474話 「三者の都合 その3『都市計画』」
「さて、今度はこちらからよいかな? 事前に提案していたように、ハングラスは『新都市』の建造も考えている。その件についても意見を聞きたい」
ゼイシルが地図を取り出す。
いつもの北部全体が描かれたものだが、魔獣の狩場を中心とした新たな地図のようだ。
それを見て最初に気になったのは、グラス・ギースとハビナ・ザマから魔獣の狩場へ向かって伸びている『線』である。
「これって『道』だよね?」
「そうだ。物流を維持するためには必ず道が必要になる。安心して通れる『交通ルート』というやつだね。まずはグラス・ギース側から通し、その次にハビナ・ザマから第二のルートを構築する予定だ」
「最初にグラス・ギースから通すのは、文句を言われないため?」
「それもあるが、ハビナ・ザマの周囲は山道が多い。あの場所に道を作るのは困難を極めるだろう。こちらは将来に向けての案となる」
「たしかにね。馬車での移動も大変だった記憶があるよ」
初めてグラス・ギースを離れた際、アンシュラオンもこの場所を通っているが、街に到着するまでは起伏の激しい地形が多かった。
翠清山ほどではないにせよ、あそこから魔獣の狩場まで道路を通すのは、かなりの根気と労力が必要になるだろう。
しかし、必ずしも長期の工期が必要なわけではない。
ここでガンプドルフが新たな要素を付け加える。
「そこは安心してほしい。高低差のある場所でも、我々ならば短期間で道を通すことが可能だ」
「本当? 聖剣で壊すとか?」
「無理ではないが、さすがに現実的ではなかろう。鉱物だけではなく森林も貴重な資源だ。できれば壊さずに利用したほうがよい」
「森は食糧資源でもあるからね。じゃあ、どうするの?」
「何の準備もなく、このような荒れ果てた土地には来ない。ちゃんと『土木工事』に適した能力を持つ者たちを連れてきている」
「能力ってことは、職業じゃなくて魔石の力だよね?」
「土を分けたり固めたりする系統の魔石があるのだ。いわゆる『土属性』というやつだな」
『情報公開』を使った時にもたまに見かけるが、魔獣には『土』の属性を持つ種族がいる。
デアンカ・ギースも土属性を持っており、まさに土の中に潜って移動する能力を有していたことからも、より地面に適した者がこの属性を持っていることが多いようだ。
一方で直接的に土と関わらない普通の人間は、基本的には火水風雷光闇の六属性が中心であり、土属性を持つことは少ない。
だが、絶対に持つことができないわけではなく、魔石を使うことで属性を付与することが可能となる。
「我々の魔石の大半は地層から手に入れたものだ。土の影響を受けたものが多くなるのは道理だろう」
「へー、魔石まで地層鉱物が中心ってことか。それもうちとは逆だな」
「こちら側からすると魔獣鉱物のほうが珍しいがな。文化がだいぶ違うことに驚くものだ」
これには環境も影響しており、そもそも西側では強力な魔獣が少なく、よほど辺鄙なところにでも行かない限り、良質な魔獣鉱物は手に入らないという事情がある。
よって、西側が手に入れる鉱物の約八割が、地層から得たものになるのも自然な流れだろう。
「その能力ってのは、どれくらいの規模なの?」
「小山一つくらいならば数時間もあれば整地が可能だ。また、ジュエリストが使わずとも、道具に組み込むだけで土木工事に長けた術具が生み出せる。そうした専用のシャベルやピッケルならば、一般人でもトラクター並みの土砂を運ぶことができるだろう」
「その土砂は、うちが発掘した鉱物と一緒に固めれば、そのまま建築資材にもなるよね」
「うむ、それ以外にも養分のある土ならば植物の成育にも使えるはずだ。西方の荒れ果てた大地において土壌の維持は簡単ではない。他から持ち込むことも考えるべきだな」
グラス・ギースの周囲から西方が異様に荒れているのは、大災厄によって大地の生命力が枯渇しているからである。
こうなると普通のやり方では植物は生まれず、畑や田んぼを作ることも難しい。
打開策としては、単純に他から培養土や腐葉土を持ち込むしかないが、それ自体を大量に用意するのも一苦労だ。
しかし、ハビナ・ザマの周りの山々は、翠清山の恩恵によってまだ養分が残っており、整地ついでに土を持ってくることで問題が解決する。
労力さえ提供できれば、まさに一石二鳥の案なのだ。
その情報にはゼイシルも眼鏡を光らせる。
「では、ガンプドルフ卿に道の開拓をお願いできるのかね?」
「こちらに余裕が生まれれば十分可能だろう。道具の貸し出しも問題ない」
「三者の同盟が無事成立すれば、ということだね。アンシュラオン君はどう思う?」
「実際に見てみないと判断できないけど、実務面でおっさんが嘘をつくとは思えないかな。優れた道具があるのならば、人数が少なくても最低限の開拓はできるしね」
アンシュラオンが戦闘面で協力できるようになれば、ガンプドルフたちの手も空くだろうし、整地は労働者に任せてもいい。
それ以前に、この地域の交通ルート自体が土を踏みならしただけの大雑把なものなので、輸送船が通れる幅だけ確保できれば十分ともいえる。
「ところでこの新都市は、DBDの人たちが入植してきたら『首都』になるってこと?」
「ガンプドルフ卿から要請があれば受け入れるつもりだ。しかし、統治形態が定まっていない状態では仮定する意味合いも薄い。少なくともしばらくは、三者間の協議制による利益分配型の都市になるだろうね」
「とりあえず作ってみてから考えるってことだね。具体的にどこに建てるの?」
「これも現状を鑑みれば、『魔獣の狩場の草原地帯』を開拓するのが早いだろう。幸いながら水資源もあって【番人】もいる」
「嫌でもおっさんたちが守ってくれるか。それなら安心だ」
魔獣の狩場が無法地帯にならなかったのは、ガンプドルフたちが治安を守っていたからである。
もともと彼らの土地ではないので、単純に力によって実効支配していただけだが、それによってここに近寄る連中も劇的に減っていた。
そして、魔獣の狩場はこの大地において『オアシス』に等しいエリアだ。
人間が知りうる現状の西方の中で、唯一生物が暮らしていけるだけの資源がある。それゆえに魔獣が集まっていたのだが、今は生態系の変化によって邪魔も入りにくい。
「私としては、多少は来てくれたほうが収益が増えてよいのだがな…」
と、盗賊たちから金品をぶんどっていたガンプドルフがぼやくが、都市を建造するのならば治安の維持は最重要である。
この三者同盟に価値があるのは、それぞれの役割分担がしっかりしている点だろう。
ガンプドルフはここから動けないので、必然的に警備や防衛としての役割を担い、ゼイシルは物流を担当することで経済力と交易力を提供する。
アンシュラオンもスレイブといった人的資源を提供しつつ、自由に動ける利点を生かして外部から足りない要素を持ち込める。
戦闘力、経済力、自由力、どれを取っても三者にメリットがある関係なのだ。
「ただ、二つだけ大きな問題があるよね。一つ目は、グラス・ギースの代わりに魔獣の防波堤になってしまうこと。二つ目は、本来は人が通る場所じゃないから経済が発展しづらいことだ」
アンシュラオンが問題点を指摘すると、ゼイシルも頷く。
「うむ、まさにそれが最大の弱点だろう。自由な反面、荒野としての側面がより強い場所だ。相応のリスクがあることも承知している」
「オレもようやく北部の状況がわかってきたからね。かなり切羽詰まっていることは理解しているよ。これについてはどう打開するの?」
「一つ目の問題は、丸投げするようで申し訳ないがアンシュラオン君とガンプドルフ卿に任せたい。ハングラスとしても人員を出す余裕はないのだ」
「これは仕方ないよ。もともと魔獣は専門外だろうし、安全な物流確保のためにも、警備商隊には輸送船の護衛に専念してほしいからね。おっさんはどう?」
「異論はない。防衛は我々の最優先の仕事だとも考えている。また、人目につかないのも、むしろ好都合だ。兵器の実験がいくらでもできる」
「なるほどね。逆に考えればいいんだ。ここなら兵器の試し撃ちもできるし、それで倒した魔獣の素材も売れば資金になる。ある程度発展したらハンターたちを呼んで、ここを新しい拠点にしてもらおう」
「グラス・ギースの利点を奪ってしまう、ということか」
「そうだね。それによって経済も多少ながら回るはずだ。人が増えれば消費も増える。一般人の護衛も傭兵に任せてしまえば、手間も省けてちょうどいい」
これも自身が旅をした経験から、一般人の馬車は必ず傭兵を雇うことを知っていた。
マキたちでさえ傭兵を雇ったくらいだ。それだけ荒野の移動は大変なのである。
だが、危険がゆえに、いくらでも傭兵の仕事があるということだ。
道中の魔獣の駆除もハンターに任せればいいし、彼らが都市に滞在することで金を落としてくれるだろう。
海軍に入った傭兵たちも多いが、需要が尽きない荒野ではどんどん増えていく職業なので、仕事があれば人も集まるに違いない。
現に翠清山制圧の話を聞きつけて、大量の傭兵が南部(主に北中部)からもやってきていたものである。(サリータとベ・ヴェルも南から来た)
「ハンターを奪ってもグラス・ギースに文句は言われないよね?」
「四大悪獣の脅威を考慮すれば言われる筋合いはないだろう。それに、最近はたいした魔獣も現れず、ハンターたちも減ってきているという話だ」
これも魔獣の狩場の生態系が崩れたことで、グラス・ギースに来る魔獣の数も激減しており、この一年でハンターの仕事もだいぶ減ったという。
翠清山制圧作戦で数多くのハンターが集まった背景には、こうした事情もあるわけだ。
しかし、火怨山に近いという意味ではグラス・ギースも安全ではないので、今後は北や東に意識を向ければよいだけである。
「おっさんは魔獣の素材はどうしているの?」
「大半は保管している。我々は表立ってハローワークには行けないからな。それが君に素材を提供した理由の一つでもある」
いくら密偵を忍ばせているとはいえ、出所不明の素材が大量に流されれば不審に思われるだろう。
それゆえにガンプドルフたちは、魔獣を倒しても報奨金をもらえず、素材も換金できないという最大のデメリットが存在する。
これは魔獣が跋扈する西方においては、想像以上の損失といえる。
(オレもハローワークからの収益に頼っている面はあるから、おっさんは痛いだろうな。かといって一般の商人もなかなか買い取ってくれないし、扱いが難しい商材なんだよな)
勘違いしがちだが、魔獣の素材だからといって必ずしも高く売れるわけではない。
使い道がないものは一般市場では値がつかず、初めて会った時のロリコンのように普通の商人は買い取ってくれないものだ。
珍しい魔獣の部位やら剥製やらを集めている好事家でもいない限り、市場は限られてしまううえ、西方の魔獣はかなり強いので損害のほうが多くなりがちだ。
その点、ハローワークは『世界の維持』を目的としているので、素材や報奨金の価格が比較的安い反面、どんなものでも安定した相場で買い取ってくれる長所がある。
アンシュラオンもハローワークを利用していなければ、今のような莫大な資産は得られなかったはずだ。
「オレがいれば堂々とハローワークに素材を卸せる。実績もあるから疑われない。それも考慮しているよね?」
「その通りだ。君ならば西方の魔獣を狩ってもおかしくはないからな」
「それはそれでいいけど、もっと良い方法があるよ」
「良い方法とは?」
「ハローワークの【誘致】」
「…なっ」
「おっさんが魔獣の素材を売りづらい最大の理由は、都市部に行くと目立つからでしょ? 不正の温床とはいっても、べつにハローワークが積極的に顧客情報を漏洩しているわけじゃないからね。ならばいっそのこと、ここに誘致してしまうのが一番だ。それならば気兼ねなく使えるよ。そもそもハンターを集めるには、この方法がもっとも効率的なんだよね。他の都市まで行かないと換金できないのは面倒で仕方ない」
「それは…そうだが、誘致などどうやるのだ?」
「こちらからアクションを起こせば話くらいは聞いてもらえると思うよ。相手にもメリットがあるはずだからね。一応、嫌々ながらもコネは出来たから、相談できる人にも心当たりはあるんだ」
脳裏にキンバリィが浮かぶ。
胡散臭い男ではあるが、わざわざ本店から派遣された人物である。かなりの権限を持っているはずだ。
(あの接触の仕方からすると、『何かあったら必ず自分を通せ』って意味だろうしね。無視するわけにもいかないんだよな)
ちらっと小百合を見ると、彼女も同じことを考えていたのか、少しだけ表情を曇らせる。
しかし、使えるものは使うべきだ。何よりも金になる。
ガンプドルフも、そのアイデアに思わず唸る。
「ふむ、ハローワークの誘致か。完全に盲点だったな。だが、あれだけの組織が簡単に動くかどうか…」
「国の再興を考えている人間が、それくらいで動じてどうするのさ。ハローワークは経済を生み出すうえで必須の存在だ。オレたちは世界の根幹を敵に回してはいけない。味方に引き入れることを考えるべきだ」
当たり前だが、アンシュラオンは世界をどうこうしようとは思っていない。
世界のシステムを改革する! などという大それた目的ならばいざ知らず、未開の地を開拓するためには今あるシステムに乗っかる必要がある。
その中で通貨流通という大きな役割を担っているハローワークは、一番最初に味方につけねばならない組織なのだ。
「そうだな。少年の言う通りだ。怖れずに進まねば何も得られぬ」
「何事も一歩ずつさ。ともかく何か見つけたら、いの一番にオレのところまで持ってきてね」
「ああ、わかった。君のおかげで未来が見えてきた。礼を言う」
「そこは持ちつ持たれつさ。お互いに利益を与えあってこその協力関係だしね」
こうしてあえて未来の話をするのは、アンシュラオンなりの気遣いでもあるし、それがやり遂げるための力にもなるからだ。
今のDBDに必要なものは希望である。状況が厳しい時ほど忍耐が試されるものだが、その忍耐にも栄養は必要だ。
そして、さりげなく自分を仲介させて貴重な素材を手に入れる目的もある。
実際にデアンカ・ギースの心臓もハローワークで売ってしまうと、たいした値段にはならなかったはずだ。一般では加工する技術がないのでクズ値になってしまう。
だからまずは自分のところに素材を持ってこさせて、重要そうなものをあらかじめ確保する必要がある。そのうえで不要なものを売って利益にするのがベストだろう。
「ゼイシルさんも誘致は考えていたんでしょ? 都市には必須の機関だもんね」
「可能ならば、ではあるがね。そして、君が【ゴールドハンター】になれば話はもっと早い。すでにそれだけの実績はあるのだろう?」
「小百合さん、どうなの?」
「各商会の設立が落ち着いたらにしようと思っていましたが、おそらくポイントは十分に貯まっているはずです。サナ様たちもブラックハンターになれます」
「財団のほうが最優先だったからね。すっかり忘れていたよ。ゴールドハンターになったほうが誘致しやすい?」
「歴史上でも十数人いたかどうかのランクですし、ハンターの最上位ですので影響力は各段に上がりますね。下手をすれば小規模国家の元首くらいの権限はあるかもしれません」
「うーん、ホワイトハンターのほうが語呂が好きなんだけど、こればかりは仕方ないか。場合によってはゴールドハンターになってもいいよ。それならハローワークも動きやすいだろうしね」
「そうなればハングラスとしても助かる。君がいれば放っておいても人が集まってくるからね」
ゼイシルの笑顔を見るに、最初から想定済みだったことがわかる。
今の段階ですらハンターや傭兵たちから一目置かれるどころか、これだけ理不尽な対応をしていても圧倒的な人気を誇っているのだから、嫌でも向こうからやってくるに違いない。
「我々聖剣王国も、いずれは大勢の国民を連れてくるつもりだ。上手くいけば十数万の規模になるだろう」
「本国がそんな状態で本当にやれるの? 大丈夫?」
「大丈夫だ。問題ない」
「大丈夫か?」からの「問題ない」までの『様式美』を披露するガンプドルフだが、最悪はDBD人がやってこられなくても都市を維持できるようにするのが目標になる。




