46話 「中級市民になったよ」
「あっ、アンシュラオン様、お待ちください!」
出ていこうとすると、お姉さんに止められた。
「何?」
「デアンカ・ギースを倒されましたので、この都市の貢献ポイントを一気に10000ほど獲得されましたが、いかがいたしましょう?」
「貢献ポイント? 何それ?」
「これは失礼いたしました。貢献ポイントは、街の依頼をこなしたり、特定の魔獣を倒すことで貯まっていきます。一般の方なら街での労働や清掃でも貯まります。要するに街への貢献度ですね」
「なるほど、それは重要だね。どんな色のハンターでも街に益を与えないなら意味はないし、逆に一般人でも街に役立つなら大切な存在だってことだね」
「そういうことです。貢献ポイントは、ハローワーク支部のある都市ごとに規定が違いますので、ご注意ください」
「ここのポイントは、ここだけってことか。それで、貯まるとどうなるの?」
「お貯めになられた貢献ポイントによって、いろいろな特典がございます」
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〇貢献ポイントの主な使い道
1 良い心がけで賞
10 がんばったで賞
500 食べ放題券セット
1000 冒険者セット、これで今日から君もハンター
3000 下級市民権の獲得
5000 中級市民権の獲得、入出審査免除
10000 上級市民権の獲得、各種優遇措置
※その他、ポイントに応じたアイテム交換
※その都市、その国家によって特典は異なる。
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(へー、こんなのがあるんだ。掃除一回で1だとすると、食べ放題券を得るまでに500回もやるの? けっこうハードル高いな。逆に言うとデアンカ・ギースは掃除一万回分か。それなら倒したほうが楽だな)
掃除を一万回やってもデアンカ・ギースは倒せないが、アンシュラオンにとっては掃除一万回のほうがつらいので、お掃除の人たちには最敬礼である。
「交換アイテムって、どんなのがあるの?」
「こちらにカタログがございます」
お姉さんが、よく冠婚葬祭で使われるカタログギフトのようなものを出してきた。
小物から大きな物までいろいろある。テントが付いているキャンプセットは地味に欲しい。
(吸水玉まであるぞ。一般人は簡単に手に入らないから、こういうところで手に入れるのかな? 某ゲームのカジノの景品みたいだ。とはいえ、一万ポイントは多いな)
「あっ、そうだ。このポイントって、ラブヘイアにも分けてあげられるかな? 一緒に倒したから、あいつにも権利があるよね?」
「はい、同伴者には可能です。ただし最大で半分となります。仮に同伴者が二人いれば、半分を二人で分ける形、四分の一ずつとなります」
「実際に倒したやつが半分。それ以外を分けるのか。今回は二人だからいいけど、もっと多いパーティーだと揉めない?」
「パーティー登録をしておけば、均等に分けることができます。さきほどの傭兵団の方々はそうされています」
「パーティーか。楽しそうだね」
「ラブヘイア様をパーティーに入れれば、今後も…」
「遠慮するよ。それは永遠にないから。今回だけ分けてあげて」
「かしこまりました」
即答である。あんな変態と組むのは一度で十分だ。
それからいろいろと見比べ、最終的に一つを選ぶ。
(こういう場合、ちょこまかしたものを選んでも後悔する。価値あるものを一つ、どーんと買うか)
「この『中級市民権』ってやつと交換できる?」
「すぐにご用意いたします! お任せください!!」
「えっ? なんでお姉さんが、そんなに張りきるの?」
すごい熱意だ。カウンターから身を乗り出してきた。
「申し訳ございません。興奮してしまって。市民権を得ることは、単に納税面でもメリットはありますが、自分たちの【身内】になるということなのです。だから嬉しくて、つい…」
同じ街に暮らす仲間になる。
この世知辛い世の中において、それはもう身内であり、助け、助けられる間柄となることを意味する。
認めてもらうための貢献ポイントであり、認められた証の市民権だからだ。
「そっか、思ったより深い意味があるんだね。昨日ここに来たばかりだから、まだ愛着とかないんだけど…こんなオレが市民権を得るってどうなのかな? やっぱり迷惑かな?」
「そんなことはありません! ぜひとも市民になってください! そうなれば私といつでも会えますから!! 中級市民になると中級街に家が持てるのです。私も中級市民なのでお隣だって可能…いえ、いっそのこと一緒に住むこともできますよ!!」
「あ…うん。そうなんだ。それは魅力的だな」
押しが強い。
「じゃあ、お願いしようかな」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします! 私もアンシュラオン様専用の受付嬢として日々がんばりたいと思います! よろしくお願いいたします!」
(あれ? いつの間にか専用の受付になったぞ? 綺麗なお姉さんだからいいけどね。最初は丁寧だったけど、打ち解けてくると面白い人だな。ちょっと見てみようかな?)
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名前 :小百合・ミナミノ
レベル:12/50
HP :100/100
BP :40/40
統率:E 体力: F
知力:C 精神: F
魔力:F 攻撃: F
魅力:D 防御: F
工作:C 命中: F
隠密:E 回避: F
【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0
☆総合:評価外
異名:ハローワークの名物受付お姉さん(年下の恋人募集中)
種族:人間
属性:
異能:万年笑顔、迅速事務処理、信頼感、年下好き
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(知力と工作が高いから事務系ってことなのかな? スキルもそんな感じだしね。って、年下好きなんだ。オレと相性良すぎるな)
かたや年上キラー、かたや年下好き。もう完全なる一致である。
年齢もマキと同じくらいなので、アンシュラオンより年上なのだろう。相性ばっちりである。
(うん、改めて見ても綺麗な人だ。マキさんは凛々しい感じで、このお姉さんは少し柔らかい感じで両方とも好みだな)
やや黒に近い紺青の髪の毛。垂れ目でおっとりした顔付きは童顔で、綺麗と可愛いの中間の印象を与える美人である。
マキよりも胸は小さいが、十分なサイズはあるように見える。あくまでアンシュラオン独自のおっぱいセンサーによる査定だが。
「お姉さんの名前を教えてくれる? これから長い付き合いになると思うしさ」
「あっ、はい! 小百合・ミナミノと申します! 二十七歳、独身です! 結婚前提での恋人募集中です!」
関係ない情報まで口走った。
だが、アンシュラオンは違うところに思いを馳せていた。
(小百合・ミナミノ…どう考えても日本人の名前だな。ミナミノは、南野か? しかも名前は漢字を使っている。門番のマキさんも日本名といえなくもない。…ちょっと訊いてみるか)
「ねえ、身内に日本人っている?」
「ニホンジン…ですか?」
「うん、とある島国に住む人のことなんだけど…知ってるかな? お父さんとかお祖父ちゃんとかが、そこの出身とかは?」
「そこまではわかりかねますね。あまり訊いたことはないものでして…大切なことならばお調べいたしましょうか?」
「ああ、そこまではいいんだよ。全然気にしなくていいからね。ほんと、たいしたことじゃないから」
「そうですか?」
「そうそう。ちょっと気になっただけだし」
(そういえばこの世界の人は、そもそも人種に対して興味があまりないんだよね。だから自分のルーツとかも、そこまで気にしないのかもしれないなぁ)
どこの国の人間でどんな肌の色か、というより、どんな考えでそこにいるのか、ということを重要視する。
そのほうが建設的だが、少し味気ない思いもある。
(地球にいる時は、国家や人種の違いであれこれ言う人間を愚かだと思ったけど、いざなくなってみると国際試合も盛り上がらないんだろうな。憎しみがパワーになることってのもあるしね。まあ、無いなら無いほうがいいんだけど)
そうこうしている間に市民証明書が出来た。
これもまたハンターカードと同じようなジュエル付きのカードであるが、この都市のデザインなのか、壁に囲まれた城の絵が描かれている。
「こちらが市民証となります。身分証にも使えますし、依頼をこなした際の報酬額にも優遇がございます。当然、入出審査も免除となります」
「これで楽になるよ。免除ってことは、このリングも取れるの?」
「はい。門番の方に身分証を提示してくだされば、今後は不要となります」
「そっか、そっか。いいこと尽くめだね」
「ただ、都市内で犯罪行為を行いますと、それも記録されていきます。特に殺傷行為、殺人などは追放処分もございますので、ご注意ください」
「この青のジュエルの色が変わるのかな?」
「はい。少しずつ赤くなっていきます。殺人は一度で赤になります」
「正当防衛は?」
「その場合はハンター同様に審議となります。黄色ですね。正当防衛が立証されれば青に戻ります。それまでは多少制限が付くことになりますが…」
「どっちにしても面倒ってわけだね。気をつけるよ」
「ただし、これは同じ市民権を持つ者同士の話ですので、持たない方との間では、いかなる諍いについても影響されません」
「持たない人もいるもんね。割合はどれくらいかな?」
「現在、グラス・ギースには十万人程度の住民がおりますが、下級市民が三万人、中級が六千人、上級が千人といった程度でしょうか。それ以外は労働者扱いとなりまして期間限定の滞在となります」
(約四割弱くらいか。あの出入りの多さを見ているともっといると思ったほうがいいな。この数字はあくまで把握している数で、という意味だろう)
市民権を持たない流浪の民は、下級街の安宿で暮らすことになる。
最初にアンシュラオンが赴いた場所が、そのような区域だったのだ。ボロ屋も多かった記憶がある。
さらに都市に入らず、第三城壁内部に滞在している者たちも多いので、実質はその倍はいそうだ。
「もしカードを持たないで犯罪行為をした場合は、記録されないで済むの?」
「仕様上、そうなりますね。ただし、紛失の際は手数料がかかりますし、意図的に持たないことは可能ですが、何かあった際の身分証明や優遇措置はなくなります。あとで判明して悪質と判断されれば剥奪される可能性もあります」
「そこは自己責任でってことだね。ありがとう。よくわかったよ」
「では、こちらが都市内部の地図となります。市民権を持つ方だけに与えられるものですので、身内以外には見せないようにしてくださいね」
「うん、わかったよ」
「ちなみに私の家はこのあたりです。昼間はここにいますが、夜ならいつでも来てくれてかまいませんよ!! ウェルカムです!」
印を付けられた。赤で。
(地図はありがたいね。当然、全部が描かれているわけじゃないから鵜呑みにはできないけど、中はけっこう広いから簡単な把握には役立つな)
これは大事なので、しっかりと革袋に入れる。
「ところで、小百合さんって処女?」
「あーもう、なんてこと言うんですかーー! 処女です!! あなたに捧げるために残しておきました!」
処女だった。ならばよし!
「そうなんだ。そんなに寂しいなら、オレと結婚する?」
「本当ですか!? よ、喜んで!!」
「他にも結婚する人がいるけど、それでもいいなら…」
「まったく問題ありません! 何人目の妻だろうが、アンシュラオン様にならば一生付いていきますとも! では、今後ともよろしくお願いいたします!」
「うん、こちらこそよろしくね。それじゃまたね、小百合さん」
またお姉さんと仲良くなった。
今日はお姉さんデーである。素晴らしい。
(姉ちゃんも、マキさんや小百合さんくらい普通だったらなぁ…)
あの姉と一緒に育つと、マキや小百合の言動が普通に見えるのだから、それはそれで恐ろしいことである。




