434話 「六翼魔紫梟戦 その6『覇気の力』」
アンシュラオンは一気に攻め立てる。
まずは覇王技、『尖剛遮那貫』。
遮那貫の上位技で、より強い戦気を先端に集めることで穿つ力を増した因子レベル4の技を、クルルの腹に突き入れる。
剛気で強化された足が、脛までずっぷりと入り込んで胃を破壊!
アンシュラオンは身体を捻りながら足を抜きつつ、即座にもう片方の足で追撃。
それが因子レベル6になれば『仙辣尖剛遮那貫』となり、膨大な剛気とともに放たれた蹴りが、クルルの顎に命中。
下顎を大きく抉り飛ばし、バラバラになった顎骨と歯が宙に舞う!
そうして逆さの状態になったまま、爆発集気!
凄まじい閃光とともに貫手の連打が放たれる!
覇王技、『剛覇・十八閃剛羅刹』。
因子レベル4の『閃剛羅刹』を一度に十八発打ち込む、因子レベル8の奥義である。
一撃一撃が通常の閃剛羅刹を上回るうえ、超高速で放たれる貫手の連続攻撃に胸が何度も貫かれ、心臓と肺がぐちゃぐちゃに破損!
上半身が穴だらけになっても、まだ攻撃は終わらない。
アンシュラオンが落下する前に、蹴りの連打!
覇王技、『剛覇・六仙六剛遮那貫』。
さきほど放った貫手の連打と同じく、因子レベル4の『尖剛遮那貫』を十二回、払い蹴り六回と突き蹴り六回を見舞う因子レベル8の奥義である。
空中で回転しながら足踏みをするように、片足で払い蹴りを放って肉を削ぎつつ、もう片方で突き蹴りも放って肉を貫く攻撃を、計六セット連続で行うと思えばいいだろうか。
もちろん簡単にできる技ではなく、大きな隙が生まれるので扱いには注意が必要だが、その威力は凄まじい。
貫手の攻撃によってすでに破壊された身体を、さらに蹴り技によって完全破壊。
顔面が半分以上砕け、胴体もボロボロの空洞になってしまう。解体でもしない限り、ここまで痛めつけられる様子を見ることはないだろう。
アンシュラオンの本気の攻撃の怖ろしさを思い知る。
(普通のハイザクならば、これで三回は殺しているところだが―――)
「フハハハハハハハ!! 強いな!! お前は毎度毎度、予想を超えてくる!」
が、相手は撃滅級魔獣である。そう簡単に事は進まない。
クルルは、技を打ち終わったばかりで無防備なアンシュラオンを蹴り飛ばす!
防御の剛気を使っているので、それ自体でたいしたダメージはない。鋼鉄の鎧に守られている気分だ。
しかしクルルは死ぬどころか、自身の壊れた身体を興味深そうにいじくっているではないか。
見た目はかなり損壊しているが、その『本質』はほとんど変わっていなかった。
(やれやれ、今の攻撃でも致命傷には至らないか。魔獣の生命力が加わると、ここまでタフになるものなんだな。そりゃ魔神が生まれるわけだ)
生物の強さの真髄とは、『しぶとさ』にこそある。
アンシュラオンが命気を修得して死ににくさを重視したように、いかに保険を作っておくかが重要なのだ。
クルルザンバードもまた、大切な依代であるハイザクの肉体管理には十分配慮を払っていた。
背中の六枚の翼が振動すると肉体が復元を開始。
翼から供給された生体磁気に加え、『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』による自己修復および、肉体の活性化によって急速に傷が癒えていく。
さすがにBPは二割ほど減っているが、パミエルキが使った復元術式しかり、質量を確保できれば復元は容易に行えるものだ。
特に今は半物質体のクルルザンバードが意識の主体となっているので、いくら依代を攻撃しても回復されてしまう。
クルルを倒すには、ひたすら破壊を続けて消耗するのを待つしかないが、ハイザクは細胞も若いので数時間程度の戦いで削り切ることは難しそうである。
そのうえ、彼はまだ全力ではない。
「すべての力を使わねば、お前には勝てないようだな。私も覚悟を決めるとしようか」
クルルの身体が黄金の輝きに包まれていくと同時に、存在感が何十倍にも増す。
戦士因子が『極大覚醒』することで細胞一つ一つが作り変えられていき、人間の肉体が持つ本来の美しさを表現するようになるのだ。
(間違いない。これは【覇気】だ)
こちらもユシカに聞いていたので驚かない。おそらく覇気であろうことは最初から想像していたからだ。
とはいえ実際に目の当たりにしてみると、その質が思ったより高い。これもクルルザンバードが気質を制御しているせいだろう。
今まで使わなかったのは、こちらの手の内を見ていたからだ。
高レベルの戦いでは、互いの手札を見極めることが勝利の秘訣となる。逆に考えればアンシュラオンが手ごわかったので、覇気を使うしかない状況に追い込んだともいえる。
クルルは、アンシュラオンに最終警告を発する。
「私も無駄な消耗は避けたい。これが最後のチャンスだ。私に従え。そうすれば相応の地位と権利を与えてやろう」
「その必要はない。オレが欲しいものは自分で手に入れる。ただ他人から与えられるものになんて価値はないのさ」
「なぜだ。理解に苦しむ」
「お前が人間に憑依しているだけの魔獣だからだよ。人間と魔獣の最大の違いは何だと思う? 努力して前に進もうとする強い意思だ。なぜ人間が弱く作られているか、その理由のすべてがそこに示されている」
この星の意思であった母神は、『ブループリント〈青写真〉』に従って人間を完成されたものとして作った。
それすなわち【原初の人間】であり、今の女神たちの父であった存在だ。
されど、完全すぎる人間は滅びた。強すぎるがゆえに相手を理解できず、触れ合うこともできなかったからだ。
そして、進化のために自身を十に分けた。完全なものをあえて分割することで、その細部を突き詰めようとしたのだ。
それを知っている女神は新たな人類に対し、スタートラインを一番下にする代わりに『無限の可能性』を与えた。
ひどく無知で、ひどく愚かで、ひどく哀れな赤子は弱々しく見えるが、弱いからこそ周囲から情報を得て急速に育ち、少しずつ確実に真理を理解して最終的にはより大きくなる。
これを現実的に表現すれば、因子が0からスタートした肉体は、少しずつ覚醒させていくことで人体そのものの構造と意味を理解し、最後にはすべてを把握して制御できるようになる。
しかし、外部から強制支配しているクルルザンバードには、因子の扱い方は理解できても存在意義は理解できない。自ら体験して会得したものではないからだ。
「人間はわからぬ…理解できぬ。お前を導けぬことを残念に思うぞ」
「安心しろ。導かれようとも思っていない。少なくとも女神様以外に屈するつもりはないな」
「陛下は女神すら超える。あの御方は太陽そのものなのだ」
「それはあまりに傲慢で無知だ。お前を見ていれば飼い主の質もわかるよ。実際に出会った者として、女神様の愛に勝るものはないと断言しよう」
「陛下を侮辱することは万死に値する! よかろう! ここで死ぬがいい!」
クルルがアンシュラオンに迫る。
その勢いとスピードは今までの比ではない。一瞬で懐に入り込むと強烈な拳を叩き込む!
アンシュラオンは剛気を集めてガード。
するが、拳は剛気を打ち砕き、そのまま突き抜けて腕ごと胸を破壊!
腕は粉砕骨折で滅茶苦茶にへし曲がり、胸も肉が吹き飛んで胸骨が砕け、心臓が半分破裂する。
「ご―――ぶっ」
アンシュラオンが大量吐血。
それも肺が消し飛んだことで呼吸そのものができなくなり、ごぼごぼと血が喉に引っ掛かる音だけが響く。
そんなアンシュラオンに、クルルは追撃。
真上から顔面を殴りつけて頭蓋骨を破壊。凄まじい力によって剛気ごと頭を粉砕する。
眼球が弾け飛び、鼻が潰れ、額も割れて脳漿がこぼれ出る。こうなると、せっかくの美少年が台無しである。
アンシュラオンは、よろよろと力なく後ずさる。その姿は、まさに瀕死だ。
だが、身体から命気が溢れ出ると蘇生を開始。クルルの復元のごとく、こちらも一瞬で身体が復元されていく。
「貴様が死ぬまで徹底的に叩き潰してやろう!」
が、放たれた拳で再度粉砕!
防御を固めていた腕を再び、いとも簡単にへし折る。
アンシュラオンは間合いを取ろうと跳躍するが、クルルはそれよりも速い。
即座に追いつくと、復元したばかりの顔面に蹴りを放ち、首の骨を折る!
アンシュラオンは首を治しつつ命気結晶を展開。今までで一番の厚みの強固な防御態勢を取った。
それに対しクルルは、掌から圧縮した覇気を放出。
散弾のように細かくなって降り注ぐ覇気の銃弾が、命気結晶に小さな穴を穿っていく。
闘気でさえあれだけのパワーを有していたのだ。覇気ともなれば威力は桁違い。
突き抜けた覇気が、マシンガンで撃ったようにアンシュラオンの身体に無数の細かい穴をあけて、至る所から出血。
致命傷には至らないものの、剛気がほとんど役に立たないことが証明される。
翠清山において、この攻撃を受けられる自然物も魔獣も人間も存在しない。唯一アンシュラオンだけが、最大強化した命気結晶でかろうじて防げる程度である。
しかし、敵はさらに大量の覇気を生み出すと、槍状に圧縮。
「何本耐えられるかな!」
クルルは槍を投擲!
覇気で強化された剛腕で、覇気で作った槍を投げる。これがいかに怖ろしいことかは、すぐにわかるだろう。
放たれた槍はまるで何も抵抗がなかったかのように、命気結晶ごとアンシュラオン本体を貫通!
さらにそのままの勢いで突き抜けると、触れるものすべてを消滅させつつ後方の山にぶつかって、直径五百メートル以上の巨大な穴を穿ち、内部で爆散。
中心部を失った山がガラガラと崩れていく光景は、子供の遊びで壊される海辺の砂山を彷彿させる。
そんなものをくらったのだから、アンシュラオンの身体も無事では済まない。
一撃で胴体が消滅して、自慧伊が死んだ時のように四肢がバラバラに飛び散る。
それでもしぶとく命気で回復するが、そのたびに次々と圧縮された覇気が放出されては身体が破壊されていくを繰り返す。
いくらアンシュラオンとはいえ、何十回も破壊されてはエネルギーがもたない。命気を生み出すのも自身の生体磁気を利用しているので限界はあるのだ。
それを嫌ったアンシュラオンは、卍蛍を取り出して迎撃を試みる。
最大強化の剣気と命気のコーティングで、クルルの覇気槍を一回、二回と迎撃して弾き返すが、三回目に―――ビシシッ!!
卍蛍の刀身に亀裂が入り、四回目、五回目の迎撃にして、ついに刀身が粉々に砕け散る。
名匠火乃呼が打った刀が、五発ももたなかったのだ。いかに覇気が強力な気質かを思い知らされる。
(これだから覇気ってやつは。暴力の権化だよな)
覇気は、戦士因子10で扱えるようになる『最強の気質』だ。
まずは色合いそのものが総じて金色であることから違いがある。赤でも白でもなく黄色でもなく、黄金の輝きをまとう。
ベルロアナの金獅子の力も金色ではあるが、あれは覇気が放つ力とはまったく別物で、あくまでディングラスが持つ血統遺伝によるものにすぎない。
なぜ黄金なのかといえば、人の霊が放つ究極のオーラが金色であり、これが肉体的要素で発現した時、『神が宿る器』の完成を意味する。
優れた霊魂は優れた肉体にしか宿れない。粗雑な肉体では不純物が多すぎて高級霊が持つ神性を完全に発揮できないからだ。
つまり戦士因子10とは、ただの肉体強化だけではなく、人間が【神人】に至る事前準備を意味している。
女神が無限の因子を人に与えたおかげで、人間でありながら神に至る道が示されたのである。この状態になると、呼吸するかのごとく覇気の放出が当たり前になるというから驚異的だ。
当然、そんな覇気の特性は強化の度合いからおかしく、補正値は『最低でも戦気の5倍以上』とされている。
闘気が戦気の二倍の身体強化なのだから、その軽く倍以上はあることになり、現在のクルルも同倍率以上に強化されていることになる。しかも最低五倍なので、そこから先には限界がない。
アンシュラオンも防御一辺倒ではやられるので反撃に転じるが、剛気をまとわせた攻撃では、覇気の表面をわずかに削ることしかできない。
さきほど繰り出した『閃剛六抄羅刹』や『仙辣尖剛遮那貫』を叩き込んでも、覇気自体を貫くことはできなかった。
それを五十回続けて、ようやく覇気を削れるかと思いきや、新たに生み出された覇気によってすぐに元通りになってしまう。
アンシュラオンの剛気の習熟度は高いので、粗雑な覇気ならば対抗することもできたが、この様子では通用しそうにない。
クルルが長らくアンシュラオンを避けていたのは、覇気の扱いを学ぶことで勝率を上げる目的があったのだろう。
事実、それは実現している。
「無駄だ。今の私には何も通じぬよ。生物が怖れる病魔に侵されることもない。まさに完璧なのだ」
なぜ覇気が神人にとって標準の能力かといえば、防御に関しては完璧な耐性を得るに至るからだ。
あらゆる毒素、あらゆる精神攻撃(呪詛や術式含む)、あらゆるバッドステータスを無効化し、身体を常時清浄に保つことができる。
これはファテロナや小百合たちの攻撃を無害化できることを意味し、青雷狼の攻撃でも感電せず、精神も侵されることはなくなる。
肉体は常に活性化を続け、淀みなく回る因子によって傷の治りも早くなり、必然的に生体磁気の質も向上することで気質の効果が増幅する。
あくまで地球での話だが、この覇気を展開させれば生身で熱核兵器にすら悠々と耐えるといわれている。激しい熱や放射能すら肉体を穢すことができなくなるのだ。
はっきり言って、何一つ文句のつけようもない完璧な気質なのである。
唯一の弱点は、『消費が戦気の二十倍』はある点だ。
ジルが不完全な肉体で覇気を使った結果、十二時間しかもたなかった経緯もあるくらいだ。いくらハイザクの肉体でも長時間の使用は不可能である。
とはいえ、あれは最強の化け物であるパミエルキと戦いながらの話なので、さすがは元覇王といった貫禄であろうか。
この覇気は陽禅公を含めた身内三人組が、さも当たり前に使っていた気質でもある。アンシュラオンは日常的に覇気を見ていたからこそ、その強さを誰よりも知っている。
残念ながらこちらの攻撃は、ほぼ無力化。
アンシュラオンが剣気で斬ろうが、レベルの高い覇王技を使おうが、傷をつけること自体が難しい。ハイザクの肉体が強固であるがゆえに、その性質がさらに引き立てられている。
攻撃が最大の防御ならば、防御は最大の攻撃になる。
敵の攻撃を無視して一方的に攻撃が可能になり―――滅多打ち!!
アンシュラオンの頬が砕かれ、腹が抉られ、足を折られ、真上からの攻撃で背骨が砕けて、二つ折りにされて地面に叩きつけられる!
その衝撃で大地に千メートル近くの大きな亀裂が入り、山脈が頂上から割られて崩落を開始。
アンシュラオンは攻撃を諦め、全エネルギーを回避と防御にあてる。
命気による回復と生存を最優先にして、身体を丸めて攻撃を少しでも軽減させるように努力していた。
あのアンシュラオンが、敵を前にして逃げ惑う。
ホロロが神と崇めて圧倒的な力を誇っていたこの男も、強いのは下界での話。伝説クラスの撃滅級魔獣が跋扈する火怨山では、下から数えたほうが早い存在なのだ。
そして、三袁峰から南東に逃げ続けること一時間。
クルルの攻撃によって山がいくつ破壊されたかわからないほど、逃げた道が一目でわかるくらいの破壊の痕跡が翠清山に刻まれていた。
よくここまでもったといえるだろう。アンシュラオンでなければ、最初の一撃で間違いなく死んでいたはずだ。
だが、それもここまで。
ズタボロになったアンシュラオンをクルルが追い詰める。
「やはりしぶとい人間だったな。生かしておけば最大の障害になろう。ここでお前を仕留められることを陛下に感謝しなければなるまい。何か言い残すことはあるか?」
「やるなら早くやれよ。何をビビっているんだ?」
「なんだと?」
「お前はオレを怖がっている。そうだろう? だから最後の一歩が踏み出せない。つい最近、そんなやつと戦ったからな。よくわかるのさ」
「…気に入らんな。その何者にも屈しないという目がな」
「オレは誰にも支配されない。誰にも従わない。もしここでオレを殺しそびれたら、何度だってお前を殺しにやってくるぞ。覚悟しておくんだな」
「この状況でそんな口を利けるとは、たいした人間だ。あの時、お前のような歯ごたえのある者がいれば、私も退屈せずに済んだだろうに」
クルルの拳に覇気が集まり、膨大な光と化す。
あまりの輝きに明るさは昼を超え、影さえも存在できない世界が生まれる。
「滅びて、貴様も呪詛の一部になれ!」
クルルの拳がアンシュラオンに命中!
溢れ出す覇気の威力に頭部が消し飛び、胴体が砕けて、山ごと破壊。
それが墓標の如く、巨大なクレーターが生まれてしまう。




