455話 「魔石の進化 その1『ぱっくんちょ』」
「お前たちだけずるいぞ。おれにもやれよ」
五人のギアスが終わった時、見学に来ていた火乃呼がそんなことを言い出す。
すでに独立して一緒に住んでいることもあり、炬乃未も隣で興味深そうに契約の様子を見ていたものだ。
「でも、お前は『焔紅』があるから術式は効かないんじゃないのか?」
「そんなの気持ち次第だろう。あんなことやこんなことをいつもしているんだから、さっさと責任くらい取れよな!」
「責任と言われてもな。まだ何もしてないけど」
「いつも尻にぶっこんでいるだろうが!」
誤解を招きそうな発言だが、これは命気のことである。
キャロアニーセの時にも述べたが、命気はどこからでも浸透できるので、胸や尻からやる必要性はまったくない。
ともあれ、皆がやっているのを見て嫉妬したことは明白だ。
(まあ、こいつの嫉妬くらいは可愛いもんだけどね。それぞれに個性があるし、全員が従順じゃつまらないもんさ)
サナやホロロのように完全に従順な女性も支配欲が満たされるが、愛嬌があればワガママや嫉妬も魅力になる。
火乃呼の場合は、まさに後者であろう。
「炬乃未さんはどう?」
「それはその…わたくしも興味がございます。ぽっ…」
「オレもやりたいのは山々だけど、似合いそうなジュエルが無いんだよね。何かちょうどいいものはあるかな?」
「そ、それならほら、ちゃんと用意してあるぜ!」
火乃呼が胸の谷間からカッティングされた赤いジュエルを取り出す。
表面はやや暗いが、中ではオレンジの光が明滅している非常に美しいものだ。
しかし、なぜ胸の谷間にしまってあったかは謎である。
あまりバッグやポシェットを持ち歩かないタイプなので、そこしかなかったのかもしれないが。
「そんなジュエルあったか?」
「これはおれの炎で作ったんだ」
「焔紅でか? そんなことができるのか?」
「もともとは血液だからな。凝固させることで鉱物にすることもできるんだぜ」
「へー、面白いな。でも、ギアスの媒体に使えるのか?」
「へ、減るもんじゃないし、と、とりあえずやってみればいいだろう! あいつらの魔石だって元は魔獣の一部なんだからよ!」
「それはそうだが…何をどもっているんだ?」
何やら火乃呼の様子がおかしい。
その理由は、直後の炬乃未の言葉で明らかになる。
「わたくしたちディムレガンが好意を示す際、特に【女性から結婚を申し込む際】には、こうして自らの血を固めた鉱物を手渡す習わしがあるのです」
「そうなんだ。それはすごいね。…ん? 結婚?」
「ばばばば、馬鹿! 何を言ってやがる! う、嘘だ! 炬乃未が言っていることは嘘だからな! ちげーし! 絶対ちげーし!」
「そんなことはございません。れっきとした古い慣習です。実際にうちの母親もそうやって…」
「あー、うるさいうるさい! もう何も言うな!」
「ちなみにわたくしも用意しております」
ここぞとばかりに炬乃未が同じような鉱物を出す。
火乃呼よりも一回り小さいが、彼女の性質を表しているようにきめ細やかで、上品な雰囲気を醸し出している血の結晶であった。
「なっ、どうしてお前まで!」
「私はすでにアンシュラオンさんのもの。身命を賭して尽くすつもりでいるのよ。なら、これくらいは当然のことでしょう?」
「お前はやらなくていいんだよ! おれがやるからいいの!」
「姉さん、独占しようなんてずるいわ。それこそ独り占めできるような御方ではないでしょう? みんなで分け合えばもっと仲良くできるのよ」
「そ、そうだ! お前にはあの…なんだっけ。やる気がなさそうな顔をしているあいつがいるじゃねえか! えーと、サクサクみたいな名前のやつ!」
「炸加さんのこと? どうして彼の名前が出るの?」
「あいつ、なんかお前のことが気になってるとか言ってたぞ。おれも他人から聞いた話だけどな!」
「気になる? どうしてかしら?」
「気になるっていったら一つしかねぇだろう。あいつを恋人にしてやればいいんじゃないか? ああ、そうだよ。それがいい」
「恋人? 彼と? ふふふ、姉さんもそんな冗談が言えるようになったのね」
「じょ、冗談?」
「だって、彼とはただのお友達ですもの。恋人になんてなれるわけないじゃない。友達は友達。それ以上でも以下でもないわ。そんなに話したこともないから、むしろ『顔見知り』かな?」
炸加、ノックアウトのお知らせである。
最初から脈などないのはわかりきっていたが、この反応を見ると可能性は限りなくゼロに近いと思われる。いや、ゼロかもしれない。
(これは炸加には黙っておこう。やる気を削いだら悪いしな…。あいつとの契約はあくまでビジネス上のものだし、結果に関してはオレに責任はないはずだ)
さすがのアンシュラオンも気の毒に思わないでもないが、こればかりは仕方がない。
五百億稼ぐという彼の夢が叶った時には、金に物を言わせてチャンスをうかがうしかない。そこに一縷の希望をかけるしかないのだ。
しかし、どう考えても炬乃未が金で動くようには見えないし、アンシュラオン自体も金持ちなのだから、万に一つも勝ち目はないだろう。
若いうちの恋はなかなかに実らぬもの。それもまた人生だ。
その際は慰めがてらに、誰かしら人間の女性を紹介してあげればよい。
「モヒカン、思念液はまだあるな?」
「旦那に言われた通り、たっぷり持ってきているっす」
「じゃあ、二人分追加だ」
「了解っす」
「い、いいのかよ!? そんなに簡単な話か!?」
「お前がやれって言ったんだろうが。どのみち二人はもうオレのものなんだから、いいじゃないか。それとも、ほかのところに行く予定でもあるのか?」
「あるわけねぇだろう! お前以外のやつのために武器なんて打たないからな!」
「姉さんったら、それって鍛冶師にとってはプロポーズと同じよ」
「―――っ!!」
顔から火を吹きそうなほど火乃呼が赤面。
いや、本当に口から焔紅が漏れているから怖い。あれに触れたら、そこらの壁や床などたやすく溶解である。
そして、二人にもギアスがかけられることになった。
工程はまったく同じなので割愛するが、何事もなく契約は終了。
ただし、アイラと同じく白い光は発生せず、映像が再生されることもなかった。
(どういうことだ? 鉱物が違うからか? それとも種族の違いか?)
アイラだから特別、というわけではないようだ。
この場合は逆に、映像が見えるほうが特別なのかもしれない。
「アル先生、どんな感じ?」
「ギアスは問題なくかかっているみたいネ。二人とも80%以上はあるヨ」
「たしか焔紅は、術式の効果を無力化するんじゃなかったっけ? ギアスは弾かないの?」
「そうらしいネ。ただ、すべての術式を無効化するわけじゃないヨ。もしそうだと回復術式も効かなくなるアル」
ディムレガンが怪我をした際は、琴礼泉にもいた灯子の能力でだいたいは回復できるが、大怪我をした時はさすがに術式も併用することがあるので、まったく効かないわけではない。
言ってしまえば、火乃呼の焔紅は非常に強力な抗体や免疫に似ている。
焔紅にとどまらず、ディムレガンの血自体にそういった効能があるのだろう。
デアンカ・ギースのような呪詛に対しては、真っ向から反発することで追い出すか、または消滅させて無害化。
一方の精神術式の場合は、自ら従順な気持ちになって免疫を低下させることで、ギアスは通りやすくなる。
たとえばアラキタが渡した指輪も、自らの意思で付けた場合は多少なりとも効果を発揮しただろう。
その状態でアンシュラオンの強い意思の力が加われば、他者と遜色ない契約が可能になるわけだ。
「自分の血を使った魔石は、どんな力を持つのかな?」
「ギアスとしての事例がないから効果は未知数ネ。たぶん自己の能力を高めることになると思うヨ」
「強化型みたいなものか。二人とも、気分はどう? 問題なさそう?」
「まあ、思ったより悪くないな」
「守られているような安心感があります」
二人がジュエルを付けたのは『尻尾』。
ディムレガンにとっては一番頑丈であり、リングを付けていても邪魔にならない場所といえる。
もともとセックスアピールにもなる箇所なので、尻尾を着飾ることは彼女たちにとっては日常のことだ。
思えばハビナ・ザマにいた燁子も、尻尾にリボンを付けていた気がする。
「これで身内の大半がギアスを付けたことになるね。アロロさんはどうしようか?」
「母には刺激が強いかもしれません。私の代理契約でどうでしょう?」
「それがいいね。オレが直接やると強すぎるからなぁ」
アロロも「あらま、こんなおばさんでもいいんですか! いつでも初めてあげちゃいますよ!」と言っていたので、そのうちかける予定である。
こんな口調ではあるが実際はホロロ似の美人なので、専属の美人メイドが増えるのは嬉しいことだ。(ホロロがアロロ似なのが正しい表現だが)
「ところで、あの魔獣のジュエルはどうしたネ?」
「ああ、これ? どうしようかまだ迷っているんだよね」
アルに訊ねられて、アンシュラオンが濃紫色の塊を取り出す。
大きさはボーリングの玉くらいの非常に透き通った綺麗な結晶体だ。
これは『クルルザンバード〈六翼魔紫梟〉』を倒した時に残ったもので、おそらくはあの魔獣の『核』だと思われる。
「おれが武器に加工してやろうか?」
火乃呼が珍しそうに核を眺める。
「こいつは貴重な【高純度の精神型媒体】なんだ。できればギアスに使いたいんだよ」
「でも、今回の候補には入れなかったんだろう?」
「あいつの核だからな。完全に安全とはいえないし、使い道は慎重に考えないといけないのさ。というか、ギアスにするには大きすぎるしな…」
「なんだよ、使わないのならゴミと一緒じゃねぇか」
「うーん、それもそうなんだが…」
(どうやら『改造魔獣』らしいからな。普通の結晶じゃないことは間違いない。さて、どうしたものか…)
放置していた理由は、クルルザンバード自体が怪しい存在だったからだ。
あくまでステータス上のデータではあるが、いろいろと不穏なワードが並んでいたのが気になる。
やはり普通の魔獣鉱物というよりは、魔神の核に似ているので扱いに困っているのだ。
「それにしても綺麗ですねー。ちょっと見てもいいですか?」
「いいよ。これ自体に害はないからね」
小百合たちも興味深そうに核を眺める。
やはり翠清山であれだけ苦しめられたボスの魔獣ともなれば、その使い道にも興味が湧くものだ。
「うわー、とても軽いですよ。それなのに中には強い力を感じますね」
「本当だわ。不思議ね」
「これ、宝石に加工したら百億円くらいになるんじゃないかしら? 夢があるわねー」
小百合からマキ、マキからユキネと回されていき、ホロロの手にも渡る。
その瞬間である。
ホロロの魔石が光り輝くと魔石獣が出現。
魔石獣はじっと核を見つめ、おもむろに―――ザクッ!
クルルザンバードの核にクチバシを突き刺した。
「…え?」
魔石獣の主であるホロロでさえ、まったく予期していなかった行動である。
当然ながら、誰もが唖然としてその光景を見つめていた。
その間にも魔石獣は、チューチューと花の蜜を吸うように何かを吸収し続け、それに伴って核から色味が消えていく。
時間にして十秒ほどだっただろうか。
完全に灰色になった核が、ボロボロと崩れて床に積もっていく。
それと同じくして、満足したのか魔石獣も消えていった。
しばしの沈黙ののち、ホロロが小さな声を絞り出す。
「…あの……もうしわけ……ありません」
貴重な品を壊してしまったのだ。メイドとしては謝るしかない。
が、アンシュラオンは彼女の身を案じて狼狽。
「ちょっとちょっと、どういうこと!? 今何が起こったの!? ホロロさん、異常はない!? チェック、チェックしないと!」
「あんっ…ご主人様、激しいです」
あまりに混乱して思わず胸を揉んでしまった。
ホロロの胸に異常はない。それどころか揉み心地が良くなっている気がするのは、自分との親和性が増したせいだろうか。
「って、そうじゃない! アル先生! どうなったのこれ!?」
「ちょっと待つネ。こんなの初めて見るから調べてみないとわからないヨ」
アルが慎重に調査を開始。
魔力珠を接続してホロロの魔石に異変がないか調べる。
しかし、その変化はすぐに表れた。




