分でやらないといけないと思って」
「それまでお兄さんは普通の身体だったんだよね?」
「はい、そうです」
「それが旅をする間にどんどん大きくなっていった? もしかして病気になったこともないんじゃない?」
「たしかに私も兄も風邪一つ引きませんね。…あの、何かありましたか?」
「ああ、いや。とても元気が出る料理だなーって。こんなに美味しい料理を食べていれば嫌でも成長が早くなりそうだったからさ」
「そうなるように願いながら料理を作っているんです。食べている時が一番楽しいですもんね」
どうやらミャンメイ自身は気づいていないようだが、これで確信に至る。
(この料理を食べると明らかに力が湧いてくる。本当に『ステータスが向上』しているんだ)
元気が出る、というのは比喩や精神的な話ではない。
実際にHPやステータスが上がる効果が料理にあるのだ。しかも最大HPを超えて上昇している。
これは情報が見られるアンシュラオンにしかわからないくらい微妙な上昇効果だが、極めて珍しい現象といえる。
今までさまざまな料理を食べてきたが、このような状態になったことはない。
ならば、スキルの影響だと考えるのが妥当であろう。
(病気にならないという話からも、バッドステータスの予防や保護の効果もあるのかもしれない。かなり貴重な効果だ)
RPGなどでは、料理にステータスが上昇する効果があるものだ。
地味だが、やるとやらないとでは大きな差が生まれ、特にHPが1残るかどうかのギリギリの勝負では有効な対応策になる。
そして、兄のレイオンがムキムキになっていったのも、この料理の影響があるはずだ。
ミャンメイの体型を見ている限り、食べた人間が絶対に筋肥大するわけではないと思うが、トレーニングの効果が倍増する可能性は高い。
「…ぱくぱく、もぐもぐ、ごっくん」
アンシュラオンの様子を見て我慢できなくなったのか、サナも夢中になってシチューを食べている。
さりげなくおかわりもしているので相変わらずの食べっぷりだ。それだけ美味しいのだろう。
(サナがこれほど食いつくとはな。普段の料理の時とは反応が全然違うぞ)
成長期の子供にとって食事は重要だ。
いつも美味しい料理を振る舞ってくれるアロロやホロロには感謝しているが、彼女らは生粋の料理人ではない。あくまでメイドだ。
可愛いサナのために何度か本職の料理人を雇おうかと思いつつ、なかなか機会がなかったので先延ばしにしていたが、その最上の解決策が目の前にある。
「ミャンメイ、君を料理人として雇おう。だが、食堂ではなく、オレたちの【専属料理人】になってくれないかな? もちろん君が望むのならば、食堂商会を丸々任せてもいい」
「えっ!? 私が…ですか!?」
「はっきり言うけど、君には料理の才能がある。いや、そんな言葉で片付けてしまうわけにはいかない。料理の天才だ!」
「そ、そこまでではないと思いますけど…」
「謙遜する必要はないって。事実は事実だからね。ホテルの最高級料理を食べたことがあるオレからしても、この料理は卓越していると思うよ。いや、超越している。並じゃない。スペシャルだ! 本当にすごいと思う!」
「あ、ありがとうございます」
その言葉は心からのものだったので彼女も嬉しそうだ。
褒められて嬉しくない女性はいないし、事実なのだからもっと褒めたいくらいだ。
「オレの妹には君が必要だと確信した。これは冗談じゃない。遊び半分でもない。絶対に君を手に入れるとオレは決めたんだ」
「そ、そんなに近寄られると…あっ」
「ミャンメイ、君が欲しいんだ」
アンシュラオンがミャンメイを押しやり、壁に手をついて追い詰める。
一昔、巷で流行した【壁ドン】である。
これをやられたらイチコロという話なので自分もやってみた次第だ。
しかし、体格差があるので前のめりに手をつくと身長が下がり、ちょうど顔がミャンメイの胸に当たる形になる。
「むっ! いい乳だ!! ふんふんっ!」
「あっ、あっ!!」
これではただの痴漢か変態である。まったくさまにならない。
やはり身長が自分よりも高い女性に壁ドンは無理だと悟る。
(壁ドンというよりは『胸ドン』だな。流行らないかな?)
それが流行ったら、その社会はもう終わりである。
気を取り直して、再度説得を開始。
「オレは本気なんだ。ぜひとも専用のスレイブになってくれないかな? 君が望むなら奥様でもいいけど」
「お、奥様ですか!?」
「君みたいな温和な女性は初めて見た。なんというか、とても落ち着くよ。オレと接していても自然体を崩さない。これはすごいことさ」
胸の質も良いし、何よりも雰囲気がいい。
美しく輝く灰色の瞳には邪気というものがなく、いきなり胸を触ったアンシュラオンに対しても温和な態度のままだ。
普通はいきなりこんなことをされたら、さきほど尻を触ったメイド志望の女性のように、びっくりして身体が硬直してしまい、感情面でも変化が出るものである。
しかし、ミャンメイは自然体のまま。
それはアンシュラオンのように鍛えて熟練したものではなく、最初からそういう性質なのだと思われる。
「さあ、オレのスレイブになってくれ。幸せにするから」
「そ、そんな目で見られたら…あぁ……綺麗。なんて優しそうな目なのでしょう…」
「ほら、おいで。気持ちよくしてあげるよ」
「はい、旦那様…」
魅了されたように、ミャンメイがふらふらとアンシュラオンに近寄る。
もともと『若奥様願望』があるので、それを上手く使って誘導してみたが、思った以上に食いついてくれた。
ただし、年下であることからも『姉魅了』は効果を発揮していないため、彼女が持つ天性の『従順性』がそうさせているのだろう。
(押しに弱いタイプなんだろうな。オレが庇護していないと珍しい能力があるがゆえに誰かに狙われそうで怖いよ。このタイミングで会えてよかった。今のうちにオレのものにしておこう)
アンシュラオンのスレイブになるということは、悪意ある外部の影響力から守られることを意味する。
誰かに盗られる前に手に入れようとするのだが―――
「おい、妹に何をしている!」
兄のレイオンが血相を変えてやってきた。
ゲイルの面接を受けていたはずだが、妹の様子が気になってこちらをうかがっていたようだ。
「ミャンメイは合格だ。これから専属の料理人として働いてもらうことにしたよ」
「食堂勤務じゃないのか!?」
「気に入ったから、うちに住み込みで暮らしてもらう。そのまま身請けでもいいかな」
「待て待て! 話が違うぞ!? どうなっているんだ!」
「べつに就職もできるんだからいいじゃないか。彼女には商会を一つ任せてもいいと思っているくらいだ」
「さっき妹の胸を触っていただろう! そんな破廉恥なやつのところに行かせてたまるか!」
「あれくらいは通常のスキンシップだろうに。というか、オレが雇い主だぞ。お前も面接に来たんだろう? 落とされてもいいのか? あぁん? 兄が無職だと世間体が悪いよなぁ」
「くっ…! 卑劣な真似を!」
こうしてレイオンと対面すると思った以上に身体が大きく、アッカランと比べても遜色がない圧力がある。
まさにプロレスラーのようにゴツゴツした大男だ。
ただ、髪の色こそ同じだが、ミャンメイとは違って強い意思を感じさせる。もっと言えば、なかなかに反抗的だ。
「ほれ、いくら欲しい。金ならくれてやるぞ」
札束を取り出して、さらに煽るアンシュラオン。
立場を利用したパワハラを遠慮なく繰り出すスタイルで、レイオンを追い詰める。
「妹を売るくらいならば職などいらない! こっちから願い下げだ!」
「いいのか? 金がないんだろう?」
「仕事はほかにもいろいろとある。海軍に入ってもいい」
「ほー、そうかそうか。じゃあ、オレが海軍に話を通して落としてやってもいいんだぞ?」
「なっ…! そんなことができるのか!?」
「オレの影響力を甘く見ないほうがいいぞ。この都市では何でもできるからな」
「なんて男だ! 噂通りだな!」
「お前な、普通は雇い主には逆らわないものだぞ。そんな態度でやっていけるわけがないだろう。人生をなめるなよ」
「お前に言われる筋合いはない! ミャンメイ、帰るぞ!」
「兄さん、いいかげんにして。私はアンシュラオンさんのところでお世話になるわ」
「みゃ、ミャンメイ!? 何を言い出すんだ! この男は破廉恥なやつなんだぞ! さっきみたいに卑猥なことをされるかもしれないぞ!」
「そんなのたいした問題じゃないでしょ」
「たいした問題だぞ!? どうしたんだお前は!」
「兄さんこそ、おかしいわ。せっかく認めてくれたのに自分から断るなんて傲慢よ。もうお金がないんだから受け入れるべきだわ」
「そうだぞレイオン、身の程を知れ」
「馴れ馴れしく呼ぶな! 何様だ!」
「雇い主様だと言っているだろう。そこを最初に理解しろよな」
「兄弟、何かあったのか?」
そこにゲイルがやってきた。
面接をしていたらいきなりレイオンが飛び出したので、一番困惑したのは彼だったはずだ。
「ゲイル、レイオンはどうなの?」
「面接か? 素材は文句ないから合格の予定だ。あとは契約するだけだな」
「ふーん、合格か。まあ、使えそうだしね。適当に翠清山送りにしてくれていいよ」
「ミャンメイから遠ざけるつもりだな! その手には乗らないぞ!」
「レイオン、お前が求めるものは何だ? それが金であろうと強さであろうと、せっかくのチャンスを無駄にするな。これを逃すと一生まともな職にはありつけないかもしれないぞ。それどころか生きているかも怪しい」
「ど、どうしてお前にそんなことがわかる!」
「なんでだろうな。お前たち兄妹からは、なんとなく危うい感じがするんだよ。放っておいたらろくなことにならない。そんな気がする」
「そんな曖昧な言葉で―――うおっ!」
「ほらほら、行くぞ。忙しいんだから、これ以上は俺の兄弟を困らせるな。お前も兄なら妹のために食い扶持くらいは稼がないとな」
「いや、ちょっと! まだ話は…! くそっ、なんて力だ! 俺がパワーで負けるなんて!」
「がんばれよー、レイオン! それが現実だぞー!」
身体はゲイルのほうが小さいが、修羅場を潜っているので筋肉の質は勝っており、片腕一本でレイオンを引っ張っていく。(ゲイルの戦士因子は翠清山の戦いを経て2にまで上がっている)
しかし、それだけが要因ではないだろう。
『上級契約用ギアス』であれば空き容量もかなりあるので、他の女性同様に彼の能力も劇的に向上している様子がうかがえた。
彼との付き合いもそこそこ長く、事前に親和性が高まっていたおかげで、ギアスをかけた時からレベル上限も99まで上がり、因子の覚醒上限も倍以上になっていたので、これからもさらに強くなっていくだろう。
ちなみにゲイルは、なんとなく力が出そうだからという理由で、マキと同じく右の腕輪型ギアスを選んでいる。
媒体も、ガンプドルフからもらった上質な精神タイプのジュエルを使用しているので効果も高い。
「兄が騒いで申し訳ありません。昔から心配性なんです。あの、私はちゃんと従いますから兄のことは…」
「大丈夫だよ。君のお兄さんをクビにしたりしないから。ああいう反抗的な人間も良い実験台に…じゃなくて、気持ちよく受け入れるのも雇い主の度量ってやつだからね」
「ありがとうございます! お優しいんですね。とても素敵です」
「いやいや、それほどでもあるけどね」
こうしてファン・ミャンメイは、専属料理人として身内に加わることになった。
兄のレイオンも鍛えれば十分使えそうだし、あれだけ丈夫そうならば性能強化の実験台には最適な人材といえる。




