432話 「六翼魔紫梟戦 その4『気質の差』」
(スザクには悪いが、もう手加減する余裕はないな。最悪ハイザクのことは諦めてもらうしかない)
ハピ・クジュネ側との交渉材料あるいは売り物として、可能ならばハイザクの救出も考えていたが、現状ではかなり困難と判断。
アンシュラオンは、ここで覚悟を決める。
発せられていた戦気の波動が急激に変化を開始。ただの炎から燃え盛る激流へと変貌していく。
そして、殴りかかろうとしていたクルルにカウンター、一閃!
最初に放った蹴りが軽い跡を残しただけに対し、今度は力が体内にまで浸透。クルルの顔が真横にひん曲がる。
攻撃の流れは止まらない。そのまま連撃に移行。
空中で姿勢を制御しながら、頭部に五十発ほど連続して拳を叩きつける!
無数の打撲痕が刻まれて、あちこちで陥没。
頭が変形して脳を圧迫し、砕けた骨は頬を突き破って舌に突き刺さり、眼球がその狭間に落ち込む。
たまらずクルルが拳を突き出すが、それを蹴りで払いのけつつ、強烈な返しの回し蹴りが首に炸裂!
頸椎が割れながら伸び、がくんと首が折れ曲がる。
敵の反撃がこない間に着地したアンシュラオンは、腹に再び水覇・波紋掌。
「ごば―――っ!」
闘気を圧し出しながら内臓に波紋が届き、クルルが吐血。
同じ攻撃、同じ技にもかかわらず、明らかにパワーとスピードが上がっていた。
(敵が闘気を使うのならば、こちらも闘気を使えばいい。それだけのことだ)
翠清山だけに限らず、下界でのアンシュラオンは戦気しか使っていない。それ以上の気質を使う必要性がなかったからだ(水気や命気といった属性変化も、元となっていたのは戦気である)
だが、敵が優れた身体能力に加えて闘気まで使うのならば、こちらも闘気を使って対抗するしかない。
闘気は激しい闘争本能を燃やすことで戦気の質を向上させ、より荒々しく練り上げた気質である。
体感としては粘度が増して、より重さを感じるようになるが、実際に質量が増加しているので当然だろう。
そして、戦気との一番の違いが肉体に及ぼす影響だ。
戦気術の習熟度次第ではあるものの、戦気は約2倍から3倍の強化を得られる気質だ。対武人戦や強力な魔獣との戦いでは、戦気がないとお話にならないことは証明済みである。
では、その上位である闘気はどうかといえば、およそ【戦気の倍の質量】を生み出すことができる。
こちらも習熟度や練度次第ではあるが、仮に戦気で2倍の強化を受けた場合、闘気を使えば4倍の補正を受けられる計算になる。
スザクが破邪猿将とまともにやりあえるのも、この闘気があるからだ。ハイザクもまた闘気を使っていたからこそ、あれだけの攻撃に耐えられたといえるだろう。
であれば、アンシュラオンの身体能力も戦気の倍。
しかも戦気術のレベルが極めて高いため、最低でも6倍以上の補正値を受けることができ、それによって属性変化させた水気も質が増すことになる。
この状態ならば簡単に打ち負けることはない。
(羽根の攻撃が邪魔だな。こちらも数で対抗するか)
『紫梟魔眼』は気迫で耐えるとしても、魔操羽や魔共波は格闘戦では邪魔になる。
そこでアンシュラオンが選択したのは―――闘人
まずは『武装闘人』に昇華させた防御特化のクシャマーベを生み出す。
クシャマーベは美しい女性型の闘人であり、武装化させると流線形の鎧を着て大きな盾を携えた、某ペルソナゲームに出てくるギリシャ神話の『アテナ』のような姿になる。
それ以外の武具は持っていないものの、周囲には何十もの車輪盾が回転しており、アンシュラオンの周りにも展開。
敵の攻撃は術式攻撃の一種ではあるが、三倍以上の出力で対応すれば問題なく相殺できる。
クシャマーベが、さまざまな角度から襲ってくる敵のオールレンジ攻撃を防御することで、格闘戦がぐっとやりやすくなった。
だが、それで終わらない。
続いてアーシュラを生み出すと、こちらも武装闘人化。
攻撃特化のアーシュラは炎を模した荒々しい形の鎧と、自身の体躯よりも何倍も大きな剣を携えて登場する。
(一対一で戦う必要はないからな。遠慮なくやらせてもらうぞ)
闘人とはもともと、単独で複数の敵と戦うことを想定して生まれた武術であり、こういった嫌らしい攻撃をしてくる敵に対しても抜群の効果を発揮する。
防御はクシャマーベに任せ、アンシュラオンが攻撃を仕掛けるタイミングに合わせて、アーシュラも反対側からクルルに斬りかかる。
「また眷属か。さすがに放置はできんな」
クルルは囲まれることを嫌い、アーシュラに向かって攻撃を仕掛ける。
闘人に拳を叩き込んで弾き飛ばしながら、後方に迫ったアンシュラオンにも闘気の渦を放って迎撃。
しかし、両方を同時に相手にすれば力が分散するものだ。
アンシュラオンは自ら闘気の渦に突っ込み、強引に突破して間合いに入ると技を発動。
右手に雷気、左手に風気を生み出し、一つにして発気!
発剄とともに放たれた反発するエネルギーが、クルルの胸を大きく抉る!
覇王技、『風雷掌』。
因子レベル4の技で、風気と雷気を合わせて放つ発剄であるが、相反するエネルギーを融合させることで威力が増大。かなりの高火力となる。
ただし、これは『反発属性』を使ったものなので、普通の武人には使えない系統の技だ。
ごくごく稀にコウリュウとセイリュウのように、双子ゆえの高い親和力で意識的に反発エネルギーを扱う者たちもいるが、やはり稀有な例だろう。
だいたいは術式や技が偶然に重なった結果、事故として発生するものだ。(グランハムの術符の連続起動のように、それを意図的にやることもできるが高いコストを支払うことになる)
それゆえに何のリスクもなく単独で行うには、アンシュラオンが保有する『対属性修得』という何気にすごいスキルを持っていないと不可能である。
(パワーに対してはスピードやテクニックで対抗するもんだ。同じ系統の力で削り合うのはエネルギーの無駄になる。複合属性技のほうが効率がいい)
ここでもアンシュラオンが求めたのは、あくまで効率だった。
複合属性技の長所は、単属性の強力な技を発動させるよりも速く、なおかつ低コストで発動できる点にある。
闘人にコストを割いている以上、このレベルの敵とパワーで勝負するのは消耗が大きいと判断したわけだ。
アンシュラオンは、クルルの抉った胸に追撃。
今度は火気と水気を合わせた拳撃、『覇王・烈火澪爆拳』を打ち込む。
こちらはマキが使っていた『赤覇・烈火塵拳』と、以前アンシュラオンが使った『百流澪爆拳』を合わせた複合技である。
拳の圧力と同時に反発するエネルギーが爆発を起こし、肉と繊維を破壊!
文字通り、クルルの胸骨が浮き彫りになる。
「ふははは!! いいぞ! さすがだ! この依代の肉体が目覚めていくのがわかる! 何万の魔獣よりも、お前一人のほうが遥かに強い!」
しかし、クルルの身体が急速に癒えていき、削られた骨と抉られた肉が復元。すぐに元に戻ってしまう。
クルルザンバード自体には『自己修復』スキルはないが、その代わりに依代の肉体を活性化させることで、自身が失った半物質体も補充することができる。
ハイザクという若く逞しい身体を狙ったのも、有り余る生体磁気に期待してのことだった。
事実、多少無理をしようともハイザクの肉体は要求に応え、何度も生体磁気を生み出してくれる。当然限界はあるが、その限界値がかなり高いのだ。
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名前 :クルルザンバード・ハイザク型〈六翼魔紫梟〉
レベル:185/185
HP :88500/88500
BP :6920/6920
統率:SSS 体力: SSS
知力:SSS 精神: SS
魔力:SSS 攻撃: SSS
魅力:A 防御: SSS
工作:SS 命中: SS
隠密:SSS 回避: D
【覚醒値】
戦士:10/8 剣士:5/4 術士:6/0
☆総合:第一級 撃滅級魔獣
異名:六翼魔紫梟
種族:人間、魔獣、神
属性:冥、音、夢、虚、滅
異能:オーバークロック〈強制限界突破〉、バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉、未来演算、思念自動言語化、憑翼、紫梟魔眼、魔操羽、魔共波、超越者の守護者、超大国の改造魔獣、全方位攻撃、超集団統率、全精神耐性、物理耐性、術反射、即死無効、災厄の使者
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(超大国の改造魔獣…か。こいつの言っていることも、あながち嘘じゃないのかもしれないな。能力の特異性からして何かしらの因子改造を受けているのは頷ける話だ。魔神にも驚いていないようだし、もしかして同じ技術体系で造られたのか?)
魔神が造れるのならば魔獣も改造できるだろう。
『情報公開』も完全ではなく、偽りの情報かもしれないので鵜呑みにはできないものの、戦っている感覚として普通ではないことがわかる。
雰囲気も魔神と似ているので、この考察も核心に近いところをついている可能性が高かった。
しかしながら、今は素性を探るよりも能力分析のほうが重要だ。
(あの『オーバークロック〈強制限界突破〉』ってやつで、ハイザクの才能を強制的に限界まで上げているようだな。つまり、あれが正真正銘の到達点というわけだ)
レベルが185でストップしていることから、あれ以上はどうやっても上がらないのだろう。
因子の上げ方もコウリュウに似ていて、かなり強引だ。
戦士因子はまだわかるが、術士の才能がゼロのところを無理やり6まで上げるとなれば、負担も大きいに違いない。
おそらくこれは、クルルザンバードが持つ性質とハイザクの性質が合わさった結果だと思われた。
(クルルザンバード単体ならば術はもっと上だろうから、肉体派のハイザクの性質が邪魔をしている形になる。だから操作系の能力が落ちたんだ。しかし、やつが求めたのは『安心感』だ。他者が信用できないから自身の強化を優先したんだろう)
寄生型は依代のタイプが重要になる。自身の長所を伸ばすか、逆に短所を埋めるかは永遠の課題だ。
クルルザンバードが後者を求めたので術式防御も下がり、アンシュラオンの力でも『情報公開』が成立したとも考えられるので、この点に関しては幸運といえる。
が、強敵であることには変わりない。
一番厄介な点が、性能を『加算』していくタイプだということだ。
「私もエンジンがかかってきた。本気でいかせてもらうぞ!」
肉体をまとっていた闘気がさらに勢いを増していき、アンシュラオンの闘気にも引けを取らない出力にまで到達!
クルルザンバードは外部から因子を操作しているので、当人がまだ操れない力まで引き出すことができる。
今度は逆に、気質の操作が得意ではなかったハイザクの欠点を、クルルザンバードが埋めてしまうのだ。
その相乗効果は、思っていた以上に強力。
「眷属を作れるとは便利だな。ふむ、こうやるのかな?」
クルルが闘気を操作して、大きな『梟型の闘人』を生み出す。
それは魔獣が暴走した際に発する異常性が、そのまま形になったような狂暴な気質をしており、荒々しい威嚇の声を上げて飛翔。
アンシュラオンを守っていたクシャマーベにまとわりつくと、マグマの羽根を放出して動きを妨害してくる。
クシャマーベは車輪盾で防ぎつつ、凍気で反撃することで梟を追い払おうとするが、ボロボロにされても戦いをやめない。闘人なので使い捨てにしても問題ないからだ。
「一体では厳しいようだ。ならば増やせばよいだけのこと」
さらにクルルは同じ梟型の闘人を五体生み出し、アーシュラとクシャマーベそれぞれに三体ずつあてる。
高出力の闘気によって生まれた闘人であることと、三体が連携を取ることでアンシュラオンの闘人にも対抗。こちらの闘人を封じてくる。
ハイザクには素養がなかった遠隔操作をクルルザンバードが担当することで、こうやって自在に操ることができるのだ。
(ちっ、遠隔操作のレベルが高い。もともと操作系だから当然だが、相手の技を盗む貪欲さのほうが面倒だな。魔獣はそんなことはしないから、これも人間の特性が合わさった結果か)
お互いに闘人がなくなれば、あとは当人同士の殴り合いに逆戻り。
パワーを上げたクルルがアンシュラオンに迫る!
速度も上がったため回避が間に合わず、拳がクリーンヒット。
ガードした腕の骨にビシッと亀裂が入り、続けて放たれた蹴りで完全にへし折れる。
アンシュラオンはその衝撃で、頂上の平地部分を越えて、整地されていない大樹が並ぶ中腹の傾斜エリアにまで吹き飛ばされる。
「お返しをするのが人間社会の礼儀だったな!」
クルルは掌の上に、直径三十メートルはある巨大な闘気球を生み出して投げつける!
闘気球は大樹を焼き尽くしながら猛追!
アンシュラオンは木の幹を蹴って方向転換。真横に逃げる。
が、闘気球は追尾するように急カーブ!
こちらも遠隔操作で高い追尾性を付与できる。いつもアンシュラオンがやっていることだが、逆にやられると避けるのは困難だ。
跳躍中のアンシュラオンに命中すると、マグマが爆散して巨大な火柱が上がる。
爆心地には大地が溶解して大きな穴があいており、そこには命気結晶を使ってガードしているアンシュラオンの姿があった。
以前よりも厚みを増したことで強度が上がり、無事耐えきることができたようだ。
が、クルルが広げた両手からは、何十という同じ規模の闘気球が出現。
大量の闘気による―――オールレンジ爆撃!
アンシュラオンは水覇・硫槽波を放って、いくつかは軌道を逸らしたが、いかんせん数が多い。
さまざまな角度から放たれるうえ、爆発もかなりの規模なので回避するスペースがなく、次々と炸裂して三袁峰を破壊して燃え盛る。
遠くから見れば大文字焼きのように、三袁峰全体が赤く染まって見えるだろう。
木々は消失、地面は爆散して無残な姿になり、山の形そのものが変わってしまう。
当然アンシュラオンも爆発に巻き込まれたが、すでにクシャマーベを戻していたので、こちらも大量の車輪盾でガード。
するが、この威力の攻撃を立て続けに受けたことで車輪盾が損壊し、本体にも至る所にヒビが入ってしまう。
そこに梟型の闘人が殺到してクシャマーベを集中攻撃。ますます傷が増えていく。
アンシュラオンはクシャマーベにエネルギーを供給して修復しつつ、アーシュラを使って背後からクルルに攻撃を仕掛けるが、梟型の闘人が立ち塞がって盾になる。
アーシュラは一体の闘人を切り裂いたものの、他の二体から攻撃を受けて立往生。
そこにクルルの闘気球が迫り、梟型の闘人ごと爆破!
アーシュラの腕と足が吹っ飛び、鎧にも大きな亀裂が広がって、こちらも半壊してしまう。




