484話 「集まる人材 その1『ふるい分け』」
アンシュラオンが人材募集の告知を出してから、およそ一ヶ月。
大勢の人々がハローワークに集まっていた。
「おい、押すなよ」
「狭いんだから仕方ないだろう」
「ったく、どんだけ長いんだ、この列はよ」
ハピ・クジュネ支部はかなり大きいが、あまりに多くの人々が集まったために、エントランスホールにも入りきらない状況だった。
職歴不問かつ老若男女問わずに募集をかけたことで、一万人以上が集まってしまったからだ。
これは翠清山制圧作戦で、傭兵やハンターを募集した時と同程度の盛り上がりである。
ハローワークも通常業務に支障をきたしており、職員たちも総出で列の整理を行っている有様だった。
「はいはーい、みなさーん! こちらへどうぞー! 集中局の倉庫にご案内いたしますよー!」
プラカードを持った小百合が出てきたことで人が流れ始め、ようやく業務が開始される。
が、窓口に行く者はほとんどいない。
集まった傭兵やハンターは、そのすべてがアンシュラオンのほうに向かってしまい、ホールはがらがらになってしまった。
それどころか職員まで羨望の眼差しで列を見つめる始末だ。
「アンシュラオン様の人材募集でしょ? いいなー。私も行きたいなー」
「お給料も良さそうだし、守ってもくれるから安心よね。最近は物騒だもの」
「それより、あんな素敵な人の近くにいられることのほうが重要よ! 妻も増えているみたいだし、私にもチャンスがあるかしら!」
元職員である小百合が妻になっていることから、同年代の女性職員が本気で職を辞そうかと迷うことも珍しくはない。
現に小百合と親しくしていた数名の女性職員(サナの誕生日にも来ていた)は、先日退職届を出してアンシュラオンの商会に入ってしまった。
しかも最初から有能な人材に目を付けていたらしく、縁故入社が多いハローワーク内では貴重な経理能力に長けた者たちを引き抜かれてしまう。
(やれやれ、大人気だねぇ。このままじゃ支部が成り立たなくなっちゃうよ)
その様子を特別監察官であるマイス・キンバリィも眺めていた。
言ってしまえばハローワークは全世界的な『公務員』なので、職員になっていれば一生安泰が約束されている。
それを蹴ってまでアンシュラオンの側に行くのだから、それ以上のメリットがあると考えたのだろう。
当然ながら若い女性からの人気は高く、妻にはなれずとも魅了状態による幸福感やスキンシップによる快楽に加え、圧倒的武力による庇護を受けられるのだから相当な利益があるのは間違いない。
ついでに命気水には『老化防止』の効果もあるので、美容の観点からも多大なメリットがある。
この情報は公開されていないものの、マキたちの美貌も相まって、一部の界隈では毎日のように噂されているほどだ。
「いやー、海軍に行くかどうか迷ってたけど、待っててよかったよ」
「こっちのほうが給料がいいんだよな。それに、無謀な戦いで死にたくないもんな」
「山での仕事も護衛の魔獣がつくんだろう? 敵が味方なら戦う必要もないぜ。楽なもんさ」
今度は筋肉ムキムキの三人組の会話が聴こえてくる。
もともと軍隊は就職先のない若者が嫌々向かう『はきだまり』でもあるので、どうしても訓練が厳しくなる傾向にある。骨の髄まで叩き込まないと性根が直らないからだ。
一方で、それなりにまともで給料だけ欲しい人材にとってみれば、騎士団のように統率された軍隊でもない限り、あまり良い場所とはいえない。(騎士団は騎士団で有事の際の犠牲が求められるのでつらい)
健康な男性ならばどこでも肉体労働はできるが、どうせ働くのならば好条件の職場が良いのは当たり前である。
募集で提示された給料は相場の二倍以上であるうえ、アンシュラオンの商会ならば社会的ステータスも見込めるオマケ付きだ。
集まった人々のほぼすべてが山での戦いを経験していないので、余計なトラウマがないのも追い風になっていた。
「わしでも雇ってもらえるかのぉ」
「おじいさんは大丈夫ですよ。昔は船乗りだったんでしょ? 経験を買ってくれますって」
次に来たのは、中年の女性と老人だった。
「うむ、昔はブイブイ言わせておったのぉ。いろいろなところで子種を仕込んだものじゃよ。ファッファッファッ」
「私がその子供の一人だって知ってました?」
「っ―――!?」
「なんてね。嘘ですよ」
「ひ、ひぃ…最近の若いもんは冗談がきついのぉ。心臓が痛むわい」
「安心してくださいな。ちゃんと死ぬまで面倒を見ますよ。死ぬまで、ね。だからがんばって働いてくださいね」
(なんか嫌な会話を聞いたなぁ)
何やら含みがありそうな関係ではあるが、重要なことは年齢や肉体的要素にかかわらず募集があり、年老いた者たちの姿も多く見られることだ。
若い頃に船乗り(海兵含む)や木こりだった者たちは、年老いても経験が豊かであり、若者にはない強みがある。
若者は体力的には優れているが、若さゆえに自身を過信し、ついつい愚かな行動を取ってしまうものだ。
山ではそれが命取りになることもあるため、老人の知恵と経験は必要不可欠なのだ。
しかし、このように考えるのも元日本人のアンシュラオンだからである。
未発達の地域や環境が厳しい場所では、年老いた者たちが重宝されることは少ないのが実情だ。
そんな時に割のよい募集があれば、孫に小遣いをやりたいとか、最後に人生の華を咲かせたいといった理由で応募する者も出てくる。
(すごい活気だ。やはり彼は特別な存在なのかもしれないね)
キンバリィは、アンシュラオンがもたらす『活力』に目を細める。
何事もきっかけがなければ動かない。影響力のあるアンシュラオンが率先して動いたからこそ、これだけの『眠っていた人々』が集まったのだ。
この死にかけた大地に力を与えられる存在など極めて稀。
見ているだけで単純に楽しいものである。
「では、あの通路を通ってください。『合格』の人は面接に進みますよー」
「え? 通るだけでいいのか? 書類選考とかはしないの?」
「はい。これが最初の審査です」
列の先頭では小百合の案内で、訳もわからぬまま人々が通路を歩かされていた。
その先は二つに分かれており、合格した者だけが左側の面接用の倉庫に進み、右側に通された者はそのまま脱落となる。
そして、最初に通路に入った十人の男たちは『右側』に通された。
「お疲れ様でした。お帰りはこちらです」
「は? え? 嘘だろう!? なんで落ちたんだ!?」
「そうだそうだ! 納得できねぇぞ! ただ歩いただけじゃねえか!」
「もっと能力とか人柄を見ろよな!」
ホロロが帰宅を促すが、納得できない者たちはごねる。
彼女の力を知っていればそんなことはできないのだが、見た目はただの巨乳メイドなので侮られてしまうのだ。
だが、そんな時のために『彼ら』がいる。
「ああん? 兄ちゃん、何か文句でもあるのか? あ? 俺が聞いてやろうか? ほれ、遠慮しないで言ってみな」
「あっ…いえ。文句なんてそんな…はは。そろそろ帰ろうかなーって思っていたんですよ」
「そ、そうだな。もうすぐ自宅警備員の時間だしな。そ、それじゃ失礼しましたー」
「おう、寄り道しないで真っ直ぐ帰りな」
強面のゲイル隊の面々がひと睨みすれば、そこらの一般人など相手にならない。
そそくさと帰っていく姿は、まさに負け犬に相応しい。
「なぁ、あいつらはどうして駄目だったんだ?」
ゲイルがホロロに訊ねる。
この審査の責任者は彼女だからだ。
「怠惰で中途半端な者たちです。いても役には立たないでしょう。ご主人様の下僕になるのですから厳選しなければなりません」
「そんなことまですぐにわかるとは、やっぱりすげぇな。といっても、あいつらの性根程度なら俺でもわかるか」
最初の審査は、単純に人間としての資質による『ふるい分け』だ。
通路を通る者たちは、知らない間にホロロに羽根を刺されており、その内面を調査されていた。
今回は欲望を刺激して誘惑にどこまで耐えられるかを見ている。要するに裏切る可能性だ。
罰則があるので裏切られても対応はできるが、不純物は最初から少ないほうがよいに決まっている。
さきほどの連中は、何事にも夢中になれず職を転々としている半端者であった。
責任感もなく誘惑への耐性も極めて低い。落ちて当然の雑魚なのだ。
ただし、担当がホロロであることが若干マイナスに作用し、かなり厳しい基準で審査されることになった側面はある。
それによって当初は一万いた応募者も、あっという間に二千を割り込んでしまっていた。
とはいえ、それだけ駄目人間が多い証拠でもあり、そもそも『第一弾』は千人程度を予定していたので、さして問題ではない。
「合格した方は希望の商会を選んでくださいね。複数希望も可能ですよー」
審査の合格者たちは、次の倉庫で希望の商会を選んで面接に臨んでいた。
肉体派の男ならば翠清山での発掘作業や土木工事、または各商会における力仕事。
頭脳派ならば、経理や在庫管理といった仕事を選んでいる。
女性は危ないので基本的に翠清山での仕事はないが、その代わりに服飾や縫製工場での仕事が用意されていた。
それ以外の老人や少年少女は、希望を聞きながら各人の適性に合わせた仕事を紹介している。
「女性はこっちだよ! 履歴書は無くてもいいからねー! 中身が大事だからさ!」
二次会場ではアンシュラオン本人もいた。
やはり女性は自ら審査すべきで他人に任せてはおけないと、意気込みながらやってきたのだ。
しかし、一番大事な炸加の『炸裂ドカン商会』と、運送業であるロリコンの『若葉商会』の面接は当人たちに任せているところが、相変わらずの適当さといえる。
若葉商会はすでに説明したが、炸加のほうは炬乃未にあっさりと振られたことと、採掘の際に大納魔射津でドカンとやることから名付けているので、こちらも大雑把なネーミングである。
アンシュラオンは、さっそく意気揚々と面接を開始。
「君の希望はどこかな?」
「あ、あの…は、初めまして! め、メイド希望です!」
「ほほー、メイドかね。では、ちょっと後ろを向いてみなさい」
「は、はい。こうですか―――きゃっ! お、お尻に手が…」
「こらこら、ちゃんと前を向いて仕事できるかの審査だよ。雑念はいかんなぁ。それに、お尻を触られたら『ありがとうございます』って言うのがうちのルールなんだ。ほら、言ってごらん」
「はぁっ…はぁ、あ、ありがとう…ございます! あはんっ!」
「そう! それがメイドだよ!! わかってきたじゃないか!」
尻を触って御礼を言われる素敵な会社。それがアーパム財団の商会なのである。
と、いきなり盛大にやらかしているが、ホロロを見ているとあながち間違ってはいないので、メイドはこれでよいのかもしれない。
もちろん馬鹿なことだけをしているわけではなく、しっかりと『情報公開』で各人の能力や適性を見極めているので仕事はしている。
また、炸加やロリコンを放置しているのは、両者ともに今まで人を使ってこなかった経験から、自分で扱いやすそうな人材を決めさせるという目的もある。
(ホロロさんが駄目なやつを間引いたおかげで、今のところは問題なさそうだな。ドカン商会は人が多めでもいいし、若葉商会のほうは資材管理と運搬ができればいい。これだけ集まれば予定通りといったところかな)
ちらりと確認すると、炸加のところにはガテン系のお兄さんたちが集まり、ロリコンのところには元行商人といった輸送系の人材が集まっているようだ。
応募者当人が特性をよく理解している証拠であり、やりたいことを選んでいるのだから自動的に適材適所が生まれる。
これはアンシュラオンが用意した商会の種類が多いことも大きな理由だ。
何が適性かわからず苦悩する者たちも多いだろうが、選択肢の多さは柔軟性を与え、自身の可能性を広げることに繋がる。
ハピ・クジュネは経済規模が大きいほうとはいえ、ここまで多様な職種を用意している商会の数は少ない。
北部ではせいぜいライザックが管理する商人組合か、ハングラスくらいなものだろう。
ただし商材の管理に関しては、アンシュラオン自らが選んだ年配の人物を紹介するようにしている。
在庫を数えることが主な仕事で肉体的にも楽であるし、人間は歳を取ると肉体が衰える反面、余計な欲を出さなくなっていく。
人間の欲求の大半が、食欲、性欲、物欲といった肉体的要素に関わるものだからだ。
あとは強引に在庫を持ち出されないように、心身ともに優れたボディーガードを選べばよい。
「よぅ、賑やかなことやってんな」
「あれ? アッカランじゃん。久々だね」
審査を続けていると、見るからにヤバい連中が入ってきた。
世紀末でヒャッハーしていそうなモヒカン族を率いる大柄で屈強な男、傭兵のアッカランである。
その強面はゲイルですら足元にも及ばず、彼らの周囲からはあっという間に人が離れていった。
「今日はここは貸し切りだから、素材倉庫は向こう側だよ」
「いや、お前さんに会いに来たのさ。俺らも雇ってもらおうと思ってな」
「え? うちは軍隊じゃないよ?」
「知ってるよ。海軍は性に合わん。かといって普通に仕事をしようにも今のところはまともなものがねぇ。だったらお前のところのほうが面白そうだ。あの時のヒリついた戦いが忘れられないのさ」
一度翠清山の死闘を経験してしまえば、他の戦いが物足りなくなるものだ。
逆をいえば、それだけ彼らも戦闘中毒者なのだろう。
「うちもまだまだ作ったばかりだから、ほかとそんなに変わらないよ?」
「へっ、お前がいるところには必ず波乱が起きる。俺の長年の勘がそう言ってやがるんだ。しばらく暇でも問題ねえよ。そのうち嫌でも爆発するさ」
「人のことを爆薬みたいに言わないでよ。でも、優れた傭兵は大歓迎さ。ただ、専属契約になるけどいい?」
「細かいことはどうでもいい。任せる」
「じゃあ、アッカラン用に商会を一つ作るから、このまま人材募集の面接官に加わってよ。傭兵がいたら任せるから強そうなのを選抜してね」
「おいおい、いきなりかよ。気前がいいな」
「実績があるから投資は惜しまないよ。小百合さーん、アッカラン用の商会も作るからよろしくー!」
「はーい! 今書類を持っていきますねー!」
(強い人材も欲しかったところだ。ちょうどよかったよ)
ゲイルも『黒鮭商会』の戦力アップのために面接に回っているが、こちらは護衛任務が得意な面子が多い。
戦士隊なので忘れがちだが、ゲイル隊の本業は『護衛任務』だ。
護衛は敵を倒すことが目的ではなく、あくまで対象を守ることが最優先となる。そのあたりで若干求められる要素が異なるのだ。
そのため護衛ができそうな人材、元衛士や元海兵の中でも治安維持を担当していた者、ロードキャンプ間の護衛を主な仕事にしていた渡り狼といった同類を集めている。
一方、新たに加わったアッカラン隊はゴリゴリのファイターで、強敵相手に真正面から渡り合える強力な戦闘集団である。
DBDの騎士団の強さを考えると、こちら側もこれくらいの人材は必要になるだろう。
今回来ている他の傭兵たちも翠清山で縁があった者が多く、海軍ではなくこちらを選んだ者だ。
彼らもアンシュラオンが掲げた『覇の旗』があまりに眩しくて忘れられないのである。




