418話 「最後のピース その5『憎しみの源泉』」
「コウリュウ!」
「若…申し訳……ぐっ」
「許さんぞ、アンシュラオぉおおおおおおンッ!」
「ガキに呼び捨てにされるのは不快だな。もう諦めろ。こっちが殺す気なら、もうとっくにやっている」
コウリュウに技がかかった段階で、いつでもバラバラにすることができたのだが、それをやらなかったのは相手の目的が不明だったからである。
なぜ名前を知っているのか。どうして誤認しているのか。ここで何をしていたのか。訊きたいことは山ほどある。
すでに隠密行動が破綻した以上、それに見合う対価を得ないと気が収まらないのだ。
しかし、少年はまだ抵抗を続ける。
「なめるなよ! 本来は俺独りでやらねばならない戦いなんだ! 輝け生命の水! ツイン・エメラルド・ブースト!」
少年の両手が輝き、エメラルドの光が身体を包み込むと、今までの倍近い速度でアンシュラオンに殴りかかる。
(この感覚、こいつも魔石使いか? だが、嫌な予感がするな。ここは様子見しておくか)
魔石自体は、サナたちのものを見ているので驚かない。
ジュエルが力を放出する際に持ち主との間に特別な回線が繋がれるので、術士の目を持っていると相手がジュエリストかどうかはすぐにわかる。
ただし、ホロロや小百合のように危険な能力を持つタイプもいる。まずは警戒するのが安全だろう。
アンシュラオンは、あえて火乃呼製の剣を取り出してガード。
攻撃は受け止めたが刀身に亀裂が入る。
強化された少年が、こちらの剣気を破壊するほどのパワーを有することを証明していた。一時的にではあるが、コウリュウすら上回る力を発揮できるようだ。
しかし、魔石の力はそれだけではない。
折れた剣が水に浸食され、エメラルドの結晶に閉じ込められた。原理的には命気結晶に似ているが、質はかなり異なっている。
(やはり仕掛けがあったか。しかし、見え見えすぎるな。駆け引きをする余裕もないらしい)
コウリュウに打ち勝った武人に対して、あまりに正面から来るので怪しいと思ったのだ。そのあたりですでに戦闘経験の差が出てしまっている。
アンシュラオンは固まった剣を捨てて、下がりながら水流波動を連続発射。
打ち気に逸る気持ちをいなすように牽制射撃を続け、少年の行動を阻害する。
「正面から打ち合え! 俺が怖いのか!」
少年の挑発も無視。
それどころか逆に煽っていく。
「お前こそオレが怖いんじゃないのか?」
「なんだと!!」
「さっきからへっぴり腰じゃないか。本当は近づくのが怖いんだろう? 技術の差は明白だからな」
ギリギリの間合いにまでは踏み込むのだが、必殺の一撃を叩き込むには半歩足りない。
コウリュウが負けたことで精神的に弱気になっているのだ。そこを見透かした挑発である。
「その魔石もいつまでもつかな。お前が力尽きるまで何時間でも逃げきってやるぞ」
これもサナたちの魔石から得た情報を使った揺さぶりだ。
少年の魔石の出力から見て、おそらくは長くて三十分。さらにパワーを上げれば数分しかもたないと思われる。
図星だったのか、少年が一瞬だけ怯んだ。
だが、怒りのほうが勝ったようで挑発に乗ってくる。
「逃がすものか! お前だけはここで倒す!」
少年の身体が完全にエメラルドに染まる。
若干青みがかっているが透き通った美しい緑色の輝きである。
ただし、それだけだ。特別な現象は起きない。
(魔石獣が出るわけじゃないのか。となると、地層由来の魔石の可能性が高いな)
ここでもサナたちとの違いが観察できる。
多様な魔獣が生息する東大陸北部では相対的に魔獣鉱物が多くなるが、一般的に流通する魔石は鉱物由来が大半である。少年の魔石も地層から取り出したものと思われた。
しかも魔石獣自体がイレギュラーな存在であるため、逆にこちら側の魔石のほうが珍しいといえる。
アンシュラオンは身内以外で初めて見るジュエリストを興味深く見つめながらも、依然として少年の攻撃をいなす。(ガンプドルフの魔石は、この段階では魔石と認識していない)
が、徐々に拳が掠めるようになってきた。
少年が相討ち覚悟で半歩内側の間合いに入ってきたからだ。
(そろそろ頃合いだな)
アンシュラオンは少年の攻撃を受け止める。
エメラルドの光が腕に絡みつき固めようとしてくるが、ここは命気結晶で対抗。両者の力が拮抗し、結晶化しながら霧散する。
「エメラルドこそ災厄に対抗する最後の希望! 皆の安らぎのためならば、どんな困難も乗り越えてみせる! 始祖様、俺に力を貸してくれ!」
さらに激しく輝く魔石の力を拳に集め、少年漫画の主人公然の熱い咆哮とともに突進。
どうやらここで勝負を決めにきたようだ。
アンシュラオンは、それに合わせるように硫酸化させた水気を放つ。
「『水覇・硫槽波』か! こんなものが効くか!」
デアンカ・ギースですら悶絶した硫酸の激流を、エメラルドの力を使って浄化封印していく。
だが、アンシュラオンの狙いはそこではない。
その衝突で激しい水蒸気が巻き上がり―――爆発!
周囲に硫酸の煙雨が襲いかかり、視界が完全に塞がれる。
「くっ…なんだこの技は!?」
覇王技、『水覇・硫爆塵波』。
因子レベル4の『水覇・硫槽波』の応用上位技で、発生させた硫酸を圧縮して爆発させる因子レベル5の技である。
直撃すれば硫酸で溶けてしまい、かわしたとしても追加効果で継続ダメージを受ける危ない技だ。
しかし、少年は魔石の力を使って技ごと封印。被害を受けることはなかったが、代償として一瞬だけアンシュラオンを見失ってしまう。
「小細工を! だが―――そこか!」
青い瞳に、森の中に逃げるアンシュラオンが映り込む。
少年はすぐさま追いつくと、感情を込めて全力のラッシュ。ラッシュ、ラッシュ!!
アンシュラオンは回避せずにガード。
するが、少年はかまわずガードの上から拳撃を見舞い続ける!
アンシュラオンからの反撃はない。すでに身体の半分が固まってしまっているので、反撃しようにもできないのだ。
「ここで終わりにしてやる! うおおおおおおお! 全力だぁあああああああ!」
その様子を見た少年はフルブースト!
クルル相手にそうしたように、両手の魔石を合わせて力を放出すると、輝く水による何重にも及ぶ膜が出現。
アンシュラオンを覆い尽くして完全に固めてしまう。
これが少年の魔石、『ツイン・エメラルド〈相反する水の慈愛〉』の能力、『翠玉結晶封印』である。
打撃とともに魔石から生成した特殊な水を送り込み、内部に浸透させて結晶化させてしまう力だ。
ただし、命気結晶とは異なり、あくまで【封印する能力】である。
その制限のおかげで生物だけではなく、物質全般から技や術で生み出した事象を含めて、あらゆるものを封じることが可能な極めて特異な能力だ。
封印された存在は、少年の魔石が解除命令を発しない限り、半永久的に溶けることはない。(鉱物化するため)
少年は、アンシュラオンが固まっていることを何度も確認し、さらに何重にも執拗に固めたあと、しばし呆然とする。
「勝った…のか? そんな…」
アンシュラオンとの実力差は痛感していたので、まさか勝てるとは思っていなかったようだ。
まったく実感が湧かずに、そのまま一分間ほど硬直していた。
が、少しずつ現実を受け入れ始め、ようやく歓喜の表情を浮かべる。
「倒した…倒したぞ!! 俺は『災厄』を倒したんだ!!」
「若…!! なんという偉業を!」
龍人化が解けた瀕死状態のコウリュウも祝福。
二人は抱き合って喜び、涙を流し合う。
「コウリュウ、俺はやった! やったんだな!」
「はい、はい! やりました! 若が『マングラスの悲願』を果たしたのです!」
「わ、若…!」
「若がやったぞおお!」
他の黄装束たちも傷が再生されていき、なんとか起き上がることができるようになっていた。彼らもまた少年のもとに駆け寄り、ひざまずいて泣きじゃくる。
その様子を見ただけで、彼がいかに仲間から信頼され、敬われているかがわかるだろう。
だが、けっして頼りきっているわけではない。互いに支え合う強い結束力が随所に垣間見える。最初の連携攻撃などは、まさにその集大成である。
「そんなに嬉しいのか?」
「ああ、もちろんだ! 当然だろう!」
「ここまで恨まれるとは複雑な気分だな。落ち着いたなら、そろそろ事情を訊こうか」
「何を言って―――っ!? お、お前! え!?」
少年の隣にいるのは、紛れもなくアンシュラオン。
だが、その隣には結晶化されたもう一人のアンシュラオンもいるではないか。
少年は何度も両者を見比べては困惑した表情を浮かべている。(顔は包帯で覆われているのでよく見えないが感情はわかる)
「どうやって抜け出した!?」
「そもそも抜け出してもいない。最初からそれは偽者だよ」
「っ…! まさか!」
少年が慌てて封印を解くが、結晶化していたアンシュラオンがゆっくりと動き出すと、にやりと笑う。
「解放してくれてありがとう。助かったよ。まんまと引っかかったな」
「なっ!? じゃあ、やっぱりこっちが本物か!」
「すまん、嘘だ」
と、今度こそ封印されていたアンシュラオンが、じゅわっと崩れて消えていく。
「っ…!?!」
少年は、何がなにやらわからず混乱の極みに陥る。
それを見ていたアンシュラオンは大笑い。
「ははは、びっくりしてやがんの。なんてことはない。お前が倒したのはオレそっくりに作った闘人だよ。あの爆発の時に入れ替わったのさ」
「お前! おちょくりやがって!! って、闘人がしゃべっただと!?」
「声帯を作ればそこまで難しくはないぞ。あとは遠隔操作でいくらでも誤魔化せる」
「色まで再現するなんて、とんでもない技術だ! くそっ!」
少年は騙されたこともあり、忌々しげに呻く。
だが、これは仕方ない。
アンシュラオンが使った技は、『鏡体』と呼ばれる完全なる自身のコピーを生み出す闘人操術の奥義だからだ。そんな武の真髄を軽々と使ってしまうほうがおかしい。
(それなりに技の知識はあるようだが、派生技までは知らないようだな。しかし、今まで見た組織の中では一番しっかりした技術を持っている。オレを相手にここまでやるんだ。こいつらは強いよ)
これまでの経験から下界の武人は、あまり技に精通していない。
それと比べると少年たちの武は異様ではあるものの、しっかりと体系化されており、少なくとも内部で知識の共有が行われていることがわかる。
そういった組織があることはかまわないが、問題は彼らの目的だ。
アンシュラオンは彼らを詰問。
「お前たちも魔獣討伐にやってきたのか?」
「………」
「それにしては、あまりに異様な姿だな。魔獣の力を組み込んでいるのか?」
「………」
「いきなり攻撃してきたわりに、こっちの質問には答えないな。最近はそういうやつが多いよ。嘆かわしい世の中になったもんだ」
「お前にだけは言われたくない! すべての元凶のくせに!」
「オレはお前たちなんぞ知らん。言いがかりはやめろって」
「問答無用! 災厄の魔人と話すことはない!」
「ここでも災厄の魔人か。ほんと姉ちゃんのファンが多すぎだろう。いや、被害者か? どっちにしろ文句があるならあっちに言ってくれ。オレは無関係だ」
「姉……だと? 姉が…いるのか?」
「それがどうした。それくらいは珍しいことじゃないはずだ」
「馬鹿な…そんな馬鹿な! 災厄の魔人は一人のはずだ!!!」
「まあ、そういう話らしいな。で、今はオレの姉が災厄の魔人―――」
「そうじゃない! お前に姉がいるわけがないんだ!」
「はぁ? オレに姉がいたらおかしいのか?」
「おかしい! お前は転生を繰り返して何度も蘇る! だが、その実体は独りのはずだ!」
少年は鬼気迫る様相で叫ぶ。その言葉が正しいかはともかく、少なくとも彼自身は嘘を言っている様子はない。
さまざまな知識が頭の中で入り交じって混乱しそうになるが、その言い分にも若干思い当たる節はあった。
(転生を繰り返す…か。たしか刻葉のやつもそんなことを言っていたな)
―――「【転生の回数】は一度じゃないだろう?」
脳裏にジ・オウンの言葉が蘇る。
あれは刻葉の個性ではなく、『ジ・オウンという概念』が持つ知識なのだろう。
かなり気になるフレーズではあったが、アンシュラオンはあえて口を挟まずに、さらに情報を得ることにする。
その目論見通り、少年は高ぶる感情のままに言葉を吐き出す。
「お前は『ウロボロスの環』で廻って、また戻ってくる! そういう役割が与えられているんだ! たった一人の魔人が同じことを繰り返すんだぞ! だから災厄は繰り返される!」
「一つの個性が何度も地上にやってくると言いたいのか? 何度もか? 制限はないのか?」
「そうだ。それが【災厄システム】だからな! それゆえに二人同時には存在しない! しないはずなんだ!」
(災厄の魔人は災厄の魔人にしかならない。これも魔神から得た情報に符号する。だが、システム…か。ニュアンスとしては普通の転生のことではないようだ。『この星内部での再生』という意味が近いかもしれない)
アンシュラオンは、外部の星からやってきた魂である。
地球でたとえれば、木星で過ごした魂が転生してくるようなものだ。あるいはもっと離れた同程度の星から違う体験を求めてやってくる魂である。
だが、少年が言っているのは、この【星内部における転生】のことらしい。
しかも何度も地上に再生しては、災厄を撒き散らすというではないか。
(それではまさにシステムだな。刻葉が自分は概念のようなものだと言っていたが、これも同じような印象を受ける。星そのものに組み込まれたプログラムという意味か。では、災厄の魔人もやはり一つの『概念』なのだろう)
考え方としては、一つの大きな概念があり、その中に一つの個性が生まれる。
言い換えれば、ジ・オウンという概念の中に刻葉という個性が生まれ、災厄の魔人という概念の中にパミエルキという個性が生まれる。
パミエルキはパミエルキでありながらも、災厄の魔人であることには変わらず、災厄の魔人という概念そのものとパミエルキ個人を切り離すことはできない。
そのうえで概念である存在は、システムとして個性を生み出し続ける。
であるからには、パミエルキの前の個性も災厄の魔人であり、その前の時代にも災厄の魔人はいたはずだ。それぞれは別の個性でありながらも全体で災厄の魔人を構成している。
だが、その仮説が正しいのならば、アンシュラオンは災厄の魔人ではない。
「姉ちゃんが災厄の魔人なのは確実だ。言質も取ってある。だったらなおさらオレは違うぞ。災厄の魔人ってのは独りしかいないんだろう?」
「いや、お前は間違いなく災厄の魔人だ! お前に家族など存在しえない! お前は独りだ!」
「そんなに断定されると、さすがにショックだな。そもそもどうしてそこまで言いきれる? 根拠はあるのか?」
「お前に会うのが初めてじゃないからだ! あの時にも…ぐうううう!! 『あの災厄の時』もお前は…!! 俺の大事なものをすべて破壊した!!! 災厄、災厄の魔人めええええええええ!!!」
「仮にまたシステムで転生したとしても、それはオレじゃないだろう。何度言わせるんだ」
「違う! お前なんだ! だって俺はあの時、方舟で【お前のデータ】を……ううう、くそおおお! 俺は、俺はまた災厄を防げないのか!!! ああああああああああ!」
強すぎる感情のせいで自分を制御できないらしい。
頭を押さえながら血走った目つきで歯軋りをしている。
(なんだこいつ? ヤバすぎるだろう。うーむ、こうなるとあまりグラス・ギースに関わるのは悪手かもしれない。情報は欲しいが、こいつらは災厄に対してナーバスすぎる)
一見すれば支離滅裂なことを言い放ち、慟哭する謎の少年はあまりに異様だが、それだけ災厄へのトラウマが激しいのだ。
ただし、彼らの様子から災厄に立ち向かう勢力であることは間違いない。当時の災厄に直接触れた者からの貴重な証言ともいえる。
そして、なぜかアンシュラオンを災厄の魔人だと断定している。姉がそうだと言っても聞く耳を持たない。そこが一番気になる。
(少なくともオレに記憶はないから、こればかりは今の災厄の魔人である姉ちゃん自身に訊いてみるしかない。ただ、オレからすれば誤認されるのが迷惑なだけであって、そこまで興味はないんだよなぁ。そのためだけに会うのはリスクが高すぎる)
前世から縁のある刻葉以外は、単なる風評被害でしかない。
もし姉の責任ならば、できれば姉が解決するのが筋なのだが、相手側の恨みが強すぎて話が通じないのがつらいところだ。これが理不尽な姉を持った弟の宿命なのだろうか。
「まあいい。お前らが考えを変えないつもりなら、どうせ実力で排除するだけだ。文句があるならかかってこいよ」
「アンシュラ―――オォォオオオオオオオオン!!」
感情が爆発した少年は、再び正面から突っ込んでいく。
アンシュラオンも、それに対して真正面から対応。
少年の拳を余裕をもってかわすと、入れ違いざまにカウンター、一閃!
瞬間的に強烈な戦気を込めて放たれた一撃は、少年の顎を捉えた。
メキメキゴリゴリと骨にダメージが浸透していくのを感じながら―――振り切る!
「ァッ―――?!!!」
少年の脳が揺れ、視界が歪んで回る。
見た目は少年でも、おそらく中身は魔獣に近い彼の脳が、衝撃を吸収しきれずに悲鳴を上げていた。
そして、撃沈。
バターンと受け身も取れずに地面に崩れ去る。
まさにワンパン。アンシュラオンが彼を倒すのに必要な攻撃回数は、たった一回であった。




