452話 「キャロアニーセの訪問 その3」
しかし、キャロアニーセにとっては、そんなことはどうでもいいようだ。
さらに強くアンシュラオンを抱きしめて何度も回転している。
それどころか高まった感情が抑えきれず、熱いキスを交わす。
「ぐおー! 甘い…甘いぃいい! 年上の味がぁー!」
「なんて素敵な子なのかしら! 身体が疼いて仕方ないわ! いいわ、決めた! 私をあげる!」
「あ、あげるって…」
「ベルと一緒に私もあげる! 好きなだけ抱いていいのよ! 子供もたくさん産んであげるわ!」
「えええええええええ!? 何を言ってるの!?」
「ああ、こんなに激しい感情を抱くのはいつ以来かしら! 燃え滾るわぁあああああ!」
「ちょ、ちょっと…キャロアニーセ様! 何をやっておられるのですか! これはいったい!?」
この状況に対して、さすがにマキも割り込んでくる。
彼女が知っているキャロアニーセは、いつも優しくて強くて聡明な淑女だったこともあり、あまりのギャップにマキ自身も狼狽しているようだ。
「マキ、見ての通りよ! もう私はこの子にメロメロなの! 抱いてもらわないと気が済まないのよ!」
「そんな!? 領主のやつ…ではなく、領主様はどうされるのですか!」
「いいのよ、あんな人はどうでも。彼との営みでイッたことなんてないもの」
「えええええええ!?」
(オレは初めて領主に同情したよ。あいつもつらい人生を歩んでいるんだなぁ…)
領主を擁護するつもりはないが、同じ男としては心が痛む会話である。
「ま、マキさん、止めて! なんとかして!」
「アンシュラオン君も自分で離れればいいじゃない!」
「だ、駄目なんだ…! む、胸が…胸が吸い付いてきて…!」
「あなたが吸い付いているだけでしょう! もう、早く離れてよ!」
「やらせないわよ! この子は私のものだもの!」
引き剥がそうと手を伸ばすマキをキャロアニーセがブロック。
マキは何度も手を出すが、素早い身のこなしで華麗に防ぐ。
「キャロアニーセ様! それはあんまりです! 私の旦那様なのですよ!」
「ふふん、欲しいものは力ずくで手に入れるものよ。悔しかったら私に勝ってみなさい」
「なっ…!?」
「見ての通り、すっかり病気が治ったの。それもこれも、すべてこの子のおかげね。だから遠慮することなんてないわよ」
「アンシュラオン君、本当なの?」
「うん、病気の源は完全に取り除いたよ。でも、まだ無理は…」
「キャロアニーセ様、手加減なんてできませんよ!」
「あら、いつから私より強くなったつもりでいるのかしら? こっちこそ手加減できないから覚悟なさい!」
「ちょっと! なんか話がややこしくなってない!? 二人とも落ち着いて―――ぐえっ!」
放たれたマキの拳が、アンシュラオンの横っ面に直撃。
キャロアニーセの様子をうかがうために多少加減したものだったが、まともに入ってしまう。
「アンシュラオン君! どうして庇うの!」
「ち、違うって! 離れられないから盾にされて…」
「私のおっぱいのほうがいいものねー」
「うっ! や、柔らかい!」
「この浮気者ぉおおおおおおおおお!」
「さあ、いくわよ!! これが復帰戦だわ!」
「ちょっと誰か止めてぇえええええ!」
キャロアニーセとマキが、いきなりの乱打戦を開始。
ただし、マキの攻撃の大半はアンシュラオンに当たっているので、有利なのはキャロアニーセのほうだった。
アンシュラオンも乳に触れている以上、気を遣って戦気の放出はできないため、生身のまま殴られる羽目になる。
そして、白詩宮の庭では、そのまま二人の模擬戦が繰り広げられることになってしまった。
その後、ヒートアップしたキャロアニーセに投げ捨てられたため、アンシュラオンは完全に部外者になってしまったが、せっかくの戦いなので見物を決め込む。
「ほらほら、防御が甘いわよ!」
「くっ、さすがに強い…! でも、私だって! ほぁた!」
「いい拳ね! でも、単発じゃ私を止められないわよ! もっと強く、もっと多く打ち込んできなさいな!」
(シンプルに強いな。病み上がりでもマキさんを圧倒しているぞ)
翠清山の戦いでマキもかなりレベルアップしたが、それでもなおキャロアニーセのほうが強かった。
当然ながら戦闘経験値はマキより上なのだが、彼女の強さの秘訣は『肉体の強固さ』にこそある。
ベルロアナがあれだけ頑強だったことからも、その血肉を与えた母親が弱いわけがない。
戦術としては、高い耐久力で攻撃を受けきり、敵の体勢が崩れたところに強烈な打撃を叩き込む反撃や、相討ち覚悟で強引にカウンターを狙っていくスタイルが多く見られる。
攻撃力も高いレベルにあるので、そこで相手が怯めば、そのまま攻撃にシフトして流れを持っていく周到さも持ち合わせている。
それでも無理はせず、相手がペースを取り戻したらまた防御重視になり、相手が崩れるのをじっくりと待つ。
今は単純な格闘のみだが、覇王技も絡めれば相当強いと言わざるをえない。
気づけば、マキのほうがボロボロにされていた。
攻撃特化の彼女からすれば、アンシュラオンに近いタイプのキャロアニーセはやりづらい相手だろう。この結果も仕方がないものだ。
ただし、彼女も鉄化を使っていないので、当たり前だが全力中の全力ではない。
ある程度殴り合ったところで、試合終了。
「はー、いい汗を掻いたわ。あなたも強くなったわね」
「はぁはぁ…本当に治ったのですね! 以前と遜色のない強さです!」
「ええ、彼のおかげよ。あなたから聞いていた通り、本当に素敵な人ね。なにせ『タダ』で治してくれるのですもの。こんなに太っ腹な男性はいないわ」
「いや、べつにタダとは…」
「では、私をもらってくれるのかしら?」
「それは…それだとまずいことになるから…」
もしキャロアニーセほどの美女を手元に置いてしまえば、どう考えても我慢できるはずがない。
しかし、やや下品な言い方をすれば、そうなると領主と『穴兄弟』になる絶望的な事実が生まれてしまう。それだけは絶対に避けねばならない。
それこそ子供が出来てしまえば、まさかのベルロアナの弟か妹が生まれることになる。これは本当に地獄である。
「オレは一時の欲望ですべてを失わない…失わない……んだぁ…」
「アンシュラオン君、声が弱いわ! もっと強い意思を持って!」
「ぐぬうううう! キャロアニーセさんが魅力的すぎる! 超絶美人の金髪巨乳がぁ!」
「安心して。私の娘もいずれこうなるわ。手元でじっくりと、あなた好みの女に育ててちょうだいな」
「だぁあああ! 今日はこの話は終わり! 一度仕切り直し! キャロアニーセさんも無理をしたんだから、一回戻って休んでから来てね!」
「そうね、状況も変わってしまったし、また改めて訪問するわ。いくわよ、ファテロナ」
「はい、奥様」
「ああああ! 待って、お母様! あ、あの! また来ますわ! 失礼いたします!」
胸を張って堂々と歩いていくキャロアニーセを先頭に、一行はバタバタと白詩宮から去っていった。
それを呆然と見送るアンシュラオンたち。
「まさか、あんなに元気な人だったとはね。破天荒というかなんというか」
「ええ、あれが本当のキャロアニーセ様よ。私の何倍もエネルギッシュな人だもの」
(治したことは良かったのか悪かったのか。どっちにしても美人が困っているのを見過ごせないよなぁ。これはもう性分だから諦めよう)
グラス・ギースのごたごたに巻き込まれるより、あちら側で勝手にやってくれたほうがよいに決まっている。
彼女が復活したことで、また内部ではさまざまな変化が起こるだろうが、少なくとも良い方向に向かうに違いない。
そして後日、改めてキャロアニーセが訪問。
その時にはだいぶ落ち着いており、あの時の暴走の謝罪と一緒に正式に協力要請を申し出てきた。
正式な契約書を見ながら、アンシュラオンが確認を行う。
「えーと、グラス・ギース側が翠清山における調査や発掘をする際は、必ずこちら側の護衛をつけること。また、こちらの指揮下に入って命令に従うこと。これでいい?」
「ええ、問題ないわ。代金についても毎回支払う予定よ」
「こっちの権限が強すぎるけど、そこはいいの? もちろん発掘に関して口を挟むつもりはないけど、危ないと判断したら中断させるよ?」
「そこも問題ないわ。まともに開発ができるほど今のグラス・ギースに余裕はないのよ。将来の財産として上手く活用するための準備期間といったところかしら。安全のほうが大事だし、全面的に従うわ」
「次に、グラス・ギースが翠清山で得た資源に関しては、その半分に対してうちが優先買取権があるけど、これは?」
「書いてある通りね。目ぼしいものがあったら買い取ってかまわないわ。護衛料金も現物から取ってもいいわよ」
「うーん、ちょっとこっちに有利すぎるかも。何か魂胆があるでしょ?」
「あなたとハングラスが組むならば、結果的にうちの利益にもなるでしょう? グラス・ギース全体の利益を考えてのことね」
キャロアニーセがあえて不利な条件を提示したのは、これがハピ・クジュネに対する打撃にもなるからだ。
ハピ・クジュネ側も積極的にアンシュラオンに接触しており、たびたび資源の売買についても譲歩を引き出そうとしている。
一方のグラス・ギースは単純な経済力では負けてしまうので、多少損をしてもアンシュラオンとの契約を取り付けようと必死なのだ。
(まあ、ベルロアナを押し付けられるよりはいいか。キャロアニーセさんも前回会った時とは別人だ。このほうが気持ちよく交渉できる)
「一応言っておくけど、医薬品として使えるものはキブカ商会に卸すよ。先約だからね」
「もともとラングラスの領分だもの。異存はないわ。それと食料品に関しては、そのうち『ジングラス』が接触すると思うわ」
「そういえば、その派閥だけまったく絡みがないな。なんか美人の女性がトップなんだよね?」
「彼女は大型契約のためにロビー活動も含めて、しばらく自由貿易郡に行ってもらっているの。これは私からの要請でもあるわ。本当ならば翠清山の戦いにも参加してほしかったところだけど、こればかりは仕方ないわね。ただ、彼女がいれば結果もだいぶ変わったはずよ」
「その人はキャロアニーセさんと比べて、どれくらい強いの?」
「個人ならば互角くらいかしら。ただ、それだけではない力も持っているから、向こうのほうに分があるわね。彼女こそグラス・ギースを守る『矛』だもの」
「へー、そうなんだ。まあ、そのうち会うこともあるかな」
「彼女もフリーよ。欲しかったらあげるわ」
「いやいや、そうやってすぐグラス・ギースの勢力をうちに送り込まないでよ。スパイだらけになっちゃうからさ」
「それでもいいじゃない。はっきり言うけど、女の質では圧倒的にグラス・ギースのほうが上よ。その証拠に、あなたの周りにいる女性の大半は、うちで仕入れたものでしょ?」
「仕入れるって…人聞きが悪いなぁ。でもまあ、そうかもしれない」
サナを筆頭にマキと小百合はグラス・ギースにいたし、ホロロもグラス・ギースの下級街出身でホテルに務めていた経歴を持つ。
ユキネやアイラ、サリータ、ベ・ヴェルは渡り狼に近いし、純粋なハピ・クジュネ在住の女性は、せいぜい火乃呼と炬乃未といったディムレガン関係だけだ。
ただ、彼女たちに関しては種族的な要素が大きいので、ハピ・クジュネ自体で得た女性は実質的にはいないことになる。
なにせハピ・クジュネには白スレイブもいないのだ。仕入れようにも手段が限られるのが痛い。
「さて、ここで新しい商談よ。私たちは積極的に【スレイブの輸出】を開始するわ」
「随分と思いきったことをするね。それって大丈夫なの?」
「スレイブは強制労働者とは異なるわ。中にはルールを守らない連中もいるけれど、うちは最低限守っているもの。簡単にいえば労働者の派遣ってことよ」
「でも、白スレイブは商会規約では違法でしょ? だからハピ・クジュネにはいないわけだし」
「あー、知らない聞こえない。何も見なかったわー」
「出たよ、権力者が使ういつものやつ!」
「物事には柔軟性が必要なのよ。あれも孤児たちの受け皿の一つになっているのだから存在する意味があるわ。値段が高いことも劣悪な環境に売られることを防ぐ措置の一つだもの」
「それには同意だけど、キャロアニーセさんが言ったらまずくない?」
「私も元気な頃は孤児たちの面倒を見ていたものよ。それは今後もやっていく予定だけれど、できるだけ安全な場所に保護してあげたいと思っているの。だからこそ受け入れ先は厳選するわ。というよりは、あなたに対してのみ輸出する予定ね」
「オレだけ? それでやっていける?」
「もともと白スレイブみたいな高級商品は、グラス・ギースではまず売れないの。それを目当てでやってくる他国の貴族たちもいたけれど、最近ではほとんど訪れないわ。こんな大きな戦いが起きたのならば、なおさらね。やってくるとしたらもっと野蛮な連中だけだわ。それこそ危機よ。子供の安全自体が脅かされるわ」
「たしかにそうだね。それはオレも危惧していたよ」
「白スレイブから通常の大人のスレイブも含めて、いかなる場合でも最低半年間は、あなたに優先購入権がある。それでどうかしら? 当然、スレイブ商会にも許可は得ているわ」
「領主に邪魔をされた経緯があるからね。そのあたりがスムーズになるのは、こちらもありがたいかな」
モヒカンはこちらの支配下にいるものの、実際に購入していないスレイブに対しては絶対に売るなとは言えない。
商会本部との関係で通常業務も行う必要があるので、どうしてもかつてのサナのように横取りされてしまう危険性がある。
それを半年間とはいえグラス・ギース側が防いでくれるのだから、これほどの好条件はないだろう。
言い換えれば、スレイブ希望の人材の給与の半年分をグラス・ギースが肩代わりすることになるが、それだけ譲歩してもアンシュラオンを味方にするほうが得策だと考えているのだ。
こちら側も資金があるので気になった人材は即座に購入すればいいし、その間にリストの確認を怠らなければ取りこぼしも減るに違いない。
「では、調印を済ませましょう。ここに名前を書けば契約成立よ」
「これってもしかして『制約付き』? 変な紋様が見えるけど」
「よく気づいたわね。そうよ、【うちの錬金術師】から買った特殊な契約書になるわ。約束を破った側に『烙印』を押す効果があるの」
「烙印って?」
「しばらくの間、触れたものすべてに術式による『×印』が刻まれることになるわ。朝食で食べるパンから普段使う服や道具、触れた人にさえ墨で書いたような×印が出現するのよ。もちろん無害なものよ。印が見えるだけ」
「それって自分の顔を洗っただけでも×が書かれるんだよね? 完全な嫌がらせだけど、地味に効果がありそうで怖いなぁ。破った判定はどこで行われるの?」
「当人にその認識があるかどうかね。実際に試したことがあるけれど、誤解や行き違いの場合は押されることはないわ」
「なるほどね。これも精神術式の一種ってことかな。でも、術式って壊せるよね? そのあたりは大丈夫なの?」
「自らの意思で受諾したことになるから、強制解除はかなり難しいと聞いているわね。うちの錬金術師は腕がいいのよ。ただ、人前に出てくることはほとんどないようだし、私も実際に会ったことはないのよね」
「凄腕の錬金術師か…。なにか気になるね」
「興味があるなら仲介するわよ」
「うん、機会があったらお願いするよ」
(腕の良い錬金術師は、いくらいてもいい。でも、どうしてだろう。なぜか寒気がするんだよな)
嫌な予感がしたので、ここは軽く流しておくことにする。
それよりもキャロアニーセとの繋がりが出来たことが大切だ。
これでグラス・ギースとも嫌悪感なく取引することができる。
「ええと、あとは…ベルロアナを嫁にすると…」
「ちょっと、余計なことは書かないでよ。契約の基本は意思の合致だよ」
「あらあら、詳しいのね。意外と商売の資質もあるのかしら」
「それくらいは常識さ。すぐにねじ込もうとするんだから油断できないよ」
「お詫びにおっぱいを揉んでもいいわよ」
「………」
「アンシュラオン君、迷わないで!」
「もちろん、もちろんわかってる! でも、うううっ! 男たるもの、世の中のすべての胸が好きなんだよ!」
マキの監視があるので、あの豊満な胸を堪能できないのが残念だ。
ここは血の涙を流して我慢である。
調印が無事終わり、正式にグラス・ギースとの協力体制が敷かれることになった。
その帰り際、キャロアニーセがマキに小さな箱を手渡す。
「あなたにあげるわ。開けてごらんなさい」
「これは…指輪ですか? 大きな宝石が付いていますね」
「私が嫁入りの際に持ってきたものよ。うちの家宝の一つなの」
「えええ!? そんなに大事なものはもらえません!」
「いいのよ。私にはあの人からもらった結婚指輪があるもの。あっ、こないだ殴った時に壊れちゃったかしら?」
ちなみにアニルからもらった結婚指輪は、彼を鉄拳制裁した時に粉々に砕け散ったらしい。
あまりに興奮していて忘れていたそうだが、これまた領主が哀れである。
「マキ、何か困ったことがあったら相談してね。いつでも私はあなたの味方よ」
「キャロアニーセ様…。はい! ありがとうございます!」
「ああ、私も一緒に残りたいくらいだわ。若いって羨ましいわね。そうそう、定期的にベルを派遣するから可愛がってちょうだいな」
最後に不穏なことを言い残して、キャロアニーセは去っていった。
名残り惜しそうにじーっとその方向を眺めていると、マキがアンシュラオンを抱き寄せる。
「こら、物欲しそうな顔をしちゃ駄目よ。あなたの胸はいつでもここにあるんだからね」
「あふーん! やっぱりマキさんの胸は最高だ!」
「もう、しょうがない人ね。…それにしても素敵な指輪だわ」
その間も彼女はずっと、もらった指輪を撫でていた。相当気に入ったようだ。
そして、これによってようやく『スレイブ・ギアス』の準備が整ったのである。




