459話 「サナの誕生日 その3『みんな一緒に』」
パーティーが始まって数時間が経過。
場が少しずつ落ち着いてきたことで、まったりとした雰囲気が漂っているものの、ラポット一座を含めた大道芸人たちがまだ芸を披露しているので、人々の熱気は収まっていない。
「サナ、みんなが祝ってくれているぞ」
「…こくり。じー」
主役であるサナも嬉しそうにパーティー会場を眺めていた。
悪意から守るための武も必要だが、ただただ単純に好意が集まる場所は居心地がよいものに違いない。
(こんなに喜んでくれるなら、毎年誕生日パーティーを開かないとな。忘れていた自分を殴りたいくらいだ)
なにせ自分の誕生日すら覚えていないのだ。
火怨山ではなんとなく月日を数えていただけで、誕生日そのものには興味がなかったので仕方がない。
※姉が一年に一度甘々モード(繁殖期?)に入るので、それで数えていた
「プレゼントが届いてますよー!」
サナを撫でながら感慨に耽っていると、小百合がやってきた。
その腕には、たくさんの手紙や小包を抱えている。
街の住人からもファンレターや贈り物が大量に届くので、チェックが終わったものから運び入れているのだ。
一般人なので中身は安物ばかりだが、都市を守ってくれたアンシュラオンに対する感謝の念が宿っている。
そうした間接的な感情もサナの養分になっているはずなので、どれも無駄にはできない貴重な品々だ。
「サナ様は今年で十歳なのですよね。それじゃあ、みんなで『誕生日を統一』しませんか?」
プレゼントの整理を終えた小百合が、不思議な提案をしてくる。
「ん? どういうこと?」
「誕生日って特別だと思うのです。それを一つにすることで、みんなの一体感を深められるのではないでしょうか!」
「そうかもしれないけど…そもそも誕生日って変えられるものじゃないよね? 年齢にも差異が出ちゃうし」
「そんなことは些細なことではありませんか! みんなで誕生日を共有することのほうが大切です! そうですよね、サナ様?」
「…?」
「そうですよね、サナ様!」
「…こくり」
「ですよねー! ということで、私も今日で二十七歳となります! いぇーい!!」
よくわかっていないサナを強引に説き伏せた小百合が、ガッツポーズ!
しかし、アンシュラオンは彼女の『間違い』を聞き逃さなかった。
「二十七? 小百合さんって、こないだ二十八になったばかりだよね?」
小百合は加入時は二十七歳だったが、つい先日二十八歳の誕生日を迎えている。
それはそれで祝ったはずであるが、なぜか若返っているのだ。
だが直後、それが作為的であったことが判明。
「いえいえいえ! 統一するのですから、新たな区切りになるわけですよ! なので二十七歳です!」
「えええええ!? どういう理屈なの!?」
「アンシュラオン様は、誕生日が同じなのは嫌なのですか?」
「こだわりはないし、それはいいんだけど…若返るのはちょっとどうなのかなと。だって、年齢が減ってるよね? いろいろと問題があるんじゃない?」
「些細な問題ですって! 私たちの愛は時空すら超えるのです!」
どうやら押し通すつもりらしい。
アンシュラオンが困惑していると、今度はマキがやってきた。
「あら、どうしたのかしら?」
「ああ、マキさん。いいところに来てくれた。小百合さんが、みんなの誕生日を同じにしたいって言うんだ」
「誕生日を同じに? どういうこと?」
「よくぞ訊いてくださいました! 実は―――」
小百合はマキに対しても熱弁を繰り広げる。
なぜか年齢が下がっている点も同じだ。
「というわけなのです! 素晴らしいとは思いませんか?」
「さすがにマキさんは断るでしょ。ね、マキさん?」
マキは不正が許せない真面目な性格だ。
きっと反論するだろうと思っていたが、その反応は真逆だった。
「それは素敵なことね」
「…へ?」
「ええ、ええ! とても素敵なことだわ! じゃあ、私も今から二十八歳なのね!!」
「マキさぁああああああん!? え? いいの? 年齢が下がるんだよ?」
「些細なことじゃない。みんなで一緒のほうが大事よ」
さも当たり前かのように、マキまで「些細」と言ってのける。
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・さ‐さい【×些細/×瑣細】 の解説
[形動][文][ナリ]あまり重要ではないさま。取るに足らないさま。「—なことを気にする」
※goo辞書より抜粋
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一瞬、自分が些細の意味を取り違えているのかと思ったが、やはり間違ってはいないようだ。
そして、その空気を嗅ぎ取った女性陣がぞろぞろと集まってくる。
「あら、いいわね。私も一口、乗っちゃおうかしら」
「自分も賛成であります!」
「ふーん、べつにいいんじゃないかねぇ」
「サナ様の誕生日と同じになれるとは、まさに幸せの極みでございます」
ユキネもサリータもベ・ヴェルも賛同。
ホロロも当然ながら賛同。
「えー! 私もまた十六歳になっちゃうのー!?」
「アイラ、何か文句でもあるの?」
唯一難色を示したアイラに、ユキネたちの視線が集中。
その目はまるで、異教徒を見つけたバッキバキの宗教家のようだった。
「も、文句というか、もうすぐ十七歳だから喜んでいたんだけどー…」
「そうなの。じゃあ、また来年祝いましょうね」
「そうですねー。アイラさんもそのほうがいいに決まってますもんね」
「そうね、些細なことよね」
「う、うう……わ、わかったよー」
小百合とマキの追撃も受けてしまい、あっさりとアイラが撃沈。
すごすごと逃げ戻ってくる姿は、負け犬そのものだ。
「お前な、もっと粘れよ」
「無理だよー。あの人たち、目が本気だもんー! アンシュラオンが言えばいいじゃん!」
「…オレも身の危険を感じるから無理だ」
「でしょー!」
まさかここまで結託するとは思っていなかった。
クルルが雑魚に思えるほどの精神的圧力を放つ女性陣には、さすがのアンシュラオンも手の打ちようがない。
「サナはそれでいいのか?」
「…こくり。…ぐっ」
「そっか。みんなで一緒なら楽しいよな。じゃあ、オレも一緒にしようかな」
幸いなことに、サナは嬉しそうだった。
内容はよくわかっていないが、皆(女性陣)のはしゃいだ気持ちが伝播して楽しいのだろう。
ということで、みんな仲良く同じ誕生日になった。
改めてメンバーの年齢を述べると
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・アンシュラオン、23歳
※『姉魅了』の効果範囲がどうなるかは不明
・サナ、10歳
・マキ、28歳
・小百合、27歳
・ホロロ、29歳
・ユキネ、27歳
・サリータ、26歳
・ベ・ヴェル、26歳
・アイラ、16歳
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となる。
加入時の年齢がそのまま適用されるだけなのでわかりやすいが、実際のところは「鯖読み」に加担させられただけな気もする。
ちなみに火乃呼と炬乃未はディムレガンなので、詳細な年齢がよくわからなかったが、人間として計算すると『火乃呼は24歳』『炬乃未は18歳』相当と思われる。
(なんだか不思議な日だったな。でも、サナが楽しんでいたようだからいいか。これから毎年お祝いできるんだもんな)
こうしてサナの初めての誕生日は、終わりを迎えようとしていた。
夜になって大勢の客が帰路につき、汚れた庭を命気で清掃したアンシュラオンは、少し散歩をしようと白詩宮から出る。
すると、闇の中からそっと人影が近寄ってきた。
「アンシュラオンさん、少しよろしいですか」
現れたのはソブカだった。
闇に身を潜ませる様子は、まさに裏社会の人物に相応しいが、相対するのが一般人だったらビビッて失禁していることだろう。
この男はただ近寄るだけで、それだけの切れ味を有しているのだ。
「サナさんのお誕生日、おめでとうございます。陰ながら祝っておりましたよ」
「コソコソしていないで中に入ればよかったのに」
「公の祝いの場にマフィアがいたら不都合かと思いましてね。僭越ながら誕生日プレゼントは送っておりますので、あとでご確認ください」
「そこまで卑下しなくてもいいだろう。お前もそれなりの商会のトップなんだからさ。で、わざわざ会いに来るなんて何かあったのか?」
「本日は、しばしのお別れを申し上げに参りました」
「別れ? グラス・ギースに戻るのか?」
「はい。今回は利益もありましたが、同様に損失もありました。一度は戻らねばなりません」
「あえて別れと言うくらいだ。長くなりそうだな」
「最低一年を予定しています。その間は代わりの者が窓口になりますので、後日挨拶に向かわせます」
「その目、何か大きなことをやるつもりだな。ついにクーデターでも起こすのか? だが、一筋縄ではいかないぞ。ユシカたちもいるだろうし、キャロアニーセさんも復活したからな」
「ご安心ください。まず私が成すべきことは『ラングラスになる』ことです。それを一年で成し遂げます」
「傍系のお前が直系になれるのか?」
「『やり方』によっては。すでに用意していた地盤をさらに強固にして準備を整えるのです。今アンシュラオンさんがやられていることと同じですよ」
「そうか。何かあれば連絡しろ。といっても、グラス・ギースの内紛には手を貸さないぞ」
「それで問題ありません。以前の私は、アンシュラオンさんの力を過剰に頼ろうとしていました。ですが、それでは本当の意味でのし上がることはできません。本懐は自らの力で成し遂げねばならないのですから」
「お前も山でだいぶ成長したようだな。面構えが違う」
「おかげさまで鍛えられました。私は自力でグラス・ギースを動かせるくらい大きくなります。そして、その時こそあなたの力になり、さらに高く羽ばたきたいと思っています」
「オレに野心はないぞ。今でもかなり満足している」
「あなたが大きくなればなるほど周りは放っておきません。いえ、時勢が放っておきません。ハピ・クジュネも大きく変わるでしょう。それと同時に南部にも大きな動きが起こります。否応なく時代は変化を求めるのです」
「最近姿を見なかったのは、南の情報を集めていたからか?」
「そんなところです。残念ながら、また荒れることは確定しています」
「しばらくはゆっくりしたいもんだがな」
「此度の勝利によって我々は時間を得ました。幾ばくかの猶予はあるでしょう」
「少なくとも一年は、か」
「面倒なことは私がやっておきますが、アンシュラオンさんも『組織』としての力をつけてください。次は翠清山どころの話ではなくなりますよ。魔獣よりも人間のほうが残酷ですので」
「そのあたりはよく理解しているつもりだ。組織力の重要性も含めてな」
「いらぬ忠告でしたねぇ。では、私はこれで失礼いたします」
「死ぬなよ。便利なやつがいなくなると困る」
「不死鳥は不滅です。死にたくても死ねないのです」
そう言い残すと、ソブカは闇に消えていった。
完全に中二病発言だが、実際に能力を発現させれば『不滅』になるのだから間違いともいえない。
「のんびりできるのは、たった一年か。まあ、その時にまた考えればいいさ」
周囲の見回りを終え、アンシュラオンは我が家に戻る。
そこには愛する妹と妻たちが待っていた。
改めて何があっても身内だけは守ると決意するのであった。




