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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「アーパム財団」編
444/618

444話 「戦後処理は大変だ」


「ふー、ようやく終わったー」


「お疲れ様でした」


「ありがとう、ホロロさん」



 アンシュラオンが白詩宮のリビングでソファーに座り込むと、すかさずホロロが紅茶を淹れてくれる。


 その紅茶を飲みながら、ずるずると背もたれに体重を預ける様子から、かなり精神的に疲れていることがわかる。



「戦後処理は、どうしてこんなに面倒くさいかなぁ」


「なんだかんだで、もう一ヶ月半か? 随分と忙しそうだったな」



 同じくリビングにいたロリコンが、さも他人事のように訊いてきた。


 忙しいアンシュラオンとは対照的に、この男は紅茶をすすりながら菓子をバリバリ食い、雑誌まで読んでいる始末だ。


 ムカついたのでクッキーを指で弾いてやると、額に当たって見事に砕け散る。



「いってー! なにするんだ!」


「ロリコンが暇そうだからだよ。ちなみに普通に弾くと壊れるから、最初にコーティングして当たる瞬間に解除する高等技術だぞ」


「くだらないことに力を使うなよな! あー、いてて。血が出そうだ」


「そのくらいで出るかよ。というか、どう見ても太ったよな? オレたちがいない間、ずっと家で食っちゃ寝してたんだろう?」


「そりゃ外に出るなって言うし、やることもなかったしな。何か用事がある時は海兵が代わりに行ってくれるから運動不足にもなるさ。特に鍛冶師の連中が戻ってきてからは絶対に外に出るなって言われたぞ」


「まあ、そういう待遇にもなるか」


「お前のことだから大丈夫だとは思っていたけど、戻ってきた時はびっくりしたぞ。みんなすごい形相だったもんな」


「それこそ山の中でずっと暮らしていたんだ。面構えも変わるよ」



 あのアイラでさえ、山から戻ってきた時はまだ表情が強張っていたくらいだ。それだけ激しい戦いが続いた証拠である。


 アンシュラオンがハピ・クジュネに帰ってきたのは、今から一ヶ月半前、一月の半ばになってからだ。


 クルルと戦ったのが一月の始めだったので、戻るだけでも十日以上は経過していることになる。


 そもそも行きにあれだけの時間がかかったのだから、帰るにも相応の時間がかかるのは仕方がない。これでも家が心配で、かなり早く帰ってきたほうなのだ。


 それとは反対に、都市は至って平和そのもの。


 アンシュラオンたちが帰ってきた時には、街全体でお祝いムードだったほどだ。



(ハピ・クジュネには直接被害が出ていないし、わざわざ戦時中に不利な情報を市民に与えるわけがない。これも当然なんだよな)



 どこの国や組織でも、士気を上げるために吉報を届けるものだ。


 ライザックも多分に漏れず厳しい情報統制を敷き、ハピ・クジュネの市民に対しては「自軍優勢」とだけ報せてあったという。


 仮にそれが偽りであっても、「絶賛敗北中」なんて口が裂けても言えないだろう。


 不安がエスカレートすれば治安も荒れる。知らないほうが幸せならば、そのほうがよいのだ。


 治安維持もガイゾックの第一海軍が全力を出した結果、街はいつも以上に平和であり、人々は何も知らないままであった。


 アンシュラオンの家である白詩宮も、海兵が守っていたうえにロクゼイたちが帰還してからは、より一層の厳重な警備態勢が敷かれることとなった。


 ライザック直轄の親衛隊が直々に守りにつくものだから、逆に何かあったのかと市民から勘ぐられるくらいであったという。


 そして、完全に外に出られなくなったことで、ロリコンが肥えることに繋がるわけだ。



「でも、アロロさんは太ってなかったぞ。ロリ子ちゃんだってそうだ。単なるお前の怠惰じゃないか」


「ふひひwサーセンww」


「まったく、呑気なもんだよ。こっちは帰ってから連日連夜の折衝ばかりだってのにさ」


「話は戻るが、そっちは大変みたいだな」


「利害調整で揉めるのは当たり前にしても、今回は被害が大きかったからね。ようやく第二海軍のことも知れ渡ってきたし、それなりに動揺も広がっているんじゃないかな」


「たしかに騒いでいる連中も見かけたな。そのたびに海兵が出動して抑えているから大変そうだったぞ」


「市場のほうはどうなっていた? 変化はあった?」


「雑貨関連も売れなくはないが、今は食料品と医薬品、武具類が多いな。あとは建築資材もけっこう集まっているみたいだ。南からの貿易船もかなり来ていたぞ」


「ああ、『自由貿易郡』からの援助物資だろうね。ライザックの嫁さんの父親が、そこのお偉いさんなんだ。叔父もゴゴート商会の会長って話を聞いたよ」


「すごいな。ゴゴート商会っていえば、北部まで名が知れている大商会だぞ」


「ライザックが作戦を決行したのも、そういう後ろ盾があったからだよ。最初から計画していたことさ」


「そのわりにはバタバタしているじゃないか」


「何事も予定通りにはいかないもんさ。戦争ってのは始めるより終わったあとのほうが大変だしね。最低限の話し合いもさっき終わったばかりだ」



 アンシュラオンは戻ってからずっと、グラス・ギースとハピ・クジュネとの三者間の話し合いを続けていた。


 これだけ長引いていたのは、もちろん利害調整の問題もあるが、あまりに被害が大きすぎて収拾に手間取っていたからだ。


 なにせ主力部隊の第二海軍が、ほぼ全滅。


 これだけでも目を覆いたくなる大惨事なのに、第三海軍も半数以上の死傷者を出し、予備兵力だった新兵まで駆り出していた始末だ。


 この段階でハピ・クジュネの防衛力は半減したといえるだろう。


 都市の責任者のライザックのみならず、ガイゾックまで頭を抱えたのは言うまでもない。


 なぜならば、文字では『半減』と安易に書いたものの、これは実質的に影響力が『激減』したことを意味するからだ。


 北部の中心都市であるハピ・クジュネは、グラス・ギースとの間にある街だけではなく、南に広がる海と、それを越えた先にある地域にも強い支配力を持っている。


 さきほど話題に出た自由貿易郡は、南部(北中部)における中心都市群ではあるが、海を渡ってからかなり南に位置している。


 そこに着くまでの広大なエリアは空白地帯であり、街は存在しているものの、ハピ・クジュネと自由貿易郡との貿易の中継地として成り立っているにすぎない。


 当然ながら、そこの治安維持の一部もハピ・クジュネが担当しているので、単純に海兵が減るのは大問題なのだ。


 今回自由貿易郡の船が大勢やってきたのは、その不安を払拭するためのアピールの側面も強いと思われる。


 しかし、それでも支配力の回復には不十分だ。



(対外的にも大変だが、問題は内部だよな。内から崩壊するのが一番怖い)



 これも話題に出た通り、ハピ・クジュネ内でも最近になってから、ようやく悲惨な現状が伝えられるようになり、市民たちにも動揺が広がっていた。


 人の口に戸は立てられぬとはよく言うが、遺族には真実を伝えるしかないので、どうしても噂は広まってしまう。


 そして、それまで順調と思っていたからこそ、ショックと怒りは大きい。


 無謀な戦いを仕掛けた上層部に対して、遺族たちが厳しい非難の声を上げ始めたのだ。(無関係な者が騒ぐことも多いが)


 ライザックもそれを宥めようと遺品の回収を優先したり、保証金を出したりと、かなり苦労していたようだ。これも話し合いが大きく遅れた原因である。


 同様にハピ・クジュネほどではないにしてもグラス・ギース側の被害も大きく、上級衛士隊の半数以上が死傷。ベルロアナも一度グラス・ギースに戻る必要があったことで、日程がずれ込むことも多かった。


 だからといって戦後処理を滞らせるわけにはいかない。


 代理人を使って会議は休むことなく継続され、どの勢力も少しでも利権を獲得しようとあれこれと画策を続けるのだから、揉めるに揉めて今に至っているわけである。



「ハピ・クジュネは、これからが勝負だね。それこそライザックの手腕にかかっているよ」


「でもよ、ハイザク将軍は生きているんだよな? 戦死の発表はなかったもんな」


「それそれ。それが大きかった。ハピ・クジュネ側にも大きな貸しになったし、スザクなんて大泣きしていたからね。助けた甲斐があったよ」


「どうせお高いんでしょ?」


「すぐに金の話にするなよ。まあ、【百億】になったけどね」


「たか! 人の命、たかっ! やっぱり売ったんじゃないですかぁぁぁあ!」


「売るに決まってるだろう。相手も喜んでいたからいいんだよ」



 唯一の幸運は、ハイザクが生きていたことだろう。


 クルルザンバードを倒したあと、ハイザクの様子を確認したら生命活動を維持していることがわかった。


 まだ憑依されている可能性もあったので慎重に対応する必要があったが、アンシュラオンの『神覇しんは神哮覇王拳しんこうはおうけん』は【正なる力】なので、精神作用の痕跡を含めてすべて吹き飛ばしてしまったようだ。


 これが普通の覇王拳だったならば、余波でも死んでいた可能性が高い。もとより使えなかったとはいえ、こちらの技で正解だったといえる。


 そして、ハイザクを連れてスザクたちと合流。


 その時のやり取りはこうだ。



「兄さん! 本当に兄さんなんですか!」


「うん、まだ意識は戻っていないけど、ちゃんと生きているよ」


「ありがとう…ありがとうございます!! やっぱりアンシュラオンさんはすごいや!! さすが僕たちの英雄です!」


「いやいや、それほどでもあるけどね。まあでも、けっこう苦労したからなぁ。買う気があるなら百億で売ってあげるよ」


「え…? 兄さんを…百億円で…ですか? そんな…!」


「相当苦労したからね。本当なら死んでいたわけでさ。さすがに高いっていうなら少しはまけて…」


「安い!! そんな額でいいんですか!?」


「…え? いいの?」


「兄さんが、そんな『はした金』で戻ってくるなら安いに決まってますよ! ありがとう、ありがとうございます! 本当になんと感謝すればよいか!」


「あ…うん。それでいいならいいけど…」



 ちらりとシンテツを見ると非常に渋い顔をしていたが、ハイザクの価値を考えると下手に口を挟むのは愚策と思ったのかもしれない。


 そのまま話は通り、ライザックからも正式に百億の特別報酬が出ることに決まった。


 これには批判も出そうだが、ハイザクという強力な武人は他に代えがたいし、第二海軍の立て直しを考えると絶対に必要な人材なので仕方がない。



(こういうところが、スザクがボンボンって呼ばれる所以だよな。それなりに外で経験を積んでいるはずだけど、身内のことになると目の色が変わるしね。それだけ家族愛に飢えているってことかもしれないけどさ)



 そのあたりは若干親近感があるので、アンシュラオンも気持ちは理解できる。


 それに、そこに付け込んで百億で売れたのならば、苦労した甲斐もあったというものだ。


 ついでといってはなんだが、ギンロとカンロも生存した状態で見つかっている。


 彼らは操作されたあとは適当に放置されていたらしく、放心状態のまま洞窟内で発見された。


 もともと肉体が限界だったところに『オーバークロック〈強制限界突破〉』で無理やり強化されたため、身体中が骨折して動けなくなっていたようだ。


 クルルザンバードもアンシュラオンへの対応で忙しかったので、それどころではなかったのだろう。彼の目的はハイザクを手に入れた段階で完了していたと思われる。


 しかもアンシュラオンの配下になった魔獣たちが見つけたことで、さらにハピ・クジュネへの貸しを作ることにもなった。


 あんな山の中で二人を見つけることは人間には不可能だ。魔獣の協力があってこそであり、和平を成し遂げたアンシュラオンの功績は極めて大きいといえる。


 現在二人は入院中ではあるが、身体はアンシュラオンが回復させたので、残るは心の治療だけとなる。


 ただし彼らも武人であり軍人だ。覚悟も決まっていたことから、そこまで回復に時間はかからないだろう。



「なあ、魔獣っていえばさ、うちにやってくる『アレ』はなんとかならないのか?」


「いいかげんに名前を覚えろよ。マスカリオンだぞ。べつに危害を加えられるわけじゃないだろう?」


「そうだけどさ…目が怖いんだよな。すげえ睨んでくるぞ」


「ヒポタングルのリーダーだからね。人間になめられないようにしているのさ。でも、ロリ子ちゃんは水をあげて馴染んでいたじゃないか」


「うちの嫁さんは胆力があるからな…」


「お前がそういう態度だからなめられるんだよ。普通に接すればいいのさ」


「無理だって! 三大魔獣なんだろう!? あれは人殺しの目ですよぉおおお!」


「そりゃそうだ。かなりの海兵を殺したのは事実だからな」


「やっぱり! あんなのと仲良くなんてできないって!」


「嫌でも慣れるしかないぞ。これからどんどん交流を深めるんだからな」



 これものちのち詳しく話すが、白詩宮にはよくマスカリオンがやってくる。


 ハピ・クジュネの空をゆっくりと旋回しながら白詩宮の屋根にとまり、翼を広げて周囲に存在をアピールするのだ。


 最初にこれをやった時には、都市中が大パニックになったものだ。いきなりあんな目立つ魔獣が都市に入ってくれば当然であろう。


 しかし、アンシュラオンの配下になったと周知を徹底したことで、今では「さすがホワイトハンターだ!」「翠清山の英雄だ!」と賞賛されるようになった。


 これも戦後のショックと不安を和らげる作戦の一つである。


 海軍の戦力が低下したことを知れば、翠清山からの報復を恐れるのが市民感情というものだ。


 が、三大魔獣が味方になれば話は変わってくる。


 まずは一番機動力があり、人間の言葉も理解できるマスカリオンを家に呼ぶことで、人々は魔獣に襲われる危険性がないのだと実感できる。


 もちろん敵対していた魔獣をすぐに受け入れることは難しいが、それこそ相手だって同じだ。マスカリオンだって好きでやっているわけではない。


 どこかで妥協しなければ永遠に問題は解決できない。憎しみや怒りばかりに囚われていれば必ず衰退するのだ。



「女神様からも応援されているそうだからな。何があってもオレはやるぞ」


「そもそもさ、なんでお前が『伝聞』なんだ? 当人なのに聞いてないのはおかしいじゃないか」


「うるさいなー。オレだってショックなんだから蒸し返すなって。光の女神様の意識は綺麗すぎるんだよ。オレには闇の女神様のほうが相性がいいんだろうな。胸も大きいし」


「神様を性的な目で見るなって。なんでお前みたいなやつが、女神様に期待されているのか不思議だよ」



 日本でいえば、天照大御神の胸のサイズを気にするようなものだろうか。そんな人間もいないわけではないだろうが、なかなかに珍しいといえる。


 それはともかくとして、女神マリスの意思が降臨したことも人々の間では話題になっているそうだ。


 この世界では女神信仰が根本にあるので、人類の母たる女神がそう言うのだから仕方ない、という風潮も広がっている。


 これが海軍からの発表だけならば嘘くさいが、防衛隊として参加していた人々からも光が見えたとか、天使が見えたという話が伝わり、信憑性を増すことになったという。


 ゆえにマスカリオンを受け入れる人々も増えていた。それだけ女神の影響力は強いのだ。


 ただし、さすがに三大魔獣だけあって威圧感がすごい。


 アンシュラオンから見れば愛嬌のある顔なのだが、ロリコンはいまだに慣れていないようで、マスカリオンが来ると家の中に隠れてしまう。


 その一方で、アロロやロリ子は普通に接しているのだから、いざというときは女性のほうが強いことが実証されることになった。


 これに関してはロリコンがへたれなだけなのかもしれないが、怖がられるくらいが良いアピールになるので問題ないだろう。



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