454話 「スレイブ・ギアス その2『三人のジュエル』」
「ええと、次は…」
「はいはーい。ユキ姉ときたら私でしょー。順番ならそうだよねー」
アイラが元気よく手を挙げる。
「お前の序列は最下位だぞ?」
「そっちじゃないよー! 出会った順番だよー!」
「まあ、そうか。ユキネさんと一緒だったもんな」
厳密にはアイラが尻を振っていたので、それを叩いていた現場をユキネに見られた、というのが正解だ。
思えば珍妙な出会いではあった。まさかここまで親しい付き合いになるとは、世の中とは不思議なものである。
(アイラか。本当は最後にしたかったが…致し方ない)
「で、ジュエルは大丈夫か?」
「大丈夫だけどさー、どうして私が【破邪猿将のジュエル】なのー?」
「消去法でそうなっただけだ。使わないともったいないだろう?」
「それはそうだけど、なんか私でいいのかなーって。だって、三大魔獣だよね? 貴重なんでしょー?」
「お前なら似合うはずだ。よく尻を振るからな」
「そんな理由なのー!?」
五人のスレイブ・ギアスが遅れたことには理由がある。
当然ながら、誰がどのジュエルを使うかだ。
これがギリギリまで決まらなかったことで時間を使ってしまったのだ。
マキとユキネのものは最近になって偶然手に入れたものであるし、山で得た戦利品の中にも、さまざまな魔獣鉱物があった。
その中で問題となったのが、三大魔獣の素材だ。
特に破邪猿将の素材は貴重で、わざわざ首をスザクから買い取ったほどなので(対価は金銭ではなく山での譲歩)、有効利用しないともったいないだろう。
毛皮や両腕はディムレガンの工場で加工中で、心臓も力を宿していたが、どちらかというと武具のほうに向いていたため、こちらも加工のほうに回してある。
一方の破邪眼は精神に特化した部位であり、スレイブ・ギアスとして使うにはもっとも優れていた。
かなり良質な媒体なので当初はマキたちにも打診してみたが、両者ともに『猿はなにかイメージと違う』という反応を示した。
(女性からすれば、猿にはさほど魅力を感じないよな。それも納得だ)
実際に二人が選んだものは、猛々しくも気高く美しい獅子と、湖畔に浮かぶ月の如き美麗な豹である。
こうしてみるとジュエルとの相性は、当人の性格や趣向、あるいは理想のイメージと合致しているらしい。
サナの狼、ホロロの鳥、小百合の兎なども、なかなかに似合っているものだ。(サナに選択権はなかったが)
「ということで、お前は猿だ。よかったな」
「なんか複雑ー! 馬鹿にされてるみたいじゃんかー」
「お前な、あの破邪猿将だぞ。右腕猿将や左腕猿将なんかよりも遥かに強い魔獣だ。何の不満がある」
「そうだけど…うーん、そうなんだけどー。私も豹とかがいいなーって」
「じゃあ、牛がいいか?」
「どんどんランクが下がってるじゃんかー!?」
「いちいち文句を言うな。蟹や芋虫よりましだろうが。ほら、さっさとやるぞ」
「うえーん、全然意見が通らないよー」
アイラのワガママに付き合っている暇はないので、半ば強引にギアスに入る。
手順は今までと同じだが、アンシュラオンには若干の緊張があった。
(最後にしたかった理由は『あの時の映像』にある。こいつは『あの女』に違いないはずだ)
サナと契約した時に見た、あの謎の映像のことだ。
他の者たちが繁栄した都市にいる姿なのに対して、なぜかサナだけは荒廃した世界の映像が見えた。そこがどうしても気になる。
そもそもアイラに興味を抱いたきっかけが、その時に出てきた女にある。
今と違って二十代後半くらいの見た目ではあったが、間違いなくアイラの面影があった。
「い、いくぞ。手を乗せろ」
「う、うん」
お互いに緊張しながら契約を開始。
「………」
「………」
思念液を全部吸った術式がジュエルに収まっていき、ころんと筒の中に転がる。
色合いは白の中に金が混じった美しいものだった。
「旦那、終わったっすよ」
「へ? 終わった?」
「終わったっす。思念液も全部なくなったっす」
「何も起こらなかったが…」
「機械のほうは動作が完了してるっすけど…」
モヒカンの声で我に返り、ジュエルとアイラを何度も見返す。
が、何の変化もないままである。
「こら、アイラ! これはどういうことだ!」
「なになになにー!? どうしていきなり怒られたのー!?」
「何も起こらないじゃないか! 滅茶苦茶緊張したんだぞ! どうしてくれる!」
「そんなの知らないよー! 普通にやっただけだもんー!」
「アル先生、本当に終わったの!?」
「終わっているアル。あっ…これは…」
「やっぱり何か問題が!?」
「ギアスの伝導率が【99%】ネ。すごいヨ」
「なんだってーーーーー!?」
問題があるどころか、サナに次ぐ好記録を打ち出してしまう。
「嘘だろう! あの映像の続きを見せろ! あのあとはどうなったんだ! いや、どうなってあの状況になったんだ!」
「私に言われてもわからないよー!」
「なんてことだ…。くそっ、仕方ない。とりあえずジュエルをはめてみろ」
「う、うん。これでどうかな?」
アイラのジュエルはサークレット形式だ。
某有名ゲームの踊り子が付けているものほど派手ではないが、額の中心部に魔石が配置されるようになっている。
単純にアイラが踊り子であることと、破邪眼が額にあったことでそうしたのだが―――
「あ、あれ? なんか動かない…!? と、取れないよー!?」
「取れないことはいいことじゃないか」
「違うってー! 本当にびくともしないんだよー! 皮膚からまったく動かないのー!」
「本当だな。がっちり固まっているぞ」
「うぐぐぐ! なにこれ! 呪いのアイテムじゃないよねー!?」
「失礼なことを言うな。お前のほうこそ、ちゃんと誓いを立てたんだろうな?」
「もちろんだよー。ずっとアンシュラオンとサナちゃんについていくって決めたもんー」
「命を捨ててでもサナを守るとは誓わなかったのか!?」
「え? そんなこと言われなかったよ? 言った?」
「…そういえば…言わなかったかもしれない」
緊張していたせいで、いつもの宣誓を忘れていた気がする。
「モヒカン、これは大丈夫なのか?」
「お互いの意思が定まっていれば問題ないっす。もし契約内容の解釈に大きな齟齬があれば機械自体が動かないっす」
「たしかにサナの時も無言だったが…動いたということは無事成立したということか」
「大丈夫だよー。私だってちゃんとがんばるからさー。ね、サナちゃん」
「…こくり」
アイラはサナとグータッチ。
彼女の愛情は間違いなくサナへ向けられているので、こちらがぐだぐだ言わなくても大丈夫そうには見える。
(肝心なことは何一つわからなかったが、とりあえず害はないだろう。あれが全部オレの願望や夢である可能性もあるしな)
「次はサリータでいくか」
「はい! 準備万端であります!」
「サリータのジュエルは、『セレプローム・グレイズリー 〈銀盾錦王熊〉』だったな」
サリータには、アイラに続いて三大魔獣のジュエルが選ばれた。
とどめを刺したのはサナであったが、それまでベルロアナも戦っていたことから、グラス・ギースとの交渉で得た素材となる。
なぜこの魔獣にしたかといえば、お互いの得物が『盾』であることから、もっとも相性が良いと思われたからだ。
サリータ自身も熊神に対して特段の嫌悪感はなく、サナたちが苦戦したほどの力が手に入るのならば、むしろ喜んでとのことだった。
錦王熊は心臓がそのまま結晶体になったので、それを加工して左腕の腕輪にはめられるようにしてある。
「よし、やるぞ」
「はい!」
ジュエルを機器にセットして、いつもと同じように契約を開始。
今度は忘れないように、ちゃんと宣誓をしておく。
「サリータ、あなたをオレのスレイブにするよ。いついかなる時もオレとサナの近くにいて尽くしてほしい。その生命が尽きる瞬間まで絶対の忠誠を誓ってくれ」
「はい! 自分のすべてを捧げます!」
「その代わり、オレはあなたに力を与えると約束しよう。生活を保証し、愛を与え、富める時も病める時も、喜びの時も哀しみの時も、全力で守ると誓う」
「お任せください! アンシュラオン様の盾として、サナ様を死ぬまで守り続ける所存であります!」
光が広がっていき、映像が脳裏に映し出される。
彼女がいた場所も巨大な都市だった。
治安維持を担当しながらもサナの側近として常に傍におり、数多くの近衛騎士を従えている姿が見える。
いざ戦いとなれば、マキが攻撃型の精鋭部隊を率いるのに対し、彼女が率いるのは防御に特化した重装甲兵団であり、いかなる敵の攻撃も弾き返す『盾』として怖れられていた。
されど、彼女にとってもっとも大切なことは人々からの賛辞ではなく、アンシュラオンが愛するサナからの厚い信頼である。
もっとも忠義に厚く、もっとも誠実に尽くし続ける姿こそ、忠臣の模範として称えられるのだ。
(今の彼女からは信じられない立派な姿だ。いつかこうなれるように、オレのすべてをかけて君を鍛えると約束しよう。さあ、オレの力を君に―――)
映像が光に吸収され、思念液を全部吸った術式がジュエルに収まっていった。
ころんと筒の中に銀色のジュエルが転がり、契約は終了。
「終わったよ。気分はどう?」
「はぁ…ものすごく凛とした気持ちでいます。これから本当の意味での人生が始まるような…不安と期待で胸が一杯です!」
「ははは、新入生みたいな台詞だね。大丈夫。君ならやれるさ」
「はい! 今後ともよろしくお願いいたします!」
サリータのギアスが終わると、アイラに視線を向ける。
「なにー?」
「いや、やっぱりお前はおかしいやつだと思ってな」
「まだまだ成長期なんだからねー! これからに期待してよ!」
アイラだけ映像が見えないことが逆に不安を掻き立てるが、こればかりは仕方ない。
最後にベ・ヴェルの番となる。
「ベ・ヴェル、準備はいいか?」
「いいけど、あたしが【人喰い熊】だと、サリータより格下みたいじゃないか。そこだけが気に入らないねぇ」
ベ・ヴェルが選んだものは、ゴンタの父親である『レザダッガル・ベアハマー〈人喰地猟大鬼熊〉』の心臓だった。
左腕猿将のジュエルも候補に挙がったが、当人がしっくりこないので消去法でこれが選ばれることになったのだ。
ただし、けっして弱い魔獣ではない。
「三大魔獣ではないけど、能力値的には錦王熊と大差ないぞ。個体数が少なかったから注目されなかっただけだ」
錦王熊が防御に特化しすぎていただけで、こちらの大鬼熊も総合力では負けていない。
錦王熊の防御を攻撃に割り振って、全体的にまとめた能力値といえるだろう。間違いなく強い魔獣である。
「ベ・ヴェルは守るより攻めるほうが好きだろう?」
「守ってばかりは性に合わないからね。まあ、強くしてくれるなら、なんでもいいさ。あたしは力が欲しいんだからね」
「じゃあ、さっそく契約といこうか」
こちらも準備を終えて契約開始。
始まるとサリータ同様に光が広がった。
ベ・ヴェルがいたのも巨大な都市である。
ただし、彼女は正統派の騎士たちではなく、屈強な傭兵やゴロツキにも似た荒くれ者たちを率いていた。
もともと山の部族でもあった彼女にとっては、堅苦しい礼儀や礼節などは苦手なのだろう。
その代わり魔獣を含む雑多な混成軍を率いて、敵に対して苛烈に襲いかかる光景は圧巻の一言。
マキやサリータとは違う方面で貢献しつつ、サナの側近として尽くしてくれていた。
(彼女も似合いすぎているな。力が欲しくてオレのところに来たのだから、それに見合うものを与えてあげると約束しよう。君にオレの力を―――)
映像が光に吸収され、思念液を全部吸った術式がジュエルに収まっていった。
ころんと筒の中に赤黒いジュエルが転がり、契約は終了。
「気分はどうだい?」
「いいね。身体の中心部に芯が入って、より一層強くなった気がするよ」
ベ・ヴェルのジュエルはホロロと同じく、チョーカーにして首にはめられることになった。
当人は首を守れるからと言っているが、実際のところは支配される喜びを感じているのかもしれない。
普段から強気な女性ほど、支配されたい願望があるものだ。そのあたりもホロロに似ている。




