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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「アーパム財団」編
480/618

480話 「赤の錬金術師 その5『上位メラキの力』」


「ふふ、素敵な部屋にご招待ね。気に入ってもらえた?」



 奈落に七色の蝶が大量に出現し、融合すると同時にエメラーダが現れた。


 その間も落下は続いているが、彼女だけは空中に静止したまま笑っている。



「本体じゃないな。偽者か」


「精神世界において本物も偽者もないわ。私は私よ」


「たしかにその通りだ。物質世界のオレの肉体はどうなっている?」


「すごい警戒心ね。迂闊に近寄ったら、腕一本を持っていかれちゃったわ」


「護身術を叩き込まれているからね。身体が勝手に動くんだよ。もう一本の腕が惜しいのならば、これ以上触れないことだ」


「まるで野獣ね。がんばって閉じ込めた甲斐があるわ」


「いつオレに術をかけたの?」


「最初からずっとよ」


「あの茶番も全部伏線だったってわけだ。やられたね」



 現実世界のアンシュラオンは直立不動で止まっていた。


 実は店に入った瞬間には、すでに術式にかかっていたのである。


 扉の鈴の音には強力な催眠作用が施されていたし、あの水タバコの煙にも同様の効果があった。


 アンシュラオンに高い耐性があったせいで効きが悪かったため、少しずつ話を長引かせて作用を深めていったのだ。


 しかし、そこはさすがの殺戮マシーン。


 害意を持って一定範囲内に入ろうとすると、意識がなくても身体が勝手に動いて攻撃を仕掛けてくる。


 それによってエメラーダは腕一本を奪われてしまった。呆れるばかりの戦闘能力である。



「にしても、お姉さんも凄いね。ここまでコケにされたのは久しぶりだよ」


「これくらいでなければメラキなんてやっていられないわ」


「他の人たちは普通に暮らしているみたいだったけどね。オレを狙う理由は、やっぱり魔人だから?」


「それもあるけれど、可愛いからよ。危険で愛らしいものほど支配したくなるじゃない?」


「あんたの性格がよくわかったよ。オレが一番苦手なタイプだ」


「それは光栄ね。それじゃ、せいぜいあがくといいわ」



 エメラーダが再び蝶になって消えると、奈落の底から呻き声が轟く。


 直後、無数の黒くて大きな手が奈落から這い出てきて、アンシュラオンに掴みかかる。


 下を見れば、魑魅魍魎の群れ。


 平安時代のおとぎ話で出てきそうな妖怪たちが、恨めしそうにこちらを睨んでいた。


 魔王技、『百式悪鬼奈落』。


 術士因子7で使うことが出来る高レベルの精神術式の一つで、名前の通り百体の悪鬼が襲いかかり、精神をズタズタに引き裂く非常に危険なものだ。


 一度術中にはまった以上、アンシュラオンも抵抗できない。


 奈落に引きずり込まれ、もみくちゃにされ、腐敗した手や爪が次々と身体に突き刺さっていく。


 戦気を発しようにも生体磁気が存在しない精神世界であるため、そのまま一方的に蹂躙される。


 これは現実ではない。幻術である。


 しかしながら感覚はリアルで、知覚も現実世界とまったく変わらない。大半の者はここでショック死してしまうだろう。


 仮に現実に戻れたとしても、傷ついた精神は簡単に癒えることはない。


 そのまま心が壊れて廃人になるか、幻覚や幻聴に襲われ続け、いずれ自殺する。肉体と違い、精神は自動的に修復はされないからだ。


 なぜ公式のスレイブ・ギアスにストッパーがあるのかが、これでよくわかるだろう。精神術式は本当に怖ろしいのである。


 いや、本当に怖ろしいのはアンシュラオンかもしれない。


 こうして身体中を切り刻まれ、痛みや不快感があっても眉一つ動かさない。


 幻覚だという絶対の自信があるのだ。裏返せば、それだけ自己の武力に自信がある。


 加えて、これは【布石】でしかない。



(これだけの相手だ。こんなものでは済まないはずだ。オレの精神を弱らせてから、その次に本命がくる。そこを迎え撃てばいい)



 エメラーダがこちらに術式回線を接続してイメージを送っているのならば、それを辿って逆ハッキングを仕掛ければよい。


 術の勝負では完全に負けていても、強いショックを与えて回線を断絶させることは可能だ。


 一瞬でも現実に戻れれば、圧倒的武力によって瞬く間に制圧できる。


 では、その手段はどうするかといえば―――



(オレに触れるやつは許さない!!! 支配しようとするやつは―――ユルサナイ!!)



 ゾワゾワと身体の奥底、魂の奥底から真っ黒な感情が渦巻き、感情が高まるにつれて『黒い力』も満ちていく。


 ただただ、破壊。


 ただただ、殺戮。


 怒りと嫌悪だけで世界のすべてを破壊する者こそが、魔人。


 精神が剥き出しになる場所だからこそ、魂の中に眠る魔人の素子が急速に目覚めていく。


 それを知らずに巨大な鬼がやってきて、アンシュラオンを掴んで喰らおうとする。



「オマエガ、シネ」



 だが、アンシュラオンは逆に鬼の口に手を突っ込むと、大きな歯を引っこ抜く。


 いきなりの反撃に怯んだ鬼の手から抜け出し、今度は鬼の顔面を拳打で破壊!



「ギャォオオオオオオオオオオオオオッ!!!」



 当然これはイメージの世界。


 幻影に近いものだが、破壊のイメージがあまりに強すぎて鬼が泣き叫ぶ。


 術式で生み出された鬼が、殴られて逃げ惑うとは不思議な光景だ。



「シネ、シネ、シネッ!!!」



 されど、鬼が泣き叫んでも魔人は殴ることをやめない。


 むしろ相手が死なないのならば好都合。永遠の痛みを与え続けて苦しめてやる。


 殴る、殴る、殴る。


 引き裂く、引き裂く、引き裂く。


 目玉をくり貫き、腕を引き千切り、足をへし折り、心臓を粉々にする。



「アハハハハハッ!!! 苦しめ!! 泣き叫べ!! オレを愉しませろ!!」



 愉快、愉悦、愉楽。


 誰かを攻撃することは、とても気持ちが良いことだ。心地好いことだ。


 殴るたびにどんどん力が増していき、快楽も増していき、次から次へと鬼たちを薙ぎ払っていく。


 大悪党が地獄に落ちても逆に地獄の鬼たちを蹴散らしてしまう、という描写が某漫画であったが、なるほどと頷いてしまう光景だ。



「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!」



 アンシュラオンからさらに激しい黒い波動が迸り、術式回線を通ってエメラーダに攻撃を仕掛ける。


 魔人の圧力を受ければ、通常の術者ならば間違いなく即死だ。


 今は危機的状態のため、最悪は死んでもかまわないと思って全力で反撃する。


 しかしながら、エメラーダはすでにそこにはいなかった。


 逆流を想定してバイパスを増やし、黒い波動を分散させてやり過ごしてノーダメージ。


 術式の戦いにおいては残念ながら、エメラーダのほうが一枚も二枚も上手であった。



(たしかに凶悪だわ。『マングラスの坊や』ですら畏怖するわけね。でも、どこか違う。魔人であって魔人ではない。【コレ】は何?)



 アンシュラオンから感じる波動は、間違いなく魔人のものだ。


 本来は身体すべてが黒に染まり、理性すら失い、人間に対する無機質な殺意に囚われて破壊の限りを尽くす。


 しかし、彼は白い姿のまま黒い力を操っている。穢れなく純粋のまま破壊の力を行使している。


 このようなものは初めて見た。



(どうやら裏がありそうね。ふふふ、いいわ。【赤き賢影けんえい】の名にかけて、隠れているものを引きずり出してあげるわ)



 すでに忍ばせておいた本命の精神術式を、そっと発動させる。


 魔王技、『嘯魂弄靂しょうこんろうれき』。


 因子レベル7の魔王技で、相手の精神を掌握して完全なる下僕にしてしまう精神術式の一つである。


 これがスレイブ・ギアスと違うのは、短期的なものかつ、相手の同意が必要ないことであろうか。


 強制的に強い者が弱い者を支配する、という単純な図式だ。


 ただし効果が強力な反面、相手の精神に大きなダメージを残してしまうため、こちらも常人ならば廃人確定となる禁術である。


 『百式悪鬼奈落』に耐えられる男ならば、これくらいは問題ないだろうという判断から、一番危険な術を選んでみたのだ。


 そして、現在のアンシュラオンのレベルでは、まだこの術式を探知することはできない。



(さぁ、すべてをさらけ出して私の支配下に入りなさい!!! あなたが何者なのか私に教えて!!)



 エメラーダの術式が完成。


 アンシュラオンの精神、その奥にある潜在意識、いわゆる霊的な要素にまで侵入する。


 ここには『大我』と呼ばれる霊の情報が蓄積されており、前世の記憶やら趣味や性癖その他、その人物のあらゆる情報が格納されている。


 当然、罪や罰といった他人には知られたくない情報も山ほどある。


 現代でも古代でもそうだが、戦いにおいて相手の情報を得ることは勝利への第一歩。常に情報を得たほうが勝つものだ。


 圧倒的優位に立ったエメラーダは、アンシュラオンを支配しようと、どんどん深部に潜っていった。


 がしかし、この時の彼女はまだ何も知らなかった。


 その裏側に、もっと怖ろしい存在がいることを。




―――〈ウフフフフフ〉




「―――っ!?!!」



 エメラーダがアンシュラオンの前世の記憶の中で、他愛もない情報を閲覧していた頃。


 突如世界が真っ暗になり、天から女性の笑い声が聴こえた。


 しかし、それは身の毛がよだつほどの強烈な圧力を秘めたもので、声を聴いただけでエメラーダが動けなくなってしまう。



―――〈ワタシノ モノ〉


―――〈コレハ ワタシノ〉


―――〈ダレニモ ワタサナイ〉



 声は美しいが、その本質は見通せないほどの奈落。


 いまだ人間には未知のブラックホールが真上に出現したような、絶望と恐怖が世界を席巻し、すべてを吸い尽くそうとする。


 明らかに様相が異なる。


 今まで触れていた世界とは別次元のものが襲来したのだ。



(―――はぁはぁっ!! はぁはぁっ!! なに、これ? こんなものがどうして…!! 早く逃げないと!!)



 直感的に危険を感じ、エメラーダは即座に回線を切ろうとする。


 だが、遅い。


 天から雷が落ちると、彼女を串刺し。



「きゃはああああっ!!!!」



 雷には、強い強い排他性が宿っていた。


 人間であることを悔いるような、恥じるような、低俗な存在であることが恨めしくなるような敗北感を与えてくる。



(私の防御結界が効かない! なんて力なの! 最悪! 最悪だわ!)



 エメラーダが全力で高度な防御術式を何度も構築するが、雷はそのすべてをあっさりと破壊して迫ってくる。


 そこには抵抗しようにも抵抗しきれない絶望的な力の差があった。


 屈強な男性に赤子が勝てるわけがない。虫かごに入れた矮小な生命体ならば、さらに殺すことは簡単だ。


 水を入れて溺死させることも、硫酸を入れて溶かしてみることも、圧倒的知性と力を持った『上位種』ならばたやすいのである。


 女神は、愛をもって世界を維持する。


 しかし、この存在は悪意をもって人を罰する。



「違う、違う!! これは…!! 今までの災厄の魔人じゃ―――きゃああああああああ!!」



 断末魔の悲鳴を上げる間もなく、エメラーダが大量の雷に串刺しにされ、存在を掻き消される。


 塵一つ残らない完全な黒だけが、そこにあった。


 すべてを包摂し、すべてを排除し、すべてを奪う恐るべき意思だ。



―――〈フフフ ワタシノ カワイイ〉


―――〈カワイイカワイイカワイイカワイイ〉


―――〈ワタシノ モノ〉


―――〈ワタシハ ワタシダケヲ〉


―――〈アイスル〉





  ∞†∞†∞





「え? ここは…?」



 アンシュラオンの意識が戻ると、あのブルセラショップの中にいた。


 その段階で、またもや敗北を悟る。



(しまった! あれも罠だったか! くそっ、あまりに心地好くて酔っちまった。 はっ!? 何かされていないか!? パンツはあるか!?)



 最初に下着の心配をしなければならないとは屈辱の極みだが、とりあえず下半身の無事を確認。


 そうこうして視線を下に向けた時だ。


 倒れているエメラーダを発見。


 しばらく見ていたが動き出す様子はなかったため、調べてみた。



「…死んでる」



 彼女は白目を剥いて、硬直したまま死んでいた。


 呼吸もしていない。心臓に手をやってみたが完全に止まっていた。


 ついでに胸も揉んでみる。柔らかくて大きいので評価はAランクだろう。



「まさかオレが殺した? でも、片腕がちぎれているけど、これは致命傷じゃないよな。ほかに目立った外傷もないし…」



 本気の自分が殴れば、人間の肉体など簡単に吹き飛ぶだろう。


 彼女の言った通り片腕は失っているものの、これほどの人物がそれでショック死するとは思えない。


 原因がわからず、ただただ呆然と立ち尽くすこと数十秒。



「いったい何が―――うわっ!!!」



 突如エメラーダが、ガクンガクンと身体を震わせると、黒目が戻って息を吹き返す。



「はぁはぁ…!! はぁはぁっ…!!!」



 彼女は床に倒れ込み、憔悴した様子で荒い呼吸を繰り返した。


 身体全体から汗が噴き出しているので、相当なショック状態にあったと思われる。


 ひとまず生きていたことを知り、胸を撫で下ろした。



「気絶していたの? よかった。死んでいなかったんだね。どうしようかと思ったよ」


「はぁはぁ…死んだわ。本当に死んだ。…殺されたわ。擬似人格じゃなかったら終わっていたもの…」


「擬似人格?」


「あなたの中、とんでもないわね…」


「中って言われてもなぁ。何があったの?」


「………」



 エメラーダは首を振り続け、その問いには答えてくれなかった。


 その顔は真面目で真剣。


 今までの様子とは明らかに違うので、こちらが面食らってしまうほどだ。



「そこに座って」



 そこから数分。


 落ち着いたエメラーダが椅子を二つ並べる。(腕はすでに復元されている)



「ようやく話をする気になったのかな?」


「話…ね。いろいろ訊きたいことはあるけれど、まずはあなた自身が何も知らないことが問題ね」


「まあね。自慢じゃないけど、オレはこの世界については無知に等しい。ずっと山奥で暮らしていたからね」


「無知ほど怖ろしいことはないわ」


「同感だね。だからお姉さんの力を借りたいと思っているんだ」


「頼みがあると言っていたわね。内容は?」


「スレイブ・ギアスをカスタマイズしたいのさ。たとえばそう、罰則付きのギアスを作れれば便利かなーって。それと軍事用ジュエルのコピーかな」


「……は?」


「そりゃ、こういうのは危ないって知ってるよ。だから専門家に―――」


「ちょっと待って。そんなどうでもいいことが頼み事なの?」


「どうでもいいって…失礼だな。オレにとっちゃ大事なことだよ。そのためにわざわざ訪ねてきたんだからさ」


「…はぁ、無知って怖ろしいわ」


「んん?」


「本当に何も知らないのね。私も中を覗いたから、それが嘘じゃないとはわかるけれど…もう少し知識を得ないと危ないわよ」


「じゃあ、お姉さんが教えてよ」


「できることはするわ。私自身のためにもね。ところであなたの頼み事だけど、自分でやればいいんじゃないかしら」


「自分でやれれば苦労はないよ。術の素養はあるみたいだけど、何度やっても発動しないしね。それ以前の問題なんだ」


「いいえ、違うわ。あなたの術士の因子が【封印】されているだけよ」


「封印? え?」


「あなたには封印、言い換えれば【リミッター】がいくつかかけられているわ。それが邪魔をしているのよ。問題は、それをかけた人物ね。心当たりはある?」


「心当たりと言われても、オレはずっと山奥で四人で暮らしていたから…」


「その人物の中で、怖ろしいほど強い術士の力を持った人間はいた? 凶悪で強大で傲慢で、神すら怖れないような存在よ」


「………」



 真っ先に頭に浮かぶ人物が、一人だけいる。


 その沈黙だけで十分伝わったようで、エメラーダが頷く。


 アンシュラオンの記憶を見ているので『彼女』のこともすぐにわかるのだ。



「じゃあ、姉ちゃんがオレに封印を仕掛けたの? なんで?」


「わからないわ。でも、かなり強い術式よ。迂闊に触れるとまた反撃されそうだから、明日また来なさい。準備を万端にしてから、あなたの封印の一部を解くわ。それで術が使えるようになるはずよ」


「えと…どういう流れでそうなったの? 急に協力的になったけど、どうして?」


「それも明日話すわ。私の正体も話してあげる。だから一つだけ約束して。あなたは世界を滅ぼさないでちょうだい」


「いやいや、そんなことしないって。というか、できないでしょ?」


「約束は?」


「…わかったよ。約束する。そんなんで協力してくれるなら安いものだけど…なんか居心地が悪いな」



 単にスレイブ・ギアスの話をしに来ただけなのに、なぜか自分のリミッター解除の話になってしまった。


 しかも術式戦闘でボロ負けだ。


 専門外とはいえ、これが刻葉に続いて二度目なので若干ショックである。


 そうして釈然としないまま、今日はお開きとなるのであった。



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