424話 「最終決戦 その4『弟の戦い方』」
(なんてプレッシャーだ! 近接戦では競り負ける!)
スザクは無刃剣を伸ばして広い間合いで戦おうとする。
左手の無弾銃も積極的に使うことで、多少威力は落ちても少しずつ削る戦法に出たのだ。
がしかし、破邪猿将はそれに付き合わない。
被弾を鎧に任せて強靭な足腰で間合いを詰めると、強引に剣撃を繰り出してくる。
十メートル級の体躯から振り下ろされる真上からの一撃は、死刑台のギロチンに等しい。受けた無刃剣ごと押し込み、スザクを両断しようと襲いかかる。
スザクは切り払いを諦め、無刃剣の刃を消すことで虚をつく。
いきなり消えた刃には、さすがの破邪猿将も反応できず、そのままの勢いで大剣が地面に叩きつけられる。
「もらった!」
その隙にスザクが跳躍。
敵の腕を足場にして力を溜めて、首を狙った一撃を叩き込む!
鎧には首を守る『首鎧』があるが、全身全霊の力を込めることで鎧ごと切断!
破邪猿将の首から、ぶしゅっと赤い血が噴き出る。
(浅いか!? だが、手応えはあった!)
鎧を切り裂いた分だけ刃は浅かったものの、これで敵の動きが少しでも落ちてくれれば十分。
スザクは、すぐさま追撃の態勢に入る。
されど破邪猿将は、何事もなかったかのように即座に反撃。大剣の柄でスザクをぶん殴る。
「なっ―――!?」
空中で受けたことに加え、反撃まで意識していなかったことで、ほとんど無防備でくらってしまった。
吹き飛ばされたスザクは、離れた位置にいたグラヌマーハにぶつかって落下。
ふと湧き上がった痛みに視線を向けると、反射で防御した左腕がひしゃげて明後日の方向を向いていた。たった一撃で腕が砕けたらしい。
(まるでハイザク兄さんみたいだ! 膂力が根本から違う!)
マスカリオンと対等に戦えたことで少し自信を得ていたが、あくまで上手く地上戦に誘導できていたにすぎない。いわば敵が得意としない戦場だっただけのこと。
だが、破邪猿将は最初から陸戦特化。
足場が雪という悪条件にもかかわらず、どっしりと構える様子は兄のハイザクを彷彿させる。
と、呆けている暇はない。
ぶつかったグラヌマーハが、倒れたスザクに向けて剣を振り下ろそうとしていた。
(しまった! やられる!)
この体勢はかなりまずい。無刃剣を使って防御してもダメージを負うだろう。
しかし、これが乱戦の怖さであり数の差である。いまさら恨み言を言っても詮無きことだ。
スザクが覚悟を決めて防御態勢を取った瞬間―――
「キ゛キ゛ィッ!!」
「ッ―――」
破邪猿将の怒声を受けたグラヌマーハの剣が、寸前で止まる。
その個体は慌てて自分の持ち場に戻り、他のグラヌマーハも円状に破邪猿将とスザクを背で囲んだ。
それはまるで海賊が船上で決闘をする際に用意する『リング』。
体勢を整えながらも困惑顔のスザクを、破邪猿将の目が射貫く。
―――「来い。相手をしてやる」
言葉はわからずとも意思は伝わる。
自分の獲物と決めた相手は誰であろうが介入を許さない。いつも通りの威厳ある猿の王の姿がそこにあった。
(僕と…やるというのか! 一騎討ちを! それだけの誇りがありながら、なぜ!)
「なぜ、お前はあああああああああああああ!」
激しい闘気がスザクを中心に渦巻き、自分の存在をすべてぶつけるように、がむしゃらに殴りかかる!
折れた腕がまた折れようがかまわない。ただただ感情のままに殴り続ける。
破邪猿将は、よけることも防御することもなく受け続ける。
そして、スザクの拳が割れて血が噴き出し、破邪猿将の鎧にも亀裂が生まれた時、真下から強烈な蹴りが炸裂。
内臓がぐちゃぐちゃになる衝撃を感じ、血を吐き出しながらスザクが吹っ飛ぶ。
「ごぶっ…がはっ…!」
破邪猿将の足のサイズは、人間の成人男性と同じくらい大きい。それが直撃したのだから相当な衝撃だろう。
スザクは悶絶しながら地面を転げ回る。
「………」
そんな無様な姿を見下ろす猿神の王。
スザクに殴られた腹を触りながら、あの時に抱いた充足感が得られないことを悟る。
足りない。全然足りない。
『あの男』が自身に与えた衝撃には到底及ばないと嘆く。
「そんなことはぁあああああ! 僕が一番知っているんだぁあああああああ!」
だが、スザクは激しい痛みを闘争心に変えて立ち上がり、破邪猿将を睨みつけながら無刃剣と無弾銃を合体。
本来の形である『インジャクスヒュペルソード〈魔光銃剣〉』を生み出し、斬りかかる!
こちらは銃弾が撃てなくなる半面、無理に刀身を放出せずとも、合体した時は刃の出力が上がる仕組みになっている。
それを利用してさらに強い攻撃を仕掛けるが、破邪猿将の大剣によってまたもや弾かれる。
片手の一撃でさえ、ハイザクのフルスイングと同レベルなのだ。スザクの腕力ではハイザクに及ばず、簡単にいなされるのも無理はない。
結果、破邪猿将の刃が圧し勝ち、スザクの胸を切り裂く。
鎧の強度など、まったくもって意味を成さない。あっけなく骨が砕かれ、舞う鮮血も爆炎によって一瞬で蒸発。
熱気に顔の皮膚を焼かれ、それで我に返った。
(そうだった! 怒りで戦っていても未来はない! 僕たちは、ただ殺し合うだけの関係であってはいけないんだ! 僕は兄さんじゃない! 自分の戦いをすればいい!)
スザクは一度大きく下がり、『風聯』と『雷聯』を取り出す。
そして、右手に魔光銃剣を持ちながら雷聯を背中に差し、風聯を折れた左手に括り付ける。
「僕たちは負けない! 生き残って、この戦いに決着をつける!」
スザクが魔光銃剣で斬りかかる。
当然こちらは左の大剣に弾かれるが、攻撃を防げれば問題ない。
今度は相手が右の大剣を振り下ろす前に体勢を整え、風聯を使って風の刃を生み出し、その反動を利用して剣撃を回避。
それと同時にさらに一歩踏み出して、破邪猿将の右膝に蹴りを入れる。
破邪猿将は左の大剣を戻してスザクを再び切り裂こうとするが、今の膝への一撃が効いたのか、わずかに速度が遅い。
(僕だって命をかけているんだ! 死地に飛び込む覚悟はある!)
スザクは自ら、相手の刃に対して背中ごとぶつかっていき、ガキンッ!
両手を使うことなく、背負った雷聯を使って攻撃を強引に防ぐ。
ただし、手で振っているわけではないので、背骨にヒビが入るほどの衝撃を受けるが、それでもスザクは前に進む。
一気に必殺の間合いにまで入り込むと、魔光銃剣を胸に突き刺した!
破邪猿将の鎧に光の刃が食い込んだところに、風で加速させた風聯を叩きつけてさらに押し込む。
しかしながら、頑強な筋組織が刃をギリギリのところで食い止めてしまい、致命傷には至らない。
そこに破邪猿将の反撃。
まとわりついた蝿を叩き落とすかのごとく、頭突きを見舞う。
スザクは強い衝撃に、首の骨と頭蓋骨に亀裂が入ったことを感じるが、その程度で止まるほどやわな男ではない。
地面に叩きつけられる前に意識を取り戻し、大地を蹴って再び跳躍!
「おおおおおおおおおおお!」
まとわりつかれるのが嫌ならば、もっとやってやろう! これが俺たち海賊の戦い方だ!!
と言わんばかりに斬撃と打撃を繰り出し続ける!
その速度は振れば振るほど速くなり、その身体は反撃を受ければ受けるほど頑丈になっていく。
見た目は違うが、中身は―――同じ
その姿にハイザクが重なるのを感じ取り、破邪猿将の瞳に今までとは違う興奮と興味の光が宿った。
「キ゛キ゛キ゛キ゛ィ―――!!!」
スザクを強引に引き剥がしてからの、ドラミング。
今は鎧を着ているのでガンガンガンと金属がぶつかる音が響くが、自分が仕留めるに相応しい敵だと認めた証拠である。
ここからは破邪猿将も全力勝負。
両手の大剣をぶつけ合いながらリズムを生み出し、そこから二刀の乱舞が繰り出される。
大剣が大気を切り裂き、その風圧だけでスザクの鎧に次々と深い傷が付いていくほどだ。
それに対し、スザクはあらゆるタイプの攻撃で対応。
魔光銃剣を使って刀身を投げたり、風聯で牽制したり、時には雷聯に持ち替えたり体術を使ったりと、戦い方にこだわらない自分のスタイルで勝負していく。
これはこれで、面白い!
真っ向からの筋肉勝負を挑んできたハイザクとは異なるものの、自分のすべてをぶつける姿に遜色はない。スザクもまた『漢』なのだ。
それによって破邪猿将の剣に『遊び』が生まれていく。
攻撃速度をスザクよりも少しだけ上げてみて、ついてこられるかを試す。
スザクはギリギリの回避と防御で致命傷を避ける。時にはくらってしまっても根性と気合のみで立ち上がり、また果敢に立ち向かってくる。
その時には数秒前の速度を超えて速くなり、力も増していく。
それを楽しむように再び速度を上げると、スザクもそれに応じてさらに速くなる。
ハイザクのような対等の戦いではないが、どんどん成長するスザクに破邪猿将も魅了されていた。
失われてしまった好敵手との戦いが、今再び蘇ったことに悦びを抱いているのだ。
「我らもいくぞ! 海軍を援護する!」
海兵が奮闘して敵を抑えてくれたおかげで、グランハムら傭兵団も準備をする時間が生まれ、ここが勝負所と突撃。
呑み込まれたスザクたちの周囲を削るように、右翼から攻撃を仕掛ける。
「わたくしたちも、いきますわよ!」
ベルロアナの衛士隊も、グランハムとは反対側の左翼を狙って突撃を開始。
最後に残しておいた弾薬をすべてつぎ込み、敵の戦線に穴をあけようと苛烈に攻撃を仕掛ける。
これによって敵の勢いがやや落ちたが、まだまだ数の差はいかんともしがたい。敵陣を崩すには至らず、スザクたちは孤立したままとなる。
「キキッ!」
今度はグラヌマの精鋭たちが、グラス・ギース軍に突貫を仕掛けてきた。
彼らは銃や砲撃で身体が欠損しようが、おかまいなしに向かってきて剣を振る。
武装甲冑が壁となって応戦しているものの、血走った猿の目が彼らの気迫を証明していた。
その視線の先には、『深緋色の女性』の姿。
(ファテロナを狙っている!? どうしてバレたの!?)
衛士隊にいたマキが、グラヌマの標的に気づく。
彼女自身も要注意人物として認識されているので、最初は自分を狙ってきたのかと思ったが、敵は明らかにファテロナに意識を向けていた。
毒をくらった猿たちは全滅したので、ファテロナの存在は秘匿されているはずである。それにもかかわらず一直線に向かってくるのだから、情報が漏洩しているのは間違いない。
これに関しては、おそらくクルルが情報を与えたものと考えられる。地上にいた猿たちは全滅しても、上空を飛んでいた監視のフクロウまでは仕留めきれていなかったようだ。
当然ながら敵が危険視しているのは、彼女の毒。
これを群れの中心部で使われたら、いかに猿神の軍勢も壊滅は必至。されど近い距離で使えば、人間側も毒耐性を持つ一部の者を残して全滅するだろう。
それゆえに互いにリスクを背負いつつも乱戦に持ち込み、その混乱に乗じて一番危険なファテロナを討ち取るのが敵側の狙いだ。
が、それが透けてしまえば対処方法はいくらでもある。
雑魚駆逐用に無類の強さを誇るファテロナだが、元は要人暗殺が本業だ。闇に乗じて将を討つこともできる。
ベルロアナがファテロナに命令を下す。
「ファテロナ! あなたは大ボスを倒しなさい!」
「はい、お嬢様」
「わたくしが道を開きますわ! お願い始祖様、力を貸してくださいまし!」
ベルロアナが『金獅子十星天具』を握り締めると、剣から【斧】に変化。
斧の大きさはアッカランが扱う大型の戦斧よりも何倍も大きく、彼女の身体が五つあっても足りないほどに巨大だった。
「はぁあああ! いきますわよ! どっこい―――せっ!!」
それを軽々と振り回して十分遠心力をつけてから、向かってきたグラヌマたちに叩きつける!
爆心地にいたグラヌマは一瞬で圧死。地面に激突して放射された剣気も大地を伝って、さらに後方にいた魔獣を何百と吹っ飛ばす。
剣王技、『重王・天豪破烈斬』。
とことん重い武器を好む『重王』と呼ばれた剣王が編み出した、練り上げた剣気を武器の重量を生かして叩きつける因子レベル6の技だ。
秘宝の特性により、どんなに重くとも当人は重さをさして感じることがないので、ベ・ヴェルが手に入れた暴剣グルングルムに近いものがあるが、これはそこらの術式武具とは出来が違う。
集約された彼女の恐るべき生体磁気が、すべて重さに転じたことで一万トン級の一撃と化す。
これはトラクターどころではなく、もはやマンションが落ちてきたようなものだ。
激しい衝撃で地表に亀裂が入り、山の表面が崩壊。
地割れに呑み込まれた魔獣もいれば、それによって生まれた新たなる雪崩に巻き込まれて絶命する個体も大勢いた。
とんでもない強力な一撃が発せられたことで、破邪猿将軍の左翼が一気に削られて瓦解。そこにファテロナ率いるメイド暗殺者部隊が飛び込んでいく。
大技を叩き込んだベルロアナは、ふらふらと立っているのがやっと。生まれ持った資質による潜在能力は凄まじいが、一回一回疲労で動けなくなる弱点は相変わらずである。
だが、今は寝込んでいる状況ではない。
「はぁはぁ…! ユノ! 私が寝そうになったら叩いて起こしなさいな! まだ倒れるわけにはいきませんもの!」
「はい! 鉄球でいいですか?」
「…え? …て、鉄球で大丈夫ですわ! おほほほ!」
なぜ鉄球を選んだのかは謎だが、主としてなめられるわけにはいかずに快諾してしまう。
その後、ちょっとでもふらつくとユノの鉄球が襲いかかる惨事が発生するが、この金獅子はそれくらいしないと起きないので仕方がない。
しかし、それだけの犠牲を払う価値はあった。
ファテロナが突っ込んできたことで破邪猿将軍に緊張が走り、途端に動きが鈍くなる。
グラヌマならば誇りを重視するが、眷属たちは普通の魔獣だ。それが先日、四万もの同胞を屠った悪魔だと知れば怯えるのも当然だろう。
それを利用し、ファテロナが毒を出すふりをして(奇声を上げて)牽制。
雑魚を無視してひたすら突き進み、ついにボスの群れに食い込むことに成功。
目の前にグラヌマーハが立ち塞がるが、それらはメイドたちに任せてファテロナ自身は破邪猿将を目指す。
破邪猿将はスザクと戦っており、背中側は隙だらけだった。




