462話 「アーパム財団設立 その1『特権』」
グランハムが帰った直後。
アンシュラオンは小百合を呼んで事情を説明。
「グランハムさんの言うことも、もっともですね。商会を作ったほうが絶対にお得です! 税金もお安く済みますよ!」
「そういえばグラス・ギースでハンターになった時も、税金に関して教えてもらったよね。面倒な手続きは小百合さんにやってもらったっけ」
「はい。あの当時は市民権の関係で税率が高かったですが、今のアンシュラオン様ならば遥かに少なくなります」
「ハピ・クジュネは税金が安いの?」
「いえ、むしろグラス・ギースより高いです。安全な街にするためにはそれだけ軍備にお金がかかりますし、見回りといった治安維持も必要になります。受けられるサービスも多いですから必然的に税金も上がるのです」
「それなのにお得なの?」
「お忘れですか? アンシュラオン様は、この都市の『特別永久名誉市民』なのですよ! つまりは都市を救ったヒーロー! 税金もほとんどかからないどころか、さまざまな優遇措置があります!」
「あー、そんなのあったね。全然気にしてなかったよ」
ライザックから感謝状や勲章が届いたが、まったく興味がなかったので玄関に飾られたままになっていた。
しかし、グラス・ギースで市民権が特別視されていたように、都市内部で快適に暮らすためにも居住権は極めて重要だ。
特に『特別永久名誉市民』は、アンシュラオンのためにわざわざ作られたものなので、今まで授与した者がいない唯一無二のものである。
その内容は、ほぼ【治外法権】に等しかった。
「まずは個人での権限の拡充ですね。ハピ・クジュネ内における全施設の立ち入りはすべて自由かつ、そこでの行動に関してはいかなる罪にも問えません。仮に殺人や窃盗を犯しても海軍が関与することはないのです」
「へー、そんなにすごい権利だったんだね」
「また、アンシュラオン様の関係者、つまりは私たちですが、それに関しても同じように適用されるようです。もちろんやりすぎた際は都市側から打診や陳情が届くでしょうが、それを無視することも可能です」
「なんでもありだね。まあ、ライザック自体がオレに都市運営をしろとか言っていたくらいだしなぁ。それ以前に、あいつらじゃオレを止められないか」
「そうですね。海軍もアンシュラオン様を敵に回したくありませんから、すべての行動を黙認するつもりなのでしょう。そして、この白詩宮の敷地内もハピ・クジュネに干渉されないという意味で、完全にアンシュラオン様の自由になります」
ベルロアナが暮らすための館が隣で改修中だが、以前ファテロナが述べたように、いざという場合はここに逃げ込めば誰も手出しはできなくなる。
当然、アンシュラオンが特別な立場であることを知っていたからだ。知らないのは当人だけである。
「さて、本題の商会ですが、税率は1%未満となっております。この未満の部分は、扱う商品によって多少変化がある程度のようです」
「それってほとんど無いのと同じだよね。前とは大違いだ」
「通常の場合、大きな商会では25%、小さな商会だと15%程度の税率ですので、明らかな優遇措置といえますね」
「うちと提携するハングラスは、グラス・ギースに税金を支払うんだよね? そっちには適用されない?」
「在籍都市が違いますし、優遇措置は我々だけとなります。ただし、派閥直轄の商会ならば税率は多少安くなるようです。ゼイシル様からの書状を見ますと、取引先はグラス・ギース所属の『ハン・エス商会』になっていますね」
「警備商隊は実働部隊だから、別の商会を使うのかな」
「私がグラス・ギースにいた頃には聞いたことがない商会ですから、もしかしたら専属取引用に新設した可能性がありますね。それだけ大口の契約だと考えているのでしょう」
「あの計画を聞いちゃうとね。かなり本気みたいだ。小百合さんはどう思う?」
「キャロアニーセ様が奮闘したとしても、グラス・ギース自体に未来はあまりないですからね。新しい都市を造るという発想は面白いと思います。ただ、今の状態では資金があってもかなり困難に感じられます。ハローワーク内部でも西部は不毛の大地というのが常識です」
「だよね。グラス・ギースは千年、このハピ・クジュネだって三百年以上かけて成長してきたんだ。簡単じゃないよ」
「ですが、実利主義のハングラスが無謀なことをするとは思えませんので、何かしらの秘策がありそうです」
「会ってほしい人物ってのも気になるよね。とりあえずハローワークに行こうか。まずは商会を作ってから考えよう」
「商会の前に【財団】を設立するのはいかがでしょう?」
「財団? 商会とは違うの?」
「商会は利益を目的としたものです。それゆえに多くの税金がかかります。一方の財団は、集められた資金や資産を運用するための組織です」
この世界における商会とは、いわゆる一般企業のことであり、その活動内容によって各種管理組織からの制約を受ける。
たとえばハンターや傭兵団がそうで、仮に商会登録したとしてもハローワークからの制限を受けるだろう。
モヒカンのスレイブ商会も、本部が決めた規約や命令に従う必要があり、違反すれば認定を取り消されてしまい、スレイブ・ギアスの機器も没収されてしまう。
アンシュラオンがこれから新しく商会を作ったとしても、扱う商材を管理する組織に多少なりとも干渉されてしまうわけだ。
しかし、財団はそれとは性質が根本から異なる。
財団とは、集めた資金を運用をするためのものであり、その目的や活動内容に関してあらゆる制約を受けない。
特定の行動が各種管理組織の活動内容に抵触する場合は、そのルールに従う必要があるが、そうでなければ資産の使い方は自由だ。
「アンシュラオン様は現在、莫大な資産をお持ちです。それを管理するために財団を作り、受け皿として商会を作るほうが効率が良いのです。一つクッションを挟むことで新たな経費を捻出できますし、他の管理組織に対しても圧力をかけられます」
「形式的には、財団から商会へ仕事の依頼をする感じかな。たしかに商会に多くの資産を移しちゃうと1%未満とはいえ損になるね」
「額が大きくなればなるほどそうなります。また、複数の商会を作る際にも管理が簡単になります。アンシュラオン様から頂戴した今後の活動内容の指針を実行するためには、こちらのほうがよろしいでしょう」
「オレが上位組織である財団を管理して、そこから派生させて目的別の各商会を作って運営していくスタイルか。となると、各商会にはそれぞれの管理者と人材を配置する必要があるよね。それだけ人数が必要になるってことか」
「これだけの規模となりますと、我々だけでの運用は不可能です。今後は人材の確保も重要な要素になりますね。グランハムさんが言っていたように、細かな交渉ができる営業マンや、帳簿をつける経理、在庫管理専門の人材がいれば、相手もやりやすくなるでしょう」
「オレが直接関与しなくてもいいから、無駄に時間を取られることもないのか。そもそも人を使う理由って時短が目的だもんね」
「その通りです。アンシュラオン様は、ご自身がやりたいことに集中できます。細々とした雑事に追われては、価値ある大きな仕事はできませんからね」
「いいね。それでいこう。手続きは任せていいんだよね?」
「もちろんです! お任せください!」
「よし、さっそく行こうか! そろそろサナも戻ってくる頃だ。一緒に連れていこう」
アンシュラオンは戻ってきたサナと、ホロロと小百合を連れてハローワークに赴く。
普通に移動すると目立つので、馬車を使って近くまで運んでもらうことにした。
白詩宮の近くに常駐しているこの馬車は、以前乗ったものと同じく海軍から派遣されたものなので、移動の制限も少なくて快適だ。
あまり描写はないが、何かあった際に即座に対応するために、家の近くには海兵が必ず待機している。
担当官は、ものすごく久々の登場であるリグ・カットゥ三等海士である。
すでに忘れていると思うが、アンシュラオンが初めてハピ・クジュネにやってきた時から案内を担当してくれている若い海兵だ。(土地を見て回った時も案内してくれた)
せっかくなので馬車に乗りながら雑談を嗜んでみる。
「カットゥさんは翠清山の戦いには参加しなかったの?」
「私などは若輩者ですし、もとより戦闘はからきしでして。ひたすら都市内部での治安維持に邁進しておりました!」
「あれ? その階級章って二等海士のものだよね。昇進したの?」
「誠に残念ながら海士が減ってしまいまして、押し上げられるように二等海士に任命されました。嬉しいですが複雑な気分です」
「あれだけの犠牲が出たからね。海兵不足は深刻か」
「ですが、アンシュラオンさんのご活躍には、私たちも感謝感激であります! ハイザク様もお戻りになられましたし、おかげで最悪の事態は避けられました!」
「オレは自分の役割を果たしただけだよ。もらうものはもらってるしね」
「それでも今のハピ・クジュネがあるのは、アンシュラオンさんのおかげです。私もご案内ができることを常に誇りに思っております」
ハピ・クジュネにやってきた当初は『監視』の意味合いが強かったが、現在では海軍からも信頼されていることが雰囲気から伝わってくる。
実際にスザクを助けてハイザクまで助けたのだから、ハピ・クジュネの恩人ともいえる。
ライザックも監視するのではなく、好きに動かすことで自分たちも利益を得る方向にシフトしている。そのための特別永久名誉市民の称号である。
しばらく雑談を続け、無事ハローワークの手前まで到着。
そこから入口まで歩いていくと、名物であるミスター・ハローがいた。
「ハロー、ハロー」
相変わらず勤勉である。
彼は雨の日も雪の日も休まない労働者の鑑だ。
「…じー」
「ハロー、ハロー」
「…ごそごそ」
サナがポケットから飴を取り出し、そっと差し出す。
以前は投げつけたこともあったが、今度はしっかりと手渡しができた。
その成長に兄は悶絶。
(サナちゃんも成長しているね! お兄ちゃんは感動だよ! うちの子、マジ天使!)
戦闘面で強くなったとはいえ、サナはまだまだ子供だ。
街に戻ってからは戦うことも減ったので、今まで通りに情緒の成育に力を注ぐつもりでいる。
こうした人々との些細な触れ合いによって子供は成長していくのだ。何事も経験である。
そして、ハローワークのエントランスに入った時に『ソレ』に気づく。
「サナ、何を持っているんだ?」
「…ぐっ」
「紙?」
サナが手を開くと、そこには小さな紙切れがあった。
さきほど飴を渡した時に一瞬の「間」があったのは、ミスター・ハローからこの紙を受け取っていたからのようだ。
「見せてくれるか?」
「…こくり」
アンシュラオンが軽く目を走らせて、紙の裏面を確認。
「なるほど、そういうことか」
それだけ呟くと、アンシュラオンは紙を燃やす。
完全に消滅させるために火気と命気を使って、焼いたうえで蒸発させる念の入れようであった。
それに興味を抱いた小百合が訊ねてくる。
「何だったのですか?」
「いや、ただの紙切れだったよ。飴玉の包みさ。それじゃあ、さっそく手続きをお願いしようかな」
「はい! 少々お待ちください!」
小百合が他の職員を弾き飛ばしながら職員専用通路を走っていく。
彼らの表情は、小百合を視認した時から暗かった。
内心では「また来たのか」と思っているだろうが、アンシュラオンの名声がさらに高まったことで、彼女に対してますます何も言えなくなっているのが哀れである。
「やぁやぁ、君がアンシュラオンさんかな?」
「………」
「聴こえてるかなー? 僕はここだよー」
「………」
「おーい、アンシュラオンくーん」
「…え? オレに話しかけてるの? おっさん、誰?」
小百合を待っていると謎のおっさんから話しかけられた。
年齢は五十代くらいだろうか。立派な髭をたくわえ、金縁の眼鏡をかけた体格の良い男性で、なかなかの存在感を醸し出している。
が、アンシュラオンの目や耳には、どうでもいい男は消える仕様があるので、三度目でようやく話しかけられていることに気づく始末だ。
「やっと気づいてくれたね。おじさんは嬉しいよ」
「オレと話す時は五メートル以上は離れてもらえる? 男の臭いが駄目なんだよね」
「ははは、厳しいな。そんなに離れたら声が聴こえないよ」
「それならそれでいいかな。じゃ、さよなら。二度と話しかけないでね」
「ああ、待ってくれないかな。ちょっと挨拶をしようと思っただけなんだ」
「………」
「手間は取らせないよ。少しだけでいいからさ。頼むよ、この通り!」
「やれやれ、しつこいな。で、おっさんは誰なの?」
「ミナミノさんから聞いてないかな? これだよ、これ」
その男は、胸にある『金の刺繍』を指さす。
着ている服はハローワークの制服のようだが、素材も造りも他のものとは違って上質で、刺繍部分もきらびやかで値が張りそうだ。
それを見てようやく小百合の話を思い出した。
「もしかして『金服』の人?」
「よかった! ちゃんと話してくれていたんだねぇ。おじさんは嬉しいよ」
「ふーん、あんたが金服ねぇ」
「冴えないおじさんで申し訳ないね。期待外れだったでしょ」
「いや、そうでもないよ。思ったよりやり手みたいだ」
「まさかまさか。ただの中間管理職だよ。でも、お世辞でもそう言われると嬉しいもんだねぇ。僕の名は、マイス・キンバリィ。ハローワークで【特別監察官】をやらせてもらっているよ」
「監察官って内部調査が仕事だよね? ここで何か問題でもあったのかな? 言っておくけどオレたちは無関係だからね。文句ならライザックに言ってよ」
「そう警戒しないでほしいな。仲良くやろうよ。ほら、敵意なんてまったくないでしょ? 無害無害」
キンバリィは、人懐っこい笑顔を浮かべる。
見た目は体格の良さも相まって威圧感があるが、その愛嬌の良さから接しやすい雰囲気がある。
だが、凡庸な人物が監察官になどなれるわけがない。




