415話 「最後のピース その2『一対三十』」
黄装束の集団は、アンシュラオンが間合いに入った瞬間には、いきなり襲いかかってきた。
まずは右腕が長い鎌になっている男と、同様に左腕が長い鎌の男が、挟み込むように攻撃してくる。
彼らの一撃は錦熊の首すら一撃で撥ね飛ばすほどだ。間合いも変化するので読みづらいうえに攻撃力が極めて高い。
しかし、こちらもすでに戦闘態勢。
アンシュラオンは火乃呼製の剣を取り出し、右腕の鎌を弾くと、戦硬気で強化した足で左腕の鎌を弾く。
ただ弾くだけではない。剣で弾いた勢いのまま剣衝も放っており、右腕鎌男を切り裂いていた。
それだけにとどまらず、振り払った時には剣を左腕鎌男に投擲。剣気で覆われた鋭い一撃が胸に突き刺さる。
右腕鎌男は、身体から黄色い血液を噴き出してうずくまる。剣が刺さった左腕鎌男も、深手を負って動けなくなった。
が、敵もかなりの手練れ。
こうなることを想定していたのか、両腕がハサミ状に変化した男がカバーに入っており、ハサミ同士を打ちつけることで衝撃波が発生。
広範囲の攻撃が周囲の木々を薙ぎ倒しながら、こちらに迫ってくる。
アンシュラオンは空中で発気。
戦気の勢いを利用して上空に舞い上がってかわすと、敵に向かって掌から水気を放つ。
覇王技、『水檄波』。
因子レベル1の『水流波動』を強化した因子レベル2の技で、より水気を凝縮することで貫通力を増した『雷貫惇』の水版のような技である。
いきなり攻撃してくる相手に遠慮することはない。
本気で放った水檄波は、ハサミ男の顔面に直撃。
あまりの威力に男は吹っ飛ばされて倒れ込む。その時にフードが破壊されて顔が露わになった。
(仮装…ではないか。やはり普通の人間とは言いがたいな)
男の頭部は、腕のハサミから想像していた通り、甲殻類に似た『何か』だった。海老なのか蟹なのかよくわからないが、少なくとも人間の頭部ではない。
事実その耐久力は、そこらの武人を数段凌駕している。
いくら低出力モードとはいえ、アンシュラオンの水檄波を受ければ頭部ごと吹っ飛ぶはずだが、男の顔は半壊にとどまっているようだ。これは中位魔獣以上の防御力といえる。
しかし、その異様さに戸惑っている暇はない。
囲むように展開した黄装束の者たちが、手から真空の刃や空圧を放ってくる。
一発一発の威力はともかく攻撃速度が極めて速く、マシンガンのごとき速射性が厄介だ。
アンシュラオンは回避できるものは回避しつつ、避けられないものは戦気壁を展開して遮断。身体に到達させない。
回避性能に優れるアンシュラオンに当てるのだから、数が多いことを考慮してもなお、命中精度がかなり高いことがうかがえる。
(これは技じゃない。戦気を使っていないぞ)
ここで気づいたのは、彼らの攻撃は覇王技でも剣王技でもないことだ。
思えば、さきほどの鎌も衝撃波も戦気が含まれない攻撃だった。
それにもかかわらず一撃の威力は技と同等以上に高く、外れた攻撃を受けた大きな樹木がズタボロになっているのが見える。
グレートタングルですら落とした攻撃なのだ。弱いわけがない。それを連射していることも脅威といえる。
ただし、これは牽制。
一斉射撃でこちらの動きを封じている間に、突進してくる男がいた。
装束を着ているので根本がよく見えないが、肩口からもう一本の腕が生えた『三本腕』をしている奇妙な男だ。
その三本腕はそれぞれに刀を持ち、高速斬撃を打ち込んできた。
アンシュラオンは両手に戦刃を生み出して対応。
敵の三回攻撃を二手刀で軽くいなすが、凄まじい剣撃の余波で地面が抉れるのがわかる。もし防御の戦気がなければ、それだけで身体中を切り刻まれていただろう。
(こいつもかなりの腕前だ。クラマ並みの速度かつ、斬撃の威力も高い。不規則に変化する三本目の剣撃も読みづらい。ただ、剣士の技量というよりは、腕力で強引に軌道を支えているって感じだな)
根底にあるのは、単なるパワー。
ガンプドルフのような剣豪としての凄みもなければ、卓越した技量も鋭い駆け引きもない。ただ速いだけの攻撃など簡単に対応できる。
アンシュラオンは、攻撃をいなしながら右足で前蹴りを放つ。
三本腕の男はどうやら攻撃タイプ。手数で圧倒することで敵からの反撃を防ぐ戦い方をしているようだが、ここまで容易に対処されるとは思わなかったのだろう。
タイミングをずらして放たれた蹴りにはまったく反応できず、まともに受けてしまう。
足にも戦刃を発動させていたので、腕の一本をスパンと切断。敵の優位性を完全に奪った。
切断面からは紫の血が噴出。やはり人間のものではない。
男がよろけたので、その隙に左足で蹴り飛ばして、こちらを攻撃しようとしていた別の男に激突させて妨害。
だが、次の瞬間、背後に気配が生まれた。
後ろには三メートル以上はある大きな男が立っており、アンシュラオンを拘束しようと両手を伸ばしてきた。
男の手にはいくつもの穴があいており、掃除機のように吸い込むことで敵を吸着させることができるようだった。
しかしながら、さすがに図体がでかいせいか、動きが遅い。
「男が触るな」
アンシュラオンは地面すれすれまで身体を屈め、回転しながら蹴りを放って敵の膝を破壊。
どんなに頑丈な身体をしていようが、膝という支えを失えばよろけるものだ。
男の身体が沈み込むのに合わせて、アンシュラオンが飛び跳ねて蹴りを放つ。
覇王技、『赤覇・空蹴烈波』。
空中回し蹴りの一つで、上空に飛び跳ねるように放つ因子レベル3の技だ。
ただ蹴るだけならば、因子レベル2の下位技に『赤覇・空蹴打』というものがあるが、この空蹴烈波は蹴ると同時に戦気を放射状に放つことで成立する。
凄まじい蹴りを受けるだけで顔面が潰れ、さらに強烈な戦気が襲いかかって粉砕。
が、この大男も普通の人間ではなく、頭部がゾウに似た様相。
やたら皮膚が硬かったせいで完全破壊には至らず、表面の筋肉が削がれる程度で済んでしまう。おそらくは錦熊すら上回る耐久力である。
(どう見ても人間ではないな。かといって完全に魔獣というわけじゃない。この前戦った魔神に少し似ているが、それとも雰囲気が違う)
印象としては、鬼美姫や竜美姫の劣化版。
あそこまで完成されていないが、それでも魔獣と人間の力が上手くブレンドされており、身体能力の劇的な向上と珍しい能力が共存していた。
一人一人がグランハムと同レベル帯の武人かつ右腕猿将級の特殊個体、といえばわかりやすいだろうか。
(単体でもかなりの強さだが、それ以上にコンビネーションが成熟している。相当練度が高い集団だ。傭兵団でもこれほどの連中は見たことがない)
これだけ強いのならば、翠清山で出会うどの魔獣にも対応が可能と思われる。少人数で動くだけのことはある。
唯一の不運は、出会ったのがこの男だということ。
アンシュラオンは、襲い来る黄装束の者たちを次々と撃退。
透明になって隠れていた魚顔の男を無限抱擁で探知して、戦刃で両足を切り落とす。
続いて真正面から突進してきた怪力の虎男の爪を砕き、さらに噛みつこうとしてきたので、逆に蹴りを叩き込んで牙をへし折ってやる。
両腕が翼の鳥男も飛んできたが、水気の散弾でズタボロにして墜落させる。
周りを囲んでいた者たちも、他の者たちと戦いながら位置を計算した中距離攻撃にて、一人ずつ確実に排除していった。
気づけば、深手を負った黄装束の者たちが十何人も地面に転がっている状況。まさに返り討ちである。
「なんだ、だらしない。お前たちから仕掛けてきたんだぞ。もう少し歯ごたえを―――」
「アンシュラ―――ォオオオオオオオオオオオオンッ!!」
「っ!」
突然の怒声に振り向くと、そこには一人だけ群青装束に身を包んだ小柄な少年が立っていた。
フードの隙間から覗く彼の目は激怒の赤に染まっており、もともとの青い瞳を今にも焼き尽くしてしまうほどだ。
(子供? クラマ以外にもこんなやつがいたのか? いや、それよりも今、オレの名前を―――)
だがその疑問は、背後からの強烈な殺気によって即座に打ち消される。
アンシュラオンは反射的に蹴りを放つが、足には押し返される感覚。
「【災厄の魔人】!! こんなところで出会うとはな! ここが貴様の墓場だ!」
その気配の男コウリュウは、アンシュラオンの蹴りを強引に腕力だけで弾き、殴りかかってくる。
アンシュラオンは身体を捻って回避しながら反撃。
戦気を使い、空中で軌道を変化させて放った蹴りが、コウリュウの顔面にクリーンヒット。
が、今回も分厚いタイヤを叩いたような感触だけが残る。
フードが吹き飛び、長い黒髪の美青年の顔が見えたが、頬には軽く擦れた跡が残る程度。
彼が蹴りをよけなかったのは、受けきる自信があったからだ。
そのままコウリュウは、アンシュラオンの腹に拳打を放つ。
錦熊の身体すら軽々と破壊する剛腕である。くらえばただでは済まない。
しかし、アンシュラオンは手に命気を展開し、ガードしながらぬるっと敵の腕を滑って回避。
一瞬で背後に回り込むと、がら空きの背中に鬼美姫にも使った『六震圧硝』を叩き込む。
本気の一撃だったこともあり、下位の討滅級魔獣程度ならあっさりと爆散する威力であるが―――
「ふんっ!!」
コウリュウの背中が筋肉で盛り上がり、打撃をすべて受けきる。
拳の威力を霧散させるだけではなく、戦気の衝撃波も弾き飛ばし、服を破るだけでとどめてしまう。
そして馬の如く、前を向きながら後ろ足で反撃。
鋭い攻撃に回避が少しだけ遅れ、アンシュラオンの胸に激突。
その衝撃で服がわずかにほつれた。相手の攻撃が防御の戦気を貫いた証拠である。
アンシュラオンは回転して着地すると同時に反撃。
今度は戦刃で攻撃するが、コウリュウも手に灼熱の炎をまとって対応。
『炎刃』を生み出して戦刃を弾き返しながら、回し蹴りを放ってくる。
アンシュラオンも蹴りで迎撃。脛でガードしてから距離を取る。
が、その直後には、コウリュウが身体を目一杯伸ばし、全体重をかけた直突きを放ってきた。
百九十センチはあろうかという長身なので、そのリーチはアンシュラオンより長い。
アンシュラオンは直突きをガードするが、恵まれた体躯から放たれた一撃は強烈。飛ばされて木に激突する。
足で着地したので衝撃は吸収したものの、コウリュウの拳は炎をまとっている。受けた腕にはしっかりと焦げ目が残っていた。
どうやら技ではないようだが、覇王技の『炎竜拳』に匹敵する威力である。
炎竜拳は、因子レベル2の『炎龍掌』で広域に放つ炎気を拳一点にまとめたもので、打撃とともに炎を叩きつける単体バージョンの技だ。
コウリュウのものは単純にパワーと発した炎だけで構成されているので、技のモーションが必要ないのが強みになっていた。
「ここで会ったが百年目。…否、三百年の恨みを晴らしてくれる。貴様には地獄の炎ですら生ぬるい!」
コウリュウの体表で炎が蠢く。
これも炎気ではないが、それに匹敵する力である。見た目は人間そのものだが、この男も何かしらの異能を持っていると思われた。
(こいつ、強いな。細身に見えるが中身は筋肉の塊だ。身体能力では剣士のおっさんより上かもしれない。これは面白い!)
格闘を主体にしていることから戦士なのは間違いなく、運動性能と攻撃速度では確実にガンプドルフを上回っている。耐久力も文句なしに抜群だ。
戦闘経験値も非常に高く、こちらの動きを読むこともできるので攻撃が当たる。その段階で強さが段違いなのがわかるだろう。
久々の強者と出会い、アンシュラオンは笑う。
しかも戦い方は若干野性味が溢れるが、正統派の中国拳法に通ずるものがある。
これは陽禅公の基礎的な動きであり、彼に師事していたアンシュラオンと動きが似ていることを示すので、戦っていて妙に噛み合うのだ。
アンシュラオンが地面に降りると、すっと気配が変わった。
戦気の色が赤白に変わり、ビリビリとした強者同士のプレッシャーが周囲に満ちる。
それを察したコウリュウも構え直して様子をうかがう。すぐに攻撃を仕掛けないところも熟練の武人を彷彿させる。
他の黄装束の者たちは、誰もがその圧力に負けて近寄れない。




