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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山 最終決戦」編
437/617

437話 「妹武勇決戦 その3『猿神との決着』」


 破邪猿将の相手は、スザクとマキとファテロナに託される。


 だが、暴走した取り巻きをなんとかしなくては、勝負もままならない。


 傭兵・ハンター隊は眷属相手で手一杯。衛士隊も熊神に向かったので手が足りず、かといってマキたちを雑魚に当ててしまうとボスを仕留めきれるかわからない。


 スザクやマキは単体攻撃特化の武人であり、ファテロナも無差別に毒を撒く以外は基本的に単体攻撃を得意としているので、多数の敵との戦いでは分が悪い。



「しょうがないネ。奥の手を出すアル」



 状況を理解したアルが、いざという時のために溜めていた気を解放。


 戦気が一気に増大し、火山の噴火の如く噴き上がる!



「えっ…老師!? なんて戦気量なの!?」



 その戦気量は、マキでさえ驚くほどのものだった。


 アルは高齢なので普段から消費の少ない動きを中心にしており、発する戦気量も多いとはいえなかった。


 しかし、今の彼から放出されている戦気は、スザクを超えてハイザクに匹敵。下手をすれば全力モードのアンシュラオンに届く勢いだ。


 秘奥義、『匪封門ひふうもん丹柱穴たんちゅうけつ』。


 『三皇天子礼国さんこうてんしれいこく』に伝わる奥義の一つで、身体中のすべての力を開放して一時的に超強化状態にする技である。



「お嬢ちゃんたちは、今度こそボスを仕留めるアル。それ以外はミーがやるネ」



 アルは拳を地面に叩きつけて『覇王土倒撃』を繰り出す。


 この技も修得はしていたものの膨大な戦気量を必要とするので、いつもならば使わない技である。


 雪を巻き上げながら土石流が襲いかかり、暴走したグラヌマたちを呑み込んでいく。


 そうして穴ができたところに飛び込むと、両手から戦気で生み出したノコギリ状の円盤を放出して敵を蹂躙。


 覇王技、『二旋にせん十二遮放輪じゅうにしゃほうりん』。


 以前アルが使った『十二遮放輪じゅうにしゃほうりん』の上位版で、両手で発動させる因子レベル6の技だ。


 こちらも戦気量が増えたことで大きさが倍近くになっており、計二十四個の円盤によって、一瞬で百頭近い猿の身体が真っ二つに切断されていく。


 まだ攻撃は止まらない。


 雑魚を排除すると、今度は鞭状に変化させた戦硬気をいくつも出し、まだ動けるグラヌマーハにも攻撃を仕掛ける。


 鞭状の戦硬気はそれだけで十分な破壊力を持ち、敵の剣ごと腕に激しい裂傷を与えながら、まとわりついて拘束してしまう。


 無理にほどこうとすれば、戦気が爆発して追加ダメージ。猿の指が吹き飛んで武器が持てなくなる。


 そこに飛び込んで、回転蹴り。


 『麗覇・仙空閃風脚せんくうせんぷうきゃく』。


 風気をまとった足で回転蹴りを放つことで、風の刃を同時に叩き込む因子レベル5の技だ。


 『斬撃耐性』を持つので通常ならば簡単には通じないが、その威力が桁違い。


 衝撃とともに四方に拡散する風気により、蹴りが当たった首が半分ほど吹っ飛び、呼吸ができなくなって気を失う。おそらくこのまま絶命するだろう。


 それからもアルは、今まで見たことがない高レベルな技を使って敵を圧倒していく。


 これにはマキも大興奮!



「すごい! なんて強さなの! あんな力を隠していたなんて、さすが老師ね!」


「いえ、かなり無理をしています。長くはもたないでしょう」


「え?」



 ファテロナの指摘を受けて改めて見ると、アルの表情にはまったく余裕がなかった。


 額に脂汗を浮かべ、服からわずかに覗いた細い腕には血管が大きく膨れ上がり、大技を使うごとに内出血が増えていく。


 『匪封門ひふうもん丹柱穴たんちゅうけつ』は『オーバーロード〈血の沸騰〉』とは異なり、溜めていたオーラを使うので絶対に死ぬとは限らないが、それでも後遺症が残る可能性がある禁じ手の一つである。


 アルはまさに死ぬ気で戦っているのだ。



(老師も覚悟を決めたんだわ。その想いに応えるために私がやれることは、たった一つよ!!)



 マキは、スザクと激しくやり合っている破邪猿将を睨みつける。


 相変わらず正面から戦えるとすれば彼しかいない。今も傷を受けながら必死に踏みとどまっていた。


 あえてスザク独りが戦っているのは、マキとファテロナの必殺かならずころす技に期待しているからだ。



「あなた、まだ奥の手を隠しているでしょう?」



 マキが篭手をはめ直しながら、若干背後にいるファテロナに話しかける。


 余談だが、ファテロナは暗殺者らしく自分の背中を相手には見せないので、いつも誰かの背後にいることが多い。


 マキだからこそ気にしないが、普通の人間なら怖くて仕方ないだろう。



「おや、何のことですか?」


「見ていればわかるわ。もう出し惜しみしている場合じゃないわよ。老師も覚悟を決めたのだから、あなたも最後まで出し尽くしなさい。ちなみにこっちはもう奥の手はないわ」


「素直すぎる性格もどうかと思いますよ。私が敵でなかったことを感謝してくださいませ」


「私が先にいくわ。どうすればいい?」


「…不器用なあなたに細かいことを頼んでも仕方ないでしょう。いつも通り、思いきりやってください。仕上げは私がやります」


「わかったわ!!」



 奥の手の詳細を聞かず、マキは駆けだしていた。


 ファテロナの強さは自分がよく知っている。ここまできて疑う必要はない。



(キシィルナさん、何かやるつもりか。ならば僕がやることは!)



 それに気づいたスザクが、あえて破邪猿将の左腕に絡みつくように飛び込み、雷聯と風聯を突き刺す。


 大きく隙を晒したことで右腕の反撃を受けてしまうが、距離が近すぎるので大剣で斬ることはできず、やはり柄でぶん殴られる羽目になる。


 一発、二発、三発と、剛腕から繰り出される強撃に耐えられるのはスザクしかいない。


 頭蓋骨が陥没し、背骨に亀裂が入り、治りかけた腕がまた折れても耐え続ける。


 スザクは無意識に左腕に飛びついたが、破邪猿将の左肩はハイザクとの決闘で欠落寸前まで大きく抉られた箇所だ。


 こちらもまだ完全には癒えておらず、必死にしがみつくスザクを振りほどけない。


 そこにマキが、破邪猿将の右脇腹下に向かって走り込む。


 破邪猿将はマキにも気づいたが、右の大剣を振ろうとしても最後の踏ん張りが利かなかった。


 なぜならば、腹は炭化したまま。


 自らの大剣で焼いた腹は思った以上に傷が深く、正気を保っていた破邪猿将の意思の力があってこそ支えられていたからだ。


 リミッターを外して暴走したから強くなるわけではない。意思があるからこそ彼は強かったのだ。



「はぁあああああああああああ!!」



 さらに一歩踏み込み、背中側に回り込むと渾身の一撃を叩き込む!


 篭手のギミックが突き刺さり、鉄化が発動!!


 破邪猿将の腰から下が徐々に浸食されて鈍色に変わっていく。このままいけば、いずれ鉄化して死に至るだろう。


 ただし、マキも今までの疲労で万全の状態ではない。


 鉄化は自らの細胞を媒体にするので、敵が大きければ大きいほど負荷も大きく、今回鉄化して送り込めた細胞の量はあまり多くはなかった。完全に絶命させるには時間がかかってしまう。


 その間に破邪猿将は暴れ回り、スザクを地面に叩きつけて引き剥がすと、返す大剣でマキを切り払う!


 マキは両手の篭手でガードするが技を発動させたあとなので、かなり不安定な体勢のまま理不尽な暴力に晒される。


 剣で篭手を砕かれ、入り込んだ刀身で手首を深く抉られてしまう。


 吹き飛んで地面に倒れ込んだ彼女の両腕からは、大量の血が噴き出していた。


 両手首ともに骨が半分以上斬られて、切断寸前の重傷を負う。



(私って、いつもこんな目に遭ってばかりね。でも、これで最後よ!)



 マキの視線の先には、追撃態勢に入っているファテロナがいた。


 すでに鉄化で下半身の動きが鈍り、左腕もやや動きが遅い破邪猿将には、大きな隙が生まれている。


 素早く間合いに入ったファテロナが、一番脆いと判断した左肩に血恕御前を突き刺す!


 破邪猿将が右腕を払う前に、飛影を発動させて影から出現すると、背中にまた一突き!


 相変わらずの高速移動だが、そこからが圧巻だった。


 破邪猿将が一呼吸することすら許さず、合計五回の刺突を繰り出し、すべてがクリーンヒット!


 スピードに最大特化させた暗殺者と機動力を奪われた者の差が、嫌というほど如実に表現された一幕といえるだろう。


 ただし、注入されたのは毒だけではない。


 刺した箇所に血毒色の【紋様】が五つ浮かぶ。


 肉眼ではよく見えないが、術士の因子がある者ならば、よりはっきりと幾何学的な紋様が見えることだろう。


 これは―――【血の術式】


 突き刺した時に送り込んだ自分の血を媒体に、術式を構築して刻み込んでいたのだ。もちろん刺青のようにしっかりと刻まれているので、こすっても取れることはない。


 そして、五つの術式が相互に繋がりあい、一つの大きな術式を作り上げようとしていた。



(毒が効かない相手には無力。そう思われているでしょうね。だからこその奥の手なのです)



 暗殺術究極奥義、『九天必殺くてんひっさつ絶対絶死ぜったいぜっし』。


 これは単体の技の名称ではなく、九天必殺には九つの章が存在し、それぞれが独立した技となっている。


 細かく見てみると―――


第一死・一天入滅いってんにゅうめつ

第二死・二天劫滅にてんごうめつ

第三死・三天塵滅さんてんじんめつ

第四死・四天破滅してんはめつ

第五死・五天霧滅ごてんむめつ

第六死・六天刺滅ろくてんしめつ

第七死・七天撲滅ななてんぼくめつ

第八死・八天粉滅はってんふんめつ

第九死・九天消滅くてんしょうめつ


 というように、名前を見ただけで不吉な印象を受ける技が九つも並んでいる。


 たとえば第一死の「一天入滅」は、細かいことを全部省いて一言で述べれば、一撃で相手を破壊して殺す技だ。


 二天になれば二撃で殺す技。三天になれば三撃で殺す技、といったようにヒット数が増えていて、それによって区分けされているようである。


 今ファテロナが使っているのは、第六死の『六天刺滅ろくてんしめつ』という奥義で、名前の通りに【六回刺して殺す技】だ。


 六回も刺せばだいたい死ぬんじゃないか? 一回で殺すほうが凄くないか? という疑問はもっともだが、あらゆるタイプの暗殺者がどれか一つは体得できるように編み出されているので九つもある、ということだろう。


 武人のタイプや武器の種類に応じて使える技が異なるし、当然ながら才能によっても体得できるものとそうでないものがある。


 一天入滅を会得できれば一番かもしれないが、文字通りの一撃必殺は隙も大きく消耗も激しいので、どの技がよいかは相手と状況次第となる。


 そのうえでファテロナと相性がよく、体得できたのがたまたま第六死だったにすぎない。



(そして、『即死無効』があれば暗殺者は怖くない、という先入観も誤ったもの。そう思ってくれていれば仕事もやりやすくなります)



 この九天必殺の怖ろしいところは、これらはどれも『即死無効貫通』の【絶対即死技】だということだ。


 そう、仮にスキルで『即死無効』を持っていても貫通するのだ。これがいかに凶悪であるかは容易に想像がつくだろう。


 即死とは、データ的にいえばHPが即座に0になることだ。もっと詳しく述べれば、最大HP分のダメージを与えるということでもある。


 攻撃力がいくら低くても関係ない。相手のHPを強制的に0にしてしまうから即死技は怖いのである。


 武人の中には『即死耐性』あるいは『即死無効』を持つ者も大勢いるが、これは逆説的に考えれば、今まで数多くの者が即死技で殺されたがゆえに血が対抗策を練ってきた、ともいえるわけだ。


 こうして耐性を持つ者が増えれば暗殺者の脅威も減る。『身代わり人形』などの術具も、そうした需要の多さによって生まれたものである。


 しかし、即死技を得意とする彼らが黙っているわけもない。そこで生まれたのが九天必殺という究極奥義である。


 ファテロナは、すでに五つの『死印』を刻んでいる。


 最後に狙うのは―――脳天!


 と見せかけて、再び飛影を発動。


 動きに騙されて反射的に腕を上げた破邪猿将の影から飛び出ると、最初に狙って無様に反撃を受けた『ふくらはぎ』に六回目の刺突を繰り出した。


 剣先が半分鉄化している足にぶすっと入り込み、そこで六つ目の死印が刻まれる。



「申し訳ありません。借りは返さないと気が済まない執念深い女なのです。これにてお嬢様のご命令、遂行完了でございます! ビシッ!」



 久々のエア眼鏡を決めたファテロナは、シュバッと剣を振るって血を払い落とす。


 六つの死印が結びつき、一つの紋様になって術式発動。



「ッ―――」



 破邪猿将のHPがゼロになり、目から赤い光が薄れていく。


 腕からも力が抜けて動きを完全に止めてしまった。



「やった…のね」



 ついに破邪猿将を完全に倒すことに成功し、マキも大きく息を吐く。


 しかし、一番厄介な相手を倒したものの暴走自体は解けておらず、周囲の魔獣が戦いをやめる様子はない。


 ボスを倒せば終わる戦いのほうが、どれだけ楽かがよくわかる光景だ。



「ぜーーぜーーー! もう…からっけつでございます。ひー、ひー、ふー! おえぇぇえ! エロエロエロエロエロ(※1)!」



※1

吐いている時の音。当人は「オロロロ」と言いたかったのかもしれない。



「ファテロナさん! 後ろ!」


「…はぇ?」



 体力の限界に達したファテロナに、スザクの警告の声が飛ぶ。


 次の瞬間、背後にわずかな気配。


 ぐらっと破邪猿将の身体が動くと、右腕が大きく振り上げられた。



(そんな…! 九天必殺は完全必殺の技! 動けるわけが…!!)



 ファテロナは疲労で動けない。マキも起き上がったばかりで無理。


 スザクがなんとか身体を入れようとするが、おそらくは間に合わない。


 だが、スザクの瞳が反射した光景は、まったく予想外のものだった。



 破邪猿将の右腕が払われた先は、自身の―――【首】



 手首をスナップさせて、まったく迷いのない動きで放たれた刀身が、自身の喉を切り裂く!


 その入り方から察するに自ら筋肉を弛緩させていたのだろう。ずっぷりと食い込む。


 そこでようやく全身から力が抜けた。


 巨体が地面に向かって倒れ込むと、刀身が岩にぶつかって押し込まれ、骨の隙間を抉りながら通り抜ける。


 そして、皮一枚を残して、首がずるんと百八十度回転。


 最後に大剣の熱が染み渡り、皮が焼き切れて解き放たれた首が、地面にごろんと転がった。



「…はじゃ……えんしょう……」



 スザクが枯れた声で彼の頭部を呆然と見つめると、視線が合った。


 数秒だけ見つめ合うと、すっと瞳から光が消えていき、完全に絶命。


 猿の王は操られて死ぬより、誇り高い【自決】を選んだのだ。


 それと同時に、人間には絶対に殺されないという強い意思を感じさせた。



(こんな終わり方をするなんて…。でも、この勝負は兄さんが戦った段階ですでに終わっていたんだ)



 もし戦争がなければ、この魔獣とともに生きる選択肢もあったのかもしれない。そう思うと物悲しさを感じるが、過去を論じることには意味がない。


 スザクは破邪猿将の首を丁重に袋に入れて保管。


 自らの頬を平手で一発叩いてから、改めて剣を握る手に力を込める!



「将は討った!! だが、戦いはまだ終わっていないぞ!! 全員、生き残るために死に物狂いで戦え!!!」




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