481話 「赤の錬金術師 その6『封印解除』」
アンシュラオンは、メラキの三人を連れて一度輸送船にまで戻り、用事が終わるまでロリコン夫妻と待機してもらうことにした。
青劉隊の許可があるので街には自由に出入りできるが、安全面の配慮から必要最低限にすべきだろう。
翌日。
黄金女学園の扉を開けて入ると、肌も見えないほど全身に煌びやかな装飾品を身に付けたエメラーダがいた。
宝石まみれのエジプトの女王みたいで、ものすごく怪しい。
「あの…どうすればいいのかな?」
「そこに座っていればいいわ。解除の前に少し話をしましょう」
「知識を与えてくれるのならば、むしろありがたいね」
「確認しておくけれど、あなたは異星からの転生者ね。昨日、記憶を覗かせてもらったわ」
「見られたなら仕方ない。そうだよ。オレは転生者だ。何か問題ある?」
「いえ、転生者そのものは珍しくはないわ。調べてみれば意外と一般人の中にもいるものよ。ただ、大半は記憶を失っている状態ね。その中でも前世の記憶を有し、ひときわ強い力を持った者たちを『異邦人』と呼んでいるわ」
「異邦人…か。まさにその通りだよね」
異邦人は、そのまま『異国から来た人』を意味する。または普通とは違う優れた人物を指すこともある。
どちらにせよ、この世界の魂からすれば、まったくもってその通りであろう。
「歴史の境目、大きな変化が起こる時には必ず異邦人が関わっているの。あなたがここに来たことも、おそらくは大きな因果の流れの中にあるはずよ」
「これから何か起こるってこと?」
「自覚はないでしょうが、すでに起こしているわ。いえ、これもまだ小さな出来事なのでしょうね。あんな化け物まで出てきた以上、こんなもので済むはずがないもの」
「姉ちゃんのこと?」
「そう、あれは今までの災厄の魔人じゃないわ。私でさえ足元にも及ばない『何か』ね。あなたに協力したいと思ったのも、あれに対抗しないといけないからよ」
「オレは姉ちゃんと戦うつもりなんてないけど…」
「世界を壊さないって約束したわよね? 反対に捉えれば、それは世界を守るってことでもあるのよ」
「そんなことを言われても無理だってば。勝てるわけがないじゃんか」
「封印さえ解ければ不可能ではないはずよ。毒をもって毒を制するしかないわ。化け物には化け物をぶつけるの。簡単でしょ?」
「はっきり言うなぁ。で、お姉さんの正体って何なの? ただのメラキじゃないよね」
「あなたの能力で私の情報は見える?」
「今は見えない。全部『?』だ」
「でしょうね。その能力は完全ではないのよ。もともと『透視』や『解析』系の能力は術式の一種だもの。こうやって『妨害』してしまえば簡単に防げるわ」
「前にもその経験があるよ。術符で作られた包帯みたいなものがあって、情報が見られなかったんだ」
「それだけじゃないわ。こんなこともできるのよ。もう一度見てみて」
「っ!! 名前が…変わった? 能力値も変化したぞ!?」
「ふふ、ダミー情報よ」
「これは教えてもらってよかったよ。やっぱり絶対じゃないんだね」
「上位の術者はこうして身分を偽ることが多いから、注意しないと騙されてしまうわ。ちなみに私があなたに見せていたものも、名前以外はダミーよ」
「じゃあ、『人造人間』ってやつも?」
「半分は正解。私は特異な因子を保存するために生み出された人間なの。あなたの知識にあった『クローン』と同じような存在ね。保存用の複製体と呼んでもいいわ」
「クローンと因子の保存か。まるで半身半獣のマングラスの連中みたいだ」
「それはそうよ。だって彼らの技術は【私が管理していたもの】だもの」
「え? どういうこと?」
「最初から話そうかしら。この都市の地下に遺跡があるのは知っている?」
「それは初耳だな。でも、メラキが古代遺跡を管理しているのは聞いたよ。雀仙さんもそうだったらしいね」
「私たちメラキ〈知者〉には、そういった役割が与えられているのよ。そして、もともと私が管理していた遺跡に彼らがやってきて技術を盗んだの。複製体の技術も因子移植の技術もね」
グマシカたちがさまざまな力を持っていたのは、メラキが管理していた技術を盗んだからである。
彼らにその意図があったかはともかくとして、五英雄が移住してきた千年前に、マングラスは『方舟』を発見して自らの力として取り込んだ。
五英雄の一人である初代マングラスは、技術の使用に対して慎重な姿勢を示したが、それを積極的に奪い取った野心溢れる若者がいた。
その者こそ、大災厄の時にグマシカを助けた『傍系の男』である。
彼はその力を使って『傀儡士』となり、当時のグラス・タウンを陰から操ろうとしていたが、悪行三昧の男を危険視した初代マングラスによって遺跡に閉じ込められ、約七百年の月日を地下で過ごすことになる。
しかし皮肉なことに、だからこそ大災厄を生き延びることができたのだ。
一方のエメラーダは、五英雄が遺跡(の表層)を管理してくれるならば隠れ蓑になると考え、自身は錬金術師として監視を続行することにした、というわけだ。
「あれもメラキの秘術だったのか。どうりで技術的に優れていると思ったよ」
「もちろん彼らが独自に得た要素も追加されているけれど、基礎の技術は私が管理していたものになるわね」
「技術を勝手に使われてもいいの?」
「あれくらいなら許容範囲ね。おままごとみたいなものでしょう?」
「うーん、まあ…そうかも。実際にオレにも勝てなかったしね。ところで、お姉さんって何歳なの? その頃からいるのならば最低千歳以上だよね?」
「さて、何歳かしらね。何度か媒体を更新しているから忘れたわ。ただ、私を造ったのは【赤の賢者様】よ。世間では【赤賢人】とも呼ばれているわ。正確に言えば、赤賢人の一番弟子だった『賢影のエメルダーナ』のコピー体が私ね」
「その賢人とは?」
「あなたにはギアスも通じないのね。昔は賢人という言葉自体に『言論統制〈スペル・ギアス〉』がかかっていたの。それが弱まったのならば、やっぱり時代に大きな変化が訪れる兆候かしら」
エメラーダいわく、賢人とは『叡智そのもの』らしい。
それ以上でもそれ以下でもなく、ただ無限の知識の源泉として存在するものだという。
「いや、それじゃ意味がわからないって。アカシックレコードみたいなものなのかな?」
「それは異邦人の言葉ね。でも、少し違うものよ。私たちには知覚すら難しいから深く考えると沼にはまるわ」
「そうは言っても、赤の賢者は人間として存在したんでしょ?」
「今も存在しているわ。すでに肉体を捨てた『概念』としてね」
「概念…か」
脳裏に刻葉が浮かぶ。
彼女も概念として存在しているが、人間としての個性も持ち合わせている。姉も同様に災厄の魔人という概念の中に存在している。
「ふー、理解はできるけど、ややこしいね」
「だいたいわかればいいのよ。つまり、赤の賢者様は『因子改造』の技術に特化していたってこと。それを受け継いだのが弟子である私たちね。私はコピー体だけれど記憶は引き継いでいるわ」
「じゃあ、もしかして『魔人』や『魔神』が生まれた経緯についても知っているの? あれも因子改造の類だよね?」
「多少はね。でも、それは禁じられた知識。簡単には教えられないわ」
「お姉さんと話すと、ついつい関係ないところまでいっちゃうよ。まずは本題に戻ろう。昨日は何があったの? 封印について具体的に教えてよ」
「あなたの霊的な要素、潜在意識の部分には強力な封印が施されていたわ。前世の記憶程度なら見られるけれど、さらに奥の情報を見ようとしたら消されたのよ」
「お姉さんは生きているけど?」
「侵入させたのは『分体』よ。私は因子を管理保存する能力があるから、人格や記憶領域を複数持っているの。その一つが壊れただけ。それだけでも大きな損害だけど、全消失を免れただけでも運が良かったわね」
「まるでハードディスクみたいだね。で、それをやったのが姉ちゃんなの? まさか今もオレの中にいるわけじゃないよね?」
「正確には、あなたの姉が施した『カウンター術式』ね。封印に触れる者がいたら自動的に排除するようになっていたのよ。こっちが油断していたこともあるけど、あまりに狡猾に仕掛けられていたから気づかなかったわ」
「姉ちゃんの力が、エメラーダさんを超えるってことだよね?」
「次元が違いすぎるわ。わかったことといえば、あなたも普通の魔人ではないってことくらいよ。全部の封印が解ければ何かわかるかもしれないけれど…」
「そうだね…って、封印は一つじゃないの!?」
「あったのは五つ。一つはすでに壊れていたから【合計六つ】あることになるわね。『六芒星』を使った非常に強力な封印術式で、因子レベル10以上、神技の領域の術式よ」
「そんなにあるのか…。でも、封印なんてする必要があるのかな?」
「制御できない力は混沌そのもの。世界を滅ぼす力にもなってしまうわ。それを危惧したのではないかしら」
「あの姉ちゃんが? うっそだー! あの人こそ世界を破壊しかねない存在なのに?」
「彼女は力を制御できるけど、あなたはできない。ならば封印するのも当然じゃないかしら」
「…たしかにそうかも。師匠にも才能は同じくらいって言われていたからなぁ」
「はぁ…ほんと、もっと自覚を持ちなさい。今のままでは、あまりに無防備すぎるわ。それで暴走されたら周りが困るのよ」
「これでも相当警戒しているけど…うん、そうだよね。オレ自身が術式に対して無防備なのは痛感したよ。特に高位の術にはまったく通用しないや。なんとかならないかな?」
「それをなんとかするのが私の役目よ。任せておきなさい」
「お姉さんの急激な変化にまだついていけない…」
「じゃあ、あとでパンツちょうだい」
「やっぱりそのままでいてください」
「では、これからあなたの封印を解くわ。解くのはあくまで、あなたにかけられている術士の因子を阻害するリミッターだけよ。また潜るけど、私を信頼できるかしら?」
「信頼もなにも、もう負けてるからね。好きにしていいよ」
「最初に言っておくけど、あなたは人間よ。他人を愛することができる人間なの。だからこそ間違えるし情熱も吐き出す。それは私たちメラキが失った感情の一つね。常に何かに夢中になりなさい。それがあなたを導くわ。魔人に関しても、あなたならばいずれ『源泉』を知るでしょう」
エメラーダの表情は、達観した老人のようであった。
実際に何千年も生きているのだろうから、それも仕方がないだろうか。
その後、エメラーダはあらゆる術具に加え、マスターたちが生み出した『呪具』や『魔具』と呼ばれる上位の術具を使い、アンシュラオンの封印の一つを解除することに成功する。
終わった頃には、身に付けていた宝石がすべて粉々に砕けていたので、いかに激しい作業であったかがうかがえた。
「ふぅ…疲れた」
薄着一枚になったエメラーダが机に突っ伏す。
「終わったの?」
「ええ、あなたの封印は解除されたわ」
「特に何も変化はないけど?」
「私が保護膜を張ったの。今まで封じられていたのよ。いきなり解放したら目がおかしくなっちゃうわ」
「まあ、海に入るときも準備運動はするしね。それで、これからどうすればいい?」
「そうね…。あなたの術士因子は現状でもかなり高いわ。人間が到達できる中でも上位レベルよ。でも、術の経験はないのよね?」
「まったくないね。教えてもらえなかったし」
「それなら、まずはこれね」
辞書のように分厚い本が六冊、どさっと机に置かれる。
「本?」
「術式の基礎を学ぶ書物よ。基礎とはいっても、お店では売られていない貴重なものね。術式も武術も学び方は同じ。師匠が弟子に伝達するの。だから『錬金術師』なのよ」
言葉の話になるが、同じ「じゅつし」でも「術師」と「術士」があり、「師=教え導く」が付くかどうかで意味合いが変わってくる。
錬金術師も名前の通り、弟子に伝授することで技術を後世まで残すことも目的の一つなのだ。
「そうなるとオレは、お姉さんの【弟子】になるの?」
「術式は『理』に干渉する危ない技術よ。弟子以外に教えることはできないわ。当然そうなるわね」
「これだけ便利なら悪用される危険性があるよね。だから武人の道場とかも少ないんだろうけど」
「あなただって陽禅公に選ばれたのよ。ちょっと人柄に問題があるけど、歴代最強と呼ばれる覇王の弟子であるだけすごいことね」
「でもさ、オレの師匠になる人は、だいたい変な人が多いんだよな。お姉さんも含めてだけど」
「失礼ね。メラキの継承は一子相伝なんだから、ありがたいと思いなさい」
「術式の教授はありがたいけど、メラキの役目はオレには関係ないよね?」
「じゃあ、代役として子供でも作る? 精子を提供してくれれば試験管で作れるわよ」
「お断りいたします。それなら普通に作ったほうがいいじゃん」
「私の身体は特殊な造りだから、子供を産むようには出来ていないのよ。卵子なら提供できるかもしれないけど、受精には適していないと思うわ。使わない機能は廃れるのが自然の摂理だもの」
「男の場合でもそうなの?」
「そうね。所詮は複製体。限界はあるわ」
「ところでお姉さんの役目って何? 遺跡を守ること?」
「そうなるわね。すでに使わないものだから、それが表に出ないように監視するのよ」
「使わないなら監視も必要ないよね?」
「いつの時代か、それが役立つ日が来るかもしれない。でも、今は役立たずで邪魔にしかならないのよ。かといって勝手に持っていかれたら困るものなの」
「うーん、ややこしい」
「メラキが管理しているものなんて、総じてややこしいものばかりよ」
地球でいえば、高レベル放射性廃棄物のようなものだ。
さまざまな実験が繰り返されて有用なものも見つかったが、その反面、現在の技術では対処できない危険なものも生み出されてしまった。
それを封印しているのが地下の遺跡である。
たとえば一般人が、ガラス固化体となった廃棄物を掘り出したところで、いったいどうするというのだろうか。
何かに使う技術がなければ単なる置物である。邪魔でしかなく、放置するか結局は再び地下に埋めるしかなくなる。
「そういう遺跡は、いろいろな場所にあるの?」
「人類の歴史もそこそこ長いから世界中にあるわ。程度の差はあるけれど、危ない場所にはだいたいメラキがいて守っているの。特に東大陸は『かつての中心地』だったから遺跡はかなり多いほうね」
「お姉さんが言うってことは、その話は本当なんだね。サナのペンダントトップも遺跡から見つけたものとか言っていたし、メラキがいなければ勝手に漁ってもいいんだよね?」
「ええ、かまわないわ。どうせガラクタばかりだもの。ただ、メラキを駆逐して貴重な遺物を集めている不届き者もいるそうだけどね。管理者がいる遺跡の盗掘は重罪よ。特にメラキの殺害は大罪ともいえるわ」
「ん? どこかでそんな話を聞いたことがあるな。たしか『ユアネス』とかいう連中だっけ?」
「それは地名でもあるわね。組織としては【救済者】と呼ばれているわ。ほんと、荒んだ時代になったものよ」
「メラキを駆逐できるだけの力があることが問題かも。オレがお姉さんに負けたように、メラキって強そうだしね」
「メラキ全員が強いわけじゃないの。あくまで知識を持つ者だから戦闘は苦手ね。大半が一般人と大差ないから簡単に殺せる者も多いわよ。私のように強い術者もいるけれど数は少ないわ」
「そっか。あの三人みたいに土地に順化するのも身を守るためなんだね。メラキも大変だ」
「だから、あなたのようなボディーガードが必要なのよ。メラキを見つけたら無法者から守りなさい」
「え? オレってそんなこともするの?」
「あなたは弟子で、私は師匠よ」
「そう言われるとつらいんだけど…。サリータにも偉そうに命令しているからなぁ」
「紙、見た?」
「紙? 何の話?」
「それ」
エメラーダが「基礎から学ぶ術式の世界 第一巻」を指差す。
そこには一枚の紙が挟まれていた。
嫌な予感がしながら、そっと抜き出してみると―――
「なにこの数字?」
「ボディーガードが嫌だったら全額払ってね」
「どういうこと?」
「何事もタダじゃないのよ。封印解除に使った術具は壊れちゃったし、貴重な呪具や魔具も使ったのだもの。それでも格安にしておいたわ。感謝してね」
「おかしいな。カンマが無い」
「全額【3825億円】となります」
「………」
「一括払いでお願いね」
エメラーダが笑う。
とても嫌な顔で笑っている。
よく自分がやる類の笑顔だが、他人にやられると最悪の気分だ。
「ぼったくりじゃん!! 高すぎる!」
「破邪関連の術具は貴重なの。人間の社会では滅多に手に入らないものばかりよ」
「破邪って…オレにかけられていたものは『呪い』なの?」
「似たようなものね。怨念というか妄執というか、とても強烈なものだったわ。下手をしたらこちらが死ぬかもしれないのだから、これくらいは当然の対価よ」
アンシュラオンも神気によって破邪の力を使えるが、強力な術式による封印には対処のしようがない。
こればかりは専門家のエメラーダに任せるしかないのだ。
「普通はいくらかかるとか事前に教えるよね?」
「封印を戻してもいいのよ? スレイブ・ギアスも諦めることね」
「それは…うーん。でも、額が酷いよ。オレの財産が、あっという間に巨額のマイナス数字だ。踏み倒したらどうなるの?」
「そういう不届き者の情報は、瞬く間に全世界のメラキに伝達されるわね」
「お姉さんが告げ口するんでしょ?」
「近くにいるメラキは特殊な事例を除いて、誰かが死ぬとすぐにわかるシステムが導入されているのよ。互いに監視し合っていないと危険だものね。私を殺しても他のメラキ全員が敵になるの。世界規模でね」
「知者たちからハブられるってことか。一般の連中相手なら気にしないけど、こっちはヤバそうだな」
武力が通じるマフィアや魔獣相手ならば、いくら恨まれても怖くはないが、メラキは特殊な能力や術具を有する存在である。
知らないところで何か仕掛けられると困るし、味方にすれば便利で貴重な存在であるため、無駄に敵にする必要はない。
が、あまりに高すぎる。
「なんとかならないでしょうか」
こうなれば必殺の土下座である。
むさ苦しい男にならば絶対にしないが、相手が綺麗な女性ならば我慢できる。
ここはプライドを捨てて譲歩を引き出すしかない(パンツは死守)
「条件が二つ。一つは術関連の修練については私の指導の下で行うこと。許可が出るまで自分で能力の開発をしてはいけないわ。他人に教える場合も同じね。どこまで教えていいかも私が決める。いい?」
「そこは問題ないよ。自己流は怖いってことでしょう?」
「そうよ。戦気だって暴発することがあるけど、術式の場合はもっと周囲に大きなダメージをもたらすわ。術式崩壊が起これば、その場にいる人間はほぼ即死ね」
「爆発と原理は一緒かな?」
「そんなものね。崩壊した理を修復するために、さらに大きな自然の理が発動するの。その過程で爆発や消失に似た現象が起こって、巻き込まれて死んだ術士は大勢いるわね。大規模なものならば都市ごと吹っ飛ぶわ。物理面だけでも被害は相当だけれど、他の側面にもダメージを与えるからますます甚大よ」
「わかった。師に従うよ。うっかり事故が起きたら最悪だしね。もう一つは? ボディーガードの件?」
「ええ、メラキを率先して守ること。それは結局、あなたのためになることだと思うわ。味方が増えることにも繋がるものね」
「それを守れば、ちゃんとジュエルに術式を刻む方法とかも教えてくれるんだよね?」
「もちろんよ。『錬成』まで使えるようにしてみせるわ」
「それは楽しみだ。自分でいろいろ作れるようになったら便利だよね。スレイブ・ギアスの改良は?」
「まだあなたでは難しいから、そこは私の仕事になるわね。慣れたら自分でやりなさいな」
「お金は? また高くならないよね?」
「べつに趣味でやっているからお金はいいわ。その代わり、こちら側から用件を伝えた場合は最優先でやること。いいわね?」
「それはむしろ、無限にこき使われるってことでは…」
「嫌なの?」
「…嫌じゃないです。怖いけど、そこはギブアンドテイクだよね」
「では、契約成立ね。ちゃんと書類にサインしてもらうから。はい、ここに名前書いてね」
「この書類…絶対術式がかかっているよね?」
「これもあなたが欲しがっていたものよ。最後にちゃんと血判も押すのよ。それで『呪詛』がかかるから」
「不安しかないんだよなぁ」
大丈夫だとは思うが、書類内容にはしっかりと目を通す。
しかし、そこには簡潔に「両名は師弟関係を結ぶ」とだけあった。
「あぶると文字が浮き出る仕掛けは?」
「そんなチャチなものは仕掛けないわ。書いてあることが事実よ」
「弟子の権利とか人権とかも追加してよ」
「あってもなくても変わらないでしょ。そんなものは」
すごい発言である。
権利権利と騒ぎ立てる圧力団体の皆様方への説法をお願いしたいものだ。
「しょうがない。覚悟を決めるか。術を習うほうが優先だ」
もし何かあれば、それを口実に借金を踏み倒せるので、お互いにリスクを受け入れることにする。
それによって―――【契約】
両者は術の師弟の絆で結ばれることになった。
(せっかく金を手に入れて悠々自適と思っていたのに、いきなり負債を背負うなんて最悪だ。気が滅入るよ。だが、これだけの知識を持った人間とコネクションを築けたのは大きいな)
ただの知識人ではない。世界の中枢の一部を知る本物の「支配者層」だ。
情報を知る者こそ一番強い。彼女の存在は今後も役立ってくれるはずだ。
「しばらくは術の基礎を勉強すること。最低でも数日はグラス・ギースに滞在して、何かあったらすぐに私に連絡すること。わかったわね」
「わかったよ。じゃあ、またね」
「………」
出ていくアンシュラオンを見つめながら、エメラーダは歴史の転換期を感じ取る。
それはしばらく前に起こった異変が関係していた。
(いまだメラキの長であるザンビエルの消息が不明のまま。あのジジイが何の連絡もよこさないなんておかしいもの。私たちに内緒で何か裏でやっているに違いないわ)
メラキには序列が存在し、その一位に輝くのがザンビエルというハゲジジイである。(序列は死者が出たり、能力の変化によって定期的に入れ替わる)
術の能力は非常に高く、『預言』と呼ばれる高い的中率を誇る未来予知もできるため、人間の中では最強格の術者といえる。
エメラーダも第七位なので上位の序列であり、何か大きな出来事がある際は必ず彼から連絡が来るし、何かしらの役割を与えられるものだ。
だが、それが無いまま四十年以上もの間、ザンビエルの消息が不明になっている。
(どうせお得意の預言で何かを視たのね。だから私を意図的に放置していた。その理由は、あの白い坊やの封印を解かせるためなのは間違いないわ。まあでも、あんな危ないものが無知のままであるほうが怖いもの。私の手に負える間は見守るとしましょう)
アンシュラオンは、それ自体が宝石。
輝く光に導かれ集う者。
移ろう輝きに危うさを感じて、見守る者、監視する者。
幸か不幸か、さまざまな者たちが自然と集まっていくのであった。




