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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「翠清山 最終決戦」編
409/618

409話 「火の加護」


 夜明け前から始まった戦いも、すでに夕暮れ。


 破邪猿将の負傷やベルロアナの奮闘もあり、両軍の激突も一時期の苛烈さを失っていたが、一瞬でも気を緩めれば呑まれる状況は変わらない。


 この戦いでのキーマンは、やはりマキだった。


 実際にやれるかはともかく、隙があれば再び破邪猿将を狙う動きをして牽制。


 敵の中核部隊もそれには反応せざるを得ず、混成軍に全戦力を投入できないでいる。


 しかし、それゆえに彼女の負担は大きい。



「はぁはぁ…! はーはー!」



 激しいアップダウンを繰り返せば、疲れるのは当たり前。


 肺が運動に見合うだけの高濃度の酸素を求め続け、さきほどからずっと荒い呼吸が止まらない。



「少し下がるアル。ミーがやるネ」


「老師も無理はしないで。あなたが倒れたら終わりよ」


「まあ、なんとかするヨ」



 これだけの圧力の中でマキが好き勝手やれているのは、経験豊かなアルがいてこそだ。


 ユキネのように目立って敵を引き付けることはしないが、特に打ち合わせをしなくても的確に死角をカバーしてくれる。


 どんな状況にも対応できるので、まるでアンシュラオンが近くにいるような安心感があるのだ。


 ただし、アンシュラオンとの最大の違いは『体力』にある。


 アルも多彩な技で敵を翻弄しているが、マキと同じくスタミナに優れる武人ではない。


 見た目通りにアルはかなりの高齢。日本でいえば、とっくの昔に後期高齢者の仲間入りを果たしている老人だ。(外見は八十くらいだが、実年齢は百歳を超えている)


 武人においても老いは一番の敵であり、どうしても若い頃と比べると肉体能力に衰えが見られる。


 こうして長丁場になって徐々に体力が減っていくと、必然的に技のキレが悪くなり、蹴りの発剄で崩しきれなかったグラヌマーハの反撃を受けてしまう。


 防御の戦気はしっかりと展開していたものの、強靭な腕力によって放たれた一撃が、右足を切断!


 術式武具と魔獣の力が合わされば、易々と老人の身体を切り裂くことが可能になる。



「おっと! 調子に乗りすぎアル!」



 足を切り落とされたアルが、着地と同時に『風神三崩掌ふうじんさんほうしょう』を放つ。


 叩き込まれた三連続の風神掌が、体内で爆発。


 グラヌマーハの内臓が破壊され、目や口からも血が噴き出る。



「キイイ…イイッ!」



 しかし、まだ倒れない。


 即死級の一撃を『気迫』で耐え凌ぎ、相討ち覚悟の一撃を放つ!


 足を失っているアルは完全には捌ききれない。


 剣は胴体を掠め、皮と肉を切り裂き、骨の数ミリまで削り取る!


 赤い中華風の武術着が、やや黒味を帯びた血によって染まった。



「老師!」


「大丈夫アル。もう死んだネ」



 慌ててマキが駆けつけるが、グラヌマーハは切り裂いた姿勢のまま事切れていた。


 敵側も朝から続く激戦で限界を迎えていたことで剣先が鈍り、かろうじて助かったのだ。


 アルは自身の足を回収。


 戦気で結合するものの治りは遅く、しばらく蹴り技は控えねばならない状態に陥る。


 が、それでも命があっただけましだろう。


 ここは彼ほどの達人でさえ、簡単に命を失いかねない戦場なのだと実感する。



「いつの時代も戦争は怖ろしいヨ。執念や怨念が渦巻いているアル。一度こうなったら簡単には終わらないネ」



 この歳になるまで長くつらい闘争を続けてきた彼の言葉は、とても重かった。


 しかし、不思議なことに心にはまだ余裕がある。



「でも、面倒なことはアンシュラオンがなんとかするアル。ミーたちは生き残ればいいだけネ。頭を空っぽにして戦うだけヨ」



 老人は、ニカッと笑う。


 傭兵やハンターたちも死ぬかもしれない極限の状況だが、その先に何かがあると信じて疑っていない。


 だからこそ絶望に囚われることなく、厳しい戦いにも耐えていける。



(そうよ。アンシュラオン君なら、なんとかしてくれる。その想いがある限り、希望はなくさない! こんな戦場の中からでも新しい力を生み出してくれるわ!)



 それこそアンシュラオンが見せた輝き。


 ガイゾックが宣言したように、走って走って追いかけて、そこで死んでも後悔しない何かが彼らを突き動かすのだ。



「ぐううっ…重い……ですわ!」


「お嬢様! ああ、盾、盾が…!」



 だが、現実は厳しい。


 ここでついにベルロアナに限界が訪れる。


 彼女も魔神戦を経て、さらに力を引き出せるようになっていたが、これだけの規模での戦いは初めてで消耗が激しかった。


 盾がどんどん小さくなり、守護できなくなった場所では再び猿たちが猛攻を仕掛けてくる。


 眷属たちも疲労困憊のため動きは鈍いが、破邪猿将の気力が萎えていないため死に物狂いで襲ってくる。



(はぁはぁ…敵ながらあっぱれですわ)



 ベルロアナも破邪猿将の気迫と風格に、王者の資質を垣間見る。


 どんな怪我を負っても、どんな劣勢においても、彼はけっして弱気を見せない。


 常に自身を危険に晒しながら部隊を鼓舞し続ける。その姿には尊敬の念すら感じるほどだ。



「お嬢様を守れ!」



 上級衛士隊の武装甲冑が、前に出てベルロアナの盾となる。


 しかしながら、相手がグラヌマになると分が悪い。


 中身の素の能力で劣ってしまい、接近されるとどうしても斬り合いで負けてしまう。



「死んでも通すな―――ぐぁっ!」


「ちくしょう……壁の外は…やっぱり地獄…か。…ごぶっ」



 ベルロアナの『オルワンフェス・ゴールド〈金獅子の咆哮〉』も時間切れで、能力が元に戻ったことも要因であろう。


 一人、また一人とグラス・ギースの衛士たちも戦死していった。



「駄目ですわ! わたくしを置いて早く逃げなさい…!」



 ここにいるのはキャロアニーセが選抜した忠誠心の高い衛士ばかり。


 ベルロアナの叫びも虚しく、命をかけて彼女を守る。


 なぜならばハピ・クジュネと同じく、それは自分の家族を守ることと同義。仮に死んでも、残された家族は手厚く保護される契約になっているからだ。


 グラス・ギースのような経済規模が小さい都市では、満足に暮らせることだけでもありがたいのである。


 その点では、海兵以上に死に物狂い。必死になって戦っている。



「ここにはお嬢様を見捨てるような薄情者はいません! どんなときも一緒です!」


「そうです、そうです。そうなのです! お嬢様は私たちにとって大事な人なのです!」


「ユノ…クイナ…。そうですわね…私たちはお友達。何があっても一緒ですわ! そして、主人であるわたくしが、最初に諦めるわけにはいかないのよ!」



 ベルロアナの盾が輝くと、再び形態が変化。


 それは歪な形の―――【銃】


 砲筒とも異なる四角い形状で、どことなくSF作品で登場しそうな近未来的なデザインをしていた。


 大きさはハンドガンより大きく、ライフルよりも小さなサブマシンガンほどであったが―――



「中央をあけなさい!」



 ベルロアナの怒声が突き抜け、飛び退くように射線が開けた瞬間、光が奔る。


 直線的に突き進むまでは弓と同じであったが、敵を貫きながら光が弾けて回転。


 何百頭といった猿たちを巻き込み【渦】となり、上空に引き連れ―――爆散!!


 あまりの閃光と衝撃に、戦場にいた誰もが硬直。呆然と空を眺める。


 宙からはびちゃびちゃと粉々に砕け散った猿の肉片が舞い落ちるが、その傷口は何か強い力に抉られたように綺麗なものであった。



「す……っげぇ」



 術士の因子が強いアカリには、今の一撃が『術式攻撃』であることがわかった。


 そう、この銃の形態の特徴は、スザクの無弾銃と同じく戦気を魔素に変化させて撃ち出すことができることだ。


 問題は、その桁違いの威力にある。


 ベルロアナの生体磁気を全部失うのと同時に放たれた一撃は、超強力。スザクの全力射撃の十倍を軽く超えるものだった。


 これには破邪猿将も驚き、目を丸くする。彼からしても凄まじい威力だったのだろう。


 しかし当然ながら、それには大きな代償を払う。



「がはっ…はーーはーーー! こふぅうーー、はふーー!」


「お嬢様、お嬢様! こ、呼吸が!」



 あまりの疲労で酸欠状態に陥ったベルロアナは、もう動けなかった。


 かつてのサナのように、感情だけで力を使っても消耗が激しいのである。



「ギギイイイッ!」



 これを見逃すほど敵は甘くない。


 かなりの数の側近を失ったが、彼らが壁になったことで破邪猿将は無事。


 マキ同様にベルロアナを危険視したことで、衛士隊を蹴散らして自らベルロアナに迫る。


 その本気具合は、彼がすでに『破邪眼』と『聖剣化』を発動させていることからもうかがえた。


 まだ怪我の影響から動きは鈍いが、これにより対術式においても万全の状態になってしまう。


 そして、ついにベルロアナの眼前まで到達。



「ここは、ここは通さない、通さないのです!」


「くぃ……ナ! かふっーーかふーー! 逃げ…て……」



 膝をつくベルロアナの前にクイナが躍り出る。


 どう考えても無謀で無駄な行為だが、それでも出てしまうのがクイナという女の子だ。


 目の前に子供かつ、雌の個体が出てきたことを若干訝しんだものの、破邪猿将も当に覚悟は決まっている。


 白く輝く聖剣を振り上げ、ベルロアナもろとも切り伏せるつもりだ。



「ベルロアナ様が! くっ! ここからじゃ間に合わない! でも、きっとファテロナが―――」



 マキの位置からではベルロアナには届かないが、暗殺者のファテロナならば影から出てくることができる。


 彼女もスレイブなのだから、いくら疲労状態とはいえ必死にベルロアナを守るはずだ。


 と、そんな期待をしていた時期が、私にもありました。



「はーーはーー、ちぬーー、ちんじまうよー」


「ちょっと、あんた! なんでここにいるのよ!」


「そんなこと言われても…もう無理でござる…体力の限界!」



 某力士の引退のごとく、潔く倒れているファテロナがいた。


 どうやら回収されて(輸血付き)ベッドに寝かされていたようだが、この混乱で投げ出されてしまったようだ。


 冷静に考えれば、あれだけの血を使ったのだから動けなくて当然だ。こんな状態に陥った戦況に問題があるといえる。


 が、これでは誰も間に合わない。


 七騎士もユノも破邪猿将の群れの突撃に、あっけなく吹き飛ばされている。(これも仕方ない。素の実力差である)


 唯一アサシンメイド部隊が踏ん張っているが、彼女たちも正面から戦うタイプではないので、ベルロアナに届かない位置にいる。


 そもそも到達したところで、彼女たちでは一刀のもとに切り伏せられて終わりだろう。


 この現実を知り、マキに戦慄が走った。



(嘘……本当に間に合わないの!?)



 本当に本当に駄目なのだと顔が青ざめる。


 あの時に自身が仕留めておけばと後悔が脳裏をよぎったが、いまさら言っても詮無きことだ。



「死んでも、死んでも守るのです! 死んでも―――」



 そして、皮肉にも火乃呼が打った剣が振られ、まずはクイナに当たろうとした瞬間であった。


 クイナの足元から三匹のモグマウスが飛び出すと、自らを盾にして剣に当たっていく。


 大剣から迸る炎も命気で吸い取りながら、その身を爆散させることでクイナとベルロアナを命気で包んで保護。


 その爆発の勢いを利用し、二人を安全な距離まで退避させた。



「ッ…!?」



 これには破邪猿将も驚愕!


 突然、謎の生物がぶつかってきて自分の剣撃を防いだのだ。


 聖剣化の一撃は、ハイザクを鎧ごと断ち切る力がある。それを数匹程度で防ぐのだから、彼としては予想外も予想外のはずだ。


 されど、彼の混乱と狼狽はまだ続く。


 クイナの前に、いつの間にか【大きな体躯をした人型の炎】が立っていた。


 身長は三メートルとハイザクと同程度だが、筋肉の付き方も理想的で無駄がない。


 が、やはり炎で作られているので、内部では灼熱のマグマが渦巻いており、温度が一気に上昇。


 周囲に積もった霜が一瞬で蒸発するだけではなく、大地が焼け焦げて大気が揺らめいており、まるで蜃気楼のように視界が歪む。


 それだけのエネルギーが、この炎には宿されているのだ。


 その人型の炎、闘人アーシュラは破邪猿将に向かっていき、拳を放つ。


 唸りを上げて放たれた一撃に、破邪猿将は思わずガード。



「―――ッッ!!??」



 直後、ハイザクすら超える拳の衝撃を受けて、破邪猿将が吹っ飛ぶ。


 群れの猿にぶつかって止まったものの、拳を受けた左腕のアームガードにはしっかりと拳の跡が残っており、あまりの熱量に溶け出すほどである。


 破邪猿将が起き上がった時には、すでに闘人は追撃の態勢。



「オラオラッ、オラァッ!」



 まだ体勢が整わない猿神の王に、拳のラッシュ!


 その一撃一撃は、すでに述べたようにハイザクの全力攻撃を上回る威力かつ、いくつもの残像を生み出すほどに速く、防御がまったく間に合わない!


 五発目までは防御ができた自覚があるが、そこからはどうなったのか覚えていないほどだ。


 殴る、殴る、殴る! ひたすら殴る!!


 いきなり出現した得体の知れない何かが、一方的に破邪猿将をタコ殴りにしているではないか。


 闘人もガードされていようがかまわずに殴り続けるので、破邪猿将は鎧ごとボコボコ。


 集団リンチされたと言われても受け入れてしまうほどの見た目になってしまう。


 そこでようやく、我に返ったグラヌマーハたちが止めに入るが―――



「オラァッ!」


「ギャンッ」



 裏拳を叩き込まれた個体が、顔面崩壊。


 歯が砕け、鼻が潰れ、眼球が一つ飛び出す大惨事に遭う。


 それからも人型の炎は、単身で猿の群れに殴り込みをかけて蹴散らしていく。


 なんとか立ち直った破邪猿将が聖剣で応戦するも、ダメージは与えているようだが、闘人は異様な耐久力をもって立ち塞がってくる。


 これによって敵軍はパニック。


 騒然となって浮足立つ。


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