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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「アーパム財団」編
466/619

466話 「三者会合 その2『ゼイシル・ハングラス』」


 天幕の中は、急ごしらえとはいえしっかりしており、絨毯や簡易家具の設置まで一通りの生活環境が整っていた。


 そのどれもがセンスのある品で、ハングラスの目利きが良いことを示している。


 アンシュラオンが椅子に座ると、執事と思わしき中年の男性が紅茶を淹れてくれた。あまりに完璧な所作にホロロが手伝う隙もない。


 そもそもホロロたちも客人扱いらしく、座るように促されていた。


 それを見ていたアンシュラオンが、一番気になった点がこれ。



「メイドじゃないんだね」



 自分だったら絶対メイド一択だが、ゼイシルの周囲にいる人物は全員が男性だった。


 男性の使用人は「ボーイ」または「フットマン」と呼ばれるので、ここでは女性ではないという意味で「執事」という名称を使っているが、どちらも男性であることには変わりない。


 警備商隊にも女性はいないので、もしサナたちがいなければ、ここは一瞬にして地獄と化していただろう。


 が、それはあくまでアンシュラオンの感性にすぎない。



「普通はこのような場所に、女性を連れてこないものではないかね?」



 ゼイシルの言葉はもっともだ。


 常人の感覚では「都市の外=危険地帯」である。よほどのことがなければ女性を連れて歩く必要性がない。


 以前アンシュラオンがハピ・クジュネに向かった時も商人に扮した盗賊がいたし、マキや小百合が誘拐されたことも記憶に新しい。


 当然ながら女子供は狙われる傾向にあり、できれば男性だけで固めるのが一般的な思考といえる。



「メイドはいないの?」


「もちろん屋敷にはいる。うちで雇っているメイドの数は、そこまで多くはないがね」


「男が好き…ってわけじゃないよね?」


「まさか。単に効率の問題だよ。仕事の面では正直言って扱いに困る場面がある」


「お世辞を言ったり精神的な配慮をしないといけないから?」


「女性の前で言うのはどうかと思うが…否定はしない。秘書も男性のほうが機敏に動いてくれる」



 ゼイシルは、ホロロや小百合に軽く視線を向けながら、やや声を小さくして述べる。


 この様子から女性が嫌いなのではなく、扱いが苦手であることがうかがえる。


 このあたりも事前にグランハムから聞いていた通りなので、アンシュラオンも特段驚きはしない。


 しかし、目は口ほどに物を言うものだ。


 アンシュラオンの視線に、なんともいえない感情が宿っていたのを察したゼイシルが、首を振りながら弁明する。



「誤解してほしくはないが、ハングラスは女性の従業員を大勢抱えている。女性特有の感情の豊かさや物腰の柔らかさは、商売において極めて重要な要素だ。けっして軽視はしていない」


「受付の印象って大事だもんね。店員が良ければ店のイメージも良くなるし」


「何事も適材適所だ。性別を含めた全能力で判断すべきだろう」


「じゃあ、優秀な女性なら雇う?」


「当然だ」


「ゼイシルさんは合理主義者なんだね。その点では仲良くなれそうだよ」


「逆に問うが、君が女性を集めている理由は何かね?」


「女性が好きだから。だって、いい匂いがするよね」



 グランハムには「女性保護とでも誤魔化しておけ」と言われたが、ゼイシルを見て嘘をつく必要がないと感じたので正直に述べる。



「単純明快だな。噂通りか」



 ゼイシルもすでに情報を知っていたのか、軽く頷くだけだ。


 いくらグランハムが隠そうとしても、彼には直轄の『黒狐隊くろこたい』が存在する。


 この部隊は優秀な諜報員によって構成されていて、必要ならばあらゆる情報を集め、状況によっては暗殺すら行う。


 商売の世界も安全ではないのだから、これくらいはやらねば生きてはいけないのだ。


 ゆえに、アンシュラオンの女好きくらいならば、知っていて当然ともいえる。



「女性特有の柔らかい雰囲気は、オレをリラックスさせてくれる。それが仕事の能率を上げてくれるんだ。そう、たとえばこの紅茶のようにね」



 執事が淹れてくれた紅茶は、豊かな甘い香りと優しい味がした。


 周囲が緊張感に満ちている場所でも、それだけで心は安らぐ。


 アンシュラオンにとって女性とは、まさにこの紅茶のようなものである。


 無くても生きてはいけるが、あったほうが何千倍も人生は豊かになる。むしろ無いと枯れてしまうのだ。



「たいていのことは自分自身でできちゃうからね。なら、オレ自身を満たすことが一番大事じゃないかな」


「なるほど、納得できる理由だ」


「まあ、オレの場合はだいぶ享楽主義も入っているけどね。満たされなかった願望を満たしたいだけかも」


「悪いことではない。現に君はハンターとして成功している。それも適材適所といえるだろう」


「ただ、その分だけ商会運営には疎いけどね。所詮は素人だよ」


「だからこそ我々が手を組むメリットがある。経営に関しては全面的にバックアップしよう。望むのならば、こちらから人員を派遣してもいい。いろいろと学ぶこともあろう」


「それは本当にありがたいよ」



 取引先でもあるので、相手が上手くこちらをコントロールする危険性もあるが、ゼイシルの気質を考えれば杞憂に終わるだろう。


 こうして少し話しただけでも、彼の人となりがよくわかるからだ。



(相手との行き違いはあっても、ハングラスが取引で不正をしたことはない。それだけでもすごいよな)



 アンシュラオンも小百合を使ってハングラスについて調べているが、少なくともゼイシルの代では不正らしい不正は見られず、世間からの評判もかなり良かった。


 たとえば、本来ならば需要が高まって値段が上がるところを、必需品だからと据え置きにしたり、逆に安く提供することもあったようだ。


 それが信頼や感謝となり、さらにハングラスに富をもたらす結果になっている。



「一度訊いてみたかったんだけど、ゼイシルさんにとって商売とは何? 何を志しているの?」


「ハングラスに生まれた以上、商売と関わらない日はない。そして、商売であるからには対価はもらわねばならない。だが、その目的は市民の生活の向上にある。全員とまでは言わないが、過不足なく物が行き届くことが望ましい」


「お金儲けが目的じゃないってこと?」


「むろん、金は必要だ。儲けることも人を養うために重要になる。しかし、金銭はあくまで道具であり手段にすぎない。金に目が眩む者を大勢見てきたが、それは本質を見誤っている三流以下の者だ。我々商人には物を流通させる義務がある。『してやっている』のではないのだ。『させてもらっている』のだよ。そうして社会全体が潤えば、必然的に私自身も幸せになるのだからね」



 大量の物品を取り扱っているがゆえに、供給が偏ることを何よりも嫌う。


 彼が神経質な性格ということもあるだろうが、きっちりと分配されていなければ気が済まないのだ。



「物を手にした時、誰しもが笑顔になる。押し付けではない限り、物をもらって嬉しくない人間などいない。私は一介の商人として、その笑顔を見るのがたまらなく好きなのだ。君にも理解できるだろう?」


「もちろんさ。オレが金を稼ぐ目的も、妹や女性たちを満足させるためだからね。笑顔なんて最高のご褒美だよ」


「その通りだ。そして反対に、物に慣れて感謝を忘れ、傲慢になる人間がもっとも嫌いだ。富を有効利用しない者も同様に愚かで軽蔑に値する。成功者には往々にしてあることだがね」


「もし取引相手がそんな連中だったらどうする?」


「基本は関与しないように努めるが、もし邪魔ならば潰すしかない。力とは直接的な武力だけを指すものではない。経済的な潰し方もあるのだよ」


「派閥のトップなのに、どうしてそんなに謙虚なの?」


「べつに謙虚というわけではない。事実だから受け入れているだけのことだよ。金は平等だ。善人にも悪人にも、聖人にも小人にも等しく舞い込んでくる。そこに優劣など存在しないのだ。君がハンターとして生物の生死を垣間見てきたように、私も商人として同じような世界を見てきたにすぎんよ」



 金を求めて人を殺めてしまう者。嘘をついて利益を上げようとする者。盗みを働く者。


 安易な気持ちで悪事に手を染める者は、総じて人生の階段を踏み外す。


 倫理や道義ではなく、事実としてそれが成り立つことをゼイシルは経験則で知っているのだ。


 それは血生臭い殺し合いの世界に生きているアンシュラオンと何ら変わらない。


 人はさまざまな方向から『同じ真理』を見つめているのだから。



(なかなかに出来た人だな。でも、こういう人は法を犯す人間には厳しいんだよね)



 これもグランハムを見ていればわかるが、法を逸脱した瞬間に敵になってしまう可能性があり、その怒りは苛烈なものとなるだろう。


 ここで重要なことは『彼らの法』を守ることだ。


 都市の外に出てしまえば法律があるわけではないので、彼らにとって大事な決まり事を理解することが重要になる。



「で、鉱物関係の商談は進んでいるの? こっちは少しずつ準備が出来てきたけど」


「すでに流通ルートは押さえてある。あとは顧客の囲い込みだけとなるが、武具や建築関係ともなれば相手も限られる。候補に挙がっているのは日頃から付き合いのある商会ばかりだ。交渉にもそう苦労はしないだろう」


「さすがに早いね。兵器用に関しては?」


「それはこれからだ。非常に重要な要素であるため相手は厳選すべきだろう。下手に南部に流すのも危険だ」


「それだけ南部が力をつけちゃうからか。かといって、余らす道理はないよね」


「むろんだ。今日はそのための商談でもある」


「グラス・ギースの内情に疎いオレが言うのもなんだけど、よく今回の会合をセッティングできたね。ハングラスからしたら、かなり危ない賭けなんじゃないの?」


「言いたいことは理解できる。だが、それを促したのは君だ」


「え? オレ?」


「キャロアニーセ殿が復帰したことで都市の様相はがらりと変わった。今すぐに大きな変化は起こらぬだろうが、確実にグラス・ギースは持ち直すに違いない。我らとて故郷に愛着がないわけではないのだよ」


「ということは、新都市の建造はグラス・ギースのためでもあるの?」


「間接的にはそうなるだろう。我々は少ないパイを奪い合うつもりはない。新しい商売を広げる中で、北部をよりいっそう活性化させることで全体のパイを広げていくのだ。そのためには、お互いに独り立ちせねばならない」



 ゼイシルからは、言葉の端々にグラス・ギースへの愛着が感じられる。


 そんな彼が新都市の建造を考えたのは、けっして故郷を見限ったからではない。


 新たに莫大な資産を得たハングラスがいると、それをあてにしてグラス・ギースはまた閉鎖的になってしまう。


 ならば、あえて外から刺激を与えることで、グラス・ギース自体を押し上げようと考えた。


 一種の荒療治ではあるが、それもアンシュラオンがキャロアニーセを治療したことで踏ん切りがついたのだ。



「とまあ、これは口実かもしれないね。本音は新たな都市に個人的に興味があるのだ。何者にも縛られない自由な商いをしてみたいのだよ」


「いいと思うよ。何事もチャレンジしないと面白くないって。オレもできる限り手伝うからさ、楽しくやろうよ!」


「君とは良きパートナーになりたいものだ」



 アンシュラオンとゼイシルが握手を交わす。


 それを見た小百合とホロロも安心して、ほっと笑顔を浮かべていた。


 当人たちは素で話していただけだが、周りからすればどうなるのか不安だったのだろう。



「ゼイシル様、周辺に異常はありません」



 このタイミングでグランハムたちが戻ってきた。


 周囲に敵性勢力がいないことがわかったことで、ようやく動くことができる。


 この場に半数を残して見張りを継続させ、残りの隊をグランハムが率いて先導する形で再度移動開始。


 魔獣の狩場は、下手をすれば翠清山以上に大自然が広がるエリアである。


 これだけの人数および、武人ではないゼイシルを伴って移動するにはかなり大変であるが、あえて緑が生い茂る複雑な地形を通る。



(周囲に敵がいないとわかっていても、これだけ警戒するんだな。それにしても、この地形は常人にはきつそうだ。見ているほうがつらいよ)



 ややつらそうに歩くゼイシルを見かねて、空からの移動を提案したいところではあったが、それでは彼らの意図と努力を損ねることになる。


 ゼイシル自身もけっして弱音を吐かず、スーツ姿で淡々と歩いていることから、かなり芯の強い人物であることもうかがえる。


 何よりもグランハムにこれだけ慕われている段階で、並の魅力と統率力ではない。



(商才も十分ありそうだし、これならかなり期待できそうだな。心証を悪くしないように気をつけないとね)



 唯一、女性で難儀しているようなので、そこだけは注意だ。


 とはいえ今回の会合を乗り越えれば、そこまで頻繁に会う人物ではないだろう。しばしの辛抱である。


 そして、移動すること二時間余り。



「誰か近づいてくるね。三人だ」



 アンシュラオンが波動円で三人の気配を捉える。


 距離は二キロほど先だが、地形に苦しんでいる様子はなく、すいすいとこちらに向かってきていた。



「警戒態勢を取れ! だが、こちらからは絶対に動くなよ!」



 グランハムも隊員に指示を出す。


 すでに誰が来るかは理解しているが一応警戒している、といった様子だ。


 そのまましばし待つと、茂みから三人の武装した者たちが現れた。


 鈍い深青色の鎧を着込んだ者たちで、対峙した瞬間から他者を圧倒する威圧感が滲み出ている。


 しかし、こちらを恫喝しているわけではなく、そうすることが自然になっているほどの強者たちなのだ。


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