469話 「聖剣の国 その1『六奏聖剣王国』」
座り直したガンプドルフが、改めて集まったメンバーを歓迎。
「まずは、このようなところまで来てもらった礼を述べよう。いろいろと面倒をかけてしまって申し訳なかった」
「まあ、おっさんから来るわけにもいかないしね。オレにわざわざあんなやり方で接触するくらいだ。かなり慎重になっていることはわかったよ」
「驚いてくれたか?」
「そりゃ驚くよ。まさか『ハローワークにおっさんの配下がいる』とは思わないからね」
アーパム財団を作った日、ハローワークの入口でミスター・ハローがサナに紙切れを手渡したことを覚えているだろうか。
そこにガンプドルフからのメッセージが書かれていたのだ。
内容は「あの夜のことは忘れない。今度は剣ではなく言葉で交わろう」という簡素なもので、もし他者に見られても問題ない文面だったが、即座にガンプドルフだと理解できた。
アンシュラオンと戦って生き残っている者など限られるし、筆跡からも熱量が感じられたので彼以外はありえない。
また、違和感はあったものの、アンシュラオンに気づかれないレベルで紙を手渡す手腕も実に見事である。
その後、ハングラスからの連絡で待ち合わせ場所が魔獣の狩場だと知り、確信するに至ったというわけだ。
「それにしても、よくミスター・ハローに扮することができたよね」
「扮しているのではない。実際に就職しているのだ」
「え? どういうこと?」
「我々はだいぶ前から、この大地に根を下ろすことを計画していた。そのために派遣した者を就職させて事前に準備をさせていたのだ」
「そんなことができるの? あそこは公の機関だよね。身元調査とかあるでしょ?」
「この大地は、そもそもが流れ者ばかりだ。定職に就けない者など山ほどいるし、住居を持たぬ者すら大勢いる。身元を偽ることなど容易なことだ」
「たしかに素性の知れない人間ばかりだよなぁ。でも、それならそれでコネクションがない状態でよく入れたよね」
「ミスター・ハローは挨拶をするだけの存在ではない。その支部で『もっとも強い者が守衛として選抜』される。ならば、それに見合う実力者を送り込めばよいだけだ。東大陸の武人の調査にもなるから一石二鳥になる」
「もしかしてグラス・ギースのミスター・ハローも?」
「そうだ。我々の密偵だ」
「おっさんの配下なら、どうりで強いわけだよ。おかしいと思ったもんなー。小百合さんは知ってた?」
「まったくわかりませんでした。私が派遣された頃には、すでに配属されていましたので…。勤務外でも普通に気さくな人でしたよ」
初めてハローワークに赴いて同行ハンターを申請した際、「ミスター・ハローくらい強い者はいないか?」と問うたが、アンシュラオンから見てもそれだけ強かったことがわかる。
実力としては、さきほど護衛についていた三人に近いレベルだろう。明らかにグラス・ギースでは突出している存在であった。
ハピ・クジュネのミスター・ハローに関しても同じで、ハイザクには及ばないものの、ライザック級の武人が普通にいることに驚いたものだ。
両者ともにガンプドルフの密偵だったと知れば、すべてに合点がいく。
さすがに機密まで知ることはできないだろうが、入口から武人を見るだけでも十分調査になるし、給料も支払われるので金銭的にもありがたい。
勤務外でも小百合が述べたように職員と気さくに話せば、日常会話を装って内部情報を訊き出せることもあるだろう。
「我々の本気具合をわかってくれたか?」
「というかさ、おっさんについては、まだ知らないことのほうが多いんだよね。裏ルートで調べようとしても情報があまり出てこないしさ」
「当然のことだ。深く調べる者がいたら密偵が裏で処分している。それを怖れて口が堅くなるものだ」
「オレのところには来なかったよ?」
「それは私のほうで止めておいた。むざむざ部下を失うわけにもいかないし、君と敵対することは本意ではない。今日集まってもらったのも友好的な関係を築くためなのだ」
「今度は言葉を交わしたいって書いてあったもんね。オレも気になっていたから会合は望むところだよ」
「ありがたい言葉だ。しかし君が言うように、もっと我々のことを知ってもらう必要があるだろう。説明に多少時間を要するが、ゼイシル殿は問題ないだろうか?」
「異論はない。もとより今日だけで終わる商談ではないはずだ。じっくりと話し合うことが合理的と判断する」
「おっさん、長くなるならお菓子も出していい? 茶もあるよ」
「すまない。招いたこちらが先にもてなすのが礼儀だったな」
「べつにいいよ。オレとしても女性に淹れてもらったほうがいいしね」
本格的な話になりそうなので、こちらもちゃんとしたお茶会の準備を始めることにする。
ホロロがテーブルクロスを敷いている間に、小百合も持参したお菓子を皿やバスケットに盛り付け、ついでに造花も飾れば無骨なコテージ内が一気に明るくなる。
「うんうん、やっぱり華やかなほうがいいよね」
アンシュラオンも男臭さが減って満足げだ。
その様子を見ていたガンプドルフが意味深に頷く。
「子供だけに興味があるわけではないのだな」
「ちょっとやめてよ。それじゃロリコンみたいじゃないか。オレのストライクゾーンは基本的に二十代後半からだよ。できれば三十歳以上がいいけどね。ちなみに上限はないよ」
「うむ、それはこちらも把握している。君の周囲には常に気を配っていたからな。ただ、最初のイメージが強かっただけだ」
あれだけサナに固執していたのを見れば、ロリコン疑惑が浮上しても仕方ないだろう。
されど、仮にそうでもガンプドルフならば受け入れていたはずなので、単純にアンシュラオンの好みを確認するための質問にすぎない。
前科があるので、それだけ気を遣われているということだ。(地雷を踏んでキレられると困るから)
お茶会の準備が整い、新しい紅茶が配られる。
さっそくサナがクッキーをもくもくと食べ始めたのを皮切りに、ついに会合が始まった。
「さて、何から話せばいいだろうか」
「そういえば、おっさんたちは翠清山に関わってこなかったね」
「それについてもすまない。こちらも忙しかったのだ。そのあたりも説明させてもらう」
「気にしなくていいよ。おっさんたちが参戦していたら、かなり状況が変わっていただろうしね。オレの利益もだいぶ減っていたかもしれない」
ゼイヴァーを見てもわかるが、三大魔獣と同レベルの武人が何人もいたら、それこそ人間側の圧勝で終わってしまう。
クルルザンバードにこそ手間取るだろうが、アンシュラオンとガンプドルフがいれば、さしたる障害にはならなかった可能性すらあるのだ。
あの戦いは、海軍が苦戦したからこそ利益が多くなった。それを忘れてはいけない。
(おっさんの強さも改めて確認したいよな。特にあの『魔剣』とやらが気になる)
ガンプドルフは、常に金色の剣を携えている。
あの時の戦いでさえ使わなかったのだから、よほどの『奥の手』に違いない。
「では、順序立てて、少年との出会いから語ろう。最初に君が指摘したように、我々は【西側の人間】だ。あの時、領主城には交渉のために赴いていたのだ」
「衛士隊に武器を売っていたんでしょ? 翠清山でも見たからね」
「彼らに売ったのは旧式の戦車や銃火器、使い古しの武装甲冑だけだ。たいしたものではないが東大陸ではまだ使えるものだろう」
「実際に下位の魔獣になら通用していたよ。強い武人じゃなくても簡単に強化できることは強みだよね」
グラス・ギースは城壁に覆われているものの、常に危険が付きまとう荒野が目の前に広がっている。
ハピ・クジュネも力をつけてきたことから、真っ先に軍事力を強化することは自然な流れだろう。
ただし、南部から輸入すると高くつくうえ、南部側もあまり上質な武器は提供してくれないのが困りものだ。
それ以前に輸入にはハピ・クジュネを経由しなければならないので、ライザックが妨害しようと思えばできてしまうのだ。これは致命的な地理的欠陥といえる。
そんな時、西側勢力が自ら協力を申し出てくれたのだから、利用しない手はない。
翠清山の戦いに衛士隊が参加したのは、買い取った武器の性能テストも兼ねていたからだ。
「で、その後の交渉はどうなったの? 武器を売って終わりじゃないよね?」
「残念ながら停滞中だ。続けてはいるが話は進んでいない」
「まだやってるの? もう一年以上経っているよね。何が原因?」
「領主としては武器の輸出だけではなく、我々に常駐して戦力になってほしいようだが、あまり公に動ける立場ではない。いくら最北部の外れとはいっても人の出入りはあるのだ。ましてや内紛に加担すれば泥沼にもなる」
「派閥問題については知っているんだね」
「都市から出ていく人間の口は軽い。密偵もいるから情報は筒抜けだ。報告によれば、かなり胡散臭い者たちも多いと聞く。深入りするのはリスクが高いと判断した」
グラス・ギースの派閥問題に悩まされているのは、アンシュラオンだけではないらしい。
ガンプドルフも特有の危険性を察知し、できるだけ距離を取っていることがうかがえる。
それだけあの都市は、内部がごちゃごちゃしているのである。
「おっさん側からの要求は何だったの? 言える範囲でいいよ」
「安定した資源と食糧、その他の生活物資の供給に加えて、我々の存在の秘匿および活動の黙認だ」
「それくらいなら簡単にできるんじゃない?」
「それ自体は問題なくとも、釣り合いが取れるかは別の話になる。領主の要求に見合うだけのメリットがこちらには無かった。かといって、グラス・ギース側の援助がなければ行き詰まることは明白だ」
「つまりは足元を見られたってことか。相変わらず汚いやつだ」
「一つの都市を管理する責任があるのだ。仕方がないことだろう」
しかもガンプドルフからすれば、交渉の場でいきなりアンシュラオンが現れ、なし崩し的に戦闘にまで発展したのだから散々なものである。
当然ながら、この一件も交渉が停滞している理由の一つ。グラス・ギースに利用されることを警戒しているのだ。
「でも、ハングラスとは接触できたみたいだね」
「そのあたりも紆余曲折があった。ここに出向いてもらうだけでも、かなりの時間と手間を要したものだ」
ガンプドルフの視線を受けて、グランハムも頷く。
「ゼイシル様は派閥の長だ。いくらガンプドルフ殿の要請とはいえ、簡単に受けるわけにもいくまい。我々がもっとも重視するのは信頼関係なのだ」
ガンプドルフが味方だという確証すらない状態で安易に乗ってしまうと、ゼイシルが暗殺される危険性すらある。
なまじ傑出した武力を持っているがゆえに、グラス・ギースの面々もDBDに対しては警戒を怠っていなかった。
それゆえに誰もが興味がありながらも、派閥問題やDBDの事情に躊躇してしまい、どっちつかずの状態が続いていた。
そこに変化が訪れたのは、やはりアンシュラオンの行動によるものだった。
「少年がハングラスと上手く接触してくれたおかげで、我々もなんとか今日の会合を実現できた。本当に感謝している」
「オレがハングラス側についたから?」
「そうだ。君という後ろ盾がいるからこそ、ゼイシル殿も安心して話し合いに参加してくれるのだ」
どう言い繕おうがDBDは軍隊だ。マフィアを超える最強の暴力集団である。
それに加え、剣豪とも呼ばれるガンプドルフがいれば、グラス・ギースの戦力では太刀打ちできない。あのマングラスでも難しいだろう。
だが、ガンプドルフすら打ち負かしたアンシュラオンがこちら側にいれば、何かあっても対処が可能となる。
そして、ガンプドルフ側もアンシュラオンを口実にして、ゼイシルと内々に交渉を進めることができた。
その結果が、この三者会合なのである。
「おっさんもかなり苦労しているみたいだね。強すぎるってのはつらいもんだ」
「それは君も同じだろう。ハピ・クジュネも扱いには気を遣っていると聞いている」
「はは、オレもおっさんと同類か。お互いに苦労するね」
「まったくだ」
「それでえーと、何だっけ? そっちの国の名前。ディスオル…なんちゃら」
「『ディスオルメン=バイジャ・オークスメントソード〈称えよ、祖を守護せし聖なる六振りの剣を〉』。それが正式名称だ。が、長すぎるので『六奏聖剣王国』や『DBD』と呼ばれることも多い」
「その国は西側のどのへんにあるの?」
「西大陸の北のほうだな。まさにこの場所から海を越えて西にずっと進んだ場所にある。山の割合のほうが多いが、平地もある自然豊かな美しい国だ」
「そんな遠くからわざわざ来たんだね。領主への要求から察するに、そっちの目的は入植だよね?」
「その予定ではある」
「予定…ね。何やら事情がありそうだけど、巻き込まれそうな気がするからあえて訊かないよ」
「そう言うな、少年! 我らと共に歩いていこうではないか!」
「どうしてそうなるのさ! 何の縁もゆかりもないじゃんか」
「縁がなければそもそも出会わないとは思わないか。私は君と出会った。そして、君は私と出会った。これこそ運命だ!!」
「いや、まったく思わないけど…」
「今ここで二人は再会した! それが証拠だ!」
(まずいな、情熱タイプだ)
ガンプドルフとゆっくり話すのは初めてだが、最初の段階で妙に熱い。
こういう言い回しをする連中は情熱家で直進的で、だいたい失敗する者が多いのだ。そのわりに人望はあり、何かと人を巻き込むタイプでもある。
「正式に名乗ろう。私は六奏聖剣王国、第五艦隊司令官、聖剣長のベイロス・ガンプドルフだ。以後よろしく頼む」
「軍人は肩書が長いね」
「軍属など堅苦しいものだ。多くの者たちがそう呼んでいるのだから、国名もDBDでかまわない。こちらもそのほうが都合がよい。もし誰かに聞かれても適当に誤魔化せるからな」
「じゃあ、オレも正式に名乗ろうかな。名前はアンシュラオン。普通の一般人だね」
「少年、君こそ大切な肩書が抜けているではないか。『覇王の弟子』なのだろう?」
「それも密偵の情報? 相当な調査力だよね」
「諜報を専門にする部隊がいるのだ。海軍の中にも協力者はいる」
(刻葉が所属していた諜報機関みたいなものか。国家ともなるとレベルが違うな)
ソブカもかなりの情報通だが、ガンプドルフたちは国の組織である。
成り立ちや規模が最初から異なるうえ、異国の地での誤報や判断ミスは死活問題であるため、情報収集に関しても徹底しているようだ。
ただし、その分だけ動きが鈍くなるのはやむをえない。




