471話 「聖剣の国 その3『ルシア帝国の侵略』」
「DBDの総人口と軍部は、どれくらいの規模なの?」
「人口は約三百万。そのうちの三十万人が軍人だ。それを六つの艦隊に分けて運用していた」
「一割は多いね。十人に一人が軍人なんて相当なものだよ」
「最初からそうだったわけではない。必要に迫られて徴兵を行ったせいもある。ここに『新兵』が多いのもそれが理由だ。元は義勇兵だった者も大勢いる」
「だからか。どうりで弱いグループがいると思ったよ」
ここにいる二百人のうちの半数は、義勇兵上がりの新兵によって構成されている。
ライザックが翠清山制圧とともに、各街から募った義勇兵を育成しようとしていたが、やはり一般人は一般人。
結果的にたいした戦力にならなかったことを考えれば、本職の軍人とは実力が異なって当然である。
「対する敵の兵数は?」
「十倍近くはいたな。最低でも二百五十万以上はいたはずだ」
「どんな比率だよ。おかしいでしょ」
「四年間の総数だ。多くもなるさ。それに加え、三つの国に同時に攻められたのだ。部隊を分けて戦うしかなかったのも痛手だ。個では対抗できたが、次第に物量に押されて疲弊していった」
「戦いは数…か。数の不利はオレも身にしみているところさ。で、敵はどこの国?」
「せっかくだ。地図を見せよう」
ガンプドルフが二枚の地図を取り出す。
一枚目は、以前見たことがある『世界地図』だが、DBDの位置が記されたものだ。
そしてもう一枚は、西側大陸に注目したものとなる。
「わが国は四つの国に囲まれている。東の傭兵国家アン・ゼクター、西のノーベンビル帝国、南のタルヌス神狼国、北のモンパール王国だ。交戦状態になったのは、北と東と西、アン・ゼクター、ノーベンビル、モンパールだ」
「三ヶ国から攻められる状況は少し異常だね。なかなか隣接した国家がこうも集中攻撃はしない」
「すべての国が積極的に戦争に参加したわけではない。アン・ゼクター以外の国家は兵の練度も高くはなく、さほど脅威ではなかった。やつらは所詮、飼い犬にすぎないのだ。黒幕は、その裏にいる『ルシア帝国』だ」
「ルシア…少し聞いたことがあるような。西側の大きな国家だよね」
「最初は小さな国だったそうだが、すでに十八以上の国家や自治領区を併呑して巨大な帝国になっている。西側大陸の最北東部は、すでにやつらの支配下だ。ルシアは南下を続け、凄まじい勢いで今もなお支配地域を拡大している」
「そんなにおおっぴらに勢力を拡大していたら、他の国が反発するんじゃない? 対抗して同盟とかも結んだりするよね」
「やつらの巧妙なところは、けっして力だけで支配しないことだ。現に北のモンパール王国は、王族の地位と安全を保証する代わりに、ほぼ全面的に降伏している状態で、まったく血を流さずに支配下に置いている。そして、そういった従順な連中に対しては、やつらは【富と力と技術】を与える」
「富と力はまだわかるけど、ルシアは技術がある国なの?」
「これも不可思議なことなのだが、ルシアはもともと素朴で牧歌的な生活を営む国だったらしい。しかし、突然やつらは優れた技術をもちいて開発を始め、巨大な帝都を生み出し、同様に優れた兵器を生み出した。ルシアの戦艦を見れば、その違いがすぐにわかる。その技術の一端を輸出することで富を得ているのだ」
「怪しいよね。その急速な変化は臭うな」
「やつらは何かを見つけたのかもしれない。あるいは誰かの協力を得たのか。どちらにせよ、そこからルシアは一気に勢力を拡大していった。その中で一番厄介なのが、雪の地に住む武人たちだ」
「強いの?」
「強い。ルシアの強兵の大半は、雪の武人たちなのだ」
ルシア帝国の周囲一帯は、雪と氷山に覆われた西大陸随一の僻地である。
資源も乏しく、おおよそ発展など見込めないと誰もが思っていた。当のルシア帝国もそう思っていたはずだ。
しかしながら、そこに住む武人たちは強かった。
厳しい自然で暮らす中で身に付けた能力は、武人として極めて優秀なものばかりである。
ルシアは発展した技術を背景に彼らを友人として迎えたり、あるいは恫喝して引き入れたり、飴と鞭を使いながら吸収していった。
かつてのルシアの王、初代ルシア天帝は賢王と呼ばれ、周辺の部族を愛情と礼節をもって迎え入れていた過去がある。
その恩義に報いるため、中には積極的に協力を申し出る氏族や部族もおり、戦力はどんどん増していく一方だ。
「モンパールも最低限の兵は出したが、主力部隊はその雪の武人、『雪騎将』が率いるルシア軍だった。名目上は友好国の救援としてな」
「ということは他の二つの国も、同じようにルシア帝国の思惑で動いていたんだね」
「それぞれメリットは異なるが、その通りだ」
「確実に計画された戦争だ。そうなると相手からのちょっかいが多かっただろうね。まずは輸出入の規制による経済封鎖。それから隣国内でのDBD人の大量殺害とか、目に余る挑発があったはずだ」
「詳しいな、少年」
「オレの国でも似たようなことがあっただけさ。悪党の常套手段だね」
アンシュラオンの推測通り、ルシア帝国は隣接する四つの国に手を回し、DBDへの経済封鎖を画策した。
もともとDBDは経済規模が大きな国家ではなく、鉱山国家であることから食糧自給率も高くはない。
言ってしまえば、翠清山の中腹に広がる岩石地帯が国土の大半を占めているため、この経済封鎖の影響は大きかった。
唯一、南のタルヌス神狼国は参加しなかったものの、表立って抵抗することはできずに傍観を余儀なくされる。
DBDも数年は耐えたが、敵対する三国に取り残されたDBD人への迫害と虐殺が連続して起こったため、ここでついに堪忍袋の緒が切れる。
同国人の救出のために部隊を派遣したことを武力介入と判断され、公然とルシア帝国が参加する形で交戦状態に突入。
ここから約四年に渡る激しい戦いが始まった。
DBDは鉱物資源は豊富で、武器を作るための職人も多かったことから、大量の兵器を生み出して抵抗。
ガンプドルフたち聖剣長も各艦隊を率いて、ルシア艦隊を退ける活躍を見せた。彼個人も数人の雪騎将を討ち取る戦果を挙げている。
しかしながら、やはり数こそ力だ。
ルシア帝国は、それ以上の物量を投入して消耗戦を仕掛けてきた。
ガンプドルフが述べたようにDBDは人口が少ないのが致命的で、義勇兵を含めれば、最終的には成人男性の七割が軍人になる切迫した戦況に陥ってしまう。
どんなに武器があろうが、それを扱う者がいなければ戦いにはならないのだ。
六人の聖剣長たちも、三方向から襲ってくる敵軍に対応するために艦隊を分けたせいで、各個撃破の憂き目に遭う。
最後まで残ったのは、『光の艦隊』を率いるシントピアと『雷の艦隊』を率いるガンプドルフであったが、ルシア艦隊が首都に砲撃を開始し、甚大な人的被害が出たことで降伏を受け入れるしかなかった。
結果、敗戦。
DBDにも被害は出たが、彼らが徹底抗戦したことでルシアにも多大な犠牲が出た戦争として、西側ではかなり有名な戦いになっている。
聖剣も敵から見れば『魔剣』に等しく、魔剣士の勇猛さもこの戦いがきっかけで広まったといえるだろう。
アンシュラオンは話を聞き終えると、客観的な感想を述べる。
「おっさんの気持ちは少しはわかるよ。だが、同情はしない。負けは負けだ。負けたほうが弱かった。それだけだ。外交も戦争なんだ。その段階で負けていたのさ」
「…クールだな。割り切れないこともある」
ガンプドルフから強い戦気が溢れ出る。
ごくごくわずかな量だが、その質はあまりに濃厚。激しい怒りの波動といえた。
その気配の強さに、コテージからかなり離れていた兵士たちも思わず硬直したほどである。
されど、アンシュラオンは彼の感情を静かに受け止める。
「怒りはオレにぶつけるものじゃない。そいつらに返すものだ。その様子だと、まだまだ諦めていないんでしょ?」
「むろんだ。このままでは死ぬに死にきれん」
「うん、おっさんがここに来た理由はわかった。他の五人が来ない…いや、来られない理由もね。ここまでの情報から推測すると、相手の狙いはDBDの鉱山資源だろう。そして当然ながら、その結晶たる聖剣も含まれているよね」
「それは間違いない。聖剣にも品質や階級はあるが、わが国のものは極めて貴重だからな」
「皮肉にも、戦争でそれを証明してしまったね。だから他の五人は来られないし、あえて戦争で殺さなかった可能性もある。逆にその状況下で、おっさんがどうやって脱出できたのか不思議だよ」
「いろいろな犠牲を払ったのだ。多くの想いと部下を犠牲にした。だから私は絶対に諦めてはならない」
「それがおっさんの覚悟か。強いのも当然だね。しかし、そこまでルシア帝国が勢力を拡大する理由がわからないな。覇権主義に道理もクソもないのは知っているけど、あまりに性急すぎる」
「それは私も気になっていた。聖剣が希少なことはわかるが、ルシアにも相当の犠牲が出たはずだ。それに見合うだけのものがあったかどうかは、甚だ疑問といえる」
「聖剣以外にも目的があるのかな? でも、どう考えてもそれが目玉商品である以上、聖剣に関係したものだと思うけど…」
「さすがだな、少年。君は力だけではなく高い知性も持っている。ぜひその力を貸してほしい。その代わり、我々にできることは何でもする」
「うーん…」
(薄々予想していたけど、ほぼ『詰んでいる』状態だ。むしろ思った以上に酷いかもしれない)
戦争で負けた以上、DBD内部は混乱と混沌のさなかにあるだろう。
資源は当然ながら、女性や子供たちもどうなっているかわからない。地球における敗戦国の惨状を鑑みれば容易に想像できることだ。
そんな中、聖剣長の一人であるガンプドルフが抜け出せば、さらに警戒は厳しくなる。侵略目的の一つである聖剣が一本無くなった。これだけで大騒ぎだ。
「戦争が終わったのはいつの話?」
「およそ三年前だ」
「となると戦争が始まったのは七年前か。おっさんがここに来たのは最近?」
「私自身がやってきたのは君と出会った少し前のことだ。さきほども述べたように、それ以前から調査と折衝は進めていた。密偵を送り込んだのも戦争が終結する前からだ」
「それほど前から負けを見越していたなら、なんでこんなところに来たの? もっといい場所はあったでしょ?」
「未開の地を探せば、手付かずの大地はそれなりにある。南大陸に行く手もあった。しかし、我々の目的はあくまで再興だ。ただ生き延びるためだけに逃げるわけではない。そうなれば『かつての文明が栄えた大地である東大陸』が最有力候補となるのも自然なことだろう。ただし、南部はすでに他の勢力に押さえられているので、この北部しか残っていなかったのだ」
(嘘は言っていないっぽいな。もしDBDが敵側への『反抗』を考えているのならば、まず間違いなく入植している西側勢力からも厄介者扱いされるはずだ。しかも魔剣士のおっさんまでいる情報が伝われば、ルシア帝国が兵を派遣してくる可能性すらある。これは本当に厄介だぞ)
入植している西側諸国も巻き込まれることを嫌うだろうし、入植に反対する現地勢力からしても、同様に戦乱の種になることは避けたいはずだ。
哀しいことにガンプドルフたちは、どこに行っても厄介者。
こうなるとグラス・ギースもかなり危ない橋を渡っているが、だからこそ交渉で強気に出ているのだろう。
そんな時に出会ったアンシュラオンだからこそ、必死に味方に引き入れようとしていることにも頷ける。
少なく見積もっても、魔剣士二人分以上の活躍は見込めるからだ。
「おっさんがオレに求めているのは、主に戦闘面だよね?」
「君の才覚はそれだけにとどまらないが、当面はその分野で頼りたい」
「ゼイヴァーさんも開拓にはかなり苦労していると言っていた。魔獣に慣れていないと勝手が違うからね。それも仕方がない。その点に関しては協力は可能だと思うよ。大半の魔獣ならば対応できる自信があるからね」
「それはありがたい!」
「ただし、過度な期待はしないでよ。今やっているのは確認作業さ。まず知りたいのは、おっさんたちの全戦力だね。他言しないから素直に言ってみて。戦艦もあるよね? 何隻あるの?」
「よく知っているな。戦艦が一隻に、私を含めて約三百人の騎士と二百人の兵士がいる」
「それだけ? ほかにはいない?」
「残念ながらそうだ。現存している全兵力は、およそ五百人だ」
言葉には出さないものの、その情報にアンシュラオンは絶句。
翠清山の戦いからもわかるが、万を超える海兵がいてもあの結果なのだ。
この広大な荒野における五百人が、いかにちっぽけであるかは誰でも容易に想像できるだろう。
もちろん最初からこの人数だったわけではなく、魔獣との戦いによって犠牲が出た結果、最終的にこの人数まで落ち込んだと思われる。
「はっきり言うけど、全然足りないね。正気の沙汰じゃない。開拓するには軍人だけじゃ駄目だ。数多くの業種の人材が必要になる。労働力だって最低でも万単位じゃないと難しい」
「わかっている。わかっているが諦めはしない」
「仮にできたとしても何百年もかかる」
「それでも諦めはしない」
「やれやれ、そうだよな。そりゃ、それだけの覚悟があるよな。ったく、オレより遥かに無茶苦茶だ」
たかが五百人で再興を目指すなど、アンシュラオンが言う通りに狂気の沙汰。まず不可能だ。
しかしながら、ガンプドルフは本気でこの地の開拓を目指している。
当人がそう思うのは自由なので突き放すのは簡単なのだが、ここでゼイシルの存在が気になる。




