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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「アーパム財団」編
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449話 「ユキネたちの身請け その2」


「ラポットさんだね。初めまして、オレがアンシュラオンだよ」


「知っているさ。お前を知らないやつは都市にはいないからな。だが、いくら有名人だからって、ここでも好き勝手できると思うなよ」


「もちろん最低限の礼儀くらいは守るさ。それより一杯やろうよ。極上の酒を持ってきたんだ」



 アンシュラオンが包みを開けると中からブランデーが出てきた。


 グランハムから勧められた最上級の酒で、これ一本で五十万はするらしい。


 アンシュラオン自身は『毒無効』があるのでアルコールは効かないが、高級酒ならば深い味わいを楽しむことができるので、それなりに酒は集めている。



「へっ、酒なんかで誤魔化されるかよ」


「身請け金も持ってきたよ。とりあえず一億円ね」



 続いて包みから大量の札束を取り出して机に並べる。


 これだけの紙幣が入っていたのだから、包みが大きかったことも頷ける話だ。


 また、ポケット倉庫から出すのではなく、あえて包みで持ってくることにも意味がある。やはり視覚的なインパクトは大切なのだ。



「アンシュラオンさん、私も払ったんだからお金はいいのよ」



 ユキネも山での戦いで、ハローワークからかなりの報奨金が入ったことで懐には余裕があった。


 なにせ左腕猿将の特別報奨金だけで五千万になったのだ。サリータとベ・ヴェルにも一千万ずつ渡したことで三千万になったが、彼女が主体となって戦ったのだから当然の権利といえる。


 それ以外にも数多くの魔獣を倒したことで、合計で四億円近い現金を得ていた。出そうと思えばもっと払うことも可能だ。


 しかしながらアンシュラオンは、笑いながら札束を押す。



「まあまあ、とりあえず取っておいてよ。もらっておいて損になることはないからね」


「…ふん。金だけはあるようだな。だが、金の問題じゃねえんだ! 愛の問題だ!」


「オレは自分の女性はとことん愛するつもりだよ。生活だって苦労はさせない」


「苦労があってこその家族だろうが!」


「それはそうだね。違う意味での苦労はさせると思うよ」


「なんだと! やはり身体が目的か!」


「身体だって女性の立派な武器じゃないか。それを認めてあげないと逆にかわいそうだよ。ラポットさんは、ユキネさんをいい女を育てた。それはすごいことだ」


「ユキネがいい女なのは当然だ。なんといっても俺の娘だからな! だが、お前さんにはすでに妻がいると聞いている。となると、ユキネはどうなる? やはり遊びの女ってことだ」


「妻はもう三人いるんだ。それが四人に増えても五人に増えても変わらないさ。このご時世だ。妻がたくさんいることは悪いことじゃないよね。幸いなことに養えるだけの蓄えもある」


「かもしれん。だが、受けられる愛は減る」


「減らないよ。愛は増えるのさ」


「ほぉ、どういう理屈だ?」


「うちは女性同士も仲がいい。彼女たち全員の欲求を満たしてあげているから余計な不満がないんだ。そうすれば妻同士で互いに認め合い、助け合うことで愛は増えることになる。言ってしまえば全体で一つの家族になるんだ」


「もし満たせなくなったら壊れるんじゃないのか?」


「その時は仕方ない。誰もが自由にすればいいさ。それこそ魅力がない男のところにいつまでもいないほうがいいからね。今のところオレが与えられるのは、身を守るための力と生活に不自由しない金。それと尽きない愛くらいなもんだ。あくまでオレが与えられる範囲内での話だけどね」


「遊び人の性質だな。こういうやつは風来坊が多い」


「オレ自身も縛られるのが嫌いだからなぁ。それは否定できないかな。かといって世の中に絶対はないからね。仮にここで絶対に守ると約束したとしても、それが叶わないこともあるかもしれない。それよりは現実的な対価で判断したほうがいいと思う」


「つまりは金で女を買うってことだな」


「それは出会い方の問題にすぎないよ。どこの夫婦だって最初は他人さ。お互いを理解して尊重できる家庭のほうが珍しいかもしれない。ただ、その中のどこかで、互いだけでしか得られない何かを見つける。それは安らぎだったり金だったり権力だったりするけど、それを含めて『縁』なのかもしれないね」


「そうよ。私はアンシュラオンさんと縁があったのよ」


「お前は黙ってろ」


「なんでよ! 私の将来の話でしょ!」


「それを決めるのも親の役割だ」


「誰が親よ! 私の人生設計の邪魔ばかりして! もううんざりだわ!」


「ははは、ユキネさんは、ここだと素が出ちゃうんだね。それだけ安心している証拠さ。山で一緒にいた時も、最初はなかなか素を出してくれなかったからね」


「繕うのも芸者の嗜みですもの。でも、マキさんには負けたくないわ」


「年齢も近いしね。張り合うことはいいことだ」


「ふむ、ユキネがここまで対抗心を見せるとは、普通の相手じゃないみたいだな」


「まあね。彼女は腕っぷしも強いけど、特に心が強い。そこはやっぱりすごいかな」


「では、ユキネはどうだ?」


「ユキネさんも同じくらい強いと思う。才能じゃ負けていないはずだ。ただ、『凄み』という部分では足りないところがある。山での戦いで改善された面もあるから、これは育った環境のせいかもしれない」


「うちが生温いってか」


「最初から全部が与えられている環境じゃ、人は極限まで強くはなれないんだ。ラポットさんたちが温かい家族だったからこその弊害だろうね」



 マキも門番の生活で一時期鈍ってはいたが、家族はおらず独りで暮らしていた。


 その点において、無条件で安心できる場所がある者とは生活環境が異なる。



「生活するだけならばどこでもいいけど、強くなろうと思うのならば、自分をある程度追い詰める必要がある。ユキネさんからすれば、ここは居心地が良すぎる反面、成長が阻害されていることにヤキモキしているんじゃないかな。言ってしまえば、今のユキネさんは『反抗期』であり、同時に『成長期』でもあるってことだよ」


「もう、アンシュラオンさんったら。私は子供じゃないわよ」


「身体はそうだけど、心は反抗期がないまま大人になってしまったんだよ。だからワンパンされて成長の壁にぶつかった時、自分の感情を制御できなくてイライラしていたね。大なり小なり誰もがそうなるけど、どうしていいのかわからなくなって自分を見失っていたのさ」


「ワンパン? ユキネがか!?」


「それくらい危険な戦いが、山では繰り広げられていたんだ」



 琴礼泉に向かう途中では、感情が制御できずにイライラをぶつけていた。表面を繕うだけの心の余裕がなかったからだ。


 拾われた場所が一座であったことから、多くの大人たちと接する中で要領の良さや愛想の良さは学べたが、結果として本気でぶつかることが少なくなってしまった。


 これも同年代が少ない生活環境におけるデメリットであるし、血が繋がっていない家庭内ではよくあることといえる。


 実際にユキネも、これまで身請け話がなかったわけではない。その都度ラポットが退けていたが、当人が積極的でなかったことが最大の要因である。


 つまりは、あと一歩を踏み出す勇気がなかったのだ。



「でも、ユキネさんは自ら積極的に挑戦することで壁を破った。追い詰められて嫌でもやるしかなくなったから、後先考えずに勝負できたんだよ。ねぇ、親がしてやれることって子供を危険から遠ざけることかな? それとも危険に対処できる力を与えてあげること?」


「…後者のほうが立派だわな。それができれば、だが」


「オレも子供がいないから偉そうに言える立場じゃない。この子を育てていて、親って大変だなぁって何度も思う。少し熱を出しただけで狼狽するし、怪我をした時だって気が気じゃない。それでも強くしてあげることが、この子にとって幸せだと確信しているからこそ、心を鬼にもできる」



 アンシュラオンが、アイラの膝の上にいるサナを撫でる。


 彼女と一緒になってからアンシュラオンも苦労していたが、それもまた独りではけっして経験することができない貴重なものばかりだった。



「外に出れば、ユキネさんはもっと大きくなれる。オレはそう思うよ」


「ここは狭いってことか」


「狭くていいんだよ。そういう場所があることは幸せなことさ。だったら今のうちから慣らしてあげるほうがいい。世の中にはいきなり苦境に立たされて、一瞬ですべてを失う人間も大勢いるからね」


「なんだか本当に子供って言われているみたいね。じゃあ、甘えてもいいのよね。ごろごろごろーん」


「そんなことされたら、おっぱい揉んじゃうよ!!」


「きゃー、アンシュラオンさんのエッチー」


「こら! 親の前でイチャつくんじゃねえ!」



 怒られた。


 たしかに親の前でイチャつくのは、ちょっと気まずい。



「うーむ…」



 アンシュラオンの話を聞いて、ラポットが腕組みをしながら思案。


 翠清山での戦い以来、この男の噂は嫌というほど流れてくる。その中身は称賛六割、懐疑二割、批判二割といったところだ。


 勝利の立役者として称賛が伴うのは当然のことだろう。同様に有名人かつ成功者を妬む層は必ずいるので、批判が二割あることも自然なことだ。


 あとは素性の知れない男に対する懐疑的な層がおり、ラポットもこちら側に属していた。


 その理由は、主にユキネに関する私情ではあるが、長く旅をしていた経験から特殊な人間性を感じ取っているからでもある。



「お前さんのことはアイラからも聞いているし、ここじゃヒーロー扱いだ。これ以上、何を望むんだ?」


「有名になりたいわけじゃない。すべては女性を養うために金を稼いだ結果さ。一番は妹のためだけど、それ以外は他の女性に使うつもりでいるよ」


「女は底なしの強欲だ。全部むしり取られるかもしれないぞ。それで破滅してきた連中はいくらでもいる」


「べつにそれでもいいかな。独りなら苦労はしないけど、その分だけ寂しいからね。オレも家族が欲しいんだと思う」


「お前は影響力が強すぎる。そういった人間が失敗すると大勢の連中を巻き込んじまうもんだ。その中にユキネがいたらと思うと、親としては我慢ならん」


「もしオレが大きく間違ったり、ラポットさんがどうしても許せないと思うことがあったら、いつでもユキネさんを迎えに来るといい。ただ、その時は彼女の意思を最優先にしてあげてほしいんだ。自分で決められない人生なんて生きる価値がないからね」


「…そうか」



 ラポットは軽く頷くと、もらった酒をグラスに注ぐ。



「せっかくだ。飲んでいけ」


「いいの?」


「どうせおもたせだ。好きなだけ飲んでいけ。おうおう、何をしけた面してんだ。お前たちも出てこい!」



 ラポットが後ろの衝立に話しかけると、背の低い男が裏から出てきた。


 この小柄な男にも見覚えがある。


 以前の舞台で、何十本ものナイフを操りながら空中で樽を移動していた男で、動きから察するに暗殺者タイプの武人だろう。



「だって、団長がすっこんでろって言うから…。俺らだってユキネの嫁ぎ先の相手を見たいのにさ」


「もう話は済んだ。お前たちも好きなだけ飲んで場を盛り上げろ」


「え? いいの?」


「ああ、かまわん」


「やったー! 出てきていいってさ!」


「ようやく出れるよ」


「あー、肩凝った」



 次々と衝立の裏から人が出てきて、最終的には計三十人の全団員がそろうことになった。



(さすが大道芸人。よくあんな場所に隠れられるな)



 アンシュラオンは波動円でわかっていたが、完全に気配を消しているし、視覚的にもあれだけの人間が隠れているとは思わないはずだ。


 彼らは出てくるや否や、盛大に騒ぎ出す。


 テーブルにはどんどん料理が盛られた皿が置かれていき、あっという間に大宴会の始まりだ。


 中には突然、歌を歌い始める者もいたり、まったく立ち位置から動かずにバック宙をしたり、さらにそれをお手玉しながらやるものだから、初めて見ると驚きの連続である。


 だが、これが感情を芸で表現する彼らの日常なのだ。


 そして、誰もがユキネの身請けを喜んでいることがわかる。



「キャー、可愛い子ねぇ! これがユキネのご主人様なの!?」


「素敵ー! 私も一緒に行きたいわー」


「あと十年は若かったら誘ったんだけどね」


「あらま、もったいないことしたわねー! アハハハ!」



 一座には女性もいるが、だいたいは中年以上なので、アイラやユキネのような若い者は少なかった。


 気になったのでラポットに訊いてみる。



「けっこう年齢差があるよね。どうして?」


「出ていくやつらもいたから、だんだんと億劫になってな。ここ十数年は誰も入れてないんだ。その意味じゃ俺も臆病になっていたのかもしれねぇな」


「一座の責任者だもの。その気持ちはよくわかるよ。現状維持だけでも大変だしね」


「まあな。で、アイラも欲しいって?」


「サナも気に入っているから、できればね。いや、ぜひとも欲しいかな」



 サナは相変わらずアイラの膝におり、勧められるままにジュースや食べ物をもらっていた。


 どこにいても可愛がられるのは彼女の長所であるが、アイラに対しては心から気を許している面があるので、その意味でも貴重な人物といえる。



「最後に拾ったのがアイラだった。出来の悪いやつだが、お前さんのところなら少しはがんばれるようだな。あいつが山で戦っていたなんて、いまだに信じられん」


「武人としての素質はそれなりにあると思うけど、アイラの場合はよくわからないや。オレもあいつが何なのか理解できていないしね。でも、だからこそ必要なのかもしれない」


「アイラを必要と言ってくれるか。一気に二人の娘を失うのはつらいが、お前ならいいだろう。厳しくしてやってくれ!」


「そうするつもりだよ。放っておくと甘えるからね」


「ちょっとー! どうして私の時だけそうなるのーー!」


「よーし! 今日は飲むぞ! 徹底的に飲んでやるからな! ありったけの酒を持ってこい!」



 アイラの悲鳴を無視しながら、宴会は深夜遅くまで続いた。


 その明け方。


 外に出て、少しずつ昇る太陽を見ていたユキネに、ラポットが近寄っていく。



「ここにいたか」


「…うん」


「やっぱりいなくなると思うと寂しいもんだ」


「有名な人だもの。どこにいるかはすぐにわかるわ」


「それでも離れるのはつらいもんさ」


「…認めてくれてありがとう」


「娘が選んだ相手だ。認めないわけがない。ただ、その覚悟を知りたかっただけだ。いいか、何があってもあいつの傍を離れるんじゃないぞ」


「え? どういう意味?」


「俺も長年、大勢の人間を見て来たからわかるのさ。背負うものがないと抜け殻みたいになる男ってのがいる。あいつはまさにそれだ。だから、お前みたいな『面倒な女』が絡んで、いつでも重しになってやるんだ」


「なによ、そんなにがめつくないわ」


「いいから聞け。あいつには『かげ』がある。放っておくと何をしでかすかわからねぇ。そういう男に惹かれる気持ちも十分わかるが、嫁ぐなら全力でサポートしてやるべきだ。それが女房ってもんだろう」


「………」


「なんだ?」


「いいえ。なんだか父親っぽい台詞だなーって思っただけ」


「正真正銘、父親だ。俺はそう思っている」



 ラポットはポケットから小さな箱を取り出すと、ユキネに渡す。



「持っていけ」


「これは?」


「俺のカミさん…お前の母親になるはずだった女が持っていたもんだ」


「結婚してたの?」


「若い頃にな。だが、流行り病で死んじまった。それが形見ってわけだ。ほら、開けてみろ」



 ユキネが箱を開くと、中にはペンダントが入っていた。


 そのトップ部分には『白いジュエル』がある。



「詳細は知らないが、なかなか希少な宝石らしい」


「もらっていいの? 形見でしょ?」


「俺が持っていても仕方ねえ。使えるやつが使ったほうがいいんだ。そのほうがあいつも喜ぶ」


「………」


「なんだ、泣いているのか?」


「泣いているのは、お父さんのほうでしょ!」


「馬鹿野郎! 泣くもんか! 俺は泣かないって決めて…って、久々だな。そう呼んでくれるのはよ」


「育ててくれてありがとう。本当に感謝しているわ。今までのことは忘れないから」


「へっ、それだけ聞ければ十分だ。嫌になったら、いつでも戻ってこい」


「そうならないように気をつけるわ」



 そう言うと、ユキネはラポットの腕を取る。



「なんだよ、引っ付くな。暑苦しいじゃねえか」


「照れてるの? たまにはいいじゃない」


「幸せになれよ。親が望むのは、いつだって子供の幸せだからな」


「…うん」



 血が繋がっていなくても二人は親子なのだ。


 人間にとって大切なことは、互いの信頼関係であることがよくわかる。


 と、かなり良いシーンではあるのだが、アイラには特に餞別がなかったことから、同じ娘なのに扱いに差があるのが哀しいところだ。(仲間からナイフや踊り子の服はもらっていたが、あまり嬉しくはなかったらしい)


 逆にいえば、拾った時からアイラがいつか出ていくことがわかっていたのかもしれない。


 こうしてユキネとアイラの身請けが成立。


 晴れて正式にアンシュラオンの身内になるのであった。



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