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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山 最終決戦」編
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419話 「最後のピース その6『交渉』」


「戦いの前の高ぶりは力になるが、戦闘中は足枷になる。まずは感情の制御を学ぶんだな」



 いくら頑丈であっても、耐える準備ができていなければ脆いもの。


 少年は完全に心と身体がバラバラの状態であった。それゆえに隙だらけで致命的な一撃をもらってしまう。



「若!!」



 倒れた少年にコウリュウが慌てて駆け寄る。


 顎が砕け、意識は断ち切れているが、まだ生きているようだ。



「貴様…!! 絶対に…許さぬ! 若を傷つけたことを後悔させてくれる…!」


「何度やっても結果は同じだ。お前たちではオレには勝てない」


「我々がどれだけ我慢してきたか! 貴様にはわかるまい! お優しい若が、どれだけ嘆いてこられたか! 貴様にはわかるまい!」


「理解できない感情をぶつけるなよ。だが、敵意は理解した。ひとまずおとなしくしてもらうぞ。逆らったら、そいつから殺すからな」


「くっ…」



 アンシュラオンは百匹のモグマウスを生み出して、黄装束たちを囲む。


 リーダーであろう少年が失神していることに加え、コウリュウも満足に動けないこともあって無駄な抵抗はなかった。



「アンシュラオンさん、もう大丈夫ですか?」



 しばらくして、モグマウスに先導されたソブカたちがやってきた。


 彼らに被害はなく、全員が無事のようだ。



「ソブカ、こいつらはマングラスの連中らしいんだが、どうにも話が通じないんだ。お前が通訳に入れ」


「マングラス? ほぉ、これは実に面白い方々がおられますね」



 マングラスと聞いたソブカの目が、猛禽類のそれになる。



「こいつらは何者だ?」


「特徴的な黄色い装束に『龍の刻印』。間違いなく『黄劉隊こうりゅうたい』です。マングラスの親衛隊ですよ」


「マングラスは、たしかグラス・ギースにおける最大勢力だったな」


「はい。あまりに勢力が強すぎるため、領主以上の権力を有する影の支配者ともいわれています。なるほど、あなたが噂のコウリュウさんですね。これはとても貴重な出会いです。普段あなた方は『穴倉』に隠れて滅多に表に出てきませんからねぇ」



 そして、長髪の美青年を見つけると、声が上擦るほどに興奮。


 ソブカならば彼らを知っていると踏んだが、思った以上の食いつきだ。



(こいつは何者だ?)



 アンシュラオンが少年に困惑したように、今度はコウリュウがソブカに困惑する番であった。


 双子のセイリュウが率いる『青劉隊せいりゅうたい』は、都市防衛隊として有名ではあるが、黄劉隊のほうは基本的に表には姿を見せない部隊であり、各派閥の幹部でさえ名前を知らないこともあるほどだ。


 その中でもコウリュウはさらにレアな存在で、最低でも五十年以上は表舞台に出ていない。それをさも知っていて当たり前の様相で話すのだから、気色悪さを感じるのが自然だろう。


 だが、グラス・ギースの情報通は、さらに奥に踏み込む。



「黄劉隊は、マングラスの長である『グマシカ・マングラス』直属の親衛隊です。ほかに部隊はいないようですし、単独で動くこと自体がありえません。それとも近くにグマシカさんがおられるのでしょうか? それならば、ぜひお会いしたいものですねぇ」


「それ以上、口を開くな。殺すぞ!」


「それは困りますねぇ。さすがにマングラス最強の武人を敵にしたくはありません」



 威嚇されたソブカがアンシュラオンを盾にする。


 女性の盾になるのならば名誉だが、男が背後にいると吐き気がするから不思議だ。



「おい、後ろに隠れるな。金を取るぞ」


「いえいえ、情報収集のためです。これはギブアンドテイクですから無料でお願いしますよ。ああ、自己紹介が遅れましたね。私は赤鳳隊を率いるソブカ・キブカランと申します。以後よろしくお願いいたします」


「ソブカ…キブカラン?」


「ご存じありませんか。やはり表側はセイリュウさんの担当のようですね。いや、これは私の知名度が高くないことを嘆くべきでしょう。一応、ラングラスの幹部の一人だと認識してください」


「ラングラス…『裏切者』の一派か」


「その敵意は興味深いですねぇ。それに、裏切者とは心外です。初代ラングラスは英雄の中の英雄。そのように罵られる筋合いはないと思いますが?」



 五英雄に並々ならぬこだわりを持つソブカだ。言葉は丁寧だが内心はかなりキレているようで、異様な殺気が滲み出ていた。


 武力ではどう考えてもコウリュウが上なのだが、精神エネルギーの強さは肉体強度に比例しない。その圧力に一瞬だけコウリュウも気圧される。



「これは失礼を。解釈の違いは往々にしてあることですからねぇ。それぞれの派閥に応じた考え方があってしかるべきでしょう」



 しかし、すぐさま微笑を浮かべて殺気を隠す。こういうことができることも商人の資質なのだろう。



「さて、本題ですが、なぜ黄劉隊がここにいるのですか? あなた方も魔獣退治に参加するつもりでしたか?」


「答える必要はない」


「ソブカ、やっちまおうぜ! マングラスは敵だぁろ!! ちょうどいいじゃねえか!」



 今度は鬼鵬喘がメンチを切りながらチェンソーを構えて威圧。すでに薬をキメているのか、バッキバキの目つきである。


 殺気だけならばまだしも、得物を構えたからには黄劉隊のメンバーも反応するしかない。


 アンシュラオンに牙を折られた虎男がやってきて、同じくメンチを切る。



「じゃかぁしいわ! 死ぬのはてめぇらじゃ!」


「んだぁ、そのツラ! 今から剥製にしてやっからよ、覚悟しやがれ!」


「あぁぁ!? てめぇらの首を捻じ切って蛆の餌にしてやるわい! まとめてかかってこんかぁ!!」



 二人のガンつけに触発されて次第に場はエスカレート。


 互いの隊員が武器を持って押しかける一触即発の状況になった。


 その様子に呆れながらソブカが窘める。



「鬼鵬喘、武器をしまいなさい。まだ交渉の途中ですよ」


「話し合うことなんざねぇだろうが! ここでやっちまえば話は早ぇ! 死体はバラして山に埋めりゃぁいい!」


「貴様ら、我々マングラスに盾突くつもりか。都市の治安を乱すつもりならば、セイリュウに成り代わって成敗してくれる!」



 コウリュウの目にも怒りの炎が湧き上がる。


 ただでさえアンシュラオンにやられて防衛本能が刺激されているのだ。傷ついた身体であっても鬼鵬喘を殺すことくらいはできるだろう。



「あぁ!? その態度が気に入らねぇんだよ! てめぇらが都市の支配者みたいなツラをしやがって!」


「事実、すべてはグマシカ様のものだ。貴様のような雑魚は身の程を知るのだな」


「んだと!! ざけんじゃねええええええ! ぶっ殺すぅうう!」


「鬼鵬喘、止まれ。ソブカ様の命令が聞けないのか?」


「うっ…」



 ファレアスティが水聯を鬼鵬喘の喉元に突き付ける。その瞳は冷たく、動けば本当に斬るつもりだ。


 他の者も止まったのを確認し、改めてソブカが非礼を詫びる。



「うちの若い衆がすみませんねぇ。若気の至りと思って許してください」


「ふん、ラングラスは腑抜けぞろいと聞いていたが、少しは気骨があるようだな。だが、都市内部での抗争を考えているのならば容赦はせぬ」


「我々は都市を守る五大派閥同士。争うつもりはありませんよ。共にグラス・ギースを守っていこうではありませんか」


「………」



 その言葉はどう考えても嘘だが、それよりもソブカ自身が気になって仕方がない。


 コウリュウの脳裏に、かつての凄惨な光景が蘇る。



(この目…あの災厄の日に『我らを裏切ったあの男』とそっくりだ)



 鋭い眼光に野心的な笑み。自尊心が強く、心の底で他人を見下している危険な男。


 そこに実力が伴うからこそ、火はさらに巨大化して都市を包む炎となった。まさに悪夢。人の手を離れた炎ほど怖ろしいものはない。


 なぜかソブカには、かすかにその面影が残っているのだ。



(やつはあの時に死んだはずだ。だが、『傍系』で血が生き残っている可能性もある。ならば、ここで災いの芽を摘んでおくのが吉かもしれん)



「おい、グラス・ギースの抗争を山に持ち込むな。そういうのは都市に戻ってから好きにやれ」



 コウリュウがソブカに殺意を抱くが、やはりアンシュラオンがいるので簡単には動けない。


 しかし、アンシュラオンはアンシュラオンで、思った以上に派閥同士のバチバチが激しいことに頭を抱える。



「ハングラス派閥のグランハムとは仲良くやれていたのに、どうしてマングラスとは揉めるんだ。さらにややこしくなったじゃないか」


「申し訳ありません。我々はあまり相性が良くないのです。火と水ですからねぇ。自然と反発してしまうものです」


「まあ、マフィア同士だからな。そう簡単に仲良くはできないか。で、コウリュウと言ったか。お前はまだオレと戦うつもりか?」


「災厄を前にして、もう二度と逃げるわけにはいかぬ」


「これ以上、無駄な力を使いたくはないんだ。邪魔をしないと約束するなら助けてやるぞ」


「貴様に情けをかけられるくらいならば、自害したほうがましだ! だが、私は最期まで戦って死ぬ!」


「勝ち目はないぞ。理性的な判断はできないのか?」


「災厄を倒すことこそマングラスの悲願! そのためならば―――」


「…待て、コウリュウ」


「若! お目覚めになられましたか!」


「少し前から起きていた」



 よろよろと少年が立ち上がる。


 会話が流暢なことから、すでに破壊された顎は修復したらしい。


 そして、黄劉隊を見回してから思いがけない言葉を放つ。



「全員、話が終わるまで攻撃を禁ずる。まずはやつらの言い分を聞く」


「若! ですが!」


「黙れコウリュウ。俺が決める」



 少年の言葉には強い意思が込められており、さすがのコウリュウも彼には従うしかないようだ。


 アンシュラオンは、その二人の力関係から少年の正体に察しがついていた。



「随分と権力があるようだな。『若』ってことは、お前はマングラスの血族なんだろう?」


「………」


「名前くらい教えろよ。単純に不便だろうが。教えないのならオレも若って呼んでやるぞ」


「やめろ! 気色悪い! 俺の名は【ユシカ・マングラス】だ!」


「ソブカ、知っているか?」


「グマシカ・マングラスの【孫】です。今まで表に出てきたことはありませんが、名前は公表されています。一時期はベルロアナさんの婚約者候補にも挙がったことがありますね。年齢も同じくらいだったはずです」


「イタ嬢の? じゃあ、いいところのお坊ちゃんってところか」



 アンシュラオンは少年を観察。


 身長はアンシュラオンと同じか少し小さいくらいで、黒い髪に青い目。


 顔を包帯で隠しているので詳細は不明だが、雰囲気からするとたしかに十五歳の様相だ。あくまで見た目だけは、だが。



「…なんだ。じろじろ見るなよ」


「見るくらいは問題ないだろう?」


「お前に見られるだけで吐き気がする!」


「オレだって男をまじまじと見たくなんかないさ。そんな変な『包帯』を巻いているほうが悪い」


「古傷を隠しているだけだ」


「ふーん、本当か?」


「いちいち疑うな! 包帯ってのは、そのためのものなんだぞ!」


「まあ、そりゃそうだが…」



(怪しいにも程がある。どう考えてもこの包帯は『術具』だ。なにせ、さっきから【データが見えない】からな。事前に魔神に出会っていなければ、驚いて動揺していたところだよ)



 当然ながら『情報公開』を使用しているが、この少年は名前に至るまですべてが「???」となっている。どうやらあの包帯やフードには、探知を阻害する術式がかかっているようだ。


 そして、コウリュウ同様に少年の目からは、アンシュラオンに対して強い敵意が感じられる。抑えようとしていても滲み出る嫌悪感を隠しきれていない。



「出会った瞬間から、ずっとこんな感じなんだ。オレはどっちでもいいからお前の好きにしろ」


「なるほど。状況はわかりました」



 ソブカは一瞬だけ思考を巡らせると本格的に交渉を開始。



「ユシカさん、ここは一つ停戦といきませんか?」


「なぜだ?」


「グラス・ギースの戦力同士が潰し合うのは、他勢力を利することになります。アンシュラオンさんの言う通り、都市の問題を持ち込むべきではないでしょう。ここには南部のスパイもいるくらいですからねぇ。情報が筒抜けになります」


「………」


「どうやらあなた方は、何かしら違う目的のためにこの山に来たご様子。内容によっては協力も可能かもしれません」


「協力とは、そこの災厄の魔人も、ということか?」


「ええ、その目的次第ですが。とはいえ、我々も大事な作戦行動中です。ただの停戦ではなく、お互いの利益のために協力し合うのはどうでしょう?」


「何を狙っている?」


「あなたもご存じでしょうが、魔獣との戦いも最終局面に入っており、残念ながら人間側が不利な戦況です。しかし、黄劉隊が加わってくだされば戦局は一気に変わるでしょう」



 ソブカが目配せしてくるので、アンシュラオンも頷く。


 すでにソブカの頭の中では、彼らを戦力に組み込むことを想定しているのだろう。


 アンシュラオンもそれを考えていたからこそ、あえて殺さずにいたので、提案そのものに異論はない。


 ただしユシカは、少年らしい真っ直ぐな感受性を見せる。



「翠清山の魔獣は悪じゃないんだぞ。戦いを扇動した者こそ悪だ」


「それはハピ・クジュネを指しているのですか?」


「グラス・ギースも同じだ。人間の欲望が争いを生む。そして、争いは災いを呼び込む糧となる。今起きていることは人自身が招いたものだ。ならば、人間側が退くべきだ」


「欲があってこその人間でしょう。新たな発展のためには争いも致し方ありません」


「それは違う。争いが続けば災厄が訪れる。その時の被害は、わざわざ語るまでもない」


「では、どうしろと? 放っておいても南部に侵略されるのに、何の手段も講じないのは自殺行為ですよ。作戦が性急だったことは認めますが、ハピ・クジュネの行動そのものには納得できる理由があるのです。翠清山の資源があれば十分南部にも対抗できます」


「魔獣たちも同じ生命だ。彼らの痛みや恨みが災厄を呼ぶ。俺たちは侵略者になってはいけないんだぞ。同じ過ちを繰り返すわけにはいかない」


「何があってもグラス・ギースを出るなとおっしゃりたいのですか? ですが、その理屈では、我らがやらずとも他の勢力が同じことをすれば災厄がまた起こります。その時はどうするのですか?」


「グラス・ギースはマングラスが守る。そのための力は持っている」


「他の派閥は必要ないとでも? それこそ傲慢ではありませんか。あなたが思っているよりも他派閥は戦力を保有しておりますよ」


「所詮は偽りのものだ。他の派閥が知らない事実もある。グラス・ギースから外に出てはいけない。これ以上、魔獣たちを刺激してはいけないんだぞ。災厄を忘れてはいけない」


「災厄は誰もが怖れる出来事。忘れることはできません。ですから北部全体が力を得ようと尽力しているのではありませんか」


「災厄はシステムだ。自動的に発動する。その男…災厄の魔人が生まれたこと自体が最終警告なんだ」


「人の発展を阻害するシステムならば、存在しないほうがよいでしょう。むしろ、あらがって戦うべきです」


「かつての英雄たちが、それで死んでいったんだぞ。誰にも止めることはできない。だが、発動を遅らせて凌ぐことは可能だ」


「怖いからと貝のようにじっと閉じこもる。それでは死人と同じです」


「滅びるよりはいい」



(これがグラス・ギースが発展しない理由か)



 話を聞いていたアンシュラオンには、『罪を犯すくらいならば何もするな』と言っているようにも聴こえる。


 たしかに理論的には、何もしなければ罪も生まれず、罰も発生しない。


 されど、はたしてそれは生きているといえるのだろうか。


 アンシュラオンも自由のために姉から逃げた身である。一生奴隷でいるよりも、自ら行動を起こして変化を求めるのが人間の在り方だと信じている。


 ソブカも同じ気持ちのようで、断固として譲らない意思を見せる。



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