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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「アーパム財団」編
450/618

450話 「キャロアニーセの訪問 その1」


 ある日の午後。


 今後の予定をいろいろと思案していたアンシュラオンの私室に、ホロロがやってくる。



「ご主人様、お客様がいらっしゃいました」


「客? 何か予定があったっけ?」


「いえ、アポイントはありませんが、取り次いでほしいとのことです」


「ここ最近、また忙しくなったよね。せっかく土地の分割がまとまったのに、ゆっくりする暇もないよ」


「ご主人様の偉大な御功績を考えれば、崇める者が増えるのは至極当然のことです」


「連中が崇めているのは金のような気もするけどね。利権が絡むと人が集まるって本当の話なんだなぁ。で、誰が来たの?」


「ベルロアナ様御一行です」


「あいつが? うーん、あんまり会いたくはないけど、山の一件で自由に会える権利を与えたからな…。仕方ない。会うだけ会うかな。二秒でいいよね」



 たしかに何秒会えるかは指定していないので、一秒や二秒でも約束を違えていないことになる。


 致し方なく、本当に嫌々に階段を下りて玄関に向かい、扉を開ける。


 門まではかなり距離があるのだが、アンシュラオンの高い視力が来訪者の姿を鮮明に映し出す。


 そこには金髪ツインテール美少女であるベルロアナがいた。


 いつもの通り、護衛のファテロナと従者のクイナもいるが、他の面子の姿は見られない。


 グラス・ギースの領主の娘がこの人数でやってくるとは思えないので、おそらく少し離れた場所で七騎士あたりが待っているのだろう。


 がしかし、車椅子に座った見慣れない女性も一緒にいる。



「ん? 誰?」


「アンシュラオン君、こっちよ!」



 車椅子の女性を眺めていると、マキがこちらに走ってきた。


 その表情には、普段はあまり見られない独特な緊張感が宿っている。



「マキさん、どうしたの? ベルロアナになんか気を遣わなくてもいいんだよ。適当にあしらってやればいいのさ」


「そうもいかないのよ。だって『キャロアニーセ様』がいらしているのだもの!」


「キャロアニーセって…ベルロアナの母親のことだよね? もしかして、あの人がそうなの?」


「ええ、車椅子の女性がそうよ」


「ああ、そうか。そういえば母親を連れてくるとか言ってたね」



 こちらの視線に気づいたのか、車椅子の女性は笑顔で手を振っている。


 年齢は四十代前半くらいなのだろうが、歳を感じさせない美貌と、ベルロアナにはなかった高い知性と気品に溢れている。


 ただし、若干痩せており、肌艶もあまり良くない。美しい金髪もやや色褪せていた。



「病気だとか言っていたよね?」


「筋肉が衰えていく病気よ。昔はすごい武人だったけど…今ではもう歩くことも難しいの」


「そんな人がどうして…って、直接訊けばいいか。美人を待たせるのは失礼だもんね」



 アンシュラオンが門まで歩いていくと、マキが率先して門扉を開く。


 白詩宮にいる間は、ついつい門番の癖が抜けないらしく、いまだにここが彼女の定位置となっていた。


 その光景を微笑ましく眺めていたキャロアニーセが、穏やかな笑みを浮かべながら挨拶を述べる。



「初めまして、アンシュラオンさん。車椅子からの挨拶でごめんなさいね。わたくしはキャロアニーセ・ディングラスと申します。娘のベルロアナがいつもお世話になっております」


「気にしないでいいよ。とりあえず入ってよ」


「キャロアニーセ様、庭がいいですか? それとも中がいいですか?」


「あらあら、マキったら。主人を差し置いてでしゃばるのは、夫人としてはしたないわよ」


「あっ、申し訳ありません!」


「もう衛士ではないのですから、普通に接するのですよ」


「キャロアニーセ様にそんなことはできません! このままでいさせてください!」


「オレもマキさんの好きなようにすればいいと思うよ。キャロアニーセさんがよければ、だけど。それと、オレに対しても普通に接してくれると嬉しいな。美人とは親し気に話したいしね」


「…ふふ、素敵な旦那様と出会えたようで羨ましいわ。では、そうさせてもらうわね。せっかくなので庭がいいかしら。あなたたちが普段から見ている景色を共有したいものね」



 こうしたところもキャロアニーセが、良家のお嬢様であったことを彷彿させる。


 すべての行動に余裕があり、相手のことを常に尊重する姿勢が、見ていてとても心地よいのだ。


 彼女たちを庭に案内すると、ホロロがテキパキとお茶会の用意をしてくれたが、さりげなくファテロナも手伝っていることが印象的であった。


 明らかにベルロアナと一緒にいる時とは態度が違う。



「随分と慕われているみたいだね。ファテロナさんが普通のメイドに見えるよ」


「何の取柄もないおばさんなのにね」


「よほどの魅力がなければ、こうはいかないよ。マキさんが慕っている人なんて初めて見たし」


「アンシュラオン君、それじゃ私がいつも横柄みたいに聴こえるじゃない」


「そういうわけじゃないけど…それだけキャロアニーセさんが特別ってことなんだよね」


「そうよ。私にとって理想の女性だもの」



 マキがキャロアニーセを見る目は、まさに尊敬そのもの。


 ここではあえて言わなかったが、その中には『母親』への敬慕の念があるように思えた。


 孤児であった彼女にとって、キャロアニーセは育ての母に近いのかもしれない。


 お茶がそろったのを見計らい、アンシュラオンが話を切り出す。



「それで、今日は何の用?」


「いきなりでごめんなさいね。私がここに来たのは完全にお忍びなの。主人にもかなり止められたけれど、これがあなたに直接会える『最後のチャンス』だと思って強引に出てきたのよ」



 その言葉を聞いたベルロアナが、沈んだ表情を浮かべる。


 いつもならアンシュラオンの前に出ると何か話そうと必死になる彼女が、ずっと黙っているのは母親のことを気にしているからだろう。


 愛する家族の寿命が長くないと知れば、誰だって嫌だろう。それが多感な思春期であれば、なおさらだ。


 しかし、そんな状態のキャロアニーセがやってくる段階で、ある程度の目的を察することができる。



「オレに会いに来たのは『陳情』が目的かな?」


「その様子からすると、ハピ・クジュネからも来ているのかしら?」


「毎日のように誰かしら来るよ。スザクも暇じゃないはずなのに何かにつけてやってくるし、ライザックの作戦参謀もたまに来るね。内容はお察しの通り、山の利権に関してさ」



 翠清山の分割統治案では各自の領土を定めてはいるが、アンシュラオンの領土以外では開発が進んでいないのが実情だ。


 資源の調査だけでも相当な時間を要するし、それを安全に手にするためにも入念な準備がいる。


 現にここ最近では、焦って派遣した部隊が魔獣に襲われて撤退した話も増えていた。


 分割したことで生態系にも変化が生まれており、上位種の統率を失った魔獣が狂暴化しているエリアもある。


 数を減らしたとはいえ、依然として翠清山は魔獣の巣窟であり、魔獣の協力がなければ何もできないのだ。


 唯一それができているのは、アンシュラオンだけである。


 たとえば炸加の調査隊には必ずグラヌマーハの護衛がつき、通訳として『フーパオウル〈言流梟げんりゅうきょう〉』も帯同する。


 ケウシュだけではなく、彼の仲間たちも味方に引き入れたことで、魔獣と常に意思疎通ができることは極めて大きなメリットだ。


 危険が迫れば空からヒポタングルが警告してくれるし、サンプルの運搬もマスカリオンが白詩宮にやってくるついでに持ってきてくれる。


 猿の中にはまだ受け入れていない者たちがいるものの、それはまた改めてアンシュラオンが山に入って交渉する予定だ。


 その際には炸加の鉱物で生み出した高品質の剣を大量に提供することで、彼らの顔も立てるつもりでいる。



「ハピ・クジュネはうちと違って、かなり苦労しているようだよ。海軍もまだまだ恨まれているから、山に入った瞬間から目を付けられるよね。まあ、それが普通の感情なんだと思う。人類の母である女神様の意向も、黒狼が祖である彼らには関係がない話だもんね」


「本当に魔獣との協定を成し遂げてしまったのね。あなたは、あまりに偉大だわ」


「程度こそまちまちだけど、魔獣も人間と同じ知的生物だからね。対話ができるのならば共存を選んだほうが利益になる。でも、ソブカから聞いたけど、そっちのご先祖様も昔は同じことをやっていたみたいじゃないか」


「そうらしいわね。今とは大違いだわ」


「グラス・ギースの現状に満足していないの?」


「私は外から嫁入りした身だから客観的に物事が見えるのよ。日に日に衰退していくばかりだもの。憂鬱にもなるわ」


「領主が悪いからね。そもそもの統治能力に問題があるんじゃないの?」


「あの人のことは嫌い?」


「好きだと思う? 例の一件のことは知っているんでしょ?」


「ええ、そうね。あなたが不快に思うのも当然だわ。改めて非礼を詫びさせていただくわ。あの時は本当にごめんなさい」


「キャロアニーセさんに謝られてもね」



 と口では言うものの、キャロアニーセが謝ると強く批判することができなくなる。


 彼女が美人であることを差し引いても、なぜか攻撃する気が失せてしまうのだ。



(なるほどね。マキさんがおとなしくなるわけだ。あのファテロナさんでさえ、いつもの攻撃性が消えているくらいだもんな。領主夫人としては最良の人物だね)



 領主が犯したミスを見事にフォローしている姿は、まさに良妻の鑑といえる。


 おそらくは他の事柄に関しても同じようにカバーしていたに違いない。その貢献度は計り知れないほど大きいはずだ。


 その証拠にグラス・ギースの衰退は、彼女の病状の悪化とリンクしている。


 今までは彼女が孤児たちの面倒を見ており、貧困対策にも積極的だったが、それがなくなったことで治安も悪化しつつある。


 ソブカが『よからぬこと』を画策しているのも、都市の衰退を目の当たりにして、領主に統治者としての資質がないと判断したからだ。


 また、マキのような素質のある人材確保が疎かになったことで、衛士隊も質が年々下がっている。


 ファテロナもキャロアニーセが南部で拾ってきた人材なので、彼女がいかにグラス・ギースにとって必要不可欠な人物かがわかるだろう。


 そのうえ、彼女には『知性と愛嬌』もそなわっていた。


 アンシュラオンからの反撃がないことを理解すると、茶目っ気たっぷりの表情で自分の娘を見る。



「じゃあ、ベルロアナは? この子はどうかしら? 好き? 嫌い?」


「お、お母様! どどど、どうしてそんな話に!」


「とても大事な話なのよ。ここははっきりしておかなくちゃ」


「で、でも、その…そんな!」


「うーん、そうだなぁ。ベルロアナかぁ…」


「ドキドキドキドキドキドキッ!」



 ベルロアナの顔が緊張で真っ赤になっていく。


 身体もガチガチになって車椅子のハンドルを持つ手も震えていた。


 彼女はアンシュラオンと会うと、いつも緊張しているように思える。


 当然ながら思春期であることも影響しているが、『あの時』のことが無意識下で大きな心理的影響を与えているのだろう。



(顔だけはいいんだよなぁ。やっぱり遺伝かな)



 肉体はどう見てもキャロアニーセからの遺伝だ。写真や映像だけならばサナに匹敵する超絶美少女である。


 性格的にはいろいろと問題があるものの、さすがに母親の前でマイナス面を指摘するつもりはない。



「いろいろと改善はしているんじゃない? 山では活躍もしていたし、前みたいな傲慢な感じも減ってきたよ。悪くない兆候だ」


「それもあなたのおかげね。それで、異性としての感情は? ライク? ラブ? それともフォーリンラブ?」


「やめてよ。せっかく遠回しに言ったのに、あえて強調する必要はないでしょ」


「けっこう好意的な答えに感じられたわ。この子は私から見ても可愛いと思うのだけれど…親の贔屓目かしら?」


「そりゃ見た目は可愛いよ」


「かかかっかあああああ、可愛い!!!? ふぁ、ファテロナ、聞いた!?」


「はい。私もしっかりばっちりと聞きました。お嬢様が世界で一番ゴージャスで可愛いと!」


「ご、ゴーーージャァァァァス!」



 ファテロナの言い方だと、ベルロアナが一番ゴージャスだから良い、みたいにも聴こえてしまうが、当人は舞い上がっているので問題ないだろう。



「よかったわ。ちゃんと可愛いのね」


「というか、利権の話をしに来たんでしょ? どうしてベルロアナの話になるのさ」


「便宜を図ってもらうためには、それ相応の見返りが必要よね?」


「まあ、そうだね。こっちも利益を重視してやっているからね」


「ハングラスとは上手くやれているのかしら?」


「グランハムとは良い関係を築けているよ。ゼイシルさんだっけ? そのうち派閥のトップとも交渉することになるだろうね」


「やっぱり見返りはお金よね。ハングラスはお金持ちだもの。きっとハピ・クジュネもそうよね。はぁ、羨ましいわ」


「そういう言い方をするってことは、ディングラスはお金がないの?」


「控え目に言っても貧乏ね。ディングラスの役割は土地の管理と軍備の拡充だけれど、今の収益だけじゃ衛士隊に配備できる兵器にも限界があるわ。あなたが山で見たものが現状で精一杯の成果なの。もうそれですっからかんよ」


「それでよくベルロアナを派遣したね。もしかしたら死んでいたかもしれないよ」


「そこはあなたの温情を期待したわ。そうでなければ、可愛いわが子を派遣なんてできないもの」


「マキさん経由での温情でしょ。実際に断れなかったから、そっちの目論み通りかな。キャロアニーセさんは意外と策士だよね」


「うちにはまともな参謀がいないのよ。その中でも家を支えるためにがんばってきたわ。それこそ愛する娘を死地に送るほどにね。それに今は病に伏せているし…げほげほ、ごほごほっ! あー、苦しい」


「急にせき込むのはおかしいって。言っておくけど泣き落としは効かないよ。こっちにも養う女性たちがいるからね」


「グラス・ギースには満足に食べられない子供もたくさんいるのに…。ごほごほ! ああ、私が元気だったなら…チラッ。お金をたくさん持っている人の温情があれば彼らも救えるのに…チラッ」


「そんな顔をしても駄目だからね。その歳でここまで可愛いのはすごいけどさ」


「アンシュラオン君、キャロアニーセ様は無理をしてやってきてくれたのよ。もっと優しくしてあげて」


「マキさん、温情だけじゃ国は守れないんだよ。オレの国もそうやって滅びていったからね。締めるところは締めないとさ」


「っ…ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ…」


「マキから聞いたわ。王子様なんでしょ? 血筋も立派だなんてすごいわ!」


「……まあ、一応」



 嘘に嘘を重ねた結果が、これである。


 一度嘘をついたら最後までつき続けるしかない。それこそが一番の報いなのかもしれない。


 それはそうと、どうやらキャロアニーセの目的は、なんとかお金を使わないで援助を引き出すことのようだ。


 なんとも卑劣な考えだが、アンシュラオンが女性に弱いことを事前にリサーチしているのだろう。おそらくはファテロナの入れ知恵もあると思われる。



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