467話 「三者会合 その3『異国の騎士』」
「お待たせいたしました。誠に申し訳ありませんが、ここから先はゼイシル・ハングラス様と側近の数名の方だけをご案内いたします」
一番先頭にいた槍を持った男が話し出す。
その対応から、彼らが『待ち合わせ相手』なのは確定だ。周囲に一瞬だけ弛緩した雰囲気が漂う。
しかし、人数制限については事前に通告されていなかったようで、その言葉に警備商隊の面々がざわついた。
仮にされていたとしても、簡単に受け入れられることではないだろう。
グランハムもたまらず言い返す。
「ゼイシル様は我々ハングラス派閥のトップだ。そのような重要な御方を脆弱な警備態勢の下に向かわせるわけにはいかん」
「お怒りはごもっともです。しかし、これが今できる最大限の譲歩なのです。どうぞご理解ください」
「何かあった時に責任は取れるのか!」
「何もないようにするのが我々の任務です。命を賭してお守りいたします」
非常に穏やかで丁寧な口調だが、有無を言わせぬ圧力があった。
男の声質からすると、年齢はおそらく二十代後半だろう。
年齢のわりにひどく落ち着いているのは、溢れ出す武への自信によるものと思われる。
その後もグランハムが何度も凄むが、まるで動じていない。冷静な態度で対応を続けていた。
アンシュラオンは、成り行きを見守りながら若い男を観察。
(まだ若いのに堂々としているな。グランハムの威圧に耐えられるところをみると、相当な修羅場を潜ってきているみたいだ。それに、こんな武具は見たことがない。火乃呼たちが作るものとは系統がまったく違う)
彼らの鎧は、明らかに軍事用の特殊なものだ。
見た目的には、某有名RPGの『竜騎士』に近い形状をしており、身体にフィットしながらも頑強な造りで、攻防力をしっかりと上げてくれそうだ。
槍の形状も突き刺すだけではなく、左右に刃が付いているので薙ぎ払う際にも有用だろう。
武器としての形状はありきたりなものである反面、その質はディムレガンが作る魔獣系の武具とは雰囲気が異なる。
わかりやすくいえば、火乃呼たちが東洋式の刀や鎖帷子を作るのに対し、彼らのものはより西洋的なファンタジー色の強い武具なのだ。
改めて考えてみれば、ハピ・クジュネの鎧も武者に近い甲冑なので、今まで触れたものに限っていえば東洋色が強く感じられる。
であれば彼らは、東大陸とは『異なる文化』を身に包んだ存在ともいえるわけだ。
実際に傍目から観察すれば、まったく違う文化同士が対立しているようにも映る。
「グランハム、これ以上の抗議は意味がない。出席者は私とお前だけで十分だ」
話が一向に進まないため、ここでゼイシルが間に入る。
「しかし、何かあれば派閥は終わりです」
「損害が生じれば先方が担保してくれる。そうであろう?」
「はっ、命に代えましても」
「私の部下を含めたすべて、『ハングラス』そのものを背負う覚悟はあるのだね?」
「…はい」
ゼイシルの静かな圧力に、男が初めてわずかな動揺を見せる。
武力では圧倒的に彼のほうが上だろうが、万に及ぶ人材を養っている男もまた、それ以上のものを背負っているのだ。
しかし、ゼイシルはそれ以上追及せず、軽い笑みを浮かべた。
「いや、悪かったね。君にそこまでの責任を負わせるなど、そもそも不可能なことだ。だが、『責任者』はこのことを承知なのだね?」
「はい」
「ならば私から言うことは何もない。そちらに任せるとしよう」
「ご理解くださり、ありがとうございます」
ゼイシルが一歩下がると、男はほっと胸を撫で下ろす。
が、次の瞬間から、さらに険しい顔つきになった。
ここまで譲らない以上は、何があっても自分たちの責任となるからだ。その重みをひしひしと感じているのだろう。
「アンシュラオン君、君の考えを訊きたいのだが」
今度はゼイシルがこちらに話を振ってくる。
「君から見て、彼らはどの程度の使い手なのだろうか?」
「うーん、そうだね。簡単にいえば『三大魔獣がそこにいる』と思えばいいよ。そこの三人なら十分にタイマンを張れるんじゃないかな」
「それはすごい。グランハムよりも上かね?」
「あくまで単独の戦闘力だけならね。ただ、グランハムの魅力は堅実な戦いと高い統率力だし、中距離戦も得意だから単純には比べられないかな。実戦だと一対一で戦う必要性はないからね」
「なるほど、グランハムはどう見る?」
「アンシュラオンがそう言うのならば、それが正しい評価です」
「ふむ。では、アンシュラオン君ならば彼らを倒せるのかね?」
「おそらくは一人一秒ももたないかと。この男が本気を出した場合ですが」
「っ…」
このグランハムの言葉には、逆に鎧の男たちが驚いていた。
正確に能力を測ったうえで導き出した答えがゆえに、実力差が如実に浮き彫りになってしまったのだ。
これにはゼイシルにも笑みが浮かぶ。
「ふっ、アンシュラオン君、我々の護衛を頼めるかな?」
「いいよ。ゼイシルさんは大切なビジネスパートナーだ。仮に撃滅級魔獣が出ても絶対に守るから安心して」
「それは心強い。それでは我々はこの人数で行く。かまわないかね?」
「…問題ありません」
(最初からわかって言っているよな。したたかな人だ。さすが商人の家系かな)
ゼイシルは優れた商人だ。そもそも不利な条件など受け入れるわけがない。
最初からアンシュラオンが護衛につくことを想定して、あえて槍の男に圧力をかけていたのだ。
これも主導権を渡さない駆け引きの一つ。普段から厳しい商談に慣れている証拠である。
「あっ、オレのほうはどうなの? 全員連れていきたいんだけど」
「アンシュラオン殿に関しては、すべての要求を快諾するように命令されております」
「おやおや、我々とは態度が違うね。そこまで下に見られているとは心外だ」
「いえ、それは…申し訳ありません」
「気にしないでくれたまえ。ちょっとした皮肉だよ」
さきほどのやり取りで上下関係が出来てしまったので、男はただただ萎縮するだけだ。何事も最初が肝心なのだと思い知る。
こうしてハングラスからは、ゼイシルとグランハムだけが同行。他の者たちは天幕があったところまで戻ることになった。
人数が大幅に減ったが、守る側からすれば少ないほうが楽だ。この点に関しては何も問題ない。
「申し遅れました。私はアンドリュー・ゼイヴァーと申します。『閣下』より皆様の護衛と先導を命じられております」
他の者たちがいなくなったことを確認すると、竜騎士然とした槍の男、ゼイヴァーが名乗る。
彼がフルフェイスの兜を取り、ようやく素顔が露わになった。
その中身は、端正な顔立ちの金髪イケメンである。
すらっとしながらも細マッチョな身体付きも相まって、そこらの俳優を軽く凌駕する色気を発している。
が、この世界ではイケメンだから強いというわけでもなく、かといって弱いわけでもない。
地球と比べると誰もが美男美女に見えるのだから、アンシュラオンからすれば男の顔など、どうでもよい要素だ。
小百合やホロロも、普段から超絶美少年のアンシュラオンに見慣れているので特に反応はなかった。
続いて『長刀』を持った男がエジル・ジャンヴァリュと名乗り、もう一人の『刀』を持った男がマック・ハイルンソンと名乗った。
二人ともゼイヴァーより年上の三十代半ばといった年齢だろうか。彼らも熟練の気配を身にまとっている強者たちである。
(あの刀もサナのものとは違うな。西洋風の刀というか、刀っぽい剣というか。似て非なるものだ)
武器なので使い方はたいして変わらないだろうが、こちらも槍と同じく異なる様式らしい。
もし火乃呼がいたらどんな反応を見せるのか、なかなかに興味深いものだ。
「さっそくご案内いたします。険しい地形が多いので、足元にお気をつけください」
先導をゼイヴァーが引継ぎ、移動を再開。
三人とも強いが、アンシュラオンの見立てでは、この中では彼が頭一つ抜けているように思える。
その証拠にゼイヴァーはゼイシルの近くに居続ける一方、他の二人は少し離れた場所に散りながら敵が来ないか警戒していた。
仮に危険が迫っても他の二人を囮にして、ゼイヴァーだけはゼイシルを連れて逃げられるようなポジショニングである。
さきほどの脅しが効いたわけではなく、最初からそのつもりでいたのだろう。命に代えても守るという言葉は嘘ではない。
「ねぇ、ゼイヴァーさん。目的地はまだ遠いの?」
アンシュラオンがゼイヴァーに話しかける。
「申し訳ありません。多少の距離はあります」
「そっか。ゼイシルさん、よかったらオレが運ぼうか? 大丈夫、おんぶなんてしないからさ。これに乗るだけだよ」
男をおぶるのは生理的につらいので、命気結晶で箱状の物体を作り、タイヤも四つほど生み出す。
同じく命気結晶で作った棒を付けて引っ張れば、即席の荷台の出来上がりだ。
「体裁を気にしている場合ではないか。頼むとしよう」
商人らしく利益と効率を重視したようで、ゼイシルも素直に乗り込んでくれた。
ここであっさりとプライドを捨てられることがすごい。変な見栄もなく淡々と自己の信念を貫くことは、案外難しいのである。
「グランハムも乗る?」
「それを言うのならば、まずは自分のメイドに言うべきだろう」
「うちのメイドは普通じゃないから大丈夫さ。あれからさらに強くなったんだ」
「はい、問題ありません。お気遣いは無用です」
「小百合さんもいいよね?」
「はい! うさぴょんします!」
「じゃあ、少しスピードを上げよう。このままじゃ夜になっちゃうからね。ゼイヴァーさん、ダッシュでよろしく!」
「わ、わかりました」
いきなり命気結晶を生み出したアンシュラオンに、ゼイヴァーも驚きを隠せない。
一行は改めて、魔獣の狩場の最南西部に向かって突き進む。
この大自然は人間が立ち入るのも困難な場所だ。当然ながら悪路であり、簡単に進める地形は存在しない。
しかしアンシュラオンは、ひょいひょいとまるで猿のように身軽に闊歩する。
何の躊躇もなく崖を下りるし、渓谷があってもたやすく飛び越える。
しかもゼイシルが乗る荷台を持ってである。荷台も落下の浮遊感を無くすために命気水で保護する徹底ぶりだ。
このおかげで常人のゼイシルも、問題なく武人の移動速度についてこられる。
(すごい。閣下が評価なされるのも頷ける。騎士ではないせいもあるのだろうが、動きが独特だ。淀みなく清廉で、まるで水が重力に逆らって上昇しているかのようだ。…強い。凄まじく強い。戦えば万に一つも勝ち目はないだろう)
立つ姿、歩く姿、走る姿、跳ねる姿、すべてが芸術品だ。
ゼイヴァーは、その動きに感嘆の念しか浮かばなかった。
(そして、この女性たちも並ではない。すでに魔石をかなりのレベルで使いこなしている。しかもこの現象は何だ? まさか精霊の力を借りているのか? だが、それにしては荒々しい波動だが…)
小さな子供であるサナも普通についてくるし、小百合とホロロも魔石と半融合化して身体能力を上げているので問題ない。
ホロロに至っては浮遊能力が強化されているようで、高低差が激しい場所では、サナを抱えながら翼を使って飛び越えることもあった。
彼女たちも翠清山で嫌というほど悪路には慣れている。この程度は楽勝だ。
が、ゼイヴァーが気になったのは、やはり半融合化現象である。
通常、魔石を使ってもこのようなことは起こらない。興味がそそられるのは当然だろう。
「ゼイヴァーさんはどれくらいの立場なの? 階級って言えばいいかな?」
移動中は暇なのでゼイヴァーに話しかけてみる。
「私は『百光長』の位を授かっております。一般的な軍属階級でいえば、中尉か大尉くらいでしょうか。他の二人も同じ階級です」
「同じ階級の人は、ほかにどれくらいいるの? みんな同レベルの武人?」
「得手不得手がありますので一概にはいえませんが、わが軍団は実力のみで位を授かります。現在こちら側に来ている百光長は六人。経験を除いた純粋な戦闘力では、ほぼ同程度だと思われます」
「へー、このレベルの武人が六人もいるのか。ここから西方ってどんな感じ? ハローワークの地図は真っ赤で何もわからないんだよね」
「…とても過酷な地です。ひたすら厳しい大自然が続いております。祖国も山が多い地域でしたので慣れていると思いましたが、規模がまったく違いました」
「でも、ゼイヴァーさんは大丈夫そうだ。足腰がしっかりしているし、険しい地形でもまったくブレていない」
「遊撃が任務ですから局地戦を得意としております。これくらいならば問題ありません。ですが、やはり魔獣には苦戦しております」
「数が多い?」
「はい。至る所に各種多様なものが千単位で存在しております。どう行動するのか予測できないことも多々あり、百メートル進むのにも苦慮する有様です。うっかり巣をつついてしまった際には撤退を余儀なくされます」
「人間相手と魔獣はまったく違うもんだ。慣れていないとつらいね。オレはどっちかというと魔獣相手のほうが楽だけどね。やつらは良くも悪くも本能的だ。食べる、寝る、生殖する、それだけが行動原理だから動きは読みやすいよ」
「ぜひご教授いただきたいものです。誰もが苦慮しておりますので」
「何度か巣穴に放り込んで、もみくちゃにされれば嫌でも慣れるんじゃない?」
「それは…一度目で死ぬのでは?」
「それで死んだら、その程度ってことさ。ははは。いいじゃないか。ストレートでシンプルだ。荒野も山も力を欲している。そこに人間が決めた権威や権力を求めるものじゃない。自然界で唯一の権威があるとすれば、それこそ純粋なる力なんだ。魔獣との闘争を素直に楽しめばいいのさ。ここはそういう面白い場所だよ」
その言葉は、とても自然に紡がれた。
皮肉でもなく諭すわけでもない。ただあるがままに、爽やかな風のように発せられた真理である。
一方で、とても厳しい現実から目を逸らさず、真っ直ぐに見据える芯の強さも感じさせる。
「…なるほど。閣下のおっしゃる言葉の意味が、少しだけ理解できたような気がします」
「何て言われているのか心配だな」
「好意的な内容ですよ」
「だといいけどね」
「………」
(彼が我々の『救世主』になりえるのかどうか、しっかりと見定めねばならない。祖国の命運がかかっているのだから博打は打てないのだ)
ゼイヴァーも話しながらアンシュラオンの様子をうかがう。
そこには興味だけにとどまらない真剣さが垣間見えた。
ただし、彼にとっては想定外のこともある。
「ところであの女性たちは、アンシュラオン殿のお仲間ですか?」
「ん? 妻だよ」
「ああ、あのショートボブの御仁ですか。とても素敵な女性ですね」
「両方だよ」
「…は? え…いや、もう片方はメイドのようですが…」
「あれは趣味でやっているだけさ」
「趣味!? どういうことなのですか!?」
「実際にメイドもやってもらっているけど、当人がそうしたいからしてもらっているだけかな。オレもメイド服って好きなんだよ。エロくていいよね」
「え、エロ…? な、なるほど。で、ですが…妻が二人とは?」
「そのままの意味だけど…二人いたら駄目なの? というか四人いるけどね」
「四人!?」
「いちいち驚かないでよ。なんかイラッとするからさ」
「も、申し訳ありません! しかし、妻とは本来、独りしかいないはずです。そして、夫も単身の妻に対してのみ愛情を注ぐべきかと」
「どうして?」
「ど、どうして!? そ、それはもちろん、女性は弱い存在だからです。常に女性たちの心情を慮り、心に寄り添うべきではありませんか。他の女性にも手を出すなど、それではあまりに不誠実でしょう」
「女性が弱いなんて誰が決めたの? それこそ決めつけかもしれないよ。それに、女性だって夫を複数人持ってもいいはずだ。それが可能なら、だけどね」
「そんなふしだらな! 倫理的におかしい話です!」
「そうかな? もしそうだとすれば不幸になる女性だって増えるんじゃない? 女性の多くは優れた男に従いたいと思うはずだしね。目的が金であるか安全であるかは人それぞれの価値観の違いにすぎない。それもまた自由さ」
「私には理解しかねます!」
「じゃあ、当人たちに訊いてみればいいよ。小百合さん、今の生活に不満がある?」
「あるわけないじゃないですかー! こんなに幸せな日々はありませんよ!」
「ホロロさんは?」
「ご主人様に仕えることができて光栄です。世の中にこれほどの幸福はありません」
「だってさ」
「そ、それは…アンシュラオン殿が特別なだけでは…」
「オレに限った話じゃないって。それぞれに許容量があるんだから、それに見合っていればいいのさ。さっきも言ったけど女性は弱くはないんだ。本質的には男よりも何倍も強い生き物だよ。なにせこの世界のトップが女神様だからね」
「ですが、相対的に見て身体能力が劣ることは確かです。特に今は治安が荒れていると聞きます。女性たちの身が心配です」
「ふーむ、それも事実ではあるし憂慮もしているけどね。ところでゼイヴァーさんたちのところに女性はいるの?」
「おりません」
「一人も?」
「はい。規律が乱れますし、危険な場所に赴いているのです。そのようなことにうつつを抜かしている暇はありません」
「じゃあ、性欲処理ってどうしているの?」
「そんなものは戦いで疲労すれば、すぐさま失せます!」
「ふーん、他の人もそうだといいけどね。まさかゲイとかいないよね? いたらすぐに帰るよ」
「問題ありません! 我々には崇高な使命があるのですから!」
(強いことは強いんだけど、なんだか性格に問題がありそうな人だな。というか、女性に対して必要以上にこだわりがあるみたいだ。ゼイシルさんといい不器用な人が多いもんだ。我慢ばかりして生きづらくないのかな?)
世の男性の多くがイケメンになりたいと考えているのに、当の本人はまったくその気がないとは、なんとも皮肉なものである。




