413話 「一騎当万 その3『もっとも効率的な戦い方』」
(身体が軽い。完全に見える世界が違うな。これが姉ちゃんたちの『通常速度』か)
能力が二倍近くにまで上昇したアンシュラオンが体験しているのは、姉やゼブラエスといった超超超一流の武人が到達する第一階級『神狼級』の世界だ。
ここは桁が違う。世界そのものが違う。流れる時間が違う。
第六感を含めた超感覚が日常になり、当たり前のように音速を超えて光速に至るようになる。
敵の動作だけではなく思考すら視認できるようになり、体内の臓器や血管、神経、そこを流れる生体磁気すら事細かに感知できる。
あくまで一時的な能力向上ではあるが、初めて感じる最高峰の力に思わず身震いする。
(すげぇ! こんなに楽しい世界にいたら、そりゃ脳筋や戦闘狂になるよ。師匠が火怨山にこもった理由もわかるな。戦い以外に興味が抱けなくなったんだ)
寝食を忘れるほど闘争に夢中。
そこでしか得られない快感に身を浸し続ける戦闘中毒者。
そんな危ない連中だけが武を極めることができるのだ。
が、それはそれでよいものの、アンシュラオンが心底求めるものではない。
(闘争も楽しいけど、オレは可愛い子たちとイチャラブしているほうがいいなぁ。今はサナを育てるのが一番の楽しみだからね)
強さを求める理由は人それぞれ。
アンシュラオンの場合は目的(イチャラブと金儲け)を達する手段であり、ゼブラエスほど武に傾倒しているわけではない。
好きな工作はいくらでも没頭できるが、こうしたやりたくもない単純作業はイライラするものだ。獣臭いのも嫌になってくる。
(さすがに数が多すぎるし、能力が上がった分だけ『消耗は倍増』だ。姉ちゃんやゼブ兄みたいな無尽蔵の体力ならいいけど、オレにガチムチ闘法は無理だな。こういうときは、やはり闘人がいい)
能力上昇系のスキルは極めて有用ではあるが、当然ながら身体にかかる負担まではカバーしてくれない。たいした敵でもないのに倍疲れるのは本末転倒である。
アンシュラオンは拳で岩壁を砕き、大きな岩を捻出。
それに命気を浸透させていくことで、土の闘人ジュダイマンを生み出した。
他の三闘人と比べて、ジュダイマンだけは材料を使うことで燃費を抑えることができるため、消耗戦では非常に役立つ闘人といえる。
ジュダイマンは四脚を地面に突き刺し、地盤を泥に変化させる。
泥はどんどん敵陣を浸食。
足場を崩すことで走れないように妨害しつつ、傾斜を利用して土石流を生み出した。
「グオッ!?」
「グォォオオ!!」
流れるプールのごとく、大量のエポラーテルが崖下に落下。
空中にいた蜂たちも土石流に呑まれたり、巣を追って一緒に落ちていく。
続いてジュダイマンは雷撃を放射。
雷貫惇を巨大化させたような太い稲妻が敵陣を貫き、数百頭が感電死。その余波を受けた個体の動きも封じていく。
そこに岩の砲撃をズドン!
命気で作った導線と雷気を使い、レールガンの要領で発射された岩石は敵を粉砕しながら突き進み、最後は爆散して多くの敵を道連れにする。
何度か砲撃を繰り出すとジュダイマンが変化を開始。
琴礼泉で見せた『武装闘人』へと進化し、身体中に設置されたいくつもの砲台が火を噴く。
設定されたアルゴリズムに従い、敵の強さに応じて威力を変えることで消耗を最小限に抑えるだけではなく、砲弾の形状すら自ら思考。
エポラーテルには、より細く、より鋭く。
太い針のような岩を発射し、その厚い脂肪を貫いていく。
材料はそこらに山ほどあるため、まさに無限砲台と化して次々と敵を撃破。目の前には破砕された屍の山が築かれていった。
スペースに余裕ができたことでアンシュラオンも動きやすくなり、敵の首だけを切り落とす戦術にシフト。
こちらも最小限の低コストの動きで、淡々と敵を削っていく。
そもそも闘人操術とは、駒を増やしてリスクを減らし、より多くの敵に対応するために生まれた技である。ここで使わない手はないだろう。
※ゼブラエスは闘人を使えない。遠隔操作の才能が必須。
(できるだけ無理をしたくない派のオレには、こっちが合っているな。いくら能力が向上しても自分の身体で戦えば、それだけリスクが増すことを意味する。闘人なら壊れてもまた作り直せばいいし、万一の時には盾にもできる。うん、このほうが生存率が高い)
アンシュラオンの戦い方は、理不尽な姉の暴力(愛情表現)に対抗するために生み出されたものなので、ひたすら身の安全を第一にしている。
どうせパワーでは姉に勝てない。違う方向性で強くなったほうが効率が良いのだ。
闘人を使ったせいで『一騎当万』のスキルが効果を失ったものの、半分を闘人が負担してくれるので精神的には楽になる。
今度はガンクズリが出てきたので、それを切り裂き。
グスマータ・デビルが出てきたので、それを叩き斬り。
モフスキャッパが出てきた頃には、だんだん面倒になってきたので、ストレス解消で蹴り飛ばして崖に落とす等々、少しずつ倒し方が雑になっていくのもアンシュラオンらしい。
つまりは飽きてきたのだ。
(こんな作業が楽しいわけがない。なんでオレは山で戦っているんだ。早くサナを抱っこして、あの温もりを味わいたいよおおおおお!)
金儲けとサナの育成のためである。ここは我慢していただきたい。
そうこうしていると、ついに錦熊ことローム・グレイズリーたちが出てきた。
強引に前に出てきたせいで眷属が押されて崖から落ちているが、そんなことはおかまいなしに突っ込んでくる。
気づけば熊神の軍勢は、半ば瓦解。
ただでさえ緩んでいたところを奇襲されただけではなく、アンシュラオンが強すぎたことで眷属たちの気力が萎えに萎え、戦闘意欲が完全にゼロになってしまったようだ。
もう飛びかかってくる個体さえいなくなっていたので、士気の維持のために中核部隊が出てくるしかなくなったのだろう。
ただし、その目にはまだ理性の光が残っていた。
(こいつらは完全に暴走していないようだな。何がトリガーになっているんだ? それとも自由に決められるのか? その見極めができないと、どこまでやっていいのか迷うな。まあ、せっかく出てきてくれたんだ。とりあえずローム・グレイズリーの力を試してみるか)
本来は銀鈴峰で戦う相手だったのだ。興味がないわけではない。
まずは普通に剣撃を放ってみる。
対する錦熊は銀の盾を生み出して抵抗。
剣は盾に食い込みながら錦熊の腕を切り裂いたものの、切断には至らず、今までのように一撃で倒すことはできなかった。
こちらの攻撃の流れが止まると、今度は『銀の飛弾』を放って押し出そうとしてくる。
それらは水泥壁で防いだが、押す力はなかなかに強く感じられた。
一頭や二頭程度ならばまだしも集団に集中砲火されてしまうと、アンシュラオンでも吹き飛ばされてしまうかもしれない圧力だ。
(変わった攻撃をしてくるな。これで敵の体勢を崩してから突進、がやつらの戦法か。群れでの狩りに慣れているようだ)
ここは道幅が比較的狭いので完全包囲はできないが、群れでの連携はかなり動きが良く、常に五頭から十頭で囲もうとしているのがわかった。
アンシュラオンは敵の包囲をあっさりと抜けて、あえて盾を狙って攻撃。
剣で思いきり斬ってみると、一撃目で亀裂が入り、二撃目で破壊に至り、三撃目で腕を切り落とすことができた。
(卍蛍を使えば普通のグラヌマなら一撃だから、この剣で三回はどうなんだ? 剣気も減らしているし、ちょっと判断が難しいけどグラヌマより防御が固いのは確実だな)
グラヌマの『斬撃耐性』を考慮しても、総合的に見れば錦熊の防御力のほうが上だろう。
データでも確認してみたが『ローム・グレイズリー〈銀盾錦熊〉』の防御は『AA』となっている。
討滅級魔獣の通常種にしてはかなり高いほうだし、スキルの『銀大盾』の耐久性も加わると、体感では『S』に近い防御性能だ。
続いて拳(低出力モードの通常攻撃)で叩いてみると、四発目で盾の破壊に至り、五発目で顔面を粉砕して絶命させることができた。
(弾力があるから蹴りも感触が鈍い。これは『物理耐性』のせいだな。このレベルになると耐性があるのは当たり前だ。そこらの傭兵やハンターじゃ対応は厳しいかもしれない)
警備商隊やアサシンメイド部隊で、ようやくまともに戦えるレベルになるだろうか。それでも術具や術符を使わないと、満足にダメージを与えることができないと思われる。
攻撃自体は、盾での突進と爪と牙だけなのでグラヌマには到底及ばず、ヒポタングルのような空の優位性もないが、この耐久力はかなりの脅威となる。
それが二千頭もいるのだから、やはり錦熊の軍勢は強い。
(そういえばスザクたちは、ハンター用の爆破槍を大量に使う予定だったらしい。専用の武器も開発したそうだが、それでもかなり苦労しただろうな)
こんな敵に海軍が用意していたのは、通常の二倍の大納魔射津を搭載した改良型の爆破槍だったそうだ。
さすがに海軍も、この防御力を攻略するためには『爆弾』というシンプルな解答しか見つけられなかったらしい。
たしかに強い力を砕くにはより強い力を当てるしかないが、血みどろの泥仕合になっていたのは簡単に想像できる。実現していれば双方に多くの犠牲が出たことだろう。
次に少し力を解放して、『覇王・滅忌濠狛掌』を放ってみた。
前方三メートルに対して、空間を歪めるほどの圧力が発生し―――
「グォオ―――ッ?!」
断末魔が途中で掻き消えるほど、盾ごと一瞬で消滅。
残った下腹部だけが、バタンと倒れて絶命する。
(これだと技のほうが強すぎる。敵の身体も大きいし、上手く巻き込めても、もう一頭しか倒せないんじゃ効率が悪いにも程がある。さて、こいつらを殺すにはどの攻撃が最適かな)
アンシュラオンの流儀は、適切な力で相手を殺しきることだ。言い換えれば「過度に疲れないこと」が重要と考えている。
続いて因子レベル4の『烈迫断掌』を放ってみた。ア・バンドの雑魚にも使った前方扇型の範囲技だ。
錦熊は予想通り防御型のようで、敵が間合いにいない時は防御を優先する。
烈迫断掌に対しても真っ先に盾を構えて、最初から防御の姿勢。
盾で防げない部位は、爆竹のように細かく炸裂する戦気によってズタズタに破砕されたものの、ボロボロになりながら多数が生き残った。
この段階で、錦熊たちがア・バンドの雑兵より数段強いことがわかるだろう。盾技を使わないシダラ級の耐久力はあると見ていい。
(死んだのは最前列にいた数頭か。集団戦闘ならまだいいが、これも効率が良いとは言いがたいな。防御が固いのは生物として大きな利点だ。サリータもこれくらい耐えてくれればいいんだが…)
正面からの攻撃に対して、盾は最強の武具といえる。
これを打ち破るには最低でも因子レベル4以上の力が必要で、それを何十何百と連続して撃ち出すことを考えると燃費が悪すぎる。
となれば、違う方法を模索するしかない。
次は俊敏性とフェイントを使って、敵の圧力を掻い潜って直接首を狙う方法だ。
他の個体の身体を足場にして一気に角度を変えてからの、高速斬撃。
不意をつかれた錦熊は、何の抵抗もできずに首を撥ね飛ばされて死亡。
どんなに身体が強くても脳を切り離してしまえば無力化できる。これも多くの生物に共通する弱点である。
(これが一番効率がいいか。でも、敵の圧力を掻い潜るだけでも大変だし、他の個体の反撃をかわしながら首だけを撥ねるのは高等技術だ。今のサナではまだ無理かもしれないな)
黄装束の鎌腕男も同じ方法で倒していたが、あれは腕(間合い)が伸びるという特殊な状況下だからこそ可能だったことだ。
普通の人間だと、いちいち飛びかかる手間があって危険が増す。最低でもスザクと同程度の身体能力が必要だろう。
それからもアンシュラオンは、さまざまな方法で錦熊を殺してみる。
時にはあえて即死させず痛めつけてみる等、実験を続ける。サナたちが戦闘する際のデータ収集を兼ねているからだ。
そこで新たに気づいたことは、敵の生命力の高さであった。
一撃で首を切り落とすことができなければ、『銀の粒子』がまとわりついて驚異的な回復力で復活してしまう。
内臓に達するほどの傷でも回復するのだから、命気ほどではないが恐るべき再生能力といえるだろう。
(これは厄介だな。大納魔射津でも厳しいんじゃないか?)
実際に大納魔射津を盾の裏側に放り込んでみたが、爆発で身体は欠損するものの一撃で倒すことはできないので、やはり回復してしまう。
そう、錦熊には『銀の粒子』という、もう一つの強スキルがある。
これを使えば昏倒や気絶も発生しないので、爆弾でも勢いを削ぐことができないのだ。
ただし、弱点もある。
それはもちろん【エネルギー切れ】だ。
『銀の粒子』は銀鈴峰近くにある特殊な実と、胃石となる特殊な鉱物を定期的に摂取することで生み出される。
現在は銀鈴峰から離れているため、この季節に大量に摂取するはずの実を食べることができない。
移動はヒポタングルに手伝ってもらったが、他種族の食糧事情など知る由もない。特別な餌を運ぶまでには至らない。
結果、錦熊の銀の粒子も通常時より減っており、盾の耐久性も必然的に落ちることになってしまう。
彼らはそれを本能的に悟っているので銀鈴峰に一度戻ろうとしていたようだが、そこをアンシュラオンによって妨害されたのだから、これほど不運なことはないだろう。
「最低限のデータは取れたかな。じゃあ、そろそろ切り上げるか。最後に『一番効率が良い敵の倒し方』を見せてやるよ」
アンシュラオンは五百メートル上の高い崖を登ると、『覇王土倒撃』を使って崖崩れを誘発。
震災レベルの土石流が―――ズォオオーーーンッ!
大群を呑み込む!!
その前にジュダイマンが地面を泥化させているので、逃げる暇もない。
そもそも足場が悪く、比較的狭い地形を狙って仕掛けているので、最初から逃げ場などはなかった。
「ガオォオッ!?」
「ギャォオオオッ!?」
錦熊だけではなく他の眷属たちも一緒に流れていく。
落下して死ぬのならばまだましなほうで、泥に呑まれて窒息死する個体も続出。
いろいろと効率の良い戦いを試したが、それらはあくまで正面から戦う場合のことであり、もっとも最たるものは【地形を利用した攻撃】に行き着く。
足場がなくては人も魔獣も大地を歩けない。重力に逆らうことはできないからだ。
ここで攻撃を仕掛けた段階で、アンシュラオンの勝利は確定していたといえる。
「地形を考えるほど頭は良くないようだな。といっても、翠清山でまともな地形なんてないけどね。おっ、なんだ? ソリで滑っているのか?」
ここで錦熊が、盾をソリにして滑る芸当を披露。
銀鈴峰は雪で覆われた地なので、これくらいはできて当然だ。
どうだ、と言わんばかりにドヤ顔をする錦熊たち。
が、結局行く先は崖下なので、華麗にダイブするだけのことだ。綺麗に死ぬか、汚く死ぬかの違いにすぎない。
ただし、『銀の粒子』があるので、かなりの高さから落下しても生きている個体は相当数いて、一撃で全滅とはいかないようだ。
巻き込んだ個体もそう多くはないので、損害は三割から四割といったところだろうか。
「全部殺すことが目的じゃないし、今はこれでいい。あの様子だとしばらく動けないだろう。足止めの目的は果たしたな」
「カ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
「ん? ああ、あいつが噂の『セレプローム・グレイズリー 〈銀盾錦王熊〉』か?」
この事態に激怒したのは、もちろん軍団の頂点にいる錦王熊。
白い顔を真っ赤にしながら、帰ろうとしているアンシュラオンに激しく咆え立てている。
その手には新調した巨大な盾が装備されており、鎧も強化されているようだ。おそらくは杷地火たちが作った装備だろう。
しかし、アンシュラオンの一撃で山道は大きく破壊され、目の前には深い谷が出現してしまっている。
彼らの鈍足では、谷を越えるためにかなりの日数を使うはずだ。そもそも新しい装備を使う機会自体を奪ってしまったのである。
戦わずに勝つ、これこそが最高の効率といえる。
戦に間に合わねば、どんなに屈強な軍団でも無価値だからだ。
「カ゛オ゛カ゛オ゛! カ゛オ゛!」
「なんだよ、ダミ声で叫びやがって。何か文句でもあるのか? お前らだって一丁前に戦術を練ってきたんだろう? これくらいは予測してみろよ。…しかしまあ、そうだな。ハイザクは嫌いじゃなかったから、少しだけお礼をしてやるよ」
アンシュラオンが全力の戦気を解放。
両手に巨大な『凍気』が集まると、急速回転を始める。
「寒いのはお好きだろう? オレからの―――お歳暮だ!」
技が完成。
放たれた氷の竜巻がバリバリと大気を凍らせながら、どんどん巨大化して錦王熊に迫っていく。
『水覇・氷旋竜美衝』。
物語の最序盤でパミエルキがアンシュラオンに使った因子レベル7の技で、氷の竜巻で相手を切り刻む大技の一つだ。
ぱっと見るとアルが使っている『赤覇・双竜旋掌』に似ているが、水気よりも上位の凍気を使っているうえ、技の発動中に肥大化して攻撃力が増していくことに違いがある。
こうした雪が降る地域では、その効果は倍増。
まさに天が落ちてきたかの如く、巨大なブリザードが襲いかかる。
「ッ―――!!」
錦王熊は、大盾を閉じてガード。
この盾も『合切大氷結盾』と同じく前方を完全ガードができる代物で、その進化版とも呼べるものである。
以前と異なるのは盾の表面に大量の棘が付いており、突進を防がれにくくしつつ、同時に攻撃力を上げている点だ。
しかしながら、そんな新防具を装備していても技が直撃した瞬間には、錦王熊の背筋がゾッと冷え込む。
極寒の寒冷地に慣れているはずの自分が、血が凍るかのような寒気に襲われているのだ。
盾の表面からは、何かを削り取っているジョリジョリと嫌な音が響く。
そして、その音が自身の頭からも聴こえたと思った瞬間、頭部の一部が削ぎ取られて宙に舞って消えていく。
それは頭部だけとどまらず、肩や足にもまとわりつき、いとも簡単に自身の血肉を奪っていく。
見れば、すでに盾の一部が破壊されており、そこから凄まじい勢いで凍気が侵入しているではないか。
このままでは―――死ぬ!!
「グォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
魔獣の本能が異変を察知。全力であらがう。
銀の粒子の上位版である『銀鈴粒子』をフルパワーで放出し、肉体の欠損を補っていくが、それ以上の速度で荒れ狂う氷の刃が抉り取っていく。
竜巻が過ぎ去った時には、もうズタボロ。
鎧の大半が傷だらけで損壊し、新品だった盾すら裏側から見ても隙間が見えるほどに半壊していた。
彼自身も身体中から血を流して、白熊というよりは赤熊のごとき無様な様相。
もっとも屈辱的だったのは、もともとあった額の十字傷の上から、さらに×印が付けられて訳がわからない紋様になっていたことだ。(盾に反射して映り込む)
「オ゛ッオ゛―――ッッッオ゛オ゛ッオ゛―――ッオ゛!!」
錦王熊は、嗚咽を漏らすように叫ぶ。
悔しさと哀しさ、怒りと絶望、嘆きと失望。
さまざまな感情が入り混じった奇妙な声であった。
「ははは、どういう感情だよ。耐えきったことは褒めてやるけど、あまり調子に乗るんじゃないぞ。次会った時に喧嘩を売ってきたら確実に殺すからな。肝に銘じておけ」
ここでアンシュラオンは離脱。
この日の錦王熊軍の被害、およそ53000頭
倒したのは雑魚ばかりとはいえ、防御に優れる熊神の軍勢が相手だと思えば、さすがの戦果といったところだろう。
スキルを得たことも大きな収穫であったし、敵のデータも手に入れることができた。上々の出来といえる。
それでも反省点はある。
(オレもまだまだだな。セレプローム・グレイズリーとやるなら、もっと徹底的にやればよかったかもしれない。中途半端が一番よくないよな。あれだと無駄に大技を使って消耗しただけだ)
ハイザクたちに対する感情もあって、ついつい苛立ちをぶつけてしまった面はあった。
どちらの側でもないと宣言したものの、自分と関わった人間には思い入れがあるものだ。
(そして何より、これは相手が油断していたからこその戦果だ。敵の弱点を知り、的確なタイミングで仕掛けたからにすぎない。ある意味で当然の結果といえる。なにせ肝心の大ボスが出てこないところをみると、この程度の損害は想定内ってところか)
本命のボスは雑魚をけしかけて、じっとこちらの力を見定めているはずだ。
こうなるとあまり手の内を見せるのは得策ではない。アンシュラオンも継戦力は高いが、すべての魔獣と戦えば消耗は免れない。
もしかしたら、そこを狙ってクルルが仕掛けてくる可能性もあった。その判断があったからこそ、余力がある段階で撤退の選択をしたのである。
どんな力でも対策を練られてしまうと負けてしまうものだ。物事に絶対はなく、命をかけた戦いは一度きり。
戦うのならば絶対に勝たねばならない。




