440話 「決着、六翼魔紫梟戦 その1『集約された力』」
クルルの拳がアンシュラオンを砕く。
あまりの威力に巨大なクレーターが生まれ、地盤を支えきれなくなった山が崩壊。
翠清山脈では比較的低い六千メートル級の山であったが、それが一撃で破壊される威力を有していた。
さすがのアンシュラオンも覇気の前では無力。
なにせこれは、戦士因子10にならないと使えない伝説の力。アンシュラオンでさえ満足に使えないものなのだ。
「………」
だが、クルルの表情が緩むことはなかった。
ボロ布のようになったアンシュラオンの下半身の一部を見つめながら、周囲の警戒を怠らない。
その予感は当たる。
まだかなり遠いが、こちらに向かって何かが近寄ってくる気配を感じ取る。
それらは千メートルの距離まで接近すると、姿を見せた。
現れたのは『モグマウス』。
四百匹を超えようかという大量のモグマウスが集結し、東西南北にそれぞれ百匹ずつ集まり、そこで一度融解。
再統合を果たした時には、すでに四大闘人に姿を変えていた。
東にアーシュラ、西にカーテンルパ、南にクシャマーベ、北にジュダイマンが鎮座。
四体の闘人は、攻撃や防御のために生まれたわけではない。
互いに共鳴を始めたと思ったら、凄まじい量の命気を放出。
それらは左右だけではなく上下にも展開され、ドーム状に周囲一キロを完全に覆って固めてしまった。
クルルは試しに闘気弾を撃ってみるが、当たった箇所が少し傷ついた程度でびくともしない。
覇気を使って何百回も叩けばわからないが、破壊するためにはかなり苦労しそうだ。
クルルが視線を戻すと、アンシュラオンの下半身があった場所に【光で出来た小さな球体】が浮かんでいた。
その周囲には非常に純度の高い命気が溢れており、それらが球体に集まって急速圧縮。
まるで水飴細工のように身体が作られていくと
一秒もかからずに―――復活
服は破れて素っ裸になってしまったが、そこには傷一つないアンシュラオンの姿があった。
その第一声が、これ。
「くぅうううう!! 気持ち―――いいいいいい!!」
完全復元した肉体を確かめるように腕や足を動かし、顔を何度も撫でて生まれたての肌の感触を味わう。
その表情に焦りや戸惑いの色はない。ごくごく当たり前のように復活している。
物語最序盤で、パミエルキの攻撃を受けて頭部が消し飛んだり腕を溶かされたりしたが、それでもこの男は平然と生きていた。
それは全身を破壊された場合であっても例外ではない。
さきほど出現した丸い球体こそ、いつも小百合が隔離している精神体や霊体といった部分であり、そこには細胞組織の『核』も内在している。
言ってしまえば、あれが【アンシュラオンの本体】だ。
球体は、意識の中心であると同時に身体を構成している細胞の中心核であり、そこに命気といった質量(肉体を生み出す栄養分)を与えることで、いかなる細胞をも生み出して増殖することができる。
姉の愛情表現(暴力)から身を守るために、体内には常に命気を充満させているので、いざという場合には自動で再生されるようにセッティングしてあった。これも『停滞反応発動』による高等技術である。
ただ、アンシュラオンとパミエルキの場合は何もしなくても再生を始めるので、『魔人の細胞核』にはそういった能力が、あらかじめそなわっていると考えるべきだろう。
地球でも再生医療が注目されているが、その究極的な形態の一つが、まさに魔人であるといえる。
「こっちに来てから身体が全部壊れることなんてなかったからな。完全再生させるなんて久々だ。肌もスベスベだよ」
「やはり一筋縄ではいかぬな。本当に人間か? 魔神と言われたほうが納得できる」
「あちらさんが言うには似たようなものらしいぞ。オレも造られた存在らしいしな」
「だが、魔神ではない。何かしらの手は加わっているようだが…」
「普通の人間のはずのゼブ兄も復活してたけどな。思った以上に人間はしぶといってことさ」
覇気の力があるとはいえ、ゼブラエスも上半身が消し飛んでも再生していたものだ。
当人いわく気合らしいが、彼自身もすでに人間を超えてしまっているのかもしれない。
もう少し考察すると、もともとこの星の環境は『防御重視』であり、攻撃よりも防御のほうが強く、あらゆる面で生物が死ににくい傾向にある。
当然ながら一般人のような脆弱な生物はすぐに死ぬのだが、一定以上の段階に至ると、高レベルの武人や魔獣のように死にづらくなる。その分だけ細胞や肉体の防御機能が強力になるからだ。
一方の地球はその逆で、攻撃が重視されて守りが弱い傾向にある。どんなに強固な壁を作っても、どうしてもそれ以上の火力で破壊されてしまうのだ。
これは両者の星の成り立ちが関係しており、想定されている環境条件が異なることが最大の要因である。
あまり詳しく話すと長文になるので割愛するが、アンシュラオンとクルルの戦いが『生体磁気の削り合い』であったことがその証拠だろう。
「着替える時間くらいはもらえるんだろう?」
「かまわぬ。それが人間の文化だからな」
「じゃあ、お言葉に甘えて。命気結晶で作ってもいいけど、それじゃ味気ないしな」
アンシュラオンは一匹のモグマウスを呼び出すと、その体内に入れておいたポケット倉庫から新品の武術服を取り出す。
ちなみに戦いの最中は、ポケット倉庫をモグマウスに持たせて離脱させている。
十億円以上の現金や貴重品も入っているので、万一の際に壊れて全損するのを防ぐためである。その中身も何個にも分けてリスクを分散していることから、銀行口座をいくつも所有する現代人らしい発想といえた。
このポケット倉庫にも替えの衣服や消耗品しか入れていないので、壊れても問題ないものばかりだ。
アンシュラオンは白い武術服に着替えると、心機一転クルルと向かい合う。
「待たせたな。で、何か質問はあるか? オレもいろいろ質問したから答えてやってもいいぞ」
「あえて攻撃を受けたようだな」
「半分正解だ。そっちの身体能力が高すぎて受けるしかなかった。結果は見ての通りだ。いちから肉体を作り直すことになったよ」
「だが、さすがにエネルギー残量は一割を切っているようだ。復元に力を使いすぎたな」
「死ぬよりはいいだろう? これも生存本能ってやつだ」
「では、周りに展開した『アレ』は何のつもりだ?」
「オレの完全復元に合わせて自動的に発動するように命令しておいたんだ。目的はもちろん、お前を【閉じ込める】ことさ」
「ふん、あんなものでか?」
「あれは基礎工事だ。本番はこれからだよ」
アンシュラオンからの命令を受けて、四大闘人がさらなる進化を開始。
まずは武装闘人となって肥大化。すでに見せたように各闘人が武装した姿になる。
しかし、それだけでは終わらず、闘人に少しずつ『光』が混じり出す。
それは天の川のごとく、さまざまな大小の明滅する輝きを帯びていき、ついに昇華!
戦闘機を模したカーテンルパは、複雑に変形を重ねることで人型になり、神機に似たロボット状態になる。
べつに乗れたりするわけではないので神機とはまったく違い、単純に前世の日本で流行っていた某変形戦闘機ロボットを参考にしただけである。
続いてアーシュラも変化。
燃え滾る神々しい輝きをまとった鎧と大剣をそなえ、背後の円状の光背(仏像の後ろにある光明を表現した円)からは、常に高圧力の炎が揺らめいている。
クシャマーベは、武装闘人化した時の鎧がグレードアップ。
いくつもの披帛(天女の絵によく描かれるストールまたはショール)を身にまとうことで気品が増し、周りに展開された車輪盾からは光とともに華が咲き乱れる。
ジュダイマンはさらに肥大して砲台も巨大化。横に広い戦艦のような形状に変化する。四大闘人では一番大きく、それそのものが小山にも見えるほどだ。
これだけでも驚くべき変化だが、もっとも驚異的なのは生み出した命気結晶にも変化が起きたことだ。
硬度を保ちながらも黄金色に光り輝き、四闘人が守る東西南北をぐるぐると移動しながら回っている。
まるで流れる黄金としか形容できない美しい現象であり、鬼美姫の液体金属を彷彿させる動き方であった。
「なんだあれは?」
「特別な結界術だ。これでお前は、もう『逃げられない』ってことだよ」
「逃げる必要があるのか? ここで残りカスとなった貴様を殺せばよいだけだ。あと一撃で終わる」
「オレがわざわざこんな真似をしたんだ。何か意味があるとは思わないのか?」
アンシュラオンがクルルに向かっていき、拳を突き出す。
クルルは不審に思いながらも、こちらも拳で迎撃。
両者の拳が激突。
ミシミシと骨が軋む音がして―――グシャ!!
クルルの拳が砕ける!
「ぬっ!!」
「まだまだいくぞ!」
続けて放たれた蹴りを左腕でガードするが、受けた瞬間に筋肉と骨が悲鳴を上げる。
さらにアンシュラオンは、空中で回転して三連撃の蹴りを放ち、クルルの顔面にヒット。
つま先の一撃を受けた顎が跳ね上がり、二撃目の踵が頬に激突して歯が折れ、三撃目の脛が首に当たって脱臼。
首が外れそうになったので、クルルは慌てて手で押さえてガード。勢いよく飛び退く。
アンシュラオンも一度、地面に着地。
片足で立ち、もう片方の足を真上まで上げたり、ぶらぶらさせたりして調子を確かめている。
クルルも砕けた拳と外れた首の骨を回復させるが、目の前の男とは対照的に困惑した表情を浮かべていた。
(急に力が増した? アレが原因か?)
クルルが横目で闘人を見る。
それを肯定するようにアンシュラオンも頷く。
「特別な結界だと言っただろう? この内部ではいくつもの強力な補正がかかるのさ」
闘神結界術、『四神守護結界』。
東西南北に『守護神』を配置することで、特殊なフィールドを展開する闘神結界術の奥義である。
その効果は非常に強力で、術者に対してあらゆるバフがかかり、ステータスが著しく上昇する。
攻撃はアーシュラの能力が上乗せされ、防御はクシャマーベの能力が追加され、魔力にはジュダイマンの能力が乗り、命中や回避にはカーテンルパの能力が宿る。
もともとアンシュラオンは常に何かしらの闘人を使っており、本当の意味で全力になることはない。
その証拠として、情報公開におけるステータスが身内三人と比べて低く感じられると思うが、それは『力を他の媒体に切り分けて保存』しているからだ。
さきほどやられた時しかり、もし本体に何かあっても即座に対応できるように闘人に力を割り当てておけば、いかなる不測の事態にも対応できる。
今回のケースでは切り分けた側にも細胞核を残しているので、仮に肉体が完全に使えなくなっても、本体が無事ならば闘人ベースで復活させることも可能である。
が、今はポケット倉庫の管理以外では他の闘人を使っておらず、すべての力がここに集約されている状態にある。
一見すれば遠くに存在している『闘神』も、『力場』という意味でアンシュラオンの一部なのである。
これらを合算すればアンシュラオンのステータスは、HPも四万を超えて各種項目も『SSS』のほうが多くなる。(統率はFのまま)
「オレは基本的に全力を出すことはない。生き延びることを最優先に能力を得ているからな。まあ、これも姉ちゃんの真似事なんだが…」
実は最初にこれをやったのはパミエルキである。
彼女が有している『情報保存』と『情報復元』は、自身のデータをバックアップしておいて、仮に死亡しても事前に用意していたエネルギー体を使って元通りに復元するチートスキルである。
『二十四時間無敵化』といい、姉がこれだけの化け物なのだから、弟がこれくらいできても不思議ではないだろう。(むしろ完全劣化版であるが)
「なるほど、力を分けて隠し持っていたわけか。警戒しておいてよかったよ」
クルルは、それを見ても動揺しない。
ハイザクの身体と融合した能力値は、今のアンシュラオンすら超えるとわかっているからだ。さきほどは覇気を使わなかったせいで後れを取ったにすぎない。
クルルが再び覇気を放出し、存在感が増して戦闘力が劇的に向上。
「お前が人間の技を使えることを考慮しても『五分五分』といったところか。ここまで手こずらせたことは褒めてやろう。だが、最後に勝つのは、どうせ私だ」
「強がるなよ。本当は五分五分ですら怖いんだろう? お前みたいな頭を使うやつは接戦すら嫌うもんだ。この段階で想定外のはずだ」
「むろん、互角の勝負など愚か者がすることだ。そうなる前に対処するべきであろうよ。しかし、状況が予断を許さぬのならば仕方がない。私にも選択肢がなかったからな」
「そうだ、お前にはもう選択肢はない。すでに奥の手を使ってしまったからな。だからこそ教えてやるが、その『互角という認識』そのものが間違いなんだ」
「それは興味深い。まだ何かするつもりなのか? 好きなだけ小細工をしてみればいい」
「その様子では気づいていないようだな。この結界が発動した段階で、オレとお前の立場には【決定的な優劣】が生まれているんだよ。逆の立場で考えてみろ。オレが五分の戦いなどすると思うか?」
アンシュラオンとクルルザンバードは似ている。
下界では素の状態でも無双できる力を持つにもかかわらず、基本的に前には出ず、様子を見ながら慎重に立ち回る。
勝負する時は確実に勝てる条件をそろえ、少しでも不利ならば逃げる選択をする。臆病なのではない。力があるから見誤ることを怖れるのだ。
此度の戦いでも、もし最初から全力でクルルを追っていたら、まんまと逃げられていただろう。
探知が専門のソラビロたちでさえ、あれだけ苦労したのだから、二度と見つけることはできなかったはずだ。
面倒に思える今までの細かいやり取りも、すべてはこの最終局面への布石となっている。それを丹念に積み重ねるからこそ本当の勝利を掴むことができるのだ。
「昔の偉い人は言ったもんだ。勝敗は戦う前から決している、とな」
アンシュラオンから『光のオーラ』が溢れ出す。
光はどんどん輝きを増していき、次第に表面だけではなく肉体の中にまで浸透。細胞一つ一つが煌めきで満たされていく。
場も清浄で厳かな気配に包まれ、あらゆる苦悩から脱した解放感とともに、使命に立ち向かう強い意思の力が湧き上がっていく。
それと同時に、なぜかとても懐かしい気持ちにさせてくれる。
まるで故郷を離れて何十年も経った老人が、すでに潰れた実家の跡地を見た時のような、心の奥底に沁み入る切ない愛情を抱かせるものだった。




