439話 「妹武勇決戦 その5『戦友』」
(はぁはぁ…しんどいですわね。身体が鉛のようですわ)
ベルロアナも連戦なので体力的にもギリギリ。このまま持久戦に持ち込むのは得策ではないだろう。
だが、そんな時にさらなる異変。
空から風の刃が降り注ぎ、衛士隊を薙ぎ払う。
上空を見上げると、そこにはグレートタングルの姿があった。
その目は真っ赤に染まっており、参戦したのは全員ではないものの、三十頭前後の個体が暴走状態に陥っていた。
陸だけでも手一杯な状況なのに、空からも攻撃を受ければ苦戦は必至。
ホロロが羽根を飛ばして迎撃するが、数頭動きを止めるのがやっとで攻撃の雨は止まらない。小百合が岩を飛ばしても同程度の戦果が関の山だ。
唯一幸いなことは暴走状態なので単純な力技が多く、火計や連携といった面倒なことをしてこない点だが、それでも飛行型の魔獣がいるだけで負担は倍増する。
サリータの爆熱加速もさすがに空までは届かないため、ひたすら防御に徹するしかないのもつらいところだ。
あと一手足りない。一つ駒が足りない。
誰もがそう思った時である。
炎の槍が飛んでくるとグレートタングルを射貫いて燃やす。
続けて放たれた凄まじい爆炎も、一発で八頭の個体を巻き込んで落下させてしまった。
「こっちも悲惨なことになっているな。急いで戻ってきたのは正解だったんだぞ」
そこにはユシカとコウリュウの姿があった。
アンシュラオンに言われるがままに動くのは癪だったが、クルル戦に参加するよりは合流したほうがまし、と合理的な判断をした結果である。
何よりもソラビロたちを失ったことに心を痛め、仲間の安否を最優先にしたことも大きな要因だ。(彼らも仲間の死がわかる仕組みがある)
そして、ユシカの目にラングラスの血統遺伝を発揮しているソブカの姿が映る。
「あいつ、やはり直系なのか? 傍系で血統遺伝を発動できるケースは極めて稀だが…」
「不死鳥の禍々しい気配は、あの時のラングラスにそっくりです。やはり危険かと」
「だが、血が遺っていることには価値があるんだぞ。だからあの時、俺たちは必死になって彼らを逃がして―――」
―――「グマシカァアアアアアアアアアアアアアア!!」
「っ―――!?!!」
突然の大声に、ユシカがぎょっとした目を向ける。
そこには錦王熊との戦いで傷ついた満身創痍のベルロアナの姿があった。
「あれはベルロアナ・ディングラス…か? だが、今のは…」
聞き間違いかとも思ったが、ベルロアナはたしかにこちらを見て叫んでいた。
それが間違いでないことを再度、彼女が証明する!
「グマシカ・マングラス!! 力を貸しなさい!! それが【双龍】の旗を掲げるあなたの役割ですわ!!」
「おま……え……どう…して」
「災厄からグラス・タウンを守るために、青き力を発揮するのです! お願い、金獅子の旗と一緒に戦って! 『彼女』もそれを願っているわ!」
「………」
(この気配、明らかにベルロアナのものじゃない。『金獅子のおじ上』の記憶が、あいつの身体を通じて再生されているのか。だが、だが―――)
「この俺を、グマシカと呼んだなぁあああああああああああ!!」
ユシカから、かつてないほどのエネルギーが迸る!
それはソブカ同様に怒りに似たもので、彼の身体を青く包む光となって顕現!
「いけません! すでに若のお身体は!」
「止めるなコウリュウ! 俺をその名で呼ぶ者がいるのならば、もはや偽ることはできない!」
ユシカが顔の包帯に手をかけ、強引に引きちぎる!
この術具は外からの力には異様に強くても、中からは簡単に破れるようにできている。当然ながら普段は人前では絶対に取らないものだ。
その包帯の下から出てきた顔には、予想通りの少年の顔のほかに、頬から首に巻きつくような『炎の痣』があった。
これはかつてのラングラスと戦った際に負った『致命傷』で、実際に『この怪我が原因で死亡』した過去がある因縁の象徴である。
それを晒したということは、今この場にいるのはユシカでない。
「俺の本当の名を呼んだな! あの日、都市を守れなかった愚かで弱い男の名を! 一度捨てた真の名を!」
ユシカ・マングラス、という名前の人物は存在しない。
それは外で動くために用意した偽りの名。もっと言ってしまえばユシカの父も存在しない。
なぜならばマングラスは、三百年前のグマシカの代で潰えたからだ。
冷静に考れば大災厄を経験した者が、ベルロアナと同年代のユシカという孫であるはずがない。
この少年の本当の名前は、現当主―――グマシカ・マングラス!!
「いいだろう、金獅子! 災厄の魔人に負けたピエロでよければ、お前に力を貸してやる!! これより全戦力をもってディングラスに味方するぞ! 黄劉隊、マングラスの力を連中に見せつけろ!」
「若様!」
「オヤジが本気になられたぞ!!」
「お前たちに戦う力をやる!! 俺に続け!!」
グマシカから発せられる気質が変化。
マングラスの旗に描かれたものと同じく、絡み合う双龍の形になっていく。
それに伴い支配下にある黄劉隊にも特別な力が付与され、急速に身体が癒えていき、戦うための力が湧き上がる。
これで黄劉隊が真の力を発揮。
赤鳳隊の反対側から攻撃を仕掛けることで、突撃してくる熊神の群れを強引に堰き止める。
彼らの攻撃自体にさほど変化は見られないが、もっとも顕著なのは『異常な持続力』である。
敵が噛みつこうが引っ掻こうが、盾でぶつかってこようがびくともしない。仮に傷ついてもすぐさま回復してしまう。
もともとアンシュラオンと戦って負った傷も、短時間でほとんど癒えるほどの回復力を持っていたが、それがさらに上昇しているように見えた。
それを可能にしているのは、グマシカから放出されている青い力。
マングラスの血統遺伝、『ツァドラウシュ・ブルー〈双龍の祈絆〉』。
HPとBPを二倍、体力と防御を三倍、命中を二倍にし、『完全自己修復』、『完全自動充填』、『完全精神耐性』の三つのスキルを付与するものだ。
ほぼ防御向けの能力強化だが、攻撃に特化して底力を強制的に引き出すラングラスとは正反対の力といえる。
「若のご命令は絶対だ! 敵を殲滅せよ!」
コウリュウもこれで完全に力を取り戻し、両腕を龍人化させて臨気を放出。
一気に焼き尽くしながら、蛇矛を使って縦横無尽に敵陣を突破する。
他の隊員も今までの苦戦が嘘だったように躍動。錦熊の群れを押し込んでいく。
ちなみにコウリュウは引き続き『若』と呼んでいるが、三百年前は実際に若だったので、彼にとってはこれが正しい呼び方である。
しかし、黄劉隊が奮戦する一方、グマシカの表情は苦痛に歪んでいた。
これほど優れた力があるのならば、アンシュラオン戦で使ってもよかったはずだ。それを使わなかったということは、それなりに理由があることを示している。
すでに述べたように、グマシカは一度死んでいる。
『ジジイ』に助けられて蘇生はされたが、その際にマングラスの因子が半分以上壊れてしまっていた。
いわば彼は壊れかけの機械であり、因子移植によって強引に延命していたのだ。それを補うための魔石であったが、傷ついた因子自体は治っていないのが現状である。
それを知っているコウリュウは、戦闘中でも気が気でない。
「ご無理はいけません! ただでさえ移植された因子とは相性が悪いのです!」
「俺たちは災厄の魔人に…アンシュラオンに勝てなかった。ならばせめて、今を生きる子供たちのために役立ちたいんだぞ。見ろ、次世代を担うリーダーが生まれようとしている。これまでの戦いは無駄じゃなかったんだ」
グマシカたちがいなければ、もしかしたら五英雄の血は途絶えていたかもしれない。それを思えば、彼がやってきたことは賞賛されてしかるべきだろう。
そして、グラス・タウンが栄えていた時代、初代ラングラスとマングラスは翠清山に出向いて和平交渉を成し遂げ、調印の際は初代ディングラスも足を踏み入れていた。
そう、かつての三勢力が今の時代にもそろったのだ。
不死鳥と双龍が覚醒したのならば、残すは金獅子のみ!
「はぁはぁ!! この感じはなんですの! わたくしの中の何かが燃えていますわ!! こんなの初めて…初めてですわぁあああああああ!!」
いまだまともに戦気術を使えないにもかかわらず、激しい闘争本能によって戦気がとめどなく溢れ出る!
その波動が―――【金獅子】の形に変化
ディングラスの旗に描かれた紋章が具現化する。
ベルロアナの目は生まれつき赤いが、それがさらに強烈に輝くと、ミシミシと何かが軋む音が響く。
この小さな身体に『本物の金獅子の力』が宿るために、全身の筋肉を作り直しているのだ。その痛みが熱として感じられるのだろう。
準備が終わると、金獅子の波動が肉体に巻きつき、漠然とした獅子の形態を取っていく。
手と足には爪が生え、身体には体毛を模した鎧が生まれると、頭部からは『たてがみ』のごとく黄金の毛が逆立って宙になびく。
(とても優しくて温かいものに抱かれている気がしますわ。これが始祖様の力なのですわね。これならば…この力があれば!!)
「はぁああああ! いきますわよおおおおお!」
その状態のベルロアナが盾を持って錦王熊に激突!
下からかち上げるように叩きつけながら、しっかりと地面を踏み支えて、一気に力を解放。
大地を戦気で固めて脚力で消し飛ぶのを抑えつつ、解き放たれた金獅子のパワーは圧巻!
がっしり密着していたはずの錦王熊の両腕が、盾ごと浮き上がり、がら空きの腹を晒す。
「カ゛ォッ―――!??」
慌てて腕を戻すが、そこにまたベルロアナが盾で激突!
今度は真後ろに腕が圧されて、思わず肩が外れそうになる。
「このこのこのっ!! このぉおおおおおおお!」
ベルロアナが両手で握った盾を左に振れば、そのパワーで錦王熊の盾も弾かれて左に飛ぶ。
右に振れば右に、真上に振れば上に、上から下に叩きつければ地面にめり込む!
その姿は、荒れ狂う金獅子にしどろもどろの熊の図。
身体こそ錦王熊のほうが大きいが、潜在するパワーは圧倒的にベルロアナのほうが上なのだ。
要因は、もちろん身体にまとった膨大なエネルギーにある。
これはまるでサナたちがやっている『魔石との融合化』とそっくりで、実際に同じような現象が起きているといえるだろう。
ディングラスの『金獅子十星天具』自体が金獅子の『専用武具』であり、特別な鉱物で造られているため魔石と同等の力を有している。
しかも古代技術を使っているので、ランク的にいえば『グラサナ・カジュミライト〈庇護せし黒き雷狼の閃断〉』と同じく、希少性が高いテラジュエルに該当する強力なものだ。
それがベルロアナの覚醒とともに力を発揮。本来の力の一端を示し始めていた。
なにせ彼女の潜在能力は、今のところサナよりも上である。ファテロナが化け物と称する力を内に秘めているのだから、覚醒すれば簡単に止められる者はいない。
こうして金獅子の力に翻弄されれば、錦王熊のガードもおのずと弱くなる。
「もらいましたわ!」
錦王熊がよろめいて大盾が開いた瞬間、ベルロアナの秘宝が盾から『大剣』に変化。
柄は少女が持てるサイズだが、刀身はその十倍はあろうかという巨大な獅子の剣になる。
それを真上から叩き落とす!!
輝く刃が、錦王熊の鼻を切り裂いて地面に突き刺さる。
反射的にのけぞったので、当たったのは鼻先と胸の一部だけだったが、ものの見事にすっぱりと真っ二つに切り開かれていた。
ベルロアナは剣を横にして、さらに押し込む!
今度は刀身が腹に突き刺さり、錦王熊の盾が再び閉じないように固定。
「いきなさい!! サナぁああああああああああ!」
跳躍したサナが、ベルロアナの大剣の腹の上を走って懐に入り込む。
錦王熊はさきほど防いだように『銀鈴大盾』を展開させ、サナの動きを妨害しようとする。
が、すでにそれは一度見た。
至近距離からの―――サンダー・マインドショックボイス!
青雷狼の咆哮がこの距離から発せられれば、逃げ場など存在しない。
ちょうど武具の大盾があったせいもあり、音が反響して内部にいた錦王熊の全身に精神感応波が襲いかかる!
が、より音の影響を受けたのはサナのほうだった。
錦王熊には『銀鈴粒子』があるので、感電や昏倒といったバッドステータスを防ぐ能力がある。
一方のサナも青雷狼の鎧を着ているかつ、自身の攻撃なのである程度の耐性はあるが、それでも威力が強すぎて自分にもダメージが返ってきてしまう。
ぐわんぐわんと脳と視界が揺れる中で、サナが咄嗟に両手の鉤爪を銀鈴大盾に押し付けた!
爪で抉って固定しながら掌を当てて、そこにすべての力を集中!
周囲に散っていた咆哮に、より強い指向性が加わったことで威力が増大。
発剄の要領で内部に浸透させた結果―――バリィイイイインッ!
錦王熊の銀鈴大盾が粉々に砕け散る。
おそらく戦艦の砲撃(副砲)を受けても耐えられるであろう、この圧倒的防御力を誇る盾をたった一撃で爆散。
衝撃はさらに突き抜け、錦王熊の顔面をズタズタに引き裂きつつ、頑強な鎧を切り裂きながら硬い毛皮すら貫通。筋肉と内臓までズタボロにしてしまう。
これはアンシュラオンが使っていた『水覇・双檄波紋掌』を真似たもので、青雷狼の力が加わっていることを考慮すれば、それを上回る威力かもしれない。
そんなものを受ければ、全身が引き裂かれて黒焦げになるのも当然だ。
「ガ…ォ……―――オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」
だが、ここはやはり熊神の王。
目の前に獲物がいるのならば、本能のままに食い散らかすのが流儀だ。
まだ健在だった大きな牙でサナに噛みつこうとする!
「…フーーーッ! フーーッ!!」
が、サナはすでに興奮状態。
迫り来る牙を逆に蹴り返してヒビを入れると、そこからラッシュ!
鉤爪で引っ掻き、拳で殴って口内を滅茶苦茶に破壊し、蹴りで鼻を完全に潰して削ぎ落とす!
それでも気が済まないのか、腹を抉って内臓を引き出してちぎり捨ててから、内部に向かって雷撃放射!!
「ギャオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!?」
凄まじい雷撃によってタンパク質が熱せられ、焼き魚のように真っ白になった眼球から、もくもくと煙が上がる。
そして、半ば意識が飛んでいる錦王熊にとどめの一撃!
黒千代にバチバチと【黒い雷】が集まっていく。
気づけば、サナから静電気のような細かい雷がいくつも発せられ、小百合とホロロの魔石と結合。彼女たちのエネルギーを吸収しているではないか。
今はモグマウスが最低限しかいないので、代替エネルギーを探していたのだ。そうなると一番質が良いものは、当然ながら身内のものとなる。
そのせいで二人の融合化が解けてしまうが、当人たちは恍惚な表情を浮かべていた。
「あはーー! これがサナ様へのご奉仕なのですね!! くうううう!! 素敵すぎます! こんな気持ちは初めてですよおおお!」
「ぁあ…神よ……なんという……カイ…カン!」
アンシュラオンとスレイブ・ギアスの契約を結んでいる二人にとって、サナにすべてを捧げることは悦びでしかない。
エネルギーが溜まったサナが、黒雷刃―――『一閃』!!
猿の王よりも肉厚で骨太の首筋に何の抵抗もなく太刀が入り込み、振り抜く!!
錦王熊の首が真上に吹っ飛ぶと、まとわりついた黒雷が収束!!
すべての存在を抹消する力が働き―――バチュンッ!!
頭部が跡形もなく消し飛び、残された首元から大量の血が噴き出る。
ここでサナは攻撃を止めない。
横に振り抜いた刀を上段に構えてから跳躍。
落下しながら全体重をかけて、残った胴体を切り裂く!!
こちらも刃はぬるっと入り込み、真っ二つに裂いてしまう!
同時に放たれた黒雷の衝撃で、右腕が切り落とされて消し飛び、右半身の大半も消失。
半分以下となってしまった巨体が、バターンと倒れて絶命する。
ここまで破壊されれば、さすがの錦王熊も生きてはいられない。錦熊の回復能力は、あくまで生きていればこそ発動するのだ。
「サナ!!」
「…ぐっ!」
熊の王を討ち取ったサナとベルロアナがハイタッチ。
今のサナが強く叩けば、たいていの武人は傷ついてしまうだろうが、この金獅子はびくともしない。
ともに戦う仲間として、二人は今『戦友』になったのだ。
「助けてぇええー! 食べられるぅうう! 火乃呼、強いんでしょー! 戦ってよー!」
「うるせぇ! こんなの相手に戦えるわけないだろうが! おれは鍛冶師だぞ!」
「そっちが勝手に飛び出したくせにーー!」
と、そこに大量の敵を引き連れたアイラと火乃呼がやってくる。
さらにグマシカたちを追ってやってきた鳥の眷属たちも参加し、場は依然として危機的状況にあった。
「最後の踏ん張り時ですわ! 『彼』が戻る場所を守りますわよ!」
「…こくり!」
だが、この二人がいれば大丈夫だろう。
戦場を青雷狼と金獅子が駆け抜ければ、その勇気と力を受けた人々は、けっして希望を失わないのだから。




