470話 「聖剣の国 その2『六振りの聖剣』」
「ふむ、覇王の弟子か」
その言葉にゼイシルが反応。
顎に手を当てて思案を巡らしている。
「あっ、ごめん。ゼイシルさんは知らなかったよね。バレると面倒だからグランハムにも秘密にしていたんだ」
この件に関しては、ディムレガン以外はロクゼイ隊とライザック、あるいはソブカしか知らないことだ。(ソブカがいない場所での発言だったが、ライザック経由で知っている可能性が高い)
安易に口外できる話でもないため、さすがのハングラスの諜報員もこの事実は知らなかったようだ。
しかし、ゼイシルは気分を害した様子もなく、首を何度か縦に振って納得した表情を浮かべる。
「いや、もっともなことだ。むしろ思慮深い判断といえるだろう。古来より覇王の弟子と呼ばれる者は幾多も存在していたが、波乱を巻き起こすことのほうが多かったものだよ」
「そうなの? 思っていたより珍しくはないんだね」
「『偽者』が多い、という意味でね。自称ならばいくらでもいる」
「ああ、そっか。証明することは難しいもんね」
覇王の弟子は相当なステータスではあるものの、真偽を確かめることが困難であるため、今までの歴史では偽者が数多く現れていた。
弱い人間が詐称するのならば問題はないが、偽者がそれなりに強い場合は面倒になることもある。
「とはいえ、嘘偽りで弟子を名乗っても甘い汁を吸えるのは一時だけだ。すぐに『挑戦者』が現れて正体が露見することになる」
有名になったらなったで、今度は覇王の弟子を倒して名を揚げようとする者たちが出てくる。
偽者は所詮偽者であり、その荒波に耐えきれずに自然消滅を余儀なくされるだろう。
その繰り返しによって近年では、覇王の弟子を詐称する者の数は減っているという。
「その時代の覇王によって弟子の数は大きく異なるものだ。もっとも多い時では、実際に万を超える弟子がいたとも聞く。それはそれで問題だがね」
次期覇王は基本的に弟子の中から選ばれるため、分母が大きいほうがより強い者を選びやすくなる利点がある。
が、多すぎるがゆえに弟子同士で揉める事例が多発。
当時の覇王も是認したことで、血みどろの後継者争いが起こることになった。
当人同士の戦いならばいざ知らず、他勢力を巻き込んだ争いになると非常に迷惑だ。一般人にも大勢の被害者が出てしまう。
こちらも争いの種になるため、次第に覇王の弟子の数は減少していったという。
「そして、現在の覇王である陽禅公は、ほとんど弟子を取らないことで有名だ。それゆえに弟子の情報はまるで入ってこない。いるのかも怪しかった」
「オレのことも怪しい? あえて公表しないことで信憑性を高めるタイプの詐欺かもよ」
「陽禅公が火怨山に暮らしていることを考慮すれば、君が突然現れたことにも納得がいく。むしろ、それしか可能性がない。だが、我々にとって重要なことは、君の実力と実績が確かなことだ。覇王の弟子であろうがなかろうが問題にはならぬよ」
「まあね。肩書に価値なんて無いからね」
いくら学歴が高かろうが、高名な師に弟子入りしていようが、肩書が価値を持つのは安定した社会に限ることだ。
この荒野では実力こそがすべて。
その意味において、アンシュラオンはすでにデアンカ・ギース討伐と翠清山制圧での実績がある。これは現地人からすれば偉業と呼ぶしかない。
ゼイシルが納得したところで、ガンプドルフが話を戻す。
「確認しておくが、少年はどこにも所属していないのだな?」
「財団や商会は作ったけど、オレ個人の金で運営しているからそうなるかな。本店も中立国家のダマスカス共和国にあるしね」
「それは素晴らしい。完全にノーマークということだ。我々にとっては西側諸国の息がかかっていなければよいのだ」
「その点に関しては心配いらないよ。それにしても、そっちは艦隊司令官か。肩書に価値は無いと言ったばかりだけど、かなり地位が高いんじゃない? いわゆる『提督閣下』じゃないか」
「そうだな。軍部では最高位の『聖剣長』の地位を王より拝命している。光栄なことだ」
「国名にも『聖なる剣』とあるけど、何か関係あるの?」
「大いにある。聖剣王国は『鉱業』で栄えた国だが、もっとも優れている点は【聖剣の素材となる特殊な鉱石】が採れることなのだ。それゆえに昔から優秀な【鍛冶師】も輩出している。採掘するだけではなく直接作ったほうが儲かるからな」
「ますます興味深いね。でも、誰もがおっさんのことを『魔剣士』と呼んでいるけど、聖剣の間違い?」
「間違い…と言いたいところだが、断言しきれない点もある。私が君と勝負した時、この剣を抜かなかっただろう? それが理由だ」
「抜けない事情があるの?」
「うむ…」
「そこまで言ったなら最後まで言おうよ。友達でしょ? 聖剣や魔剣には興味があったんだ。詳しく話を聞かせてよ」
こういうときだけ友達を持ち出す。まったくもって悪質だ。
そう言われては仕方ないので、ガンプドルフは金色の剣をテーブルに置く。
「ほほー、これが魔剣ね。触っても大丈夫?」
「触れぬほうがよいだろう。君ならば大丈夫だと思うが、万一のこともある」
「仕掛け付きか。そりゃそうだね」
「私には聖剣の詳細について語れぬ誓約がある。がしかし、見る分には自由だ。君にはどう映るかな?」
「………」
(いい剣だ。そこらで売っているものとは別物だな。火乃呼が打つものとも基本思想が異なっている)
見た目は金色なので若干悪趣味にも思えるが、柄も鞘も最上級の素材で最高級の装飾と仕上げがなされている。
この状態では刀身は確認できないものの、丁寧にしっかりと造られているので業物であることだけは間違いないだろう。
(しかし、たったそれだけのものが魔剣と呼ばれるわけがない。もっと違う何かがあるはずだ)
アンシュラオンが目を凝らすと、術士の因子が発動。
表面を覆っていた『偽の情報』が剥ぎ取られ、その裏側にある膨大な量の紋様が浮き上がる。
「なんだこれ? こんな複雑な術式は見たことがない」
「ほぉ、見えるのか?」
「詳細まではわからないけどね。オレが今まで見た術式とはまったく体系が違うものみたいだ」
「それだけわかれば十分優れた目利きといえるだろう。私から言えることは、聖剣とは特別な力を付与できる剣だということだ」
「これを使えばどれくらい強くなるの?」
「それを自ら述べることは難しいが、最悪は君と【相討ち】になるかと考えていた。もちろん、私がかろうじて君を道連れにできるかもしれない、という意味でだが」
アンシュラオンもクルル戦まで力を隠していたが、ガンプドルフと対峙した際も半分魔人化していたので、それと道連れが可能だと判断されるくらいには聖剣は強力だと思われる。
「剣自体にそこまでの力を付与できるものなんだね」
「君のことだからもう気づいていると思うが、この剣はそれ自体が『魔石』なのだ。言い換えれば、我々の国は【魔石の産地】でもある。それを武器や防具に磨き上げて売っているわけだ」
「術式武具とは違うの? あれだって魔石やジュエルの力を引き出しているよね?」
「より特殊な力を引き出せるという意味で、普通のものとは明確な違いがある。騎士団では百光長以上になると『専用の魔石武具』が与えられ、その戦闘力も劇的に向上する。わかりやすくいえば【我々の大多数がジュエリスト】なのだ」
「ゼイヴァーさんが、うちの魔石を見ても驚かなかった理由がそれか。たしかに慣れている感じはしたね」
「そして、その中で最高品質の鉱物を最高の鍛冶師が打った魔石武具が『聖剣』となる」
「つまりは、おっさんの剣が一番強いってことだよね。聖剣が作れるなんて、すごい国じゃないか」
「うむ、それこそがわが国の最大の長所といえる。この聖剣は、まさに『本物』なのだ」
「本物? 偽物もあるの?」
「実のところ、厳密な意味での聖剣を作るのは困難だ。幾多の優れた鍛冶師が何万何十万と挑戦してきたが、聖剣に近いものは作れても本物の聖剣のレベルには達しないことが極めて多い」
「でも、これは本物なんでしょう?」
「そうだ。数少ない本物の一つで、名工十師である【セレテューヌス師】が考案した特殊な製法によって、聖剣と呼べるレベルの逸品に仕上げてある」
「それなのに魔剣と呼ばれる由来は? どのあたりにデメリットがあるの?」
「それも簡単には語れぬ誓約があるが…すでに世間に露見してしまっている部分でいえば、自分では力を制御できない点にある。この剣の場合は、周囲一帯を破壊し尽してしまうほどに強力だ」
「さすがに味方は斬らないよね?」
「当然狙いはしないが、一撃が強すぎるゆえに巻き添えをくらうかもしれん」
「まったく制御できないの?」
「そもそも制御するように作られていない。全力で使った場合、周囲一キロメートルは吹っ飛ぶと思ってくれていい」
「なるほどね、それじゃ気軽に使えないわけだ。力は制御してこそ意味があるからね」
「耳の痛い話だが、その通りだ」
(思っていたよりヤバそうだ。ここまでくれば大量破壊を目的とした『戦術兵器』だな)
ガンプドルフが簡単に聖剣を使わない理由の一つが、ここにある。
周りが敵に囲まれた場所ならば遠慮なく使えるのだろうが、味方まで巻き込む可能性があれば躊躇うのは当然だ。
領主城での戦いでも使わなかったのは、あまりに被害が大きくなるからだろう。人質のベルロアナまで吹き飛んだらグラス・ギースとの決裂は確定的。まさに破滅である。
また、使っても勝てるかどうかわからない状況に加え、相手が求めていたのが「単なるスレイブ一人」ともなれば、さらに使うのは難しい。
だからガンプドルフは、ひたすら言葉による説得を試みていたのである。
(あの時にこれを使われていたら、オレは逃げていた可能性もあるな。少なくとも地上の武人に対する評価は変わっていただろう)
実はガンプドルフとの戦いが、アンシュラオンの未来を決めていたのだ。
もし激戦の末にガンプドルフを倒したとしても、思わぬ強敵に驚いて積極的に世俗に関わろうとはしなかったに違いない。
つまりはガンプドルフが下界の武人の基準になっていた、ということだ。
だが、彼は西側の軍人ならば誰もが知る超一流の剣豪の一人であり、なおかつ艦隊を率いる司令官だ。普通の武人とは条件が違いすぎる。
そんな人物と出会うとは、たしかに彼の言う通り、運命なのかもしれない。
「他の聖剣も似たような感じ?」
「制約があるからこそ強い力を得られる。多少違いはあるが似たようなものだ。どれも特徴的で尖った性能をしている」
「たとえ自由にならなくても、一発逆転が見込める強力な武器は貴重だ。相手が存在を知るだけでも牽制になる。それが全部で六振りあるの? 国名に六振りってあるよね」
「長い歴史の中でそれ以外にも作られてはいるが、国宝となっているものは六振りだけだ。その六本に選ばれた者、六人が聖剣長に任命されて艦隊司令官となる。通常の任命とは順序が逆だが、実力がなければ選ばれないのは確かだ。司令官に向いているかどうかは各人の資質次第だが…」
「へー、ほかの五人はどんな人?」
「そうだな―――」
・光の聖剣に選ばれし、『光天吏のシントピア』
DBD最強の艦隊を率いる聖剣長筆頭。堅実かつ強固な戦い方で敵の大軍を撤退に追い込んだ名将。
・闇の聖剣に選ばれし、『闇銘師のマガー・マカ』
のらりくらりと敵を翻弄し、奇策をもちいて最小限の損害で敵艦隊を退けた知将。
・火の聖剣に選ばれし、『火領緋のアラージャ』
突撃艦隊を指揮し、圧倒的な火力で敵陣を叩き潰した烈火の如き猛将。
・水の聖剣に選ばれし、『水藍瑚のカラー・ザ・ナイル』
もっとも剣才に溢れ、数多くの敵将を討ち取った勇将。
・風の聖剣に選ばれし、『風慈傑のプロフラス』
潜入部隊を率い、情報操作と破壊工作によって敵を内部から崩壊させ、敵味方問わず民間人をもっとも保護した徳将。
そして、最後の一人。
・雷の聖剣に選ばれし、『雷範剄のガンプドルフ』
いかなるときも諦めず、部下を鼓舞しながら粘り強く戦い、幾度も死線を越えて勝利を収めてきた剛将。
「どいつもこいつも個性的な連中であり、時には反発しあうこともあるが、私がもっとも信頼すべき『同胞』であり『戦友』たちだ」
彼らを語るガンプドルフの表情は、自信と誇りに満ちていた。
生死を分かち合った『戦友』ともなれば、多少の好みの違いなどはどうでもよくなる。
その存在が、その生き方そのものが混じり合い、自分自身と重なっていくのだ。
「その五人も強いんだね」
「ああ、強いぞ。我々は全員が集まった時が一番強い。君でも苦労する相手となろう」
「その五人もこっちに来ているの?」
「…いや、来ているのは私だけだ。他の者は本国にいる。私だけがなんとかこの大地、『見捨てられた荒野』にたどり着いたのだ」
「いろいろと事情がありそうだね。戦争のこと?」
「…ああ」
「負けたんでしょ?」
「…そうだ。我々は負けた。負けたのだ。悔しいが、それは事実として受け入れねばならない。あまりに数が違いすぎた。今にして思えば、よく四年間も持ちこたえたものだ」
東大陸に入植する目的はそれぞれの国家で異なるが、ガンプドルフの祖国の場合は、戦争で負けたゆえの苦渋の決断であった。
話はアンシュラオンと出会う前、六奏聖剣王国に起きた惨劇に移っていく。




