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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「アーパム財団」編
465/618

465話 「三者会合 その1『空の旅路』」


 まだ気温が上がりきっていない午前の光の中。


 白詩宮の屋上にアンシュラオンたちが集まっていた。


 その傍らにはマスカリオンも待機している。



「マキさん、あとはよろしくね」


「ええ、任せておいて」


「オレとサナはマスカリオンに乗るから、ホロロさんと小百合さんは、そっちに乗ってね」


「はい、わかりましたー!」



 アンシュラオンとサナが、マスカリオンの背に乗る。


 今回はヒポタングルの中でも、とりわけ飛行能力に優れた個体から選抜された『ヒポタングル空戦隊』のグレートタングルも二頭やってきているので、ホロロと小百合はそれぞれの背に乗った。


 背には専用の鞍が装着されており、人が乗っても簡単には落ちないようになっている。


 後部に荷物を固定する場所も用意されているので、彼らの飛行力ならば百キロ以上乗せても問題ないだろう。


 スペースも広く、一人くらいならば寝転ぶことも可能だ。これならば長時間乗っていても疲れることはない。


 しかもヒポタングル側の意見も取り入れて開発したものなので、飛行の妨げにならない逸品に仕上がっていた。



「さあ、空の旅の始まりだ!! いけ、マスカリオン!」



 やや興奮したアンシュラオンの声が響くと、マキの見送りを受けながら空戦隊がゆっくりと空に浮上。


 白詩宮が一気に小さくなり、ハピ・クジュネの都市全体を俯瞰できるまでになる。


 さらに上昇すれば翠清山の外郭までもが視界に映り込み、北部の土地が遥か遠くまで広がっていることを実感できる。


 前進開始。


 ヒポタングルは術式で空を飛ぶので、翼を無駄に羽ばたかせないことも加わり、ほとんど揺れらしい揺れはなかった。


 風の術式と相殺されるのか風圧もまったく感じず、気温の差に悩まされることもない。


 そんな快適な空間の中で、流れる雲とともに風を切って突き進む光景は、まさに絶景の一言であった。



(空は広くて大きい! オレたちは自由だ!)



 この広大な大地において、人間の都市など豆粒のように小さなものである。


 そんなものに依存して利権を求めて争うなど、大空から見ているお天道様からすれば、なんとも愚かに思えることだろう。


 それでも必死になって地べたを這いずり回る人間を愛しいとも感じる。


 こうやって大自然を肌で感じることができれば、誰もが生命の喜びに気づくに違いない。



「こんな体験は滅多に味わえないからな! サナも楽しむといい!」


「…こくり!」



 サナも興味深そうに空から大地を眺めている。


 少しばかり興奮もしているようで、時折パンパンと鞍を叩く姿も印象的だ。



(マスカリオンを味方に引き入れてよかったよ。オレの選択は正しかった)



 マスカリオンたちの加入こそ、翠清山における最大の収穫といえるだろう。


 資源の輸送において彼らより優れた存在はいないし、自分たちが長距離を早く移動したい時にも便利だ。


 アンシュラオン当人はカーテンルパも使えるが、以前も述べたように人前で能力を使うことは極めて危険であるうえ、自動操作にすると制御は機械的で融通が利かないので、堂々と自分の意思で空を飛べる彼らの存在は非常にありがたい。


 そして何よりも、サナに極上の体験をさせてあげられることが嬉しかった。


 この美しい光景も彼女の情操に大きな影響を与えるに違いない。



「毎度毎度、足に使って悪いね」



 アンシュラオンが、マスカリオンの首をポンポンと撫でる。


 彼の首回りの羽毛は白と銀が混じった美しいもので、触ると硬いが、独特の感触があって気持ちいい。


 サナもそれに気づいたようで、アンシュラオンと一緒に撫で回している。



「かまわぬ。それが【新たな盟約】だ。人を乗せて飛ぶのも悪くはない」



 あれほど人間を嫌悪していたマスカリオンであったが、移動手段に使われていることにも不快感は感じていない。


 なぜならばアンシュラオンとの主従関係は、ヒポタングルにも大きなメリットがあったからだ。


 武力による庇護もそうだが、彼らが一番喜んだのが『命気水』であった。


 命気水は初代ラングラスからもらった植物よりも優れており、飲んだ個体が元気になることはもちろん、能力が向上する事例も数多く確認されている。


 そのせいかは不明だが、今年は【出産ラッシュ】らしい。



(一番驚いたのが、ヒポタングルは『単為生殖』だってことだ。個体に雄雌の区別がないんだよな)



 単為生殖とは、主に雌が単独のみで子を作ることを指すが、より広義でいえば『雄雌の接触が無く新たな個性を生み出すこと』である。


 ヒポタングルには性別が存在せず(むしろ全員が『雌』ともいえる)、数十年に一度だけ発生する産卵期に単独で卵を産む。


 その数は一頭に対して1個から2個であり、孵化しないまま死んでしまう卵も多く、ヒポタングルの生息数は増えることも減ることもなく平行線を辿っていた。


 それが今回の戦いにおいてかなりの損害を受けたため、種の存続を危ぶむ声も出ていたのだが、突然の産卵期の到来に誰もが色めき立ったという。


 さらには産まれた卵の数が、まさかの数倍。


 一頭から三個の卵が産まれることも珍しくなく、場合によっては五個や六個、あるいはそれ以上を産む個体がいたようだ。


 孵化も順調でかえらない卵はほぼ無く、産まれてくる子供たちは誰もが強い生命力に満ちているという。


 もしこのまますべての卵が問題なく孵化すれば、ヒポタングルの生息数は二千を軽く超えて、従来の四倍である三千に及ぶかもしれない。


 このおかげでアンシュラオンは、ヒポタングルから救世主扱いされているのだ。



「マスカリオンも卵を産んだんだっけ?」


「先日、三個産んだ。こんなことは初めてだ。卵を産むこと自体が数百年ぶりよ」


「やっぱり水が違うからかな? 子供は同じ特殊個体になるの?」


「わからぬ。今まで我と同じ銀翼が産まれたことはない」


「それなら今度こそ産まれるといいね。たくさんの銀翼で空を飛びたいよ。それで『銀翼連隊』が出来たら格好いいじゃないか」


「我もそう願っている」



 銀翼が増えることになれば、空での活動もさらに活性化するだろう。


 ちなみにマスカリオンが普通にしゃべっているが、これはホロロの能力である『思念自動言語化』によって自動翻訳されているからだ。


 相手側が受け入れているのでデメリットは何もなく、埋め込まれた羽根が周囲に思念を伝達することで、ホロロがいない場所でも誰とでも会話が可能になっている。


 クルルザンバードが使っていた時は、あくまで羽根を埋め込んだ者たち同士だけで可能だったことを踏まえれば、『能力が進化』しているとも考えられる。


 これもアンシュラオンの力によって変質した現象の一つといえるだろう。


 炸加たちに帯同している護衛の猿神でも成功しているので、今後これが魔獣と人間を繋ぐ架け橋になると期待されている。


 災いをもたらしたクルルザンバードの力が反転し、希望になるとはなんとも皮肉なものだ。



「向かう場所はわかる?」


「問題ない。何度も飛んでいるエリアだ。飛ぶのは我らの仕事。お前たちはゆっくりしていればいい」


「じゃあ、任せるよ。優雅に空の旅を味わうとしよう」



 空に関して彼らに言うことは何もない。


 ヒポタングルは性質上、短距離の高速飛行に向いているので、渡り鳥のように一万メートル以上の長距離飛行をするわけではないが、一日三千キロ程度ならば普通に飛ぶことができる。


 ただ、今までは縄張りから出ることは稀であったため、マスカリオン以外の個体は自由に空を飛べることを喜んでいるようだった。


 どんな敵と出会ってもアンシュラオンがいれば怖くはない。本当の意味で彼らは自由になったのだ。


 マスカリオンたちは、ハビナ・ザマを越えたあたりで北西に進路を取ると、そこから一気に大空を駆け抜ける。


 そして、『魔獣の狩場』付近に到着。


 陸路ならば一週間以上はかかる行程を、たかだか五時間で済ますことができた。


 これでも全速ではなく、乗っている人間のことを考えての速度なので、景色を眺めている間に着いてしまったというのが本音である。



「えーと、このあたりだと思うんだけど…。あっ、いた。グランハムたちだ」



 アンシュラオンが鞍から身を乗り出して地上を凝視すると、魔獣の狩場の草原地域にグランハム率いる第一警備商隊を発見。


 事前に通告していたので、空から来るアンシュラオンがわかりやすいように隊列を組んでくれていたようだ。


 しかしながら、地上から見ると山が遮蔽物になって目視できない場所であり、外部への警戒も緩めていないことがわかる。



「マスカリオン、あそこに向かってくれ」


「心得た」



 マスカリオンは術式による風力を利用して、反動なく着地に成功する。


 それに続いて、他の二頭のグレートタングルも見事に着地。


 アンシュラオンたちが地面に降りると、グランハムが近寄ってきた。



「壮大な登場だな」


「グランハムも空の旅を味わってみる? 一度やるとやめられないよ」


「遠慮しよう。地に足がつかないのは落ち着かぬ」


「便利なんだけどなぁ。そっちはけっこう大所帯で来たね」


「本来ならば隠密に徹さねばならぬが、警備の都合上、この人数になるのは致し方ない。すでに警戒区域に入っている。いくら魔獣の狩場とはいえ、何が起こるかわからないからな」


「オレがデアンカ・ギースを倒したから生態系が変わったって聞いたけど?」


「そのようだな。出現するのは低級の魔獣ばかりで、危険な大物はいなくなっている。しかし、その代わりに『無法者』が立ち入るようにもなったようだ」


「ハンターじゃなくて? となると、ア・バンドみたいな危ない連中ってことか」


「盗賊や野盗、非合法の人身売買組織といった都市に入れない連中の巣窟になっていた時期もある」



 魔獣の狩場は、アンシュラオンも狩りに来たことがあるので懐かしいものだ。


 そこでデアンカ・ギースを倒したわけだが、それによって生態系が変化してしまい、魔獣の楽園だったこの場所もだいぶ変わってしまったらしい。


 ただし、そもそもデアンカ・ギースがこの場所に現れたこと自体がおかしいので、その段階から変化の兆候はあったのだろう。



「【会合】の場所はここでよかったの? もっと治安が良い場所のほうがいいんじゃない?」


「無法者たちは排除されたので今は安全だ。が、もとより都市内でできるような話ではなかろう」


「それもそうか。マスカリオン、一応空からも警戒しておいて」


「任せておけ。何かあれば呼ぶといい」


「最悪は『花火』を上げるよ。そうならないことを祈るけどね」



 いざという場合にそなえて、マスカリオンと緊急時の合図を決めている。


 それが花火ならぬ、上空に撃ち上げる戦気弾の爆発である。


 これならばどこにいても場所がわかるので、マスカリオンたちもすぐに急行できるはずだ。



「うーむ…言語を話すとは聞いていたが、ここまで流暢だとはな。それ以前に三大魔獣がこうも容易に従うとは…相変わらず破天荒なやつだ」



 マスカリオンとのやり取りを見ていたグランハムたちが、またもや度肝を抜かれていた。


 しかし、少し経てば諦め顔になって受け入れ始める。


 もはやアンシュラオンという男を、常人の尺度で測ることのほうがおかしいと知っているからだ。



「では、さっそく案内しよう」



 アンシュラオンたちは、グランハムに連れられて魔獣の狩場内を移動。


 しばらく歩くと、多くの商隊員によって護衛されている天幕が現れた。


 天幕は簡素な造りではあるが、外からの銃撃にも十分対応できるように装甲版を張りつけたもので、それなりの安全性は確保されているようだ。



「アンシュラオンを連れてまいりました」



 グランハムが中に声をかけると、天幕から一人の男が出てきた。


 髪をオールバックにまとめ、四角メガネをかけた四十代半ばの男で、ひょろっとした痩せ型ではあるが高級スーツを見事に着こなしている。


 醸し出される雰囲気は、やり手の役員幹部といったところだろうか。まだ若いのに佇まいから貫禄が滲み出ていた。


 しかし、頬骨が浮かぶ顔にはぎょろっとした大きな目が付いており、常に眉間にシワを寄せたような表情を浮かべているので、せっかくの小奇麗さを生かしきれていない残念な印象も受ける。


 要するに、女性受けしそうでしない微妙なビジュアルの人物であった。


 が、容貌はともかく、こんな天幕にいるのだから只者ではない。



「君がアンシュラオンか」



 男は目を細めて、こちらの頭からつま先までをじっくり観察する。



「想像と違った?」


「いや、聞いていた通りだ。だが、実際に会ってみると、思っていたより静かな気配だったので驚いていたのだよ。デアンカ・ギースを倒した剛の者なのだから、もっと獰猛だと考えていた」


「たしかに戦闘狂の部分もあるけど、基本的にはおとなしいよ。噛みつかないから優しくしてね」


「ふっ、挨拶が遅れたな。私がゼイシル・ハングラスだ。これからよろしく頼む」



 ゼイシル・ハングラス。


 グラス・ギースにおいて一般物資の流通を独占するハングラスの現当主で、おそらく個人資産では第一位の「長者」と呼ぶに相応しい人物だろう。


 上司である派閥のトップがいるのだから、グランハムが最大限の警戒を怠らないのは当然である。



「ここでやるの?」


「ここは中継地にすぎない。本当の会合はこの先で行われる。グランハム、最終チェックを頼む」


「はっ」



 グランハムたちが周辺の索敵を開始。


 その迫力から翠清山での戦いを彷彿とさせる。それだけ本気だということだ。



「随分と慎重だね」


「『先方』からの要請なのだ。事情を鑑みれば仕方ないだろう」


「でも、ゼイシルさんは、それ以上のメリットがあるからここにいる。オレたちだけが会うなら別の場所でもいいんだからさ」


「それは君にとっても同じであろう? 価値があると思ったからここに来た。違うかね?」


「そうなるといいとは思っているよ。せっかく来たんだ。利益は出したいよね」


「グランハムが戻るまで時間がある。少し中で話そうか。レディたちも一緒でかまわない」


「紳士的だね」


「紳士的なのではない。紳士なのだよ。グラス・ギースは古い都市ではあるが、それだけ歴史があるともいえる。であれば、住む者すべてが品位と規律を失ってはいけないのだ。少なくとも我々ハングラスだけでも模範を示さねばならないだろう」



(やっぱりグランハムの上司だな。雰囲気が似ているよ。傭兵ではないだけ少し堅苦しいけどね)



 グランハムも規律や規範をもっとも大事にする人物だ。


 何事もルールに従い、それを維持する中でこそ安全と成長があると考えている。


 ゼイシルも同じで、あるいはそれ以上に規範にはうるさそうだ。


 そのあたりはやや自分と相性は悪いものの、人間としては尊敬できる人物といえる。



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