433話 「六翼魔紫梟戦 その5『さらなる力の激突』」
アンシュラオンが闘人を修復すれば、クルルも新たに闘人を生み出していく。これではイタチごっこだ。
しかしながら、アンシュラオンとここまで互角に戦えるクルルがおかしいのである。
下界で出会った中ではガンプドルフが最強格の武人であったが、あくまで彼は将軍なので、単体での強さよりも軍隊全体の総合力を重視すべきであろう。
となれば、ジ・オウンを例外枠と考えれば、現状ではクルルこそが下界最強の敵といえる。
(コウリュウと決定的に違うことは、これがハイザクの素の力だということだ。因子を移植された存在と『天然もの』とでは、強引な強化をするにしても覚醒率が異なる。クジュネ家は本当に身体の強い家系だよ)
グラス・ギースの五英雄の血筋も強いが、肉体能力に関しては金獅子のディングラスが飛び抜けており、他の四英雄に関してはそれぞれ専門が異なる。
それと比べると、癖がなく単純に身体だけが強固なクジュネ家の人間は、利用する側にとっては良い素材なのだろう。
そこにクルルザンバード自身の力が加わることで、アンシュラオンに匹敵する力を得ている。強敵であることも納得である。
ただ、先に飽きたのはクルルのほうだった。
「眷属同士の戦いも飽きた。そろそろ次のステージに上がろうではないか」
「魔獣のくせに飽きっぽいな」
「ふっ、魔獣だからであろう。人間のように小細工ばかりでは飽きるのも当然だ」
「せっかくのお誘いだが、オレはこのままでもいいぞ。とことん付き合ってやるよ」
「私の消耗を狙っているようだが、その手には乗らぬぞ! 強引にでも終わらせてやろう!」
クルルが操れるのは闘人だけではない。
アンシュラオンの波動円に大量の反応が生まれ、次々と魔獣が押し寄せてくる。
構成は猿や鳥や熊と滅茶苦茶。単純に数だけ集めた烏合の衆ではあるが、『オーバークロック〈強制制限解除〉』の影響を受けているせいで性能が強化されていた。
さらに『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』を追加で発動。
ただでさえ統率が『SSS』かつ、マスカリオンも持っていた『超集団統率』を有するのだ。そこにバイキング・ヴォーグが加われば、補正値は軽く三倍を超える。
そんな魔獣が何百と一斉にアーシュラに襲いかかる!
アーシュラは迎撃するものの、死を怖れない自爆覚悟の特攻の前に少しずつ削られていき、そこに梟型の闘人も加わるので分が悪い勝負に持ち込まれる。
(ステータスでわかってはいたが、ハイザクのユニークスキルまで使えるのはまずいな。こいつとの相性が良すぎる)
集団を操る能力と集団を強化する能力が合わさると、極めて危険。
仕方なくモグマウスを生み出して対処するが、クシャマーベを含めて魔獣にかかりきりになってしまう。
しかも処理する情報量が増えたために、アンシュラオン本体にも負担がかかり、そこにクルルが猛攻を仕掛けてきた。
クルルの指摘通り、こうして戦いを長引かせるのは消耗を期待してのことだったが、相手の攻撃に衰えは見られない。
アンシュラオンも力を温存してきたが、相手も決戦を見越して力を抑えていたことがわかる。
ここでクルルの闘気の形状が、さらなる変化を遂げた。
以前竜美姫が使った『誘熱裂線』のように、細い線状にして放出。百に分かれた闘気のレーザー線が襲いかかる。
アンシュラオンは卍蛍を取り出すと、命気でコーティングしてから剣気を出し、近づいてきた闘気の束を切り裂く。
斬った部分は霧散したが、他の攻撃はモグマウスや魔獣を巻き添えにしながら大地に突き刺さり―――ズルン
三袁峰そのものを幾重にも抉り、山が歪な形に切り取られてしまう。
アンシュラオンの反撃。
迫り来る闘気球を切り払いながら接近し、クルルの足元に滑り込むと空中に蹴り上げる。
そこを剣硬気で追撃。三百メートルに伸びた横薙ぎの剣気が襲う。
クルルは腕でガード。
刃は肉を抉り骨に到達したものの、それ以上は進まない。止まったところを拳で攻撃されて剣硬気が砕け散る。
アンシュラオンがそのまま振り払ったため、残った半分の剣硬気が大地を切り裂き、こちらも山肌の一部を簡単に切り取る。
両者の戦いは激化し、すでに山を破壊するほどの威力の応酬となっていた。
クルルの闘気球の連撃で小山が吹っ飛び、アンシュラオンの剣硬気で山頂が切られて台地になってしまった山も増える。
それは次第に三袁峰だけにとどまらず、戦いの舞台を翠清山全体へと移していった。
「面白いな、アンシュラオン! 生まれて初めて闘いが愉しいと感じるぞ! 私が生まれた頃には、すでに陛下に盾突く者はいなかった! ただ管理するだけの仕事はつまらないものだ!」
クルルが魔獣を使って運ばせたのは、一振りの幅広の剣。
ハイザクの身体が持っても違和感がない大きさなので、おそらく第二海軍が使っていたものだろう。
そこにまとわせるのは―――剣気!
ハイザクにも剣士因子があり、こちらも強化されているので強い剣気が生まれる。それを見よう見まねで伸ばせば、『疑似剣硬気』の出来上がりだ。
クルルとアンシュラオンの剣硬気が激突!
空中でぶつかり合い、激しい火花を散らす!
災厄の気配に惹かれたのか空には黒い暗雲が立ち込めており、薄闇の中で流れては散る二つの光剣が交錯する様子は、まさに壮大な神話の一幕を見ているかのようだ。
二人の戦いはすでに一時間以上に及ぼうとしているので、実際に日が暮れ始めていることは事実であるが、戦いはますます苛烈になっていく。
剣撃の合間にクルルは闘気球を放ち、アンシュラオンも戦弾や水檄波、烈迫断掌といった技で迎撃。
クルルは闘気を放っているだけだが、剣気を保ちながら実質的に『闘気波動』という覇王技も使っていることから、戦士と剣士の能力を同時に発動させている。
バイキング・ヴォーグを使っていることもあるが、こちらも放出をクルルザンバードが担当することで、因子の減衰も最小限にとどめられており、両者の力は拮抗することになる。
それが崩れたのは、アンシュラオンが仕掛けた『トラップ』からだった。
クルルが移動していると、足元から氷柱が伸びてきて襲いかかる。
人喰い熊戦でも使った『氷苑地垂突』である。
クルルはよけない。そのまま足を地面に叩きつけて氷を破壊。
彼からすれば、これくらいの技は強引に防ぐことができるのだ。わざわざよけるまでもない。
が、氷が霧散した中から黒い球体が二つ出現。
バチバチと空間を歪ますほどの圧力が絡み合い―――爆発!
真っ黒な爆発は、クルルの左半身を呑み込んで黒焦げにする。
「むっ…! こちらが本命か」
覇王技、『豪覇・禁滅影潜弾』。
滅属性を含む『覇王・滅忌濠狛掌』と同じタイプの技であるが、こちらは放出技であり、さらに周囲の大気や地面と同化させて見づらくすることで敵の被弾率を高める因子レベル7の技である。
それを二つ配置し、同時に爆発させることで威力を増大。さすがのクルルの闘気も貫通する。
中途半端な罠で相手を油断させて本命を隠す巧妙なトラップだ。
がしかし、これもまた本命ではない。
視界が黒から通常に戻ると、いつの間にかアンシュラオンが目の前におり、すでに攻撃態勢に入っていた。
(なっ…! 斬り合っていたはずだ! まさかあちらもダミーか!)
剣硬気での斬り合いは続いていたが、あれは闘人操術の奥義『鏡体』で生み出したコピー体であり、剣気も遠隔操作で操っていた偽物だ。
ここで恐るべきは、戦いながら高レベル技のトラップを仕掛けつつ、相手に悟られないようにダミーと入れ替わる技術にある。
いくらクルルが上手く気質を操っていても人間同士の戦いには慣れていない。相手の呼吸を読むことまではできないのだ。
「はっ!」
アンシュラオンは、気合を入れて高出力の剣気を生み出すと、クルルに向かって袈裟斬り一閃!
クルルが持っていた幅広の剣を断ち切った卍蛍は、その勢いのまま胸を切り裂く!
ぱっくりと開かれた胴体から鮮血が舞った。
クルルは肉体を修復しながら応戦しようとするが、アンシュラオンはそれを許さない。
鋭い斬撃と体術を駆使して、修復できない速度の連撃でクルルを追い込んでいく。
「小さいほうが小回りが利くか。ここは不利だな」
クルルは翼を生み出すと、間合いを嫌って空に逃げる。
もともと翼を持つ魔獣なので飛行はできるが、あえて使わなかっただけである。
「そうくると思ったよ」
しかし、それは想定内。
むしろ一連の流れが、空中におびき出すためのものだった。
クルルが空に舞い上がった瞬間には、トラップと同時に用意しておいたカーテンルパが上空から急速垂直落下!
こちらも武装闘人化しているだけではなく、武装はすべて『爆弾』に換装した『特攻用』の第二形態になっていた。
勢いを緩めないままクルルに激突すると、大爆発!
自爆用なので与えた質量はかなり多く、意識が地面に向いていたことで意表を突かれたクルルは、無防備でくらってしまう。
このあたりも戦闘経験値の差ではあるが、まさか空への対策もしているとは思わないだろう。事前に予測することは極めて難しいに違いない。
加えて、今回のカーテンルパは闘気で生み出した『凍気』によって作られているので、衝撃と同時に大量の凍気を放出することで敵を凍らせることができる。
ふらふらと地面に落下してきたクルルに、アンシュラオンが迫る。
(さすがに撃滅級魔獣は強いな。殲滅級なら今の一撃で瀕死だったはずだが、まだまだ余裕がある。ハイザクの力も合わせると中位から上位の下層くらいの力はありそうだ)
第一級の撃滅級魔獣からは、はっきり言って強さの次元が変わる。第二級の殲滅級魔獣が数十体いても到達できないレベルに達するのだ。
アンシュラオンもさまざまな撃滅級魔獣を相手にしてきたが、こうして正面から戦ったことなど、そう多くはない。
(だが、敵が一体ならばやりようはある。ごり押しはあまり得意じゃないが、贅沢は言っていられないか。ここは力ずくで一気に削る!)
アンシュラオンの気質に変化が起こる。
荒れ狂うマグマのような力が凝縮。より洗練された形になり、色合いも光沢を帯びたものになっていく。
そして、凍結していて動けないクルルに、覇王技『羅刹』を放つ。
身体の前面は相手も注意が向いているため、闘気の放出も相まって一番防御力が高い部分だが、そこを―――あっさり貫く!
「くっ…!」
驚いたクルルが払いのけようとしたが、まだ凍結が解けていないので動きが鈍い。
アンシュラオンは冷静に攻撃をかわすと、再度羅刹を放つ。
しかも今度は指だけではなく、腕の途中までずっぷり体内に入り込む!
覇王技、『閃剛羅刹』。
因子レベル1で扱える羅刹の上位技で、指だけではなく腕ごと相手を貫く因子レベル4の技となる。
刺さる位置が深くなることで威力が上がる反面、敵からの反撃も受けやすくなるので一長一短だが、一度目の羅刹で間合いを測ったことによって、敵が一番対応しづらい場所を狙って反撃を封じる。
さらに腕を引き抜いた瞬間には、クルルの膝に蹴りを突き刺す!
覇王技、『遮那貫』。
足先を立てて抉るように蹴る因子レベル1の基本技であるが、こちらの一撃も相手の防御を簡単に貫いていた。
膝を砕かれたことでクルルの体勢が崩れている。そこに再び羅刹が襲いかかる。
ただし、今度は腕を突き入れるだけではなく、戻す際に臓器を引き抜いていた。
覇王技、『閃剛六抄羅刹』。
因子レベル6の技で、今しがたやったように貫手とともに敵の臓物を奪う怖ろしい技である。
貫手を極めた者だけが到達できる領域とされ、六度打ち込まれれば、脳・心臓・肺、胃、肝臓、腎臓を奪われ、まず生きてはいないことが名の由来となっている。
クルルから奪ったのは小腸の一部で、これほどの武人を相手にはたいしたダメージにはならないが、視覚的な意味合いではかなりの衝撃であろう。
「なんだそれは! 何をやっている!」
凍結が解けてもクルルは攻撃を防げない。
いともたやすく防御を貫くのだから驚いてしかるべき。それが耐久力に自信がある者ならば効果は倍増になる。
もちろんアンシュラオンは、特別なことをしていた。
「見たことがないのか? これが【剛気】だよ」
アンシュラオンが展開している気質は―――剛気
パミエルキと対決した、かつての覇王『ハウリング・ジル〈唸る戦鐘〉』が使った気質である。
剛気は、闘気を圧縮することで性質をさらに強化するもので、命気が命気結晶になって硬質化する現象に似ている。
闘気だけでもマグマのような力を秘めているのだから、それを何十倍にも圧縮すれば、得られる攻防力も劇的に向上するのは当然のことだ。
より詳細に述べれば、闘気は『戦気の二倍の出力』がある反面、『消費も五倍』になるデメリットがある。
その上位の剛気は、身体能力の向上は闘気と同じ(戦気の約二倍)だが、それに加えて『攻撃力と防御力が二倍』になる作用を持ち、『消費も闘気の二倍』(戦気のおよそ十倍)になるデメリットが存在する。
闘気が使えるからといって剛気が使えるわけでもなく、剛気が使えないからといって劣っているわけではない。闘気自体が闘争本能が低い者には使えないので、すべては派生の段階にすぎない。
されど、使えないよりは使えたほうがいい。
アンシュラオンの攻撃が剛気によって強化されたことで、クルルの肉体でも簡単にダメージを与えることができるようになったのだ。




