483話 「新型ギアスの完成」
術式の世界に触れたことで、アンシュラオンの術士としての才能が一気に開花。日々新たな分野に精通していくことになる。
それと同じくして先日、『スレイブ・ギアスの改良版が完成』との報がエメラーダより入る。
輸送は危険なので、アンシュラオン自らがマスカリオンに乗って取りに行った。
その際に空の防護術式の一部を破壊したが、噂はグラス・ギースにまで広まっていたようで、銀翼にまたがる白い英雄を物珍しそうに眺めている人々が大半で、騒ぎにはならなかった。
そして、ついに新たなギアスをゲットすることに成功。
(中身はけっこう複雑な術式だけど、コピーするだけならオレでもやれるかな。それにしても仕事が早い。性格に反比例して技量は抜群なんだよなぁ)
さすがアンシュラオンを手玉に取ったエメラーダである。
しかも公式のギアスを参考にはしたものの、コピーではなく自ら構築して新しく作ってしまった。
もともとスレイブ・ギアスはプロテクトが無い状態が本来の姿だったらしく、以前のものよりもコードがすっきりして処理速度も向上。
ギアスの効果が倍増し、『同意』さえあれば誰にでもかけられるようになっていた。
そう、この【同意】が重要なのである。
スレイブ・ギアスがスレイブ商によって簡単に量産できるのも、精神術式において『同意』が強力な構成要素の一つとなるからだ。
民法の基本原則も互いの同意であるし、ブラック企業のように多少違法性のある契約でも、当人が望むのならば通ってしまうものだ。
(でも、不思議なことを言っていたな。あれはどういう意味だったんだ?)
新型ギアスを渡された時に、エメラーダが奇妙なことを呟いた。
「公式ギアスの術式コードは『綺麗すぎる』わ。これの解析を続ければ、自然と術式の基本が身に付いていくでしょうね」
術式構築にも各人の癖が出るもので、複雑になればなるほど顕著になっていく傾向にある。
しかし、公式ギアスのコードは一字一句違えることなく、あまりに基礎に忠実。
まったく人間味を感じさせず、まるで【術式を学ぶための教科書として作られた】かのようであったという。
(エメラーダさんのニュアンスからすると『誰かに精神術式を教えるために公式ギアスが作られた』みたいに聞こえるな。だが、そんなことがありえるのか? 解かれることが前提のプロテクトなんて危険に思えるけど…。まあ、オレからすれば『ギアスを改良する者のために用意されていた基礎コード』ともいえるけどね)
基礎が重要なことは火乃呼の一件からもよくわかる。慣れれば慣れるほど気づかないうちに偏ってしまうからだ。
もし今後、ギアスを改良する際に迷いが生じた場合は、この基礎コードに立ち返れば大きく間違えることはないだろう。
その意味でもアンシュラオンにとっては貴重な教材といえる。
(いろいろと邪推もできるが、公式ギアスに基礎が詰まっていることに違和感はない。汎用性と量産性を高めた結果だろう。これを作ったやつにますます興味が湧いてくるが、今は新しいギアスの完成を楽しむとしようか)
アンシュラオンは、ウッキウキで白詩宮に帰還。
すべての解析が終わった直後、さっそく空っぽのジュエルに新型ギアスをコピーしてみる。
ちなみにこの『術式のコピー』こそ『錬成』というスキルであり、錬金術師たる所以の業である。
その先の『錬成強化』まで覚えれば自分で術式をカスタマイズできるようにもなるが、まずは完璧にコピーすることが肝要だ。
これができる段階でアンシュラオンも一人前の錬金術師になったといえる。(錬成強化ができる術士は少ない)
そして、出来たばかりのサンプルをナーラシアに見せてみる。
「エメラーダさんに作ってもらったんだけど、どうかな?」
「こいつはまた、どえらいもんをこしらえたものじゃな…」
経験豊かなナーラシアは、一目でそのギアスの精巧さと怖ろしさを感じ取り、ジュエルを持つ手が震えていた。
解析が終わった頃には、汗で顔がびっしょりになるほどだ。
「ひー、ふー、見るだけで心臓麻痺を起こしそうになったわい」
「これで問題ないよね?」
「むろんじゃ。赤の錬金術師が作ったものは、いつだって超一流の出来じゃよ。わしらからすれば神の領域におられる人物じゃからな」
「ナーラシアさんもコピーできる?」
「圧縮格納されておるから、それくらいならばできるかの。無心で完コピじゃ」
実際にやらせてみたところ、ナーラシアでもギアスのコピーは可能だった。
エメラーダが極めて優秀なところは、難解な術式でも圧縮ファイルとして一つにまとめているので、それが理解できなくてもコピーを可能にしている点だろう。
普通は錬成する側が自ら再構築する必要があるので、こうも簡単にはいかないものだ。同業者からすれば、まさに神業に等しい技術である。
ただし、安易にコピーされては困るので、術式の本同様に専用の読解コードを移植した人間だけが解析を許される仕組みになっていた。
「機密保持のためにナーラシアさんにもギアスをかけたいんだけど、どうかな? 他者に操られるのを防止する目的もあるんだ」
「ほっほっほ。わしから言い出したことじゃからな。当然、同意するぞい。老体じゃからと遠慮することはない」
「ありがとう。助かるよ」
お互いにマイルドに言っているが、秘密を知った以上、彼女には選択肢がない。
同意するか消されるか、その二択なのだ。
ただし、改良型ギアスには、いくつか種類がある。
一つ目は、『上級契約用ギアス』。
ロリコンやゲイルのように身内ではあるが、女性にかけているものほど犠牲を払わない『親しい間柄の仲間』に使用するギアスだ。
親しき仲にも礼儀あり、とはよく言うが、ある程度の距離感を維持しながらも信頼できる相手に施すものとなる。
裏切り行為に対する罰則も比較的軽く、武人ならば【戦気の使用不可】、術士ならば【術の使用不可】を強制的にかけることができる。
言い換えれば、一時的な『因子の封印措置』である。
これはパミエルキがアンシュラオンにかけていたものと同じ系統の封印術式であり、規模は小さくとも同意という強制力が働くので、どれだけ強くても力を封じることが可能だ。(暗示としての効果もある)
すでに戦気を抑制する『ヘブ・リング〈低次の腕輪〉』が存在しているので、その仕組みを再利用していると思えばわかりやすいだろうか。
されど、罰則が軽いとはいえ武人にとって戦気は命綱であるし、術士にとっても死活問題だ。
封印解除には契約者との同意が必要になることもあり、おいそれと違反することはできない。
協力関係にあるナーラシアにかけるギアスも、この上級契約用のものとなる。
「ナーラシアさんはどれがいい? 媒体はいろいろと用意してあるよ」
「わしは指輪がいいかの」
「一度付けたら簡単には取れないけど大丈夫?」
「寝る時も指輪型の術具を付けておるからの。かまわんよ」
ジュエルがあれば保存方法は何でもいいので、今までの契約者同様に指輪やネックレス、ブレスレットやイヤリング等々、あらゆる媒体を用意してある。
ナーラシアは指輪を選んだが、仮に指を切り落として指輪を外したとしても、精神にかけられた術式は残るので安心だ。
また、媒体自体が嫌という者には、書類による契約も可能になっている。
こちらはキャロアニーセが持っていたものの上位版で、アンシュラオンがエメラーダと交わした際に使った契約証書と同じものだ。それをギアス用に改良している。
書類の場合はホロロの羽根のように、術式を直接体内(精神体)に埋め込むことになるが、まったく違和感がないので男性ならばこちらを望む者も多そうだ。
「じゃあ、契約書はこれね。質問があったら何でも訊いて」
「うむ、確認した。問題ないぞい」
「もう一度確認するよ。ナーラシアさんは、オレの仕事を受けるうえで絶対に秘密を漏らさないこと。オレが不利益を被るのならば、その制約は仕事以外の私生活すべてに渡ることになる。もし破った場合は、生体磁気の抑制と錬金術師としての能力の損失に加え、オレもあなたの保護を恒久的に解除する。これでいい?」
「了承したぞい」
まずは同意を得るために書面で確認を促す。
続いて声に出してみて、再度確認することで二重の同意を得る。
面倒ではあるが、これによって術式の強度が飛躍的に向上するのである。
もし契約時に嘘をついていたとしても、『裏切った』という当人の自覚によって罰則が発動するので誤魔化すことは不可能だ。
「じゃあ、ギアスをかけるよ」
ナーラシアが指輪を装着したのを見計らい、アンシュラオンがギアスの術式をコピー。
今は自ら術式を操れるようになったので、機器を経由する必要性がなくなり、利便性も劇的に向上している。
ただし、安定した能力を発揮するために補助輪として魔力珠は展開させている。こちらもエメラーダ製の非常に強力なものだ。
これによって負荷が大幅に減り、術式を無理に改変する必要がなくなったことで、アンシュラオン自身が契約したとしても異変は起きないようになった。
互いの意思が術式となって吸い込まれていき、契約が完了。
「これで終わりかな? ちゃんとできた?」
「しっかりと発動しておるよ。見事なものじゃて。ついこの前まで素人だったことが信じられんよ」
「毎日欠かさず錬成の千本ノックをしているからね。これも師匠からの言いつけなんだ」
「ほっほっほ、才能がある者が努力するとなれば、凡人は永遠に勝てぬな。愉快痛快、これくらいの差があったほうが気楽じゃよ」
これで彼女とも正式に主従関係が結ばれることになる。
続いて孫のラシーニアを呼んできてもらい、ナーラシアと同じくギアスをかける。
彼女の場合は、ネックレスタイプのギアスが採用された。こちらのほうが気にならないそうだ。
ラシーニアも駆け出しとはいえ、錬成は問題なくできるので貴重な人材といえる。
「アンシュラオンさん、また錬金術師の方がいらっしゃったみたいですよ。さきほど面会の打診がありました。その方もメラキのようです」
ギアスをかけ終えたラシーニアが、ネックレスをいじりながら報告してくれる。
「なんか急に増えたね。これで今週は三人目じゃない?」
「たぶんですけど、裏のネットワークが効果を発揮しているみたいなんです。その人も話を聞きつけて来訪なさったようです。今では錬金術師以外にも保護を求める人たちが毎日のように連絡を取ってきますし…」
「エメラーダさんの人脈ってすごいんだな」
「本物の知者じゃからな。お前さんは『お墨付き』というわけじゃよ」
彼女と師弟関係を結んでからというもの、今まではまったく見つからなかった錬金術師が、自ら保護を求めてやってくるようになった。
ラシーニアの言った通り、エメラーダがメラキの連絡網を使って「アンシュラオンという自分の弟子が錬金術師やメラキを保護しているから、身の危険を感じている者は『無償で』保護してもらえ」と伝えているようだ。
メラキは身を隠すことに苦労しており、それに疲れている者も多い。
彼らが守るものは遺跡とは限らず、技術そのものを継承する場合は場所に囚われないので、常に守護してくれる者を探している状態だ。
そこに突然現れた輝かしい光こそ、アンシュラオンなのである。
よって、ほぼ末端とはいえ、次々とメラキが集まりつつあった。
(いやまあ、無償なのはいいんだけどね。彼らも一般人として働くことはできるし、何かあったら助けてもくれるはずだ。でも、完全に使い走りの弟子扱いなんだよなぁ)
陽禅公の弟子であった頃も不当な扱いを受けたものだ。弟子とはいつもこき使われるものなのだろう。
その後、ナーラシアたちの様子を一週間ばかり観察。
問題がないことを確認したうえで、次々と身内に新ギアスをかけていくことになる。
「俺は紙でいいや。何か付いていると落ち着かないしな」
ロリコンは書類での契約を希望。
契約内容は術式として当人に格納されるが、活字での契約書は両者が保管する。(その行為自体が効果を高める)
「なぁ、これってロリ子はどうなるんだ?」
「そのままお前の妻ってだけさ。ロリコンとの契約が優先されるんだろうな」
「俺がロリ子に命令して裏切らせることもできるのか?」
「それを実行する前に動けなくなると思うぞ」
「え? そうなの!? 生体磁気の抑制って武人だけが困るんじゃないのか?」
「さっき口頭でも説明したじゃないか。一般人の場合は細胞の活性化ができないからエネルギーを吸収できなくなって、そのまま身動きが取れなくなるんだ。這いつくばって呼吸するのが精一杯になるはずだぞ」
「こえー! 水辺でそうなったら、そのまま溺死じゃないか!」
「自業自得だろう。そう思うんだったら馬鹿なことを考えるなって。まあ、軽く思った程度じゃ発動なんてしないけどな」
人間には『思想・良心の自由』があるため、心の中で何を思っていようが自由だ。
ギアスも同じで、各人の忠誠心や意欲に違いはあれど、現実として裏切っていなければ罰則は発動しない。
では、もし相手が素性を偽っていた場合はどうなるのか。
「ロリコン、これは偽物だぞ。どこで買ったんだ?」
「おかしいな。ちゃんと鑑定してもらったんだけど…」
「鑑定の術式を誤魔化すために巧妙な嘘情報が書かれていたんだ。こういうのもあるから気をつけろよ。まったく、野良の術士は何でも引き受けるから困るよ。そういうのに限って腕がいいんだよな」
「ああ、気をつけるよ。というか、なんでお前はわかるんだ?」
「ふっふっふ、術士の力をなめるなよ? 今までのオレじゃないんだぞ。偽情報を解除できる術式を込めたジュエルを渡しておくから、胡散臭いものはそれを当てて調査しろよ」
「すげぇな。超一流の目利きと同じ能力じゃないか」
ここで大きな副産物があった。
エメラーダの指導により、アンシュラオンの『情報公開』が本来の力を発揮し始めたのだ。
従来は術式阻害の術具を使われると情報が見られなかったが、それを解析して素通りまたは解除することで、本当のデータがわかるようになった。
それだけにとどまらず、今やったように【物質】のデータも解析が可能だ。
剣や術具、鉱物から樹木に至るまで、『星に登録されているデータ』を参照して隠された本質を突き止めることができる。
これこそ『真なる情報公開の力』なのだ。
(相手が凄腕だったり、因子レベル8以上の超高度な阻害術式を使っていない限りは、オレの目を誤魔化すことはできなくなった。これは大きな力になるな)
『情報公開』は術士因子の上昇によって、さらに伸びしろがある。
もし自身の術士因子がレベル10にまで最大覚醒すれば、この世のすべてを見通すことが可能になるだろう。
このように強化された『情報公開』に加え、ホロロと小百合もいるので正体を偽ることなど不可能であるし、そういった相手には『違うタイプのギアス』が存在する。
試しにアーパム財団の話を聞きつけてやってきた胡散臭い商人に使ってみたところ、代金を前払いでもらっておきながら契約を無視して品物を送ってこなかった。
これは最初から想定していたので問題ない。むしろ期待通りに動いてくれたので良い実験になった。
その男の結末は、罰則が発動して精神錯乱状態に陥り、路上を歩いていた酔っ払いとぶつかって喧嘩。
翌朝、刺されて死亡している姿が海軍によって確認されている。
(常人では精神攻撃に耐えきれなかったようだな。もともとそういうものだけどね)
信用できない相手や、ごくごく一般的なスレイブを雇う際に使うものを『下級契約用ギアス』と呼び、裏切り行為をしようとすると精神術式が攻撃を仕掛ける仕組みになっている。
アンシュラオンはエメラーダの精神攻撃を受けても後遺症は残らなかったが、一般人ならば精神破壊レベルのものであり、仮に耐えてもまともな思考力を失ってしまうのだ。(言葉も話せなくなるので漏洩できなくなる)
あの時は実験だったので精神攻撃だけの契約にしておいたが、これに生体磁気の抑制も加えれば、そもそも動けなくなるだろう。
また、より危ない人材を扱う際には『強制契約用ギアス』が存在する。
こちらは今までの罰則に加えて、物理的に爆破する術式を『首にはめる』ことになっているので、何かあればそのままお陀仏になる。
爆破に限らなくても術式を込めておけば何でも発動可能なので、対象者が苦手なものを用意すれば、さらに万全となるだろう。
たとえばクルルにやったように強力な結界を張って閉じ込める、ということもできるわけだ。
(これでようやくまともなギアスがそろったよな。考えてみれば【3825億円】もするんだから、これくらいはできないと困るよ。ただ、上位のギアスをかけたほうが能率がいいから、できるだけ強制はしたくないな)
罰則付きのギアスが生まれたことは朗報なのだが、罰則が強ければ強いほど『魔石としての効果が薄れる』ことも判明していた。
罰則のほうに容量を使ってしまうので、その分だけサナたちが受けているような恩恵にまで手が回らないのだ。
やはりスレイブという存在は、自らの意思による同意によって最大限の効果を発揮する存在といえる。
できれば最初から信頼できる相手を見つけて、若い女性ならば従来の『特別契約用ギアス』を使い、男ならばロリコンたちのように『上級契約用ギアス』を使うことが望ましいだろう。
こうして新型がギアスがそろい、本格的に人材の確保が始まるのであった。




