476話 「赤の錬金術師 その1『仲介人』」
ガンプドルフとゼイシルとの三者会合を終えて戻ってきたアンシュラオンは、さっそく錬金術師とのコンタクトを取ろうとしていた。
その手始めとして、まずはハローワークの一室でナーラシアと会う。
「おばあさん、久しぶりだね。元気だった? その後、腕とかに異常はない?」
「おかげさまで元気じゃぞ。ほれ、ピンピンしておるよ」
「それはよかった。あの時は本当に迷惑をかけたね」
「かまわんさ。わしが未熟なだけじゃ。それはそうと、お前さんの話はいろいろと聞いておる。ディムレガンとも上手くやっておるようじゃの」
「そうそう、あの原石も火乃呼が浄化して、今は武器に加工しているところだよ。それもこれもナーラシアさんのおかげさ。で、今日は事前に連絡しておいた通りなんだけど…」
「錬金術師を集めておるのじゃな」
「しかも腕の良い錬金術師をね。それで最初に思い浮かんだのが、おばあさんだったんだよ」
「その評価は嬉しいが、わしはすでに引退しておるぞい」
「聞いたよ。今はお孫さんが継いだんだよね?」
「うむ、まだまだ未熟じゃがの。今は簡単な仕事をやらせて慣らしておるところじゃ」
「今日は来ていないの?」
「迂闊に表に出るのは危ないからの。まずはわしが用件を訊きに来たのじゃよ」
以前ナーラシアが言っていたように、錬金術は悪用できるので狙われやすい。
引退した彼女でさえ住んでいる場所は公開されておらず、指定して会うためにはわざわざハローワークで予約する必要があるほどだ。
孫ともなればまだ若いので、それこそ略取されやすいだろう。
いくらアンシュラオンとはいえ、簡単に会わせるわけにはいかないのだ。
「今述べたように孫は未熟じゃ。さして役には立たぬじゃろう。わしも老いぼれた。期待に添えるとは思えんの」
「でも、引退してもナーラシアさんの経験は豊かだよね。いろいろとアドバイスが欲しいんだよ。それなら大丈夫かな?」
「それくらいならば問題ない。小遣い稼ぎになるからの。ほっほっほ」
「最初に訊きたいのは、スレイブ・ギアスの改良についてなんだ。これを『罰則付き』に改良できるかな?」
アンシュラオンは、スレイブ商が保有しているギアスの元データが入ったジュエルを見せながら、ゼイシルから提案された改良案が可能か訊いてみる。
しかし、彼女はゆっくりと首を横に振る。
「このデータには『高度なプロテクト』がかけられておる。それを解除するのは難しいの」
「プロテクトなんてあったの?」
「事故が起こらないように安全装置としてかけられておる。想定外のことが起きた瞬間、すべての術式が中断される仕組みじゃ。解析もできぬようになっておるよ」
「精神力が一定以上の人にかからないのも、そのプロテクトのせい?」
「そうじゃな。極めて安全を重視して作られておるようじゃ。これを作った者は見事な腕前じゃよ」
(となると、やはりモヒカンの推測は当たっているようだな)
アンシュラオンの出力が強すぎるせいでプロテクトが発動し、元のデータは遮断されてしまうが、その前に術式を自らの中に取り込んで改変してしまうことで、狙った通りの結果を出しているようだ。
つまりは、これも一種の改良・改変現象といえるだろう。
問題は意識的にできないので、下手に元データをいじると事故が起こる可能性が高まることだ。
「仮に解除ができたとしても、罰則を追加するには精神術式に長けていなければならぬ。言ってしまえばギアスとは、同意をトリガーにした『暗示』じゃからな。元となる術式を自ら構築できねば不可能じゃ」
「高度なものじゃなくても、違反すると大納魔射津が爆発するとかは?」
「可能ではあるが…お前さんが求めているものは、そんな安っぽい代物ではあるまいて。同意がしづらくなって逆に使いにくくなろう」
(さすがナーラシアさんだな。ギアスの価値をよく理解している)
強制力という意味では『直接破壊』が手っ取り早いのだが、かけられた側の意欲が著しく減衰するので、あまり効率的とはいえない。
アンシュラオンが求めているギアスは、同意の下で互いが安心して仕事に取り組むことで、能力を十全に発揮することなのだ。
ともあれ、安全装置が外せない状態では話にならない。
「ギアスはしょうがない。それなら次に『コレ』を見てくれないかな」
アンシュラオンが、ポケット倉庫から五十センチ大の四角いジュエルを取り出す。
基本的にジュエルは円形になることが多いため、通常のジュエルとは明らかに規格が異なっていることがわかる。
ナーラシアは、それを手に取ると目を細める。
「ほぉ、これは珍しい。【軍事用の記憶端末】じゃな」
「触っただけでわかるんだね。すごいや」
「わしも若い頃は非合法な仕事を受けていたもんじゃ。その大半が軍事関係じゃて」
「これに関しても秘密にしてほしいんだけど…」
「もちろんじゃよ。わしがハローワークに雇われたのも、裏の仕事で狙われることが多くなったからじゃ。それ以来は普通の仕事しかしておらん。危険性は重々承知しておる」
アンシュラオンが手渡したのは、ガンプドルフから預かった火器管制システムが内蔵された軍事用ジュエルである。
こちらは予備のものだが、西側の技術が詰まっているので極めて貴重かつ重要なものだ。
そして、もし情報漏洩でもしようものならば、即座に殺されかねない危険なものでもある。
ミスター・ハローがガンプドルフの密偵であることも、そうした状況をいち早く察知して消すためだ。(客のふりをしてロビーに座っている密偵もいる)
さきほどのギアスといい、それが理解できるだけでもナーラシアは優秀な人材といえる。
「解析とコピーはできる?」
「ふむ…これもかなり高度なものじゃな。解析はできなくはないが、それをコピーすることは難しいかの」
「解析ができるならコピーだってできそうだけど?」
「コピーとはいっても情報を術式として再構築し、それを独自に再現する必要があるのじゃ。一つでも数式が間違っておれば術式は崩壊する。特に軍事用のものは数式が多いうえに複雑じゃ。こういったタイプの術式構築においては複数人、最低でも五人以上の特別な構築体制が必要になるもんじゃよ」
「五人か…。おばあさんの知り合いに錬金術師っていないの?」
「そうさな…そもそも数自体が少ないからのぉ。うちの孫では技量が足りんし、他の者たちも似たようなものじゃ。そうなると、やはり凄腕の錬金術師を頼るしかあるまい。数より質で勝負するのじゃ」
「凄腕の錬金術師か…。たとえばグラス・ギースの錬金術師とかは?」
「【赤の錬金術師】じゃな。わしは直接会ったことはないが、腕は文句なく超一流といえるの」
「有名なの?」
「この業界で知らぬ者はおらぬよ。なにせあの御方は…おっと、いかんいかん。口は災いの元じゃてな」
「せっかくここまできたんだ。何か知っているなら教えてよ」
「ううむ…じゃがな…」
「おばあさんの身はオレが全力で守るよ。お孫さんも絶対に守ると約束する。だから教えてくれないかな」
「………」
「お願い! とっても大事なことなんだ! オレだけじゃなくて北部の未来もかかっているんだよ!」
本当は北部のことはどうでもいいが、荒れたら荒れたで住みづらくはなるので半分は本当のことである。
金のために必死に頭を下げるアンシュラオンに、ナーラシアもついに折れる。
「こんな物騒なものを持ち込むくらいじゃ。相当な理由があるのじゃろうな。…仕方ない。災いすら跳ね除けるお前さんならよかろう。ちと待っておれ」
ナーラシアは、部屋の四隅に最高品質の盗聴防止用の術具を配置。
一つでは心もとないため、念には念を入れて何重にも置いていく。
「そこまで厳重にする必要があるの?」
「そりゃそうじゃよ。錬金術の世界は奥深い。これでも不安なくらいじゃ。お前さんこそもっと自覚を持つといい。そもそも軍事用の媒体など持っておるほうがおかしいのじゃからな」
「…たしかにそうだね。もう少し慎重になるよ。それで、どんな話?」
「『メラキ〈知者〉』という言葉を知っておるか?」
「メラキ? 知らないなぁ」
「この世界には本物の知者が存在する。わしらのような矮小な者たちとは異なる本物の『賢者』たちじゃ」
「おばあさんから紹介してもらったアル先生も裏の世界の住人だよね?」
「同じ裏でも方向性と次元がまったく違う。もっともっと根幹の部分に位置する者たちじゃ。この世界のあらゆる知識、成り立ちから構成に至るまですべてを知る者を総じてメラキと呼んでおる」
「へー、そんなにすごい連中がいるんだね。その話をするということは、グラス・ギースの錬金術師もメラキってこと?」
「そう聞いておる。その中でも上位の存在のようじゃ」
「そんなに有名ですごいのに、おばあさんは会ったことがないの?」
「わしが簡単に会えるような存在ではない。レベルが違いすぎるからの。それ以前にメラキが表に出てくることはないのじゃ。彼らには代々受け継がれておる『古の秘術』を守る責務があるからの」
「それだけ危ないものを管理しているってこと?」
「そうじゃろうな。悪用されれば危険なものは、この世にはたくさんあるものじゃ。できれば関わらぬほうがよい。おぬしでもただでは済まぬかもしれん」
「でも、ほかに凄腕の錬金術師はいないんだよね? オレとしてもリスクは避けたいけど、どうしてもこれのコピーを作りたいし、スレイブ・ギアスの改良もしたいんだよ」
「どうしてもか?」
「それだけを楽しみに生きているからね。最悪は領主の妻であるキャロアニーセさん経由で頼んでみることもできるかも。あまり借りを作りたくないけどね」
「無駄じゃな。表からのアプローチでは、あの御方は出てこぬじゃろう。そう簡単に引き出せるほど甘くはない」
「領主の依頼は受けていたみたいだよ? 戦気抑制の腕輪を作っていたしね」
「おそらくは会ったことはないはずじゃ。依頼を受けたのも身を守るために必要だったのじゃろう。逆に隠れすぎていても目立つものじゃからな。じゃが、お前さんが求めているものは危険な類のものじゃ。同じようにはいかぬよ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「どうしてもというのならば、『仲介人』を紹介することはできる。お前さんが勝手に動くほうが危険じゃろうからの。闇雲に動かれて大きな騒動になるのは、双方共に望むことではなかろう」
「相変わらず顔が広いね。そういうのを期待してたんだよ」
「しかし、わしらの身も危険になる。本当に匿ってもらう必要が出てくるやもしれんぞ」
「言ったことには責任を取るよ。いっそのことオレの家に来ない? あそこなら常時警戒態勢だし、今は術式に対してもそこそこ抵抗力がある。部屋も余っているから、お孫さんも大歓迎だよ。ハローワークもいろいろな勢力の密偵がいるっぽいし、絶対に安全じゃないだろうしね」
「ふむ、どうせ目立つのならば、そのほうがよいかの」
「アル先生もいるよ」
「あんなジジイはお断りじゃ。メラキに連絡を取るのに時間がかかる。五日後にまた来るとよい」
「了解。楽しみに待っているよ」
それから五日後。
再びハローワークに向かうと、そこにはナーラシアと一緒に若い女性がいた。
「は、初めまして。ラシーニアと申します。お、お世話になります!」
ぺこりと女性がお辞儀する。
「え? おばあさんの孫ってもしかして…」
「この子じゃ」
孫と聞いたので小さな子供を想像したが、目の前の女性はどう見ても成人している。
思えばナーラシアは七十をとうに超えているので、孫がこの年齢でもまったく不思議ではない。
「へー、これがお孫さんかー」
「あ、あの…そんなに見られたら恥ずかしいです」
栗毛を短いポニーテールにまとめ、丸眼鏡をかけた様子は、田舎から出てきたばかりのような野暮ったさが残っている。
ハピ・クジュネの表通りでよく見る、サーファーばりの陽キャ連中とは正反対で、肌も白く、着ている服も極力体型を隠すものだった。
かといって太っているわけではなく、むしろ痩せている。軽く視認した感じでは体型もそこまで悪くはない。
錬金術師という職業柄、単純に引き篭もり…もとい学者肌なのだろう。
「その仲介人ってのは、いつ来るの?」
「狙われるとまずいからの。あえて別々に行動しておる。まずはお前さんの家に行こうかの」
「了解。もう準備はできているよ」
アンシュラオンは待たせていた馬車に乗り、ナーラシアと孫のラシーニアを白詩宮にまで送り届ける。
その間も警戒は解かずに周囲を探っていたが、幸いながら恐れていた自体は起きなかった。
(平和そうに見えるけど、悪いことは一度でも起きたら終わりなんだ。ますます警備を厳重にしないといけないな)
現状ではアンシュラオンにわざわざ逆らう者はいないが、これからもそうだとは断言できない。
火乃呼や炬乃未を含め、この白詩宮には急速に貴重な人材が集まりつつあるのだ。警戒しすぎて損にはならないだろう。
エントランスホールに着くと、ナーラシアたちを部屋に案内する。
アンシュラオンも荷物運びを手伝い、あらかた部屋が片付いた頃、ホロロが客の来訪を告げる。
「ご主人様、雀仙様がいらしております」
「雀仙さんが? あれ? ソブカは戻ったはずだけど…」
「錬金術師の件でいらしたようです」
「まさか仲介人って、雀仙さんなの?」
ナーラシアの顔を見ると、静かに頷く。
まだ事情が呑み込めていないが、雀仙を客間に招く。
ただし、やってきたのは雀仙だけではなく、三人の付き添い(男二名、女性一名)がいた。
三人とも、ごくごく普通の服装をしているので一般人に見えるが、アンシュラオンは彼らがまとっている不思議な雰囲気を見逃さない。
(なんか妙にふわふわしているな。はっきりしないというか…ぼやけている感じだ)
アンシュラオンは視力も並外れているので、拡大したように人の顔がはっきり見える。
しかし、三人の顔がどうにも覚えきれないのだ。
「もしかして術式で妨害してる?」
「さすがですね。その通りです」
三人の中で一番若そうな男が笑顔で答える。
他の二人も頷いていることから、三者とも術士であることがわかった。
(アイラの破邪結界で消せるのか試したいけど、さすがにそれは非礼かな)
現在、白詩宮はアイラによって防御されているが、来客の四人は除外されている状態だ。(といっても体表までなので、放出系の術式は使えない)
ひとまず彼らのことは置いておき、雀仙から話を訊くことにする。




