417話 「最後のピース その4『災厄と戦う者たち』」
(あらゆる面で、そつなく能力が高い。広域破壊にも対応しているし、こいつなら三大魔獣にも勝てるだろう)
ステータスも高いうえにスキル構成が完全に『戦闘特化』でもあるため、攻防力がどんどん上昇していることが体感でわかる。
そもそもアンシュラオンの一つ下である第四階級の『魔戯級』なので、レベル帯が根本から違う。彼が錦王熊を相手にしても動じなかったのは、それ以上に強いからだ。
(しかし、こいつらが魔獣の力を組み込んでいるのは間違いないとしても、どう考えても普通の敵を相手にする戦力じゃない。最低でも殲滅級を想定しているはずだ)
今は翠清山の魔獣たちと交戦しているが、討滅級の彼らに使うにはやや過剰な力だ。
それは普通の魔獣の枠組みを超えた先、たとえば『デアンカ・ギース〈草原悪獣の象蚯蚓〉』のような超危険種の討伐を想定していないとおかしい出力である。
その根拠はステータスだけではなく、異能にある『災厄耐性』や、彼らがたびたび口にする『災厄』という言葉だ。
災厄への憎しみ、災厄への怖れ、災厄への怒りが、彼らの言動の節々から見て取れるのだ。これほど災厄に対してナーバスになる存在といえば、もはや考えるまでもない。
(異名に『マングラスの双龍』とあるからな。ソブカと同じくグラス・ギースの勢力なのは確実だ。それならば災厄への感情も理解できる。これだけの戦力を有していたとは驚いたよ。だが、そのわりにはこんな場所にコソコソと隠れていた。何か臭うな)
「どうした災厄の魔人! そんなものか!」
コウリュウの臨気が迫ってくる。
それに対抗する方法は簡単だ。最上位属性には最上位属性をあてればよい。
アンシュラオンは命気壁を展開して臨気を遮断。ジュウジュウと命気が蒸発するが、それ以上は進ませない。
だが、コウリュウはその三倍以上の量の臨気を生み出し、命気を呑み込もうとする。
(全力で向かってくるつもりか? これ以上は付き合っていられるか。せっかくの隠密行動が台無しだ)
熊神との戦いからもわかるように、なるべく消耗を避けたいのだが、相手はなぜかすべてをぶつけて向かってくる。
そのうえこれだけの被害が出れば、遠くからでもこちらの位置が丸見え。これ以上、勝負を長引かせると厄介だ。
アンシュラオンの命気が輝きを増していく。
が、それと同時に圧縮されて小さくなり、最終的には自身の身体を覆うだけの膜になってしまった。
「それで防げると思っているのか! そのまま焼け死ね!」
コウリュウは、さらに膨大な量の臨気を放出。
力の大半を攻撃に割り当て、敵を焼き尽くす灼熱の大渦を生み出した。
森を蒸発させながら大地が溶け出してマグマになり、地形が大きく変わるほどの圧力が空間を席巻。
広範囲攻撃なので、これはかわそうとしてもかわせない。アンシュラオンも完全に呑み込まれる。
コウリュウが述べたように、まさに大地を焼き尽くしたかつての『災厄魔獣』の力が顕現しているのだ。
(あの日の屈辱を忘れたことはない! 災厄に打ち勝つためだけに無様に生き延びたのだ! なんとしても、ここでやつを討つ!)
コウリュウは並々ならぬ強い意思で戦っていた。だからこそクルル相手にも使わなかった『疑似転神』まで使っている。
その根幹には、災厄に対する怒りと恐怖があった。
スザクが疑問を抱くように、グラス・ギースが発展しないのは内向的な都市政策のせいだ。
ただし、領主のアニルはDBDを受け入れたりもしているので、どちらかといえば革新的といえる。問題は、こうした特殊な力を隠し持っている『裏側の組織』にある。
大災厄後、表向きは城壁を建造して引き篭もったように見えたが、密かにグラス・タウン時代の技術を受け継いだ者たちは、災厄への復讐を忘れずにいる。
逆にそれらの技術が外に出ないように、彼らはさらに引き篭もった。表側の世界など彼らには最初から興味がないのだ。
その中でもコウリュウたちは、もっとも危険な手段での対抗策を考え出した。
(災厄を受け入れることで『厄災』と化す! たとえ相討ちになろうとも災いを滅するのだ!)
『厄災』も『災厄』も内容は同じだが、災厄をひっくり返してわが物とする、という意味合いで『厄災』という言葉を使っているようだ。
厄災の力は強すぎるため、耐えられずに今まで多くの仲間が死んでいったが、双子のコウリュウとセイリュウだけが『双龍』の力を受け継ぐことに成功。
もし再び悪獣たちが攻めてくれば、この力を使って撃退するために。
そして、災厄の魔人が出現した際には、こうして仕留めるために。
コウリュウには復讐のために費やした三百年以上の月日がある。それだけの間、ずっと鍛錬と強化を欠かさなかったのだから強いのは当然だろう。
だがしかし、そんな彼の想いすら簡単に打ち破る力が存在する。
渦巻く臨気の中に光るものが見えたと思った瞬間、コウリュウの身体に何かが突き刺さり―――貫通!
それは一回や二回ではなく、次々と刺さっては身体に穴をあけていく。
(これは何事だ!?)
周囲は臨気に覆われているので何が起きたのかわからない。
コウリュウは臨気の放出を一時止め、再度向かってきた『何か』を蛇矛で切り払うと、ガキンと硬質的な音が響く。
(金属? 武器か!?)
硬いものだが形がはっきりしない。感覚的にはナイフのようであったが、臨気の中を通り抜けられる武器があるとも思えない。
コウリュウが困惑していると、焦土と化した大地から一つの球体が浮き上がる。
球体は水晶のように周囲の光を七色に反射しており、傷一つない美しい状態だ。
それがバリンと割れると、中からアンシュラオンが出てくる。よくよく見ると、球体の厚みは一センチもない程度だ。
(まさか! あんな薄い膜で、この量の臨気を防いだのか!? ありえぬ!! 上手く隠れたようだが、次は確実に叩き割ってくれる!)
コウリュウは臨気で強化した蛇矛で攻撃。
剛腕と技術を兼ね備えた強撃が迫る。
アンシュラオンは卍蛍で迎撃。蛇矛を叩き返す。しかし、さきほどまでのように刀身が赤くならない。
コウリュウが臨気を放つたびに、七色の輝きを帯びた剣が渦を切り裂き、ぱっくりと大きな隙間を生み出す。
そこに取り出した火乃呼製の槍を投擲。
槍は臨気を削りながら突き進み、コウリュウの身体を貫通!
続いてダガーを投げるが、こちらも臨気ごと貫く。
「ぐっ…! な、なぜ…! なぜ臨気で消滅しない!」
森を見てもわかるように、臨気は触れるものを消失させる力だ。それを貫くのだから尋常ではない。
だが、アンシュラオンからすれば驚くことは何もなかった。
「たしかに臨気を使えることには驚いた。山を降りてから最上位属性を使ったやつはお前が初めてだよ。だが、それだけだ。はっきり言うが、【お前の臨気は姉ちゃんの一割くらいの力】だ。オレから見れば、ギリギリ臨気になっているかどうかの紛い物さ」
同じ臨気でも使い手が違うのならば『質が異なる』のは道理だ。戦気一つにしても、アンシュラオンとサナとでは天地の差があるだろう。
そして、コウリュウの吐き出す臨気は、パミエルキにとっては指先一つで出す程度の力にすぎない。
パミエルキもアンシュラオンに対しては手加減していたが、さすがに一割はない。最低でも五割の力で殴ってくる恐るべき姉であった。
その姉と対峙していたのだから、対抗策はすでに身に付けている。
「オマケだ。お前に『命気での戦い方』を教えてやる」
アンシュラオンが卍蛍を構えると、剣気の裏側、刀身の表面には『クリスタルの輝き』。
これは【命気結晶】と呼ばれるもので、通常の命気を百倍以上に圧縮することで結晶化を促す技である。
以前パミエルキが命気を結晶化させて臨時の武器にしていたが、水が氷になるのと同じく、固めることで非常に強固になる性質がある。
こうして剣の表面をコーティングすれば、臨気の影響から刀身を守ることもできるのだ。
「炎の量を上げれば―――」
コウリュウが臨気の量を増やそうとするが、いくらやっても結果は変わらない。
生み出した命気結晶の膜で簡単に防がれるだけでなく、結晶の一部が砕けて散弾のように放射されると、臨気を貫きながらコウリュウの身体に突き刺さる。
その隙にアンシュラオンは接近し、卍蛍一閃!
臨気ごとコウリュウを切り裂くと、灼熱の血液が噴き出して宙に舞い、炎となって消えていく。
「お前のものは薄いのさ。いくら量を増やしても質を上げなければ意味がない。力の本質は、小さく鋭く―――速く!」
アンシュラオンが、面白いようにコウリュウの身体を切り裂いていく。
すでにコウリュウの顔に余裕はなく、必死になって蛇矛で身を守ろうとしているが、『災厄遺物』の蛇矛でさえ、卍蛍の一撃を受けるたびに大きな傷が生まれていった。
命気によって強化された卍蛍が、単純に蛇矛の硬度を上回っているのだ。
しかも命気には伝導率を上げる効果があり、剣気をさらに強化。ただでさえ膨大な剣気がより鋭くなれば、もはや防ぐすべはない。
蛇矛の上から強引に斬りつけられ、コウリュウから出血が止まらない。
彼には『自己修復』能力があるため放っておけば回復してしまうが、アンシュラオンはそれも許さない。
足元から通常の命気が放出されて身体に絡みつくと、傷口に入り込んでから結晶化。
これは傷口を塞いでいるのではなく、その逆。
ストロー状に固まった命気の筒から、血が噴射!!
異物が入り込んだことでその部分だけ修復されず、なおかつ結晶は燃え尽きないので血の流出がますます止まらない。
「ぐおおおっ!」
自らの炎の血で真っ赤に染まったコウリュウが悶える。
気質の制御も甘くなり、でたらめな方向に拡散されて威力も減衰。完全に失速する。
「水は何にでも形を変えられる万能の力だ。使い手次第でこうも化けるのさ」
アンシュラオンが掌から『命気弾』を放出。
それは空中で分裂し、何十にも分かれた枝が結晶化しながらコウリュウに突き刺さる。
ただ刺さるだけではない。体内に入り込んだ際に分裂して蜘蛛の巣状に複雑に絡まり合い、再び体外に出てから完全に結晶化。
それにより再生どころか、身動き一つ取れなくなってしまう。
覇王技、『水覇・分流命槍樹』。
右腕猿将の群れに使った『水覇・分流槍』の上位技で、命気で作った槍で敵を貫きつつ固めてしまう因子レベル6の技だ。
その姿が『樹』に寄生されたように見えるため、このような名が付いたといわれている凶悪な技である。
そして、最後の仕上げ。
細胞に浸透させた命気が―――バリンッ サラサラ
コウリュウの肩が、粉雪のように細かい粒子になって砕け散る。
「命気は『細胞系』の技だ。身体に浸透させることができるのならば、その要領で細胞の一つ一つを隔離することもできる」
ついついマキの鉄化能力に注目しがちだが、命気はそれ以上に細胞に特化した気質である。
こうやって固めて『細胞分解』を促せば、彼女とは正反対に細胞一つ単位でバラバラにすることができる。
命気を攻撃に転用すると、ここまで怖ろしい技になるのだ。水の最上位属性の名は伊達ではない。
「ば、馬鹿な…厄災の力を取り入れた私が! なぜこうも簡単に! おのれぇえええ! 災厄の魔人め! 貴様は! 貴様だけはぁあああ!」
「その段階から何かおかしいぞ。オレは災厄の魔人じゃ―――」
「コウリュウはやらせない!」
ここで群青装束の少年が飛び出してきた。
もともと血気盛んであったが、コウリュウの力が広域破壊だったために迂闊に近寄れなかったのだろう。今度こそ勢いよく殴りかかってくる。
アンシュラオンはひとまずガード。彼の高速打撃を防いでいく。
「当たれ、当たれ、当たれぇえええええ!」
少年はムキになって殴りかかるが、ただ速いだけの攻撃は通用しない。
アンシュラオンには、かわしながら相手を観察する余裕まである。
「お前は誰だ。どうしてオレの名を知っている」
「問答無用! お前だけは許さん!!」
(ここまで憎まれることをしたか? うーん、やっぱり声に聞き覚えはないよな。まあ、子供とはいえ男の声なんて覚えないけど)
ソブカやロリコンといった、それなりに付き合いがある者ならば覚えるが、何度考えても少年と出会った記憶がない。
しかも自分を災厄の魔人と叫んでいることからも、ますます姉による風評被害説が濃厚になってきた。
「それより下半身が疎かだぞ」
少年の拳をいなしながら、鋭いローキック一発。
攻撃のタイミングに合わせたため、見事に膝に命中。
ビシッと骨に亀裂が入る音が響くが、さりげなく全力の戦気を出しているので、ヒビが入るだけで済んでいることのほうがおかしいともいえる。
「ぐっ! このっ!」
少年は、今度は腰を落として打ち合いの構え。
即座に下段への対応もしてくるあたり、身体能力だけではなく戦闘経験値も高いことを示している。
ただし、それでは遅い。
腰を落としたということは、フットワークを犠牲にすることを意味する。
あらゆる状況に対応するために、常に体重移動をフラットにしているアンシュラオンは、易々と少年の背後を取る。
「っ…!」
少年は、完全に死に体。
どこにでも打ち込み放題である。
「若!」
そこにコウリュウが助太刀。アンシュラオンの背中に襲いかかる。
水覇・分流命槍樹を強引に抜け出してきたので、身体はボロボロ。
削げ落ちた真っ赤な筋肉と噴き出す炎の血で、もう何がなんだかよくわからない状態に陥っている。このような怪我を負ってまで守る価値のある人物なのだろう。
されど、無謀な突進をしたコウリュウは、少年以上に隙だらけ。
アンシュラオンはバックステップを踏んで、背後にいたコウリュウにドスン。
自ら身体を打ちつけ、密着した状態で後ろ手に発気。
背面への―――『水覇・双檄波紋掌』
本来は前面に向かって放つ一撃だが、原理さえ理解してしまえば背面にも打つことは可能である。(普通はできない超高等技術)
「っ―――はっ!! ごぼっ…」
これでコウリュウは戦闘不能。
今までに受けたダメージが大きすぎるうえ、波紋系の技によって『自己修復』が破壊されてうずくまる。




