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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「アーパム財団」編
460/617

460話 「グランハム来訪 その1『個人を超えて』」


 四月に入り、暖かい風が心地よく海を揺らしていた頃。


 グランハムが白詩宮にやってきたので、客間に招き入れて歓迎する。



「やぁ、よく来たね。けっこう久しぶりかな?」


「山を下りたあとは後続の部隊に任せていたからな。我々もかなりの損害を受けた。いまだにその補填と補充に手間取っている」


「あれだけの精鋭部隊だ。育成にも時間がかかるだろうね」


「そこは仕方がない。だが、資金があればいくらでも立て直すことができる。これからもザ・ハン警備商隊は、さらに規模を増していくだろう。今はその準備段階といえる」



 警備商隊が相当な打撃を受けたことは、山での戦いを見ればすぐにわかることだ。


 逆にあれだけの被害を受ければ瓦解しそうなものだが、ハングラスへの忠誠心が高いことも彼らの特徴である。


 遺族への見舞金や今後の生活保証を含め、派閥全体で守っていく姿勢がある限り入隊希望者も増えていき、時間さえあれば彼らは何度でも蘇る。


 傭兵なので死ぬことなど常に覚悟しているわけだが、むしろその後の遺族保証を考えれば、死んだほうが得な面も多いほどだ。


 翠清山の作戦に参加していた傭兵の中にも、その手厚い保護を知り、警備商隊への入隊を志願する者も大勢いるという。



「それはそうと、サナの誕生日パーティーの通達が遅すぎる。間に合わなかったではないか」


「ごめんごめん。オレもすっかり忘れていてさ」


「遅くなったが、これを贈っておく」


「何これ?」


「術符セットだ」



 グランハムがテーブルに置いた箱を開けると、二百枚の術符が綺麗に整頓されて入っていた。


 水刃砲のような基礎的なものから、雷貫惇や火鞭膨といった第二レベルのものまでそろっている。


 一枚あたり十万円以上はするので、合計すればかなりの額となるはずだ。


 プレゼントとしては破格だが、アンシュラオンは苦笑いを浮かべる。



「誕生日プレゼントに術符をくれた人は初めてだよ」


「服などいくらでも持っているだろう。であれば、やはり実用的なものがよい。術符はいくらあっても無駄にはならぬ」


「グランハムらしいね。サナも喜ぶと思うよ」



 人の性質は簡単には変わらない。


 いつ会ってもグランハムはグランハムのままである。



「サナを呼んでこようか? 裏の森で訓練しているはずだよ」


「今日はビジネスの話だ。無理に呼ぶことはない。まずはこれを渡しておこう」



 グランハムが一通の書状を取り出す。


 その『封蝋』には『黒狐』の紋様が刻まれていた。



「この狐の紋章は、ハングラスのものだよね?」


「そうだ。直系の者が出したことを証明するもので、現状では当主のゼイシル様だけが使うことを許されている。そして、代理人の私が直接手渡したものだけが効力を発揮する」



 封蝋だけならば偽造も可能であるため、腹心であるグランハムを経由して初めて有効になる徹底ぶりだ。


 それだけこの書状が重要なものである証拠ともいえる。



「では、さっそく拝見」



 アンシュラオンが書状を開く。


 内容は、ハングラスとの業務提携に関する詳細案とともに、ゼイシルとの会合の打診が書かれていた。


 だいたいは予想通りではあるものの、派閥のトップが打診してきたことに意味がある。



「ゼイシルさんと面会か。神経質って聞いたけど、すぐ怒ったりしないよね?」


「お前が怒らせることをしなければな」


「何が地雷なのかを先に教えてよ」


「公平さを好む御仁だ。欲張らずに対等に接すれば鷹揚な大商人の風格を感じられるだろう。だが、理不尽なことには怒りを覚えやすい御仁でもある」


「商人らしく対等に、か。それはこちらも同じ考えだね。ほかには?」


「強いて挙げるとすれば…ゼイシル様は『未婚』だ」


「それがどう地雷になるの?」


「女性関係に疎いとまでは言わぬが、勤勉で真面目な性格が災いして、いまだに結婚には至っていない。そういうところで浮ついたことに厳しい気質がある」


「つまりは、オレがたくさんの女性を囲っている件?」


「女を何人も抱えている商人など、ざらにいるものだ。商談である以上、特段問題にはならないだろうが、あまり前面に出さないほうがよいだろう。そこは女性保護などと言って誤魔化せ」


「誤魔化せって、自分の主に対してそんなやり方でいいの?」


「ある程度は融通を利かせることも人生を楽しむ秘訣だ。たとえば私の酒のようにな。その意味で、あの御方には遊びが足りない。派閥のトップとしては素晴らしい資質ではあるがな」


「なるほどね、だいたいわかったよ」



 総評すれば、勤勉で真面目なワーカーホリックタイプ、といったところだろう。


 元日本人としては、そういう人々を大勢見てきたこともあり、さほど驚くことではないが、いつ死ぬかもわからない荒野においては珍しいのかもしれない。



「蛇足かもしれんが、その関連でいえば『プライリーラ嬢』の話題は出さないほうがよいだろう」


「プライリーラ? ああ、ジングラスのトップだよね? オレはまだ会ったこともないんだけど、何か理由でもあるの?」


「彼女はゼイシル様の婚約者候補にもなっている。なってはいるのだが…相手側が完全無視を決め込んでいるのだ」


「いくら派閥のトップ同士だからって、それはまずいよね。逆にトップ同士だから非礼なのかな?」


「しかも相手側が一方的に嫌っている。いや、そもそもこちらに興味がないようだ。その態度も個人的には気に入らん。あの女は自分に自信がありすぎるきらいがある」


「グランハムは彼女が嫌いなの?」


「雇い主をないがしろにされて好きになる傭兵はいない。ただし、実力は確かだ。そこも気に入らんがな」


「マキさんも言っていたから相当に強いんだろうね」



 往々にして強い女性は自信があるものだ。


 キャロアニーセもそうだし、マキもファテロナもそうだ。サリータやベ・ヴェルにしても傭兵であることに誇りを持っていた。


 そういった女性が扱いにくいことはアンシュラオンも理解できるので、プライリーラも同じだと推察できる。



「たしかゼイシルさんって四十代半ばくらいだよね? で、プライリーラは二十歳くらいだっけ?」


「ゼイシル様が四十四歳、プライリーラ嬢は二十一歳になったはずだ」


「だいぶ差があるけど、まあ許容範囲かな。男は年齢がいっても関係ない側面があるしね。でも、どうして無視なんだろう。経済的にはすごい旨味のある話じゃないか」



 現在ハングラスは、グラス・ギース内部で二番目に大きな勢力だ。


 医薬品と食糧を除く物品全般の流通を牛耳っており、ハングラス無しでは都市内での経済は成り立たない。


 三番目に大きな規模のジングラスは、キャロアニーセの話でも出てきたが『食料品』を一手に取り扱う勢力である。


 物品以上に食糧は重要な要素であるため、実質的にはハングラスに匹敵する力を有していた。



「本来は現役の派閥のトップ同士は結婚しない慣例があるが、我々の勢力が合併すればマングラスにも対抗できるようになる。此度の婚姻話もそれが目的だったのだが…」



 グラス・ギースにおいて、グマシカ率いるマングラスは極めて強大な勢力だ。


 物や食糧以前に、人がいなくては物事は成り立たない。その人材を一手に管理するマングラスが強いのは当たり前である。


 そのうえ山での戦いを見てもわかるように、裏では禁じられた技術を使って戦力を増している。単純な戦闘力という意味でも他勢力は後れを取っているわけだ。


 しかし、警備商隊とプライリーラが結託すれば、彼らに対抗できる可能性が出てくる。プライリーラ自身も強力な武人だからだ。


 ただし、基本的にグマシカたちは表に出てこないため、ひとまずゼイシルの目的は『経済的対抗』に比重が置かれていることが重要だ。


 では、なぜそれが上手くいっていないのか。


 その理由は、まさに単純明快だった。



「プライリーラ嬢は、キブカランに熱を上げているのだ。求婚もしていると聞く」


「ソブカに? だって、あいつはラングラスの傍系でしょ? 立場的には全然下じゃないか」


「その才能に惚れ込んでいるようだ。といっても、あの二人は幼馴染でもある。そのあたりも関係しているのだろう」


「だからオレにわざわざ忠告したのか。でも、ソブカのことまで責任は負えないな。オレとしてもビジネスパートナー以上の関係じゃないし」


「それだけ我々ハングラスは、山の利権を重要視しているということだ。商談の失敗は絶対に許されない。頼むぞ」


「あまりプレッシャーをかけないでよ。もともと商人じゃないんだから、そこは大目に見てくれないとさ」


「取引の内容は確認したか?」


「主たる商材は山で得た資源だよね。その中には『例の鉱物資源』も含まれている。そもそもこの情報は、そっちからもらったものだから当然だよね。炸加にはもう会った?」


「お前の指示通り、担当者はすでに接触してはいるが…」



 グランハムの口調には若干の不満、もっと詳細に述べれば『不安』が垣間見える。



「何か問題があった? 移動手段が嫌だったとか?」



 ハングラス側の移動にも、ヒポタングルが引っ張る空中籠を使っているので、山頂付近であっても極めて短時間で合流ができる。


 これはこれで便利だが、空に耐性がない人間が乗れば怖いに違いない。


 が、グランハムの不安は違う側面のものだった。



「私も報告書でしか見ていないが、彼自身はそういう性格なのだろう。それはいい。鉱物を見極める手腕は見事だ。しかし、業務上の手続きに関しては素人だ。サポートする人材を派遣してもらいたい」


「ああ、そっちか。びっくりしたよ。でもまあ、そうだよね。鍛冶師であることを除けば、ただの一般人だしなぁ」



 元来、気弱で人見知りな男である。


 いきなりハングラスが派遣した、やり手の担当者とは上手くやれないのは当たり前だろう。


 そのうえ山にいるのは護衛の魔獣たちと、言葉の通訳はできても人間社会には疎いフーパオウルに加え、魔獣を狩ることにしか興味のないハンター連中だけだ。(ジュザたちも護衛についているが、商売は素人である)



「商材の管理は重要だ。せめて正確な数字を記録する人材は欲しい」


「事務に強い人材ってことだよね。かといって小百合さんを手放すのは、安全面から考えてもちょっと心配かな」


「べつに身内を派遣する必要はない。代わりの人材を雇えばよいのだ。そのためのスレイブであろう」


「それもそうか。事務だけなら有能な人材も多いね。それに、危険が伴うなら男でもいいか。代理契約にすればいいんだし、死んでも惜しくないからね」



 今までは女性を優先してスレイブにしていたが、今後は単純な労働力も必要になるので男のスレイブも重要になる。


 誰しも生活が苦しい現在の状況下では、スレイブ希望者も大勢いる。人材確保には困らないはずだ。



「人選は任せるが、その前に個人との取引ではいろいろと都合が悪い。そこでまずは【商会】を作ってほしい」


「商会? 会社ってことか。やっぱり個人じゃ駄目?」


「巨額な取引になる以上、どうしても制限が生まれてしまう。税務上の観点からも商会同士の取引が望ましい」


「商会自体が取引をするための組織だもんね。先延ばしにしてきたけど、そろそろ作らないと駄目かー」



 ソブカにも言われた通り、これからは個人だけではやっていけない側面が出てくる。


 そのためには『組織』を作る必要があり、自分以外の人材も信用していかねばならない。


 その最初の一歩が、まさに莫大な富をもたらす資源取引になるだろう。



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