477話 「赤の錬金術師 その2『青劉隊』」
「雀仙さんも久しぶりだね。今日はわざわざありがとう。来るってわかっていたら迎えに行ったのに」
「いえ、このほうが目立たないで済みます。それに、これも私の使命の一つなのです」
「使命って…雀仙さんも『メラキ〈知者〉』なの?」
「一応はそうなっておりますが、すでにメラキとしての資格を失っています。ソブカ様がお話ししたように、私は先祖代々受け継いでいる遺跡を無法者に奪われたからです。ですが、資格は失っても仲介することはできます。山での恩義も含めてお力になりたいと思い、参加させていただく形にしてもらいました」
「メラキは古代の秘術を継承するのが役割みたいだね。遺跡もその一つか。もしかして前文明についても詳しかったりする?」
「残念ながら私は末端なので何も知らず、遺跡の用途もわかりません。それ自体を保存することが使命だったのです」
「知らないままのほうがいいってことなのかな? 内容や使い方を知っている人もいる?」
「いると思いますが、そうした方々は上位の存在で、メラキの中でも特別な存在だと聞いております」
「それも人それぞれってことなんだね。この三人もメラキなの?」
「彼らはハピ・クジュネに根を下ろしたメラキの末裔なのです。この都市の海底にも遺跡がありまして、そこを管理しているのです」
「じゃあ、ライザックもそのことを知っているのかな?」
「いいえ、ここが海賊の住処になる前からですので、あの御仁にも秘密にされております。おそらく知ったところで、あまり有益ではないと思われますが…」
「軍事的な遺物は無いってこと?」
「そもそもの目的が違うのです。すでに発掘されたもの以上の遺物はないかと存じます」
「なんだ、そうなのか。スザクが遺物を持っているから、てっきりいろいろ眠っているのかと思ったよ」
遺跡と聞くと、さぞや素晴らしい財宝が眠っていると思いがちだが、実際は非常に稀な話である。
たとえば今ある日本の建造物や施設が水没し、それが数千年後に発掘されたとしても、さしてたいしたものは出てこないだろう。
大半が一般施設であり、仮に重要施設だったとしても、重要がゆえに異変が起きれば封鎖されたり持ち出されるからだ。
それに加えてハピ・クジュネの海底遺跡は、どちらかといえば宗教的儀式に使われる『神殿』の類だという。
古代人には意味があっても、今の人間にはあまり価値がないものといえる。
「赤鳳隊の連中もいるの?」
「今回はメラキとして出向いておりますので、途中まで商船で送っていただきましたが、ソブカ様とは別行動となっております」
「うーん、少数のほうが目立たないのはわかるけど、護衛の観点からすればやっぱり怖いよね。今後はちゃんと教えてね。マスカリオンを使うから」
「そ、それだともっと目立ちますので…」
「最近は特に物騒だからね。安全のほうが大事だよ」
「………」
「ん? どうしたの?」
「アンシュラオン様は強者なれど、いまだ『秘奥』をご存じありません。此度は、その一端を垣間見ることができる良い機会となるでしょう。それこそが本当の恩返しになると考えております」
その時の雀仙の瞳は、今までとはまったく違う色を宿していた。
生まれた時から特別な使命を与えられていた『本物の世界の管理者』としての側面が垣間見える。
(メラキ…か。いったいどんな化け物が出てくるのか、今から楽しみだ)
∞†∞†∞
目立つのを嫌う雀仙たちに配慮して、アンシュラオンは輸送船を使って移動することにした。
実はすでに資材搬送用に輸送船を購入しており、計三隻の船がハピ・クジュネの駐車場に停まっている。
さすがに新品とまではいかず、南部から流れてきた中古品だが、特別名誉市民の特権を生かして比較的状態の良いものをハピ・クジュネ側から譲ってもらったのだ。(金は払った)
輸送船に近づくと、白く美しい外観が太陽の光を受けて輝く。
こちらも『アーパム財団』だということがすぐにわかるように、船体を真っ白に塗装し、目立つところに『エンブレム』が描かれている。
エンブレムは黒を使った鋭角的なデザインで、サナの青雷狼(黒雷狼)を模したものだ。(ニューガ〇ダムの肩に描かれているエンブレムに似ている)
その背後には太陽を模した赤い円も描かれており、こちらはアンシュラオンの目の色を使った配色である。
このようにトレードマークである『白・黒・赤』を使ってアーパム財団であることを示しているのだ。
エンブレムは出来たばかりだが、注目度に比例するように認知度もかなり高く、駐車場トラブルになった時のことを怖れてか、アンシュラオンの輸送船の周囲には他の船やクルマは一切停まっていない。
ヤクザのクルマの近くに一般人が近寄らないのと同じ現象である。
「ちょうどいい。こいつの試運転といくか。ペイント込みで三億円だし、使わないと損だよな」
アンシュラオンはキーをくるくると回しながら、嬉しそうに輸送船に歩いていく。
ガンプドルフの戦艦やソブカの武装商船、ダビアのクルマを見た時からずっと考えていたのだ。
いつかは自分のクルマや船が欲しい、と。
それがいきなり輸送船になるとは思わなかったが、ずっと夢だったものである。嬉しくないわけがない。
「うおー! オレの船だぞー!! まだ何もないけど、それがいいんだよ! これを改造してちょっとずつ強くするのがいいんだ!」
物を運ぶだけの輸送船であるため、船体は何もないほぼ真四角であり、本物の戦艦や武装商船と比べると遥かに見劣りする。
しかし、それがいいのだ。
何事も最初に手に入れたクルマというのは、何かが足りないものである。
赤いクルマを持つハンターが砲身だけ奪っていって、主人公はとりあえず副砲だけでがんばる、というのはクルマ作品の定番なのだから。
「あそこを削って主砲を付けたいよな。それとも屋根に載せるか? 副砲は絶対に必要だから、どこに穴をあけようかな。うーん、考えるだけで楽しいぞ!!」
国を背負っているガンプドルフと違い、こちらは完全趣味で兵器を造ろうとしていた。
それでも熱意という点では彼らに引けを取らないため、結果は変わらないのが面白いところである。
アンシュラオンは意気揚々と操舵室に向かおうとするが、それをロリコンが止める。
「おいおい、まだ全員乗ってないって。先走るなよ」
「おっと、悪い。つい興奮しちゃってさ」
「広い場所に出るまでは俺が運転するからな。お前にやらせたら壊しそうだ」
「オレの操縦技術を甘くみるなって」
「いきなり『こすった』やつの台詞かよ」
アンシュラオンが買ったばかりの違う輸送船を運転した時、駐車場に停める際に思いきり船体をこすっている。
よって、信頼などはない。
「しょうがないな。オレもペイントしたてで削りたくないから、しばらくは任せるよ」
「ああ、任せろ。しかし、まさか俺みたいな行商人が輸送船に乗る日が来るなんてな…夢みたいだよ」
「オレのおかげだぞ。感謝しろ」
「感謝してるって。給料も段違いだしな」
「これからもっと増えるぞ。期待していろよ」
「ふひひ、ますます太っちまうなー!」
今回の移動にはロリコン夫妻も帯同している。
そもそもこの輸送船は、翠清山から都市間を往復するために手に入れたものであり、ロリコンが責任者である『アーパム・若葉商会』の所有物なのだ。
すでに何度か運搬もしていることから、彼のほうが知識と技量があるのは当然のことだろう。
ちなみに若葉商会と命名したのは、やはり『そういう意味』であるが、ロリコン当人は気づいていないようだ。(アーパムは除外して『若葉商会』とも呼ばれる)
「よし、出発だ!」
雀仙たち全員が乗ったのを確認して、輸送船は出立。
風のジュエルの力で五十センチほど浮き上がると、軽やかに都市の外に出る。
今回の移動ではサナやホロロといった中心人物は連れてこず、身内からは自分とロリコン夫妻の三人だけの参加となっている。
その理由は、万一のことを考慮してだ。
(何か嫌な予感もする。サナは連れていかないほうがいいだろう。白詩宮の警備も万全にしておきたいしな)
ホロロや小百合がいれば搦め手にも強くなり、アイラがいれば術式にも対抗ができ、そこにサナとユキネが加われば物理戦でも後れを取ることはまずないだろう。
今ではサリータやベ・ヴェルも使えるレベルになってきたので、留守番が多い門番のマキの負担も減りつつあることも朗報だ。
こうしてグラス・ギースまでの三日間の旅が始まった。
旅路の詳細は割愛するが、アンシュラオンがロリコンの制止を無視して強引に操舵したことで、お約束通りに他の輸送船にぶつけたり、うっかり旅人を轢いたりといろいろあったものだ。(かろうじて死者は出なかった)
しかし、それ以外は特に何事もなく、グラス・ギースに無事到着。
東門まで移動して駐車場で輸送船を停める。
「ロリコンはここで待ってて。今日中には戻ってくると思うけど、もし戻ってこなかったら、このまま待機していてくれ。オレが戻るまでは何があっても外に出るなよ」
「了解だ」
一応は衛士隊が巡回しているが、輸送船を放置しておくのも不安なのでロリコンは残しておく。
輸送船の内部はベッドルームはもちろん、キッチンからトイレまで完備しているので、下手に中に入るより安全で快適である。
護衛のモグマウスを数匹残して、アンシュラオンと雀仙たちは外に出た。
「久しぶりの東門だな。また検問があるけど、どうする? 別々がいいよね?」
「そうですね。私たちは一般向けの門から入らせていただきます。中で合流いたしましょう」
アンシュラオンは目立つため、ここでも別行動となる。
雀仙に関してはキブカ商会員としてフリーパスで入れるので、厳密には三つに分かれて行動する。
が、アンシュラオンたちが門に近づいたところで、一人の男が歩いてきた。
「アンシュラオンさん、お待ちしておりました」
「お前は…コウリュウ?」
現れたのは、長い黒髪を三つ編みにして、金刺繍で『双龍』が装飾された青い武術服を着た美青年だった。
もう三ヶ月以上前になるが、山であれだけの戦いをしたばかりである。彼の顔を忘れるわけがない。
しかし、その名を聞いた男は笑みを浮かべる。
「初めまして、私の名はセイリュウと申します。コウリュウは私の片割れです」
この男こそ『マングラスの双龍』の片割れにして、青のセイリュウ。
実力はコウリュウとまったく同じだが、その性質は完全に真逆である。
出会った早々威圧的だったコウリュウとは違い、セイリュウはとても落ち着いていた。
といっても、その中にある獰猛な獣の本質をアンシュラオンは見逃さない。
この男もまた『厄災』の力を秘めていることは間違いないのだ。
「片割れのリベンジマッチでもしに来たのか? 悪いが相手をしてやる暇はないんだ。また後日にしてくれ」
「あなたと戦うなど、そのような無謀なことはいたしません。グマシカ様からも、そう仰せつかっております」
「ふーん。あいつは元気か?」
「おかげさまで日々精進に励んでおられます。山での一件でご自身に足りないものを見つけられたようで、あなたにはとても感謝しておられましたよ」
「とてもそうは見えなかったが、元気なら何よりだ。で、オレに何か用か?」
「失礼があってはなりませんので、私がご案内しようかと思いましてね」
「男に案内されるのは嫌だな。べつに普通に入るからいいよ」
「どのみち私どもと接触することになりますよ。すでに検問は我々マングラスの管轄になっているのですから」
「衛士隊の管轄じゃないのか?」
「翠清山の騒動でグラス・ギースも襲われたではありませんか。都市の防衛力も低下しておりましたので、一時的に我々が協力しているというわけです」
「協力ねぇ」
アンシュラオンが周囲の様子をうかがうと、衛士隊の面々がこちらを観察しながら肩身が狭そうに端に寄っている。
その代わりに、双龍が描かれた腕章を付けた連中が歩き回っていた。武装もしているので、おそらくはマングラスの警備兵だろう。
セイリュウが言うように、本当に衛士隊を押しのけて活動しているようだ。
(マキさんが衛士隊に残っていたら確実に揉めていただろうな。いなくてよかったよ)
「そういえば、お前の『青劉隊』は都市防衛が役割だったな」
「そこまでご存じとは光栄なことです。その通り、いかなる外敵からも都市を守ることが青劉隊の仕事といえます」
「都市を襲った魔獣を倒したのもお前たちか?」
「そうです。正確には『私単独で』、ですがね」
「コウリュウと対等なら、それくらいは簡単だろうな」
衛士隊が混乱して苦戦している中、セイリュウが現れて魔獣の群れを殲滅したという。
その圧倒的な武力を見せつけることにより、市民には安心を与え、同時に他派閥を牽制する目的があったようだ。
実際にその時から、都市内部での治安維持はセイリュウ率いる青劉隊に引き継がれているので、効果は絶大であった。
「さて、どうされますか? 私と一緒のほうがいろいろと楽だと思いますよ」
「まあいいさ。やり合うつもりじゃないなら同じことだ。案内してもらおうか」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
セイリュウに連れられて武人用の通路に向かうと、そこには青い装束を着た者たちが数名いた。
(黄劉隊が黄色だったから青劉隊は青ってことかな)
フードで顔は見えないが、その中身は黄劉隊の面々同様に半身半獣だと思われる(普段は人間の姿をしている)
が、彼らはこちらを見るや否や、緊張で身体を強張らせた。
なぜならば、アンシュラオンが意図的にガンを飛ばしていたからだ。
「ひ、ヒィイイ!! グゴゴオッ! ごぼぼぼっ」
その瞬間、溢れ出る殺気に恐慌状態に陥った青装束の一人が、ばたりと倒れて意識を失った。
それを見たセイリュウが苦笑を浮かべる。
「あまり苛めないでください。我々は『弱者』なのですから」
「いや、どれほどのものかなって。なんか黄劉隊の連中より弱そうというか、場慣れしていない感じがするな」
「我々はあくまで都市の結界を守ることが最優先任務であり、彼らのような武闘派ではないのです。物理戦闘力ではなく特殊能力に特化しております」
「それにしても見ただけで失神とは…これじゃオレが化け物みたいじゃないか」
倒れたのはオビトメと呼ばれる女性で、彼女の青い目は、あらゆる術式を見抜くといわれている特異なものである。
彼女が青劉隊のメンバーに入っているのも、優れた目で外部からの『見えない攻撃』を防ぐことを最大の目的としているからだ。
もし彼女がいれば、小百合やホロロといった特殊な術式攻撃を仕掛けてくる者たちを事前に察知できるだろう。
そんな彼女が不幸にも、アンシュラオンの『本質』を見てしまったがゆえに激しい錯乱状態に陥って失神した、というわけだ。
アンシュラオンは、仲間に介抱されているオビトメの横を通り過ぎ、門を抜ける。
他の青劉隊の隊員たちも近づいただけで怯えていたので、それだけ怖かったのだろう。(逆に黄劉隊はよく戦ったものである)
「あれ? 腕輪は?」
「無意味なことはいたしません。壊されるだけですから」
VIP待遇なので、懐かしの『ヘブ・リング〈低次の腕輪〉』も今回は無しだ。
そして、一般街の中に入ったところでセイリュウが立ち止まる。
「付き添いは終わりです。ここからはご自由にどうぞ」
「監視していなくていいのか?」
「すべての人間を監視はしています。が、どのみち止められませんので、アンシュラオンさんに関しては完全不干渉ということになりました」
「そのほうがお互いにとっていいかもな。オレもマングラスに関わるつもりはないさ」
「それはありがたいことです。お帰りの際もノーチェックで通すように門番に伝えておきます。もちろん、他のお仲間に関しても同じ待遇を約束いたしますよ。では、良い日をお過ごしください」
そう言うとセイリュウは去っていった。
「やれやれ、あんなやつが表をうろつくなんて、グラス・ギースも物騒になったもんだな」
「アンシュラオン様! 申し訳ありません! マングラスのことは先にお伝えしておくべきでした」
同じく門を抜けた雀仙が、恐る恐る近寄ってきて頭を下げる。
アンシュラオンからすれば問題なくとも、他の人間からすればセイリュウは化け物である。怯えるのも当然だ。
街にいる各派閥のマフィア連中も、マングラスとトラブルにならないかとピリピリしている気配がうかがえる。
「ああ、それはいいよ。グラス・ギースの問題を無視していたのはオレのほうだからね。でも、赤鳳隊の雀仙さんは目を付けられないかな?」
「都市内部における派閥間での諍いには厳しい罰則があるのです。彼らから攻撃してくることはありません」
「双方がルールを守っている間は、か。ソブカも動きにくそうだね」
グラス・ギースの良いところは、悪いところの逆。慣習法が強い地域なので、地元のルールを守っている限りは安全な点だ。
それを示すために、あえてセイリュウ本人がこうして街を歩き回っているのだろう。




