464話 「魔石覚醒と模擬戦」
アンシュラオンは財団を設立し、ついに商人としての道を歩み出す。
同時に人材の募集も開始するが、これには精査に時間がかかるため、その間に各人の魔石調整を行っていた。
前回スレイブ・ギアスをかけた七人(火乃呼たちを含む)の中で、最初に力が覚醒したのは意外にもアイラだった。
すでにグランハムとの商談の際に力を使ってみせたが、彼女と破邪猿将は思った以上に相性が良く、かなり高い出力を出せるまでになっていた。
「ほら、いくぞアイラ」
「ゆ、ゆっくりね! 優しくでいいから!」
「結界を張っているんだから、ゆっくりもなにもないだろう。敵は手加減なんてしてくれないぞ」
アンシュラオンが水刃砲の術符を起動。
鋭い水の刃がアイラに向かって放たれるが、結界に触れた瞬間に弾かれて霧散する。
「おっ、ちゃんと防げたじゃないか」
「ひー! 抉ってる! けっこう抉ってるから!」
アンシュラオンの魔力値を参照して放った水刃砲は、そこらの討滅級魔獣くらいならば簡単に貫通する。
それを多少抉られたとはいえ、こうもたやすく弾くのだから相当な力といえた。
「次は内部から使ってみろ」
「う、うん。いくよー」
続いてアイラが、結界内で水刃砲の術符を起動。
すると無力化されることはなく、そのまま結界を素通りして外に放射。
術式自体はアンシュラオンが掌で受け止めて消滅したが、普通に発動に成功する。
「いいぞ、『判別』までできるようになったな」
アイラの『破邪結界』は、結界内での術式を無力化するものだ。
しかし、これをそのまま実行すると、自分が使っている術式武具はもちろん、それ以外の術具による防御術式まで無効化されてしまう。
それを防ぐためには、特定の人物や道具だけを除外する『判別』や『判定』といった技術が必要になる。
アイラは、ようやくそれを使えるようになってきた、というわけだ。
ちなみに破邪猿将自身は、自らの体内にだけ結界を展開させていたので、大剣の力は損なわれないで済んでいたようだ。(主に『聖剣化』として利用していた)
「はー、魔石って大変だねー。すごい疲れるんだけど」
疲弊したアイラが、へなへなと座り込む。
「力を制御する必要があるからな。体力よりも精神力を使うんだ」
「集中するのって苦手だよー」
「そのための訓練だ。魔石獣はまだ出ないのか?」
「出ないよー。出たら怖いけど」
「たしかにいきなり破邪猿将が出たら、それはそれで怖がるやつもいるだろうな」
敵の力が使えるのは嬉しいが、スザクに見せたら誤って攻撃されそうで怖い。
「剣に力を集める練習もしておけよ。あれも便利だからな」
「うーん、力の使い分けって難しいんだよねー」
破邪猿将が使っていた『聖剣化』は、『破邪の剣光』というスキルでアイラに引き継がれることになった。
こちらは能動的に敵の防御術式を破壊できるので、非常に強力な武器になるだろう。
(アイラは『魔石の才能』がありそうだ。能力を底上げしてやれば、戦闘面でもそれなりに使えるやつになるな)
すでに情報保護の観点からは、外すことができない人材になっている。
自己を守る意味でも戦闘力の向上を心がければ、これからの戦いにも十分ついてこられるだろう。
「サリータ、そっちはどうだ?」
「少しずつ使えるようになってきました!」
「よし、試してやろう。『銀盾』を作ってみろ」
「はい!」
サリータが左腕輪の魔石を発動。
魔石が銀色に輝くと『銀の粒子』が湧き出て密集を始め、次第に『銀盾』に変化していく。
これは錦王熊がサナ戦でも使った『銀鈴大盾』と同じで、今は『銀の左盾』というスキルになって彼女に引き継がれている。
「準備はいいな? 強めに撃つから耐えてみせろ」
「お願いします!」
アンシュラオンが距離を取って『空点衝』を放つ。
因子レベル1の基本技ではあるが、ア・バンドの連中を一撃で屠ったように、アンシュラオンが使えば恐るべき威力を発揮する。
それを―――ゴリゴリゴリガンッ!
盾が穿たれて細かい亀裂が入るが、貫通させずに耐えきってしまう。
もちろん低出力モードなので全力ではないが、普通の武人ならば軽々と倒せる一撃を耐えたことは、素直にすごいの一言だ。
素手の状態であることを加味すれば、この段階でシダラ級の武人が盾技を使ったレベルに到達している。(武具の上から展開すれば、さらに強固になる)
「修復できるか?」
「はい! 意識を集中させて…と」
しかもこの盾は、粒子で作られているので自ら修復が可能だ。
魔石から力が供給されることで亀裂が直っていき、ほぼ数秒で完全な形に戻る。
これもサリータの集中力が増していけば、もっと素早く修復が可能になるはずだ。
「今は単純な盾だが、理論上は形も自在に変えられるはずだ。もっと厚くして強固にしたり、薄めて広げることもできる。盾技のように状況に合わせて使えるようにするんだぞ」
「わかりました! 努力します!」
(魔石との相性は抜群だ。同じ盾を扱うからか飲み込みも早い。これは化けるかもしれないな)
アンシュラオン隊の課題は、やはり防御力にある。
翠清山ではこの役割をゲイル隊に依存していたことで、彼らには多大な負担をかけてしまった。
しかし、ゲイルはゲイルで新しい商会を維持していかねばならないので、今後はサリータがその役割を担うことになるだろう。
「ベ・ヴェル、そっちはどうだ?」
「これ、本当に大丈夫なのかい? 角と爪が生えてきたんだけど…。それと牙も」
続いてベ・ヴェルの様子を見ると、こちらは顕著な身体的変化があった。
頭部の前方、額寄りに赤い隆起が二つほど生まれたかと思えば、手がやや膨れ上がって爪が大きく変形。
同様に歯にも変化があり、熊に似た太く鋭い頑丈なものになっている。
「明らかに鬼熊の特徴が出ているな。ただ、これは魔石獣との融合化じゃないみたいだ。魔石の力が身体に直接影響を与えているのかも」
「ホロロたちは、こんなことはないじゃないか。もしかして失敗かい?」
「あの二人は物理戦闘タイプの魔獣じゃないからな。そこまで身体的な特徴は出ないんだろう。サナのほうは嗅覚がやたら良くなったりもしているから、身体能力が高い魔獣は肉体にも強く関与するのかもしれない。力は上がっているだろう?」
「そこは問題ないさね」
ベ・ヴェルが、目の前に用意された大きな岩石を殴る。
戦気を展開していない状態にもかかわらず、拳がめり込み大きな亀裂が入ると、バゴンと真っ二つに割れる。
さらに、棒に固定された剣を爪で引っ掻く。
剣は一般で売られている平凡なものだが、それがズタズタに引き裂かれて、たった一撃で使い物にならなくなってしまった。
(ベ・ヴェルも鬼熊との相性がいいな。腕力も劇的に向上しているし、弱点を埋めるのではなく長所を伸ばす方向性が良さそうだ)
もともとベ・ヴェルは攻撃型の戦士であり、勢いで押すタイプだ。
サリータが得意の防御を伸ばしたように、彼女も攻撃を伸ばすべきだろう。
「三人とも、こっちに集まってくれ」
アンシュラオンは、三人を呼び寄せてから直径百メートルを命気結晶で囲い、簡易的な『バトルフィールド』を展開。
そして、ポケット倉庫から全身鎧を取り出して戦気を注入し、『鎧人形』を生み出す。
ついでに大きな戦斧も持たせれば、準備完了である。
「三人でこいつを倒してみるんだ。ただし、『武具無し』でだ。アイラだけは剣士だから剣を使っていいが、術式武具じゃなくて市販の鉄製の武器で戦うんだぞ。あくまで魔石の力を試すのが目的だからな」
「こ、これは…いわゆる模擬戦ですか!」
「ようやく基礎練習が終わったってことかい。走り込みにも飽き飽きしていたところさ。ちょうどいいじゃないか」
鎧人形の出現に、サリータとベ・ヴェルが色めき立つ。
サナたちの練習にはよく鎧人形を使っていたので、参加できない両名は、ずっと羨ましそうに遠くから眺めていたものである。
その理由は、単純に実力不足だったからだ。
翠清山でもそうだったが、鍛錬といえば走り込みや筋トレといった基本的なものに集中していた。
ただし、賦気による負荷をかけてのものなので、これによって二人は戦気を普通に扱えるようになったのだ。
体力も増して継戦力も上昇したことで、生存力も高まっていることだろう。
しかし、これからはもっと上の修行が必要になる。これはそのためのテストといえる。
「加減はしないからな。覚悟しろ」
「えーん、模擬戦なんてしたくないのにー!」
「死ぬ気であらがえ。そうじゃないと死ぬより痛い目に遭うぞ」
アイラの泣き言を無視して、模擬戦スタート。
二メートル超の大型の鎧人形が、斧を振り回していきなりアイラを狙う!
「ひぃっ!」
アイラは回避。
というよりは、慌てて飛び退いて必死に避ける。
直後、叩きつけられた斧の一撃で割れ目が生まれ、衝撃で地面が大きく陥没。
もしそこに人間がいれば、間違いなく真っ二つにされただけではなく、あまりの威力に原形をとどめていなかったに違いない。
鎧人形は再び斧を振り上げると、アイラを執拗に狙う。
「ちょ、ちょっとー! これって殺す気でしょー!」
戦いでは弱い者から狙われる。
翠清山の戦いでも嫌というほど味わった自然の摂理だ。
いくら模擬戦とはいえ、この男が甘えを許すわけがない。最初から殺す気満々でいく。
「アイラ、下がれ! コンビネーションでいくぞ!」
アイラを守るようにサリータが前に出る。
今は武具を持たないので、彼女としても不安を抱くだろうが、何よりも鍛錬をつけてくれることが嬉しくてたまらない。
足手まといと言われた鬼美姫戦を忘れた日はなかった。
その後の戦いを見て、それが事実だと知っているからこそ、なおさら悔しいのだ。
「自分は戦いたいのだ! あの方々とともに!」
サリータの左腕に銀の粒子が集まって、大きな銀盾を形成していく。
それが振り下ろされた斧と―――激突!
盾の表面は斧の刃先をしっかりと受け止めており、さきほどとは違って傷一つない。
鎧人形は斧を何度もサリータに叩きつけるが、何度やってもびくともしなかった。
アンシュラオンも、余裕をもって受け止める彼女の姿に感嘆する。
(単純に刃物を防いでいるだけじゃない。それだけだと力で押されて倒されてしまう。身体能力も強化されているから力負けしないんだ。走り込みの効果も出ているな)
鎧人形の力はいつものごとく、ハピナ・ラッソで倒したクロップハップを参考に設定されている。
クロップハップ自体はあっさりと倒されたものの、都市最強を自負するだけの実力者であったことは事実だ。
その肉体能力に加え、斧を持たせているので攻撃力は最低でも『B』以上はあるだろう。
それを鎧も盾もなく耐えることは、そこらの武人ではかなり難しい。翠清山の戦いに参加していた上級傭兵クラスでも厳しいはずだ。
「サリータ、こっちもいくよ!」
「了解だ! 援護する!」
横から回り込むベ・ヴェルを見たサリータが、ここで自ら前進。
粒子を増やして盾の表面を再コーティングすることで、斧の刃を盾とくっつけてしまう。
鎧人形は引き剥がそうともがくが、その一瞬の隙にベ・ヴェルが飛び込み、拳を叩き込む!
拳は脇腹に当たって鎧が大きくひしゃげ、その圧力に負けて鎧人形の体勢が崩れた。
「おらおらおら!!」
ベ・ヴェルはさらに拳で殴りつけて、鎧をボコボコにへこませてしまう。
忘れてはいけないのが、これがアンシュラオンの戦気で作った鎧人形だということだ。
鎧をへこませるためには、圧縮された戦気の質量を押し込む必要があり、これはグランハムにも簡単にできることではない。
現状でこれが可能な武人といえば、肉体能力に優れたマキやクジュネ家の者、あるいは覚醒中のベルロアナくらいなものだろう。
アンシュラオンも、その力強さを評価。
(まだまだ粗いが戦気の質は悪くない。雑に強いパワータイプの武人は需要があるからな)
マキは素早さと体術を生かした武闘家タイプだが、体力が落ちるとキレも落ちて能力がガクンと下がることがある。
しかし、単純に力が強い武人は疲れても、がむしゃらに振り回すだけで敵を倒せる可能性がある。そういう『雑味のあるパワー』は貴重なのだ。
アンシュラオンの視線を感じ取ったのか、身体が温まってきたベ・ヴェルはさらに興奮。
「はぁああああああ! くたばりな!!」
魔石から力が注がれたことで、爪が進化。
蒸気を発した大きな赤い鉤爪、『鬼重爪』が生まれると、真上から垂直に切り裂く!
鬼重爪は鎧に傷を付けるどころか、そのまま切り裂いて中から戦気が流出。一部が霧散して質量が減る。
これは鋼鉄の鎧を裂いただけではなく、内部の闘人自体にダメージを与えたことを意味していた。
しかし、鎧人形は斧を手放して、ベ・ヴェルに蹴りを放つ。
闘人に明確な形はないので、膝関節を無視してさらに曲がり上がり、彼女の顔面を狙う。
「っ―――!」
それに対しても、ベ・ヴェルは素早く反応。
考える暇もなく反射だけで身体を捻り、強烈な打撃を受け流す。常人ではありえない反射神経だ。
見れば彼女の瞳にも変化が訪れており、やや赤く光っているので、おそらくは動体視力も強化されていると思われる。
変則的な攻撃に何度か被弾するものの、たいしたダメージにはならず、反撃の打撃と鉤爪で鎧人形に深刻な損傷を与えていく。
(鬼熊のおかげで防御も改善されたな。かなり強引な強化ではあるけど、素の力でこれだけ硬ければ十分だ)
熊が怖ろしい点は、その防御力にこそある。
肉厚な身体は銃弾すら軽々と受け止め、剣や槍でも貫くのは難しい。スザクたちが爆破槍を用意するほどに強固なのだ。
さらに大鬼熊は攻撃力も非常に高く、武器を持ったグラヌマーハにも劣らない。
その後もサリータとベ・ヴェルは、互いの長所を生かして鎧人形を追い込んでいく。
コンビを組んでいる彼女たちの連携は、さすがに見事だ。このままいけば倒すことも容易だろう。
がしかし、その程度の強さを試金石にするつもりはない。
鎧人形の身体から、ころんと何かが落ちてきた。
それは―――大納魔射津
すでに起動済みで、二人は避ける暇もない。
サリータは咄嗟に銀盾で自身を覆ったが、ベ・ヴェルまでは守れずに一方は爆風をくらってしまう。
このあたりで、まだ能力を使いこなせていないことがわかる。盾の技術もまだまだ甘い。
「ちっ、やってくれたねぇ!」
ベ・ヴェルは魔石で肉体が強化されており、戦気も放出しているので爆風を受けても死にはしない。
だが、やはり防御無視の術式爆発は怖い。
顔を庇った腕の皮が剥げ、腹肉の一部が抉られる損傷を負う。
鬼熊の著しい新陳代謝によって抉られた部位が修復されていくが、その間に鎧人形は斧を取り返し、地面を攻撃することで足場を破壊。
サリータの動きを制限してコンビネーションを阻害してくる。
そして、次々と大納魔射津をばら撒き、手当たり次第に破壊を繰り返す。
これにはさすがの二人も安易に近寄れない。
操っているのはアンシュラオンなので、戦闘経験値も高く設定されているのだが、実際に追い詰められれば敵とて手段を選ばないものだ。
半ば自爆覚悟で同じような真似をする者もいるだろう。
そのうえ、ここで『術式武具』を発動。
斧から強風が噴き出し、凄まじい風圧で体勢を崩してくる。(術式武具は生体磁気、この場合は戦気に反応している)
これはメッターボルンも持っていた、風の性質を宿した斧と同系統の術式武具である。
サリータが近寄れば、大納魔射津を使って牽制しながら距離を取り、ベ・ヴェルが近寄れば風が出る斧で迎撃。
最初から使っていればサリータたちも警戒しただろうが、ここまで温存したことで虚をつかれ、対応が後手後手になってしまう。
「ダメージを与えても怯まないのが厄介さね! 相討ち覚悟で振り回してくるよ!」
「隙もまったくない! せめて大納魔射津だけでも防げれば!」
ここまでくれば、本物のメッターボルンと対峙しているようなものだ。
さらには痛みも感じず死も怖れないので、現状の武具無しの二人にとっては、かなり厄介な相手である。
しばらく防戦一方だったが、ようやくサリータが対抗策を思い出す。
「アイラ、何をしている! お前の出番だろう!」
「えー!? あれに近づくの!? 無理だって!」
「そのための魔石じゃないのかい! 早く行きな!」
「お、押さないでよ! い、行くから!!」
ベ・ヴェルにも押されて、ここまで蚊帳の外だったアイラが能力を発動させようとする。
アンシュラオンは無理難題な試練は課さない。ここもアイラの『破邪結界』を使えば打開できるはずだ。
がしかし、アンシュラオンもそれを知っているので、再び狙いをアイラに変更。
鋭いステップでサリータたちを置き去りにすると、アイラに向かって斧を振りかざす。
「ひぅっ!!」
アイラは能力を使っていいのか、剣を使っていいのかわからずに硬直。
相変わらずの判断能力の低さが露見してしまう。
(アイラの弱点は、状況判断能力の低さだ。アホの子だから仕方ないとはいえ、そこを山では狙われ続けていた。あの時は育成する時間がなかったから囮として使っていたが、そろそろ超えねばならない時期だ)
躊躇なく斧が彼女の脳天に向かって振り下ろされるが、いまだ彼女は身動きが取れない。
サリータもカバーしようとしているが、間合いが悪くて助けに入れない。
まさに絶体絶命だ。
(や、ヤバッ! 死ぬ! 死んじゃう!!)
死の危機にアイラの生存本能が力を求める。
額のサークレットが光り輝くと、両腕に力が入って『勝手に』動き出した。
迫り来る斧の攻撃を真横から叩いて弾き飛ばしつつ、もう片方の剣で足を斬り飛ばす!
その刃は、まさに閃光の如く。
凄まじい剣撃で、鎧ごと闘人を吹っ飛ばしてしまう。
「えっ!? 何が起こったの!?」
「いいぞ、アイラ! 結界を維持したまま下がれ!」
「う、うん! 集中集中!」
サリータの指示で、アイラが下がりながら『破邪結界』を展開。
これによって大納魔射津と術式武具の強風が効果を失い、戦況が一気に覆されることになる。
が、アイラは何が起きたのか理解していない様子だ。
(破邪猿将の『自動カウンター』が出たか。あの腕力も猿の王を彷彿とさせるな。本当は自分の力で打開させたかったが、ひとまず実戦で力を引き出せたことは及第点だ)
ファテロナでさえ避けることができなかった破邪猿将の『自動カウンター』が発動。
アイラが使っているのでいまいちピンと来ないが、剛腕で海軍を散々苦しめた破邪猿将である。
身体能力の強化も腕が一番強くなるのは自然なことであり、腕の攻撃力の増加に関してはベ・ヴェルよりも上だろう。
その証拠に、非力なアイラが放った一撃にもかかわらず、アンシュラオンの闘人が大ダメージを受けて、二割ほど削られて小さくなっていた。
「一気に仕留めるよ!」
失った足を他の戦気で補填したため、痩せ細ってしまった鎧人形はサリータとベ・ヴェルに力負けしてしまう。
今度はアイラも集中して結界を維持しているので、敵側に打開策はなく、こうなれば負ける要素は何一つない。
サリータで物理防御を続け、ベ・ヴェルの攻撃で腕を破壊して斧を奪取。
完全に戦闘力を奪ったところで、ボコボコにして勝利確定である。
「それまで。三人の勝利だ」
「はー、はー! やった…やったぞ! 師匠に報いることができた!」
「ったく、てこずらせてくれたねぇ。三対一でこれかい」
そうは言いつつ、ベ・ヴェルも嬉しそうに笑う。
やはり単純な基礎練習と模擬戦では充実感が違うのだ。
「ふぇー、びっくりしたよー」
「アイラにしてはがんばっていたわね」
「あっ、ユキ姉! 見てたのー?」
「今さっき来たところよ」
公演の片付けを手伝っていたユキネも戻ってくる。
ユキネは汗だくになった妹に手を貸して、優しく起き上がらせた。
「もっと自信を持ちなさい。あなたは私よりも才能があるんだから」
「へへへ、そうかなー?」
「判断はまだまだ遅くても身体はちゃんと反応していたわ。山での戦いの経験が生きたわね」
「よかったー! アンシュラオンったら本気で殺しに来るから怖いんだよねー!」
「あなたのためを思ってのことよ。危険から身を守るためにも力は必要だもの」
「私は平凡な人生でいいのにー」
「ユキネさん、お疲れ様。そっちの魔石はどう?」
アンシュラオンが訊ねると、ユキネは首を横に振る。
「まだ全然ね。魔石獣どころか発動も怪しいわ。マキさんもそうだって聞いているから、ちょっと安心だけど」
「ギアスは成功したはずなんだけど…覚醒にも個人差があるのかな?」
「老師いわく、魔石が強すぎるせいね。きっとまだ馴染んでいないのよ。もしくは寝坊助なのかしら?」
アイラたちとは違い、マキとユキネは魔石発動には至っていない。
その要因の一つには、ジュエル自体が長期間、眠らされていたことが挙げられる。
キャロアニーセも十年以上はしまっていたし、ラポットも同じように使わずに保管していた。そもそも原石化してからだいぶ経っているだろう。
また、サナたちもギアスをかけてから、それなりの時間が経過してようやく発動に至っているので、そのあたりも関係しているのかもしれない。
(もっといえば、普段から魔石に頼らなくても強いからだろうな。他者の力をあてにする癖がついていないんだ。結局、魔石の発動も二人三脚だしな。その点では、三人のほうが成長が早そうだ)
ともあれ、足手まといと呼ばれた三人が、短期間にこれだけ強化されたことは実に喜ばしい。
これからも、さらなる成長に期待である。




