441話 「決着、六翼魔紫梟戦 その2『決戦モード』」
「ここでお前は死ぬ。終わりだ、クルルザンバード!」
「やれるものならやって―――」
視界からアンシュラオンの姿が消えた、次の瞬間。
拳がクルルの腹に突き刺さる!!
鳩尾に叩き込まれた一撃でクルルの身体が屈んだところで、続いて放たれた蹴りが顔面に炸裂!
鼻が潰れて頬骨に亀裂が入るほどの衝撃を受け、そのまま二百メートルほど吹っ飛ばされる。
アンシュラオンは追撃。
一瞬で追いつくと倒れたクルルに拳のラッシュ。
一発一発が光速の勢いにもかかわらず、その威力は今までの比ではない。
命中した拳が、覇気ごと身体を捻り潰していく!
「ぬおおおおお!」
クルルは覇気を爆発させて緊急回避。
周囲の地盤ごと蒸発させるが、結界は壊すことができずにそのまま残る。
アンシュラオンは爆発前に回避していたので無傷だが、殴られてボコボコになったクルルは軽いパニック状態。
向かってくるアンシュラオンに対して、無我夢中で左の拳を振り上げる。
が、アンシュラオンは素早く左に踏み込むと、相手の拳が放たれる前にリバーブローをお見舞い。
込み上げる吐き気を無視してクルルは左拳を放つが、すでにアンシュラオンは背後に回っており、背骨に左フックを叩き込む。
今度はクルルが反転して左蹴りを放つものの、逆にアンシュラオンの蹴りが股間にカウンターで入り、鞭のごとくしならせた二撃目の蹴りが右脇腹に入る。
すでに述べたかもしれないが、ある程度の肉体操作ができる武人は戦闘時に、女性なら胸を硬質化させつつ局部は閉じて守り、男も局部を身体の中に格納することができるので、金的のような効果はない。
だが、そんなことはまったく関係なく一撃一撃が凄まじい威力で、攻撃を受けるたびにクルルの身体が面白いように軋む。
攻撃回数もアンシュラオンのほうが多く、相手が一回攻撃するまでに三回以上は打撃を入れられるので、クルルの身体中が骨折と内出血で赤黒く変色していた。
(はーーはーーー! なんだ!! 何が起きた!!? 今度は警戒していた!! 力は緩めていないぞ!!)
間違いなく覇気を使っていたはずだ。
実際に身体からは覇気が放出されており、肉体も回復しつつある。
されど、明らかに治りが悪い。それ以上のダメージを受けているからだ。
「貴様! 何をした! また小細工か!!」
「散々小細工をしてきたお前が言えた立場かよ。正真正銘、実力でねじ伏せているだけさ」
「嘘をつくな! 今の私に勝てる者などいない!」
「そいつは過大評価ってやつだ。お前が強化したハイザクの肉体は、たしかにゼブ兄並みの良い身体をしているさ。正直、羨ましいくらいだ。が、それだけだ」
「それだけ…だと?」
「ああ、そうだ。肉体だけ鍛えて勝てるほど戦いは甘くない。それを大前提として、そのほかのさまざまな要素が絡むのさ。まず最初に、覇気は絶対的な力じゃない。覇気に【対抗する力は四つ】ある」
第一に、『覇気には覇気で対抗』することが最善策である。
パミエルキもジルが覇気を使ってきた時、自分も覇気を出して対抗していたものだ。
燃費の悪さ以外で欠点はないので、使えるのならば使ったほうがよいに決まっているし、そのレベル帯ならば覇気を常時使えて当然である。
第二に、『光気』で対抗することができる。
光気はパミエルキ戦で元剣王のマタ・サノスが使っていた気質であり、剣士は戦士因子が少ない傾向にあるので、もともと覇気を使うことが極めて難しい。
しかし、戦気を極限まで研ぎ澄ました光気の出力は、攻撃に関しては覇気以上の力を有するため、剣士にとっての最終到達点こそが光気なのだ。
実際にマタ・サノスも、刀身の威力が乗っていない光気だけの一撃でパミエルキの腕を斬り飛ばしていた。あの姉の腕を落とすのだから、いかに強い気質かがわかるだろう。
第三に、術式で対抗すること。
ジ・オウンのように術士因子が10あれば、時間すら操作する恐るべき力を持つのだから、単純に覇気を上回る威力の術を使えばよい。
こちらも【対術三倍防御の法則】が適応されるため、魔力値次第ではあるが、覇気であっても耐えきれない術式を生み出すことは難しくない。
それゆえに数こそ少ないが、高位の術者は常に怖れられるのである。
そして、四つ目。
「今オレが使っているのは【神気】だ。この力も覇気に対抗できる力なのさ」
神気は気質の説明のところでも紹介されたものだが、その内容までは語られていなかった。
神気とは、その名の通り『神の気質』である。
神話に出てくる古代の神々(旧時代の高級自然霊)にしか使えなかった伝説の力であるが、女神たちが母神と決別した際、すべての因子が解放されて『神気を使える可能性』を有した経緯がある。
当然ながら今の人類は『無限の可能性』を持っているだけであり、それを使えるかどうかは別問題。
この神気を扱うには【神の因子】が覚醒する必要がある。
身内の中ではゼブラエスだけが覚醒していないので、あれだけ強くても神気を使うことができない。(覇気があるので困らないが)
一方の陽禅公とパミエルキは覚醒しており、『闘神』を生み出す際にも使用するので、もしかしたら遠隔操作の資質と関係があるのかもしれない。
そして、この神気の強化補正値は覇気と同じだ。
覇気と違って上限はあるにはあるが、いまだ人類が到達していない遥か上に設定されているので、この段階で心配する必要はないだろう。
補正値が同等ならば、いくら戦士因子を10にしたとしても、魔人の肉体を持つアンシュラオンのほうが強いに決まっている。
何よりもクルル自身が明言していた通り、彼は人間の戦い方には精通しておらず、技や格闘技術において両者の間には圧倒的な差があるのだ。
本来のハイザクもパワーで戦うタイプなので、技術的にはアンシュラオンどころかコウリュウにも劣ってしまう。
「さぁ、散々殴ってくれた礼をしないとな!」
ここからアンシュラオンの猛攻開始。
クルルのガードを強引に破り、力ずくで打撃を叩き込んでいく。
まずは神気を宿した拳で腹に一発!
「ぐはっ!!」
腹筋がブチブチと千切れる音が響き、悶絶。
続けざまに放たれた足払いで体勢を崩し、膝に鋭いローキックが炸裂。
バキンと膝が割れたら、今度は横からボディーブローをお見舞い。
クルルは再び悶絶し、この大きな身体が横に九の字に曲がる。
そこにアンシュラオンの発剄。
そっと腹に掌を押し当てると、神気の眩い光とともに力が内部に浸透。
「ぶば―――あっ!!!」
クルルが吐血。
徹底したボディへの『いやらしい攻撃』に、盛大に大量の血を吐き出してぶざまによろける。
ついさっきまで『五分の戦い』などと謳っていたことが恥ずかしくなる惨状である。
(なんだ…この威力は!! 出力は同じなのに、どうしてここまでの差が出る!! そうだ、パワーでは大きく負けていないはずなのだ!)
クルルが疑問に思うのも当然だ。
覇気が防御に特化した気質であるように、神気にも特別な力がそなわっている。
神気をまとった段階で、発動者には『神圧』というスキルが付与される。
これは神々が発する圧力の一つで、対峙した者に強烈なプレッシャーを与えて能力を低下させる効果があり、【神格の差】によってマイナス値が決まる。
しかも攻撃のたびに神圧が発動して『乗算』されていくため、どんどんクルルにマイナス補正がかかっていき、ダメージ量も増えていく(最大マイナス量は五割)
かつての神々の世界は厳格な階級社会。神格が上の者に逆らうことは難しく、絶対的な上下関係が築かれていたものだ。
現在のアンシュラオンの神格は『神位第十階』で、これでも一番下であるにもかかわらず、クルルに対して圧倒的な差を見せつけている。
「ほら、もっと覇気の出力を上げろよ。それしか手段はないぞ」
『神圧』に対抗するには同等以上の神格になるか、自身にバフをかけ続けてマイナス補正を相殺するしかない。
一番の対抗策は覇気同様、神気には神気で対抗することだ。姉ならばそうするだろう。
しかしながらクルルは神気を使えないため、覇気の出力を上げることだけが唯一の対処方法となる。
「うおおおおおおおおおおお!」
アンシュラオンに言われるまでもなく、クルルは覇気の出力を上げて対応。
ハイザクの肉体の限界値まで力を引き出す!
が、すかさずアンシュラオンが打撃を与えて追加のマイナス補正。せっかく覇気で上げた力をあっさりと相殺してしまう。
さらにアンシュラオンの蹴りが頭部を弾くと、クルルは軽い目眩に襲われる。
神圧を何度も叩き込むことで覇気の防御性能も低下。出力が落ちれば持ち前のバッドステータス無効の効果が薄れてくるわけだ。
絶対的だと思っていた力が通用せず、クルルは目を泳がせながら叫ぶ!
「き、貴様…! なぜこのような力を持っている!」
「お前にとってその力は特別に見えるだろうが、オレは日常的にあの化け物三人組と戦っていたんだ。あの人たちは普通に覇気を使うからな。本気で対抗策を練らないと勝負にすらならなかったんだ」
当然のように覇気を使ってきては、本気で殴ってくるイカれた人たちと生活していたのだ。
その中で一番下のアンシュラオンは毎日毎日ボコボコにされ、なまじ簡単には死ねないこともあり、地獄よりもつらい日々を過ごしていたものだ。
頭がおかしいのはパミエルキだけではない。ガチムチのゼブラエスも戦闘に関しては手加減を知らず、どうせ死なないと思っているので平気で殺しにやってくる始末(明らかに矛盾している)
そこで泣きながら師匠に懇願。
姉は勝手に師匠を追い抜いていくし、ゼブラエスは自ら死闘を求めるので言うこともなく、陽禅公も弟子に教える喜びをアンシュラオンに見い出したのかもしれない。
覇気に対抗できる神気の使い方を徹底的に教えられると、まさかの才能開眼。神気に関しては四人の中で一番の使い手に成長する。
そして、これこそアンシュラオンの【決戦モード】なのである。
普段は低燃費の低出力モードと、力を解放した高出力モードに加えて闘人を利用して戦う技巧派スタイルを好むが、仮にどうしても倒さねばならない強敵がいた場合に限り、こうして一対一に持ち込んで決戦モードに移行する。(結界は無理に張る必要はない。敵を閉じ込めたいときだけ使う)
特に姉やゼブラエスとの模擬戦では、決戦モードを使ってようやく対峙できるレベルに至る。いわば、この状態が火怨山での標準的な戦闘スタイルなのだ。
欠点としては、エネルギーの消費量が上がることに加えて、すべての力が集結しているので四大闘人の操作ができないことと、ここで倒されると本当に死ぬ可能性が高まる点だろうか。
本体もろとも跡形もなく破壊されてしまえば、さすがのアンシュラオンも死亡である。
だが、彼らより数十段も劣るクルル相手ならば、まさに圧倒的な戦力差が生まれることになるのだ。
「奥の手は最後に使ってこそ価値を得る。これから神気の強さを嫌というほど教えてやる」
神気には神格とリンクした技の段階がある。
一番下の『神位第十階』で覚えるのは、今までやっていた打撃に神圧を込める【神撃】という技だ。
まさに基本の技であり、しっかりと神気を扱えれば誰でも使えるものといえる。
これはすでに見せたので、次の段階に移る。
「『神位第九階』、【神薙】!」
アンシュラオンが神格を一つ上げ、『神位第九階』に至る。
身体を覆う神気量が増えたことで、余剰分の神気を掌から放射。
神圧の奔流がクルルを薙ぎ払い、覇気を削ぎ落しながら結界の壁にぶち当てる!!
それ自体もダメージになるが、これによって敵に『神傷』を付与。
神圧がマイナス補正を与えるものに対し、『神傷』は神気による威力を増幅させる効果がある。
放っておけば、どんどんダメージが加算されてしまう怖ろしい状態異常だ。
クルルが覇気をさらに強化して相殺することもできるが、その前にアンシュラオンが次の段階に移行する。
「『神位第八階』、【神音】!」
アンシュラオンが、パーンと両手で『柏手』を打つ。
よく神社でも両手をパンパンと叩くことで、神を呼び出す意味があるというが、神気における柏手はそれそのものが攻撃手段。
神気が音の衝撃とともに走り抜け、クルルの身体に激震!
「っ―――!! うがああああああああ!!」
クルルが地面に転げ回って、泣き叫ぶ。
神気が音になって細胞全体を振動させたことで、ハイザクとの結合が一時的に弱まったのだろう。
無理やり切り剥がされるような痛みに対し、生理現象ではあるものの涙を流しながら悶絶している。
この段階で、自慧伊の最期の言葉が現実になった。
「『神位第七階』、【神呂】!」
神格が四段階目に到達すると神気の質がさらに向上。より軽く、より厚みを増したものになっていく。
これによって攻防力が増したことで、結果的に第一段階の『神撃』の威力も増加することになる。
この状態で殴れば、一撃でクルルの腹を貫通!
肩口までずっぷりと入り込んだ腕が、背中側から飛び出ることになる。
「『神位第六階』、【神獅】!」
強化された神気に勢いをつけて攻撃する技で、すべての攻撃が鋭くなり、威力が増していく。
この状態で殴れば、クルル程度の覇気では対抗しようがない。
強引に覇気を抉り取って無防備にしてから、そこに掌底を叩き込む!
「ごごごっ…ごご……ごんな…ごとが…」
ダメージが大きすぎて修復も間に合っていない。
修復するにしても多量の生体磁気を失っており、少しずつ肌艶も悪くなっているように見える。
すでに残りBPも半分以下。着実に死に向かって歩みを進めていた。
「『神位第五階』、【神写】!」
さらに神格を上げたアンシュラオンが、クルルに三連撃を叩き込む!
これは覇王技の『三震孟圧』であるが、神気をもちいた状態で覇王技を使うことを『神写』と呼ぶ。
神気を扱うこと自体がかなり高度な技なので、それを維持しながら覇王技まで使うとなれば超高難度の技能といえるだろう。
覇王の弟子であっても、ここまで到達できれば十分と考える師匠もいるくらいだ。
しかしながらあの陽禅公が、そんなところで止まることを許すわけがない。




