442話 「決着、六翼魔紫梟戦 その3『神覇、覇王の拳よ』」
「『神位第四階』、【神刀】!」
ここでは本格的な神気の操作ができるようになる。
神気を鋭く練り上げて、刀のように振り下ろす!
神気の刃はすっと覇気を寸断すると、ガードしたクルルの腕ごと斬り飛ばす!
今度は横に、再び縦にと続けざまに放てば、クルルの四肢が切断されて胴体だけが地面に這いつくばる。
時間が経てば覇気を使って四肢を生やすことはできるものの、それだけ生体磁気を使ってしまう。
一瞬でも覇気の放出を止めれば即死することもあり、ますますBPが減っていく。
なんとか立ち上がれるまでになった頃には、次の段階。
「『神位第三階』、【神威】!」
ついに第三階、上から三番目の神格にまで到達。
ここからは各因子でいえば「8」に相当する場所なので、発動者にも特別な現象が起こる。
トレードマークだった真っ白な髪の毛が金色に染まり、神気の光量も三次元を突破して四次元に至ることで、四方八方から光が舞い散っていく。
基本的に我々は三次元に生きているといわれるが、これに時間を足すと四次元になるため、ある意味では現実も四次元なのかもしれないが、そんな話はどうでもいいので、さらに上の領域に到達したと思ってくれればよい。
ここからが若干面倒なのだが、たとえば三次元にいる我々が紙に描いた二次元の絵を俯瞰する時、その形をしっかり見ることができる。
逆に三次元から四次元を見ることはできないが、それを無理やり三次元の空間に投影すると、常にさまざまな形に動いているように見える。(認識できないので錯覚を起こす)
今のアンシュラオンもそれと同じで、肉眼で見ると神気の形状が安定せず、常時いろいろな色や形になっているが、それだけ質と量が増したことを意味している。
そして、この段階に至ると【本物の神の力】が使えるようになる。
「オレも師匠の蔵にあった書物でしか知らないが、かつての神々は神気をもちいて、その『威』を十全に示したそうだ。たとえば、こうだ」
アンシュラオンが『雷気』を生み出す。
通常ならば雷が生まれるだけなのだが、神気を受けて雷気が変容。
閃光を帯びた生物のように荒々しく蠢きながらも、それでいて穏やかにもかかわらず、見ている者に強烈な畏怖を与えるものとなる。
人は自然には勝てない。
大地を歩く人間が、遥か空高くで起きた稲光に怯え、神の怒りだと畏れたように、神々は進化の段階として人より上に造られていた。
しかし、かつての旧人類が母神に背くようになって自然を荒らした結果、神々の力は現実に人間に降りかかる脅威と化した。
「クルルザンバード、まだ死んでくれるなよ」
アンシュラオンが変容した雷を放射!
大気を閃光とともに貫く『神雷』が、クルルの身体に突き刺さり、激しい痛みと衝撃を与えていく!
「ぎゃあああああああああああ!! なななっぐあぁあだじゃあddjぁ!」
サナの黒雷も、存在そのものを抹消する恐るべき魔人の力ではあるが、こちらは神の力なので神聖かつ清浄そのもの。
悪しきものを滅する力に長けており、魔と呼ばれるクルルに対して絶大な浄化力を発揮する。
『正なる力』で存在そのものが否定される強烈な痛みが走り、クルルが絶叫!!
せっかく修復した身体がズタボロになり、がくっと力なくひざまずく。
「古の二十八武神が一神、【雷神】が使った本物の神の武威だ。いくら覇気でも簡単に防げるものじゃない。まあ、本物はもっと凄かったらしいけどな」
かつての雷神(鬼神)は、無数の雷太鼓からこれの十倍はある神雷を放出したそうなので、それと比べると微々たるものである。
「さあ、雷神様ときたら、次はあれだな」
今度はアンシュラオンが風気を生み出す。
こちらも神雷と同じく、神気の力を受けて変容。
優雅にたゆたいながらも渦巻く『神風』は、車や家を軽々と破壊するハリケーンを見て人々が絶望するように、諦めの感情すら浮かぶ威圧感を有する力だ。
古の二十八武神が一神、【風神】が得意としていた神の風が、クルルに向かって放たれる!
「や、やめろ! やめっ―――ぎぃぁあああああ!!」
神風はクルルを結界の壁に押し付けながら、その身体を根こそぎ削ぎ取っていく。
時には圧縮され、解放されたと思ったら引きちぎられる。
激しい嵐の日には、人間は岩場に隠れて静かに暮らすものだ。もし好奇心がくすぐられて、ひとたびでも外に出れば一瞬にして命を奪われるだろう。
嵐は人間に空を飛ぶことすら許さない。
あらゆるものを地面に叩き伏せる!
「火はあまり得意じゃないが、ついでだ。今まで手こずらせてくれたお礼に、フルコースを味わってもらうか」
アンシュラオンが火気を生み出すと、こちらも変容。
『神炎』となった火は、まさに浄化の極み。
世界中の神話で、邪神と戦う神々が火を使って敵を滅するのは、定番中の定番だ。
古の二十八武神が一神である【火炎王】の力が、クルルザンバードを焼き尽くす!!
「ぎゃあぁあああああ!! やめろ、やめろおおおお!!」
覇気を展開して防御してもなお、この炎に耐えることは難しい。
ガソリンを被って炎上した人間のごとく、火達磨になって哀れに泣き叫ぶ!
逆に簡単に死なないからこそ、その苦しみは何重にもなって襲いかかってくるのだ。
「そして、これがオレの一番得意とする水だ」
もっとも得意な水気を出すと、神気を帯びた『神水』に変容。
水は呼吸の次に人間にとってもっとも必要なものであり、世界を構成する海を生み出す重要な力だ。
古の二十八武神が一神、【水竜神】が操り、一夜にして人間の大国を滅ぼした豪雨がクルルになだれ込む!!
「ぐがやあああああ!! やめ…やめえええ!! ひーーひぐうう! あばやぁああああ!」
男の喘ぎ声など聴きたくもないが、相手が勝手に叫ぶのだから仕方ない。
雨に抉られたうえに人間にとってみれば硫酸のような水に浸され、一度骨にまでなってから、じわじわと蘇生させられる苦しみを味わうとは、まさに地獄だろう。
ジュウジュウと煙が上がり、皮膚がなくなった筋肉丸出しの姿で、ついにクルルの戦意が消失。
「さて、次はどうしてやろうか。複合属性も試すか? 威力が数倍に跳ね上がるぞ」
「ま、待て…待てええええ!! 貴様はおかしい!! なんだその力は!! まるで超常の兵…しかも上位超騎士の力ではないか! 中位守護者の私が勝てるわけがない!」
「そうか」
「そうかじゃない!! わ、私の負けだ! 頼む、助けてくれ!」
「いまさら命乞いとは、なんともなさけないじゃないか。いや、それがお前の本性だったな。まるで鏡を見ているようで恥ずかしいくらいだ」
「なんと言われようと、ここで死ぬわけにはいかぬ! せめて『わが君』を見つけるまでは…!!」
「お前の事情を考慮する理由はオレには無いな。『神位第二階』、【神哮】!」
「ば、馬鹿な! まだ上が…!! 嘘だ、嘘だ!!」
アンシュラオンが到達できる最高の領域が、この『神位第二階』の【神哮】である。
歴代覇王でもここまで発現できた者は数えるほどであり、陽禅公も『神位第三階』の【神威】までなので、神気に関しては師匠を超えたといえるだろう。
この上の最上位である『神至』に関しては、文字通りに「神に至る」状態になるため、覇王の中でも到達したのは『神覇』ただ一人である。
パミエルキも到達できるが、なぜか神気がドス黒いためにまったく違ったものになるから不思議だ。(もはや邪神である)
補足しておくと、人が『神人』になることと『神』になることは違う。
神人はあくまで人の状態で神に成ることであり、神気によって神になることとは、その意味合いが大きく異なる。
むしろ今のアンシュラオンは、『人を捨てて古の神に近づいている』状態にある。非常に強力ではあるが、かつての神以上にはなれないのだ。
女神が求めたのは、それ以上の力。
神人として無限に成長していく存在である。たとえ何億年かかっても、いずれは古の神々すら超えることを期待してのことだ。
「クルルザンバード、これで本当に終わりだ」
アンシュラオンの手に、強烈な『神威』が集まる。
神の中でも序列上位の者しか扱えない、『裁きの力』が宿った恐るべき神気が超圧縮され、もはや視認できない勢いで蠢いていた。
これを受ければ、問答無用でクルルは即死である。
「い、嫌だ! やめろ!! 違う、違うのだ!! これは違う! 私の意思ではない!」
「では、誰の意思だ?」
「だ、誰…誰だ……誰かが私に……ぐうう、お、思い出せん!」」
「話にならないな。お前との戦いも飽きた。そろそろ死ね!」
「ひぃいいい!」
アンシュラオンがクルルに迫り、右拳を解き放つ!
(ありえない! こんなことは認められない!! 死なぬ! 私は死なぬ! 死なぬぞおおおおおおおおおおお!!)
「死んで―――たまるものかあああああああああああああ!」
ブチブチ、ブチブチブチッ!!
背中に生えた六枚の翼が、ハイザクの肉体から強引に離れていく。
それはもう必死中の必死。
天敵に追われた動物かのごとく、考える暇もなく生存本能のまま逃げ惑い、自切することも厭わない。
クルルザンバード〈六翼魔紫梟〉の本質は半物質の集合体ではあるが、一度強く融合してしまうと依代の死以外では離れられなくなる。
逆にいえば、だからこそ高い性能を発揮できるのであり、その【制約】を破ってしまえば重大なペナルティが課される。
ペナルティの一つ目は、二度と同じ依代には戻れなくなること。
自身が融合していた細胞には、彼自身の半物質体の痕跡が残ることになり、それが離れることで変質して独立した存在になってしまう。
再び入ろうとしても、それらが結合の邪魔になるのだ。
二つ目は、力の大半を依代に残してしまうので、飛び出た本体は極めて弱体化してしまうことだ。
今のクルルザンバードもボロボロになった六枚の翼だけが、かろうじて宙に浮いている状態である。
(はあはぁ! 逃げる、逃げるしかない!! どこかに逃げるしか―――はっ!?)
その時、クルルの意識がアンシュラオンの視線に気づく。
彼の目は、にやりと笑っていた。
「お前ならば、そうすると思ったよ。なにせオレと同じ行動原理だ。さすがに期待を裏切らないな」
―――「貴様! まさか! これを狙って!!」
アンシュラオンが神の武威で散々痛めつけたことには意味がある。
圧倒的な力を見せつければ戦意を失い、結界の存在も忘れてきっと逃げるだろうと。
それが本当に最後のチャンスであると。
「ウオオオオオオオオオオオ!!」
―――「ッッッ?!!?!」
アンシュラオンの唸り声に、六翼魔紫梟が戦慄。
神を信じない人間でも神の怒りだけは怖がるものだ。
罪を犯したのではないか、裁かれるのではないか、地獄に落ちるのではないか。
その潜在的な恐怖こそ、古の神々への憧憬と畏怖なのである。
「今ならばできる! 燃えろ、オレの神気!」
アンシュラオンの因子が燃え上がる!!
集まった莫大な神気の圧力に負けて結界が揺れ、周囲の山々も震えていた。
そして、その拳を―――
「これが!! 『神覇・神哮覇王拳』―――だぁああああああああああ!」
ただただ全力で突き出した!
至高技、『神覇・神哮覇王拳』。
アンシュラオンの全生体磁気が神気に変換されたことと、山に入る前に戦士因子が9まで上昇したことで、ついにこの技の発動に至る。
通常の『覇王拳』は覇気を利用するので戦士因子10は必須であり、単純な物理火力だけならば、これに勝るものは存在しない。
一方のこちらは、神気を極めたかつての覇王である神覇が得意とした必殺技で、神気を使った『覇王拳の亜種』とも呼べるものだ。
因子レベル9で発動が可能なことから、劣っているように見えるかもしれないが、神気のレベルを『神位第二階』まで上げるという極めて厳しい条件があるので、ただの覇王拳よりも難しい技である。
効果は覇王拳よりも物理面で劣る反面、『破邪』の力に優れることだ。
そもそも【神哮】とは、神の怒りの咆哮によってあらゆる邪悪を滅する力を指し、覇王技におけるその究極形態がこの技なのだ。
言ってしまえば、破邪中の破邪。
魔や邪といったものに対して【超特効】を持つ力だ。
六翼魔紫梟に逃げ場などはない。
自ら逃げた反動で動くこともできない!
直撃した拳から『破邪』の力が溢れ出し、一瞬でその存在を掻き消していく!
(馬鹿な…この私が……滅びる。【超大国】の守護者たる私が……ああ、そうだ…思い出した。私はあの時、やつらに負けて……わが君も……)
消えゆくクルルザンバードの記憶が、一瞬だけ戻る。
彼が属していた超常の国では、人間と魔獣と魔神が共に暮らしていた。
撃滅級以上かつ、知性ある魔獣の中から選りすぐられた者は守護者に任じられ、国の中枢を担う名誉ある身分が与えられた。
彼もその一柱であり、『わが君』を守護しながら同時に人や魔獣を支配し、何一つ不満のない生活を送っていた。
だが、それは突然終わる。
大勢の【異形の者】たちが攻めてきたのだ。それに伴って各地で反乱が起こり、大規模な戦争が発生。
彼らとの戦いは数百年に及び、ついに六翼魔紫梟も敗北したが、数々の依代に憑翼することで死にはしなかった。
(その後、私はどうなった…。目が覚めた時……そうだ! そうだ!! あの【人間の女】だ! あいつが私の【記憶を改竄】したのだ!! これは私の意思ではない! 意思ではないのだ!!)
―――「これは、私の―――」
六翼魔紫梟が発した意識は、それが最期となった。
アンシュラオンの拳は、彼ごと大地に叩きつけられ、溢れ出した神気が結界を破壊!
むしろ四神守護結界の力も吸収して、地面の奥深くまで入り込み、その衝撃は加速度的に上昇!
どんどん亀裂が広がっていくと、一つ山を巻き込み、二つ巻き込み、三つ巻き込み、際限なく広がっていく!
まずは、その影響を受けた三袁峰が―――噴火!
地中に溜まったマグマが、覇王拳の力で刺激されて地上に姿を見せる。
翠清山は【活火山】であり、大災厄の時も火怨山とともに噴火した記録がある。
それ以上の詳細な記録がないので、当時はどの程度の規模で噴火したかはわからないが、神気の影響も受けたのか景気よく煙と炎を吐き出している。
だが、それにとどまらない。
六翼魔紫梟が設置した六つの『災厄の種』を、神気の破邪の力が粉砕!
元凶が砕かれたことで術式の効果が一斉に失われ、次々と濃紫色の呪詛が掻き消えていく。
アンシュラオンの神気は、転がり転んでまだまだ広がり、灸瞑峰と銀鈴峰に到達。
清翔湖の水ごと空に舞い上がり、苦しみもがいていたマスカリオンたちをも切り裂く!
本来ならば一度汚染された魔獣は簡単には戻らないが、神気の波動を受けた彼らの意識は即座に覚醒。清浄な力に守られる。
サナたちと戦っていた猿と熊の軍勢も、バケツの水を引っ掛けられたように、目を真ん丸にして唖然と立ち竦む。
影響を受けたのは魔獣だけではない。
人々の中にある憎しみの感情すら神気は包み込んでいき、一緒に破壊していく。
スザクもグランハムも、マキもアルも、そしてベルロアナとサナたちも、立ち昇った光の柱の方角を見つめる。
アンシュラオンが拳を放った場所の真上には、『覇の旗』が掲げられている。
覇王の偉業と武威を示した者に対して、世界が祝福しているのだ。
そして、さらに天空に浮かぶは―――【女神マリスの愛】
人類の進化の最高到達点である女神として、地上の子らを導く偉大なる者の一人であり、絶対の光を司る存在。
彼女が人前に出てくることは、まずありえない。あまりに光が強すぎて地上に顕現できないからだ。
なればこそ、ここに出現したのは彼女の想いが遣わした眷属だが、それでも古の神々と比べても遜色ないレベルの高級自然霊である。
六翼魔紫梟とはまるで違う、美しい六枚の翼を広げた天使が、光の女神の言葉を代弁する。
―――〈アンシュラオン、ありがとう。私と『彼』の子供たちを救ってくれて〉
彼とは、女神と同じく偉大なる者の一人である『黒狼』こと『魔獣王』のことだ。
あらゆる魔獣の始祖こそ魔獣王であり、女神からすれば魔獣もまた仲間が生み出した子供にすぎず、愛すべき存在である。
―――〈マグリアーナだけではなく、私もあなたを愛していることを忘れないでね〉
女神マリスは皆が思っているように厳格で厳粛ではない。むしろ人懐っこく、誰とでも笑い合える女性である。
その彼女も闇の女神同様、いつもアンシュラオンを見ていたのだ。
ただ、地上のことは闇の女神の担当であり、彼女の役割はさらに進化することなので、普段は高級霊界である『愛の園』の最上階で日々進化の道を模索している。
それゆえに、こうして言葉を伝えるだけでも異例中の異例といえる。
―――〈さぁ、愛しい私の子らよ、彼とともに新しい可能性を歩みなさい。人と魔獣も愛し合えることを証明するのです。そこに光の未来が存在します〉
女神マリスの意思が、そっと消えていく。
残ったのは、ただただ強い清涼感と、穏やかで優しい気持ちだけ。
「え? 今の声って…空耳かな? いや、オレが女性の声を聴き間違えることはないと思うけど…あれ?」
だが、アンシュラオンにはあまりよく聴こえなかったらしい。
完全に余談だが、女神マリスは巨乳ではない!!
繰り返す! 巨乳ではない! むしろ小さめだ!
それらが障害になったのだろうか。もしそうならば、なんとも罰当たりな男だが、基本的に巨乳が好きなのだから許してやってほしい。
「まあいいか。なんか女神様に褒められた気がするし。すごく気分がいいや」
そして、決め台詞。
「この勝負はオレの勝ちだ! すべての利権もオレがもらう! 文句があるやつは、いつでもかかってこぉおおおおおおおおおい!!」
欲望バリバリの声が、翠清山に鳴り響くのであった。
破邪の力とはいったい、と悩んでしまうが、この男だけはいつだって変わらないのだろう。
六翼魔紫梟戦、ここに決着である!




